117話 白翼の少女の故郷4
「改めて、礼を言わせてくれ。娘達を助けてくれて、本当にありがとう」
染み一つない白いテーブルクロスの敷かれた大テーブルを前にして、灰色の翼を持つ男性が深々と頭を下げた。
俺達が集まっているのは、フィリーネの家にある食堂にあたる部屋である。同席しているのは俺とフィリーネの父親の他には、クリスティーネとシャルロットの二人だ。
この町まで俺達を連れてきたフィリーネはと言うと、呪いが解けたばかりの妹、ユリアーネの着替えを手伝うために部屋に残っていた。
ユリアーネの呪いを解いた俺達は、フィリーネの父親に是非話を聞きたいということで食堂へと案内されていた。もう少ししたら出来るであろう、夕食も御馳走してくれるそうだ。
そうして席に着き、開口一番で言われた礼に対し、俺も首を前へと倒す。
「あぁ、俺の力が役立ったようで何よりだ。ただ、たまたま俺に解呪の力があっただけだから、あまり気にしないでほしい」
そう言うと、男は片手を上げてゆるゆると首を横に振った。
「いやいや、そう言うわけにはいくまい。娘達に掛けられた呪いについては、長い間悩みの種だったのだ。それを解決してくれた君には、感謝してもしきれないんだよ」
男の言葉にそれもそうか、と俺は納得する。大切な二人の娘が、オスヴァルトの襲撃を受けて呪術に掛けられてしまったのだ。
それ以来、一人はベッドの上での生活を余儀なくされた。そしてもう一人は、見つかるかもわからない解呪の方法を求めて旅に出たのだ。その際の父親の心労は想像に難くない。
その娘が生きて戻っただけでなく、呪いを解ける者まで連れ帰ったのだ。俺が相手の立場だったらどう思っただろうか。うむ、普段ほとんど信じていない神にも感謝を捧げただろうな。
それから男性は思い出したかのように言葉を続けた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。私はフランク。フランク・クロイツェルと言う者だ。この町の町長をしている」
言われてみれば、この家に来てからと言うもの、バタバタとしていて俺達自身も名乗っていなかった。
俺は少し姿勢を正すとフランクへと向き直る。
「俺はジークハルト。フィナとパーティを組んでいる冒険者だ」
「同じく冒険者のクリスティーネです」
「シャルロット、です」
俺に続き、クリスティーネとシャルロットが名乗りを上げる。それを受けて、フランクが一つ大きく頷きを見せた。
さて、フランクも俺達に聞きたいことがあるだろうが、俺からも聞きたいことがある。まず、いろいろと話をする前に一つ確認したい。
「フランクさんは、その、貴族……なんだろうか?」
少し戸惑い気味に質問を投げかけた。
町長というと、その町の代表者と言うことだ。そう言った立場の者は、そのほとんどが土地持ちの貴族であることが多い。そうなると、フランクも貴族である可能性が高いのだ。
しかしそうなると、フィリーネは貴族令嬢と言うことになる。とてもではないが、そうは見えない。
そんな風に思っていると、フランクが片手を上げて首を横に振った。
「いや、我が家は貴族ではない。土地の所有者である貴族は別の町に居を構えていてね。あくまで、私はこの町を預かっているだけだよ」
「なるほど、そういうこともあるのか」
フランクの答えに、俺はほっと小さく息を吐いた。
もし貴族だったのなら、フィリーネに対する態度を多少なりとも変える必要があるかと思っていたところだ。これで、これから先も気兼ねなく接することが出来る。
「私の方からも、いろいろと聞かせてくれ。娘とは、どうやって知り合ったんだい?」
その言葉に、俺はフィリーネと出会った時のことを思い出す。そんなに昔の事ではないはずなのだが、短期間でいろいろとあったからな。もう随分と昔の事のように思える。
さて、フィリーネとの出会いか。あれは、護衛依頼中のことだ。
「あれは、町から町への移動中のことだな。盗賊に襲われていたフィナを、通りかかった俺達が助けたんだ」
