102話 異変の解決と白翼の少女2
「そうか、好きだからか……」
ぼんやりとした頭で、フィリーネの発言を繰り返す。
今、何と言っただろうか。
自らの口で言葉にしてから、じわじわと言葉の意味を理解した。
好きと言ったか。
誰が誰を。
フィリーネが、俺を、だ。
うむ、聞き間違いではなさそうだ。
普段の俺であれば驚き、動揺を露わにしていただろう。
だが、今の俺には生憎と一切の気力がない。
ただベッドに横になり、後ろから抱き締められたまま、鈍い頭を回転させる。
「どうしてそう思ったんだ?」
「ジーくんは、私の恩人だから」
そう言うと、フィリーネは俺の背中に頭を寄せた。首筋にフィリーネの綿のような髪が当たり、少々むず痒い。
恩人と聞いて、思い当たる節は一つだ。
「呪術を解呪したことか?」
「うん」
そう言って、フィリーネは心中を語り始めた。
「私が呪いを受けたのは、三年くらい前のことなの。住んでいた街が野盗に襲われて、その中にオスヴァルトもいたの。追い返せはしたんだけど、その時に呪われちゃってね。それで、呪いを治す方法を探しに旅に出たんだぁ」
俺はフィリーネの話に耳を傾ける。
抱き締められる腕に、少し力が込められた。
「呪いを受けた体での旅は、とっても辛かったの。日に日に重く、痛む体。しばらくしたら、そんな体にも慣れちゃってね。このまま治らず、そのうち死ぬんだと思ってた頃に、オスヴァルトがこの街にいるっていう情報を掴んだの」
そうしてオストベルクへの移動中に、俺達と出会ったというわけだ。
そう言えば、と俺は一つ気になることを思い出した。アンネマリーの誕生日パーティでオスヴァルトと初めて対面した時の事だ。俺はその時初めて、フィリーネが既に呪いを受けていたことを知ったのだった。
何故、呪いを受けていることを俺達に言わなかったのだろうか。もちろん、出会った直後はこれほど長く行動を共にするつもりはなく、俺達の護衛依頼にオスヴァルトがかかわってくるとは思わなかったのだから仕方がない。
だが、オストベルクに到着し、ユリウスの屋敷でオスヴァルトの