110話 雨天の一夜2
「たくさんあるわ! どれも美味しそう!」
「本当ですね。こんなにあると迷っちゃいます」
「当たりを見極める目が大切なの。ここは慎重に選ぶべきなの」
きゃいきゃいとした声が俺の耳へと届く。その様子に、俺は思わず頬を緩ませた。
大風呂でしっかりと体を温め、今は部屋に戻ってきて一息ついたところだ。そろそろ食事を頼もうということで、今は女性陣三人が身を寄せ合うようにして一冊のメニュー本に目を通している。
メニュー本はもう一冊あるのだが、楽しそうなところに口を挟むのも野暮と言うものだろう。俺は好き嫌いなど特にないので、女性陣が好きなものを選んでくれたらそれでいい。
「少し多めに頼んでもいいぞ。マジックバッグがあるから、数日程度は問題ない」
フィリーネも共に行動するにあたって、元々持っていた鞄をマジックバックへと改良している。計四つものマジックバックがあるのだ。『時間停止』はまだ無理だが、『空間拡張』も『時間遅延』もその効力は伸びている。
多少料理が余ったところで、マジックバッグに入れておけば問題ない。冷めてしまうのは避けられないが、十日程度は保つはずだ。もちろん、保存用の器などに限度はあるのだが。
「それなら、全部頼んでみてもいい?」
「さすがに入らないから却下で」
パン系統であれば割と何とでもなるが、さすがに汁物関係は容器が足りない。まさか鞄の中に直接入れるわけにはいかないだろう。
それからあれこれと会話した結果、ようやく注文内容が決まったようだ。注文用紙には四人分にしても明らかに多い量の注文が記載されていた。
呼び鈴を鳴らして呼んだ宿の者に注文用紙を渡してしばらく、数々の料理を乗せたカートが運ばれてきた。部屋の入口でカートが止められ、丸テーブルへと次々に料理が運ばれる。
丸テーブルの上はあっという間に料理で埋め尽くされた。いろいろな味を楽しめるようにと、そのほとんどは大皿で、個々に取り分けて食べるようになっている。
店の者が部屋を後にし、俺達は丸テーブルの周囲へと腰を下ろす。出来立ての料理からは湯気が立ち昇り、食欲をそそる良い匂いが立ち込めている。
手を合わせ、食前の言葉を口にすると我先とばかりに各々が料理へと手を伸ばす。俺自身も、手近な料理を手元へと引き寄せ、取り皿にいくらかの量を取り分ける。
初めに手を付けたのは、茶色い焦げ目が良くついたパイだ。ナイフで切り分けてみれば、中からは芋とベーコンの塊がゴロゴロと出てきた。口に運べば芋は柔らかく、ベーコンは塩胡椒が良く効いていた。
本日の飲み物は、シャルロット以外は酒を頼んでいる。塩気の効いたパイは、冷えた酒にとても良く合った。
「すごい、すごいよジーク! このお肉、柔らかい! 美味しい!」
そう言って、クリスティーネは一口大に切り分けられた肉の塊へ次々と手を伸ばしている。冷めにくいようにだろう、熱された鉄板の上に乗せられた肉は今も尚、ジュウジュウと湯気を立てている。
実に上手そうに食べるその様子に、俺も少し興味を惹かれる。試しとばかりに一切れ口に含めば、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。
安い肉だと筋が引っ掛かるようなところがあるが、この肉にはそんなところが一切ない。噛み切ることも容易く、舌の上で溶けるようだった。
「確かに美味いな」
「そうでしょ? これならいくらでも食べられるわ!」
そう言いながらも、クリスティーネの手は止まらない。鉄板の肉だけではなく、サラダやスープにも次々と手を付けている。
「わっ、このパイ、すごく甘いです!」
驚いたような声を上げたのはシャルロットだ。その手元には、最初に俺が手を付けたパイと同じようなものがある。
ただ、シャルロットが手を付けたのは俺のものとは別のパイのようだ。どれどれと、その種類のパイを切り分け手元の皿へと運ぶ。
見た目的には、最初に食べたものとそれほどの違いもない。やや平べったく小さいが、芋のようなものが入っている。ただ、最初のパイと違いベーコンは入っていないようだ。
一口大を取り口へと運ぶ。その途端、瑞々しい甘みが口の中に広がった。食感も、最初のものよりずいぶんと柔らかい。どうやら芋に見えたものは果物だったようだ。
「なるほど、甘いな。これは何の果物だろうな?」
そこまで甘いものが好物と言うわけではないが、悪くない味だ。デザート代わりにはちょうどいいだろう。
「ジーくん、あ~んなの。食べさせてあげるの」
何のつもりだろうか、フィリーネがこちらへとグラタンを乗せたスプーンを差し出してくる。チーズが程よく伸びるグラタンはとても美味しそうだが、まさか素直に食べるわけにもいかない。
俺はゆるゆると首を横に振る。
「いや、遠慮しておく。あまり揶揄うんじゃない」
「遠慮なんていらないの。はい、あ~ん」
フィリーネは尚もスプーンをこちらへと寄せてくる。その様子を見て、クリスティーネは何やら瞳を鋭く細めた。
「むむむ……あむっ」
「あぁっ?!」
クリスティーネは膝立ちになり、大きく体を伸ばしてフィリーネの腕を掴むと、その手に持つスプーンをパクリと咥えた。
そうしてもごもごと口元を動かすと、幸せそうに微笑みを見せる。
「んふふ、おいしいわ」
「むぅぅ……」
恨めしそうな膨れっ面でフィリーネが目を向けるが、クリスティーネに気にした様子はない。
そんな二人の様子を眺めていたシャルロットは、手元のパンへと目線を落とした。何やら決意に満ちたような表情になると、パンを一口分の大きさにちぎった。
そして、どういうつもりか俺の口元へと手を伸ばす。
「あ、あの、ジークさん。その……ど、どうぞ!」
シャルロットの頬はやや紅潮している。やっている本人も恥ずかしいようだ。
それならやらなければいいのにと思うのだが、フィリーネの所作に感化でもされたのだろうか。あまりシャルロットの教育上よろしくない事態だ。
だが、スプーンを差し出されるよりはパンの方が遥かにマシである。その相手がシャルロットでもあるし、これは素直に応じても良いだろう。
俺はシャルロットの伸ばした手に顔を寄せると、指に触れないように気を付けながらそっとパンを咥えた。そのまま口の動きだけでパクッと食べる。うむ、パンの味だ。普通に食べるよりはちょっとだけ美味い気もするな。
「ど、どうですか?」
「うん、美味いぞ」
「本当ですか? えへへ……」
シャルロットがはにかんだような笑みを見せる。この顔を見れただけでも、食べた甲斐があるというものだ。
フィリーネの勧めを断っても罪悪感などほとんど感じないが、シャルロットの勧めは断り辛いからな。この違いはいったい何だろうか。やはり普段の行いと言うものか。
そんな俺達のやり取りを見ていたクリスティーネとフィリーネは、何やら悔しげな表情を浮かべている。
「むぅ、シャルちゃんまで……」
「何がいけなかったの? 押しが強すぎるのも考え物なの?」
一体何の勝負をしていると言うのだろうか。
よくわからない二人を尻目に、俺は食事を続けるのだった。
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