実際には俺達が何かしたというわけではなく、クリスティーネと共に駆け寄ったところで盗賊達は逃げていったのだが。まぁ、助けたと言って嘘はないだろう。
俺の言葉を聞いた途端、フランクは眉尻を下げて見せる。
「それで、娘は無事だったのかい?」
少し配慮が足りなかったか。娘が盗賊に襲われたとなれば、心配はするだろう。
俺は安心させるように少し笑って見せた。
「えぇ、怪我一つなく。通りかかったタイミングが良かったみたいで」
「そうか」
フランクが安堵の息を吐く。それから、気を取り直したように姿勢を正した。
「それで、娘の呪いを解いてくれたという事かい?」
「いや、それはもう少し後だな」
フィリーネと知り合った直後は、まだ呪術を受けているなど知りもしなかった。その事実を知ったのは、もっと後のことである。
そのあたりの事情を説明するには、その他にもいろいろと解説が必要だ。さて、どこから説明したものか。まず、フランクは呪術関連についてはどこまで知っているのだろうか。
「そうだな……フランクさん、オスヴァルトという男を知っているか?」
オスヴァルトと言うのは、フィリーネに呪術を掛けた張本人の名前だ。この町やオストベルクの町を襲い、多くの人々を呪術で苦しめた男である。
だが、何も歴史に残る有名人と言うわけではない。もっと多くの町で、広く被害を出していれば悪人として名を馳せていただろうが、そうなることは俺達の手により未然に防がれた。
そのため、フランクがその名を知らなくても無理はない。そう考えていたのだが、フランクはその名を聞いた途端、表情を険しくさせた。
「あぁ、この町を襲い、娘達に呪術を掛けた男の名だ。特徴として、左目に眼帯を付けているということまでは分かっている」
どうやらフランクの方でもオスヴァルトの情報を集めていたようだ。娘が呪術に苦しんでいるのだ、それも当然のことだろう。
だが、判明したのは男の名前と特徴までで、その行方はわからなかったようだ。
「まさか、その男の居場所を突き止めたのかい?」
フランクが少し身を乗り出すようにして訊ねる。俺はそれに一つ頷きを返した。
「あぁ、オストベルクと言う町で、ある貴族を狙っていた。そのことを知ったフィナは、その町で俺達と一緒に貴族の護衛依頼を受けたんだ」
そこで一度言葉を止める。あまり長々と語るのも考え物だ。一度王都に戻り、再びオストベルクの町へ戻ったことなどは省略しても構わないだろう。
パーティに参加したことなども、概要だけ話せばよさそうだ。
「それで案の定、護衛依頼中にオスヴァルトが現れた。その後、逃げたオスヴァルトをフィナが一人で追ったんだ。フィナが呪術を受けていることを知ったのも、この時だな。そのフィナを追いかけた先で、再びオスヴァルトに会った。その時のフィナは、ちょっと危ない状況だったかな」
元貴族の屋敷でオスヴァルトと対峙した時のことを思い出す。あの時のフィリーネは呪術が進行し、身動きできない状況だった。もう少し遅れていれば、命を落としていてもおかしくはなかっただろう。
それを思うと、我ながらあの屋敷に向かった判断とタイミングは良かったと思う。
「それで、ジークハルトさん達が助けてくれたんだね。君達がいてくれて本当によかったよ……ところで、その後オスヴァルトはどうなったんだい?」
「あぁ、安心してくれ。オスヴァルトはその時の戦いで命を落としている」
実際に止めを刺したのは俺ではなく、オスヴァルトに協力していたはずの魔族の女だったが、そこまで説明する必要はないだろう。
俺の答えを聞き、フランクは安心したように両肩から力を抜いた。
「そうかい。それなら、ひとまず安心しても良さそうだね。これから先、再び呪術に苦しめられることはなさそうだ」
そうして話が一段落したところで、部屋の入口の扉が開かれた。
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