103話 異変の解決と白翼の少女3
「ジーク、起きてる?」
部屋の扉を叩く音に続いて、外から声が掛けられた。
俺はぼんやりとした頭で、今のはクリスティーネの声だなと理解する。
そうだ、返事をしなければ。
俺は途切れそうになる意識を手繰り寄せる。
「あぁ、起きてる……」
声を発してから、俺は何か嫌な予感を覚えた。
なんとなく、今は言葉を返さない方が良かったのではないかと言う思いが頭を過ぎる。
だが、眠気でふらふらとした頭は上手く働いてくれない。
そうこうするうちに、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
「ジーク、調子は――」
不自然に言葉が途切れる。
声の主はクリスティーネのはずなのだが、どうしたのだろうか。
扉を開け、部屋へと入ってくるのかと思われたが、近付いてくる気配がない。
不審に思い、閉じかけた瞼を持ち上げれば、クリスティーネの姿が視界に入った。
部屋の扉に手を掛けたまま、何やら入口で硬直している。
その瞳は、何かとんでもないものを目撃したように大きく見開かれていた。
「クリスさん? どうしました……えっ?」」
俺が頭に疑問符を浮かべていると、クリスティーネの向こうから声が聞こえた。どうやら、その後ろにはシャルロットがいるらしい。
シャルロットはクリスティーネの後ろから顔だけを覗かせると、部屋の中へと目を向ける。そうして、クリスティーネと同じように大きく目を見開くのだった。
「何……してるの?」
「見ての通り、寝るところだが?」
それ以外の何物にも見えないはずである。ベッドで横になっていれば、することは一つ、睡眠以外にないだろう。
俺の返答に、クリスティーネは一歩室内へと踏み込むと、やや声を荒げた調子で口を開いた。
「そうじゃなくって! ううん、そうかもしれないけど、その、なんでフィナちゃんがいるの?!」
それは俺も聞きたいことだ。何故フィリーネがいるのだろうか。
フィリーネ曰く一緒にいたいからだということだが、それは何も今でなくてもいいだろう。ただ一緒にいたいだけなら、これからいくらでも時間がある。俺としては、フィリーネと行動を共にすることに異論はないのだ。
俺の背中側から前へと回されたフィリーネの片腕に、ぎゅっと抱き締められた。さらに、もう片方の腕は俺の頭へと添えられた。
軽く撫でられる感触に、俺の意思に反して眠気が強くなる。
「フィーはジーくんに添い寝してるの。お疲れのジーくんを労ってるの」
なるほど、これはフィリーネなりの恩返しなのだろう。俺が呪術を解除してフィリーネを助けたことの、礼のつもりのようだ。
確かに撫でられる手の感触は心地よく、今にも眠りに落ちそうだ。
「フィナちゃんだけずる……くなくて、羨まし……いわけじゃなくて、えっと、とにかく、そういうのは良くないよ!」
そう言うとクリスティーネは小走りでベッドに横になる俺達へと近寄り、俺からフィリーネを引き剥がしにかかる。
その向こうでは、何やら頬を赤く染めたシャルロットが両手で顔を覆っていた。こちらが見えないようにしているのかと思いきや、その指の間から宝石のような水色の瞳が見えている。ふと目が合えば、動揺したように瞳を泳がせた。
「嫌なの~、離れないの~」
クリスティーネが引き離そうとフィリーネの体を掴むが、フィリーネは抵抗するように俺の体にしがみつく。足まで絡め、何があっても放さないという体勢だ。
あぁ、揺さぶらないでくれ。目が回る。
最早睡眠どころではない。二人の仲裁をしなければ眠れないだろう。
「ジークも、寝てないでもっと抵抗しなきゃ!」
「俺が悪いのか……」
どちらかというと、俺は被害者だろう。
そうは言われても疲労で体に力が入らず、クリスティーネとフィリーネが暴れるのに振り回されるばかりだ。
バサバサとフィリーネの翼が振られ、白い抜け羽が部屋の中を舞った。
「ジークさん、大変そうですね」
「静かに寝させてくれ……」
眉尻を下げたシャルロットに、諦めを含めながら言葉を返す。
しばらくの格闘の末、クリスティーネが勝利を手にしたようだ。
ベッドから引き離されたフィリーネがシャルロットの前に立たされ、クリスティーネに後ろから抱きとめられている。
一連の騒動でますます疲労の溜まった俺は、ベッドから身を起こさないままそれをぼんやりと見上げるのだった。最早話すのも億劫だ。
「う~、ジーくん」
フィリーネが縋るように両手を伸ばしてくるが、どうすることも、する気もない。ただのろのろと片手を上げて応える。
そのまま、クリスティーネは部屋の入口へとフィリーネをずるずると引き摺って行く。
「それじゃあね、ジーク。ゆっくり休んでね」
「あぁ、助かったよ、クリス。フィナを良く見張っていてくれ」
このまま放っておくと、後でまたフィリーナが部屋へと忍び込んできそうだ。クリスティーネに任せておけば安心だろう。俺の言葉に、「任せて!」とクリスティーネが元気よく声を返してくる。
そうして二人の姿が扉の向こうに消え、最後にシャルロットが扉の取っ手に手を伸ばした。
「それではジークさん、おやすみなさい、です」
「あぁ、おやすみ」
シャルロットの手により、静かに扉が閉められる。
これでようやく寝られる。
俺が溜息を一つ吐いて瞼を閉じると、急速に意識が薄れていった。
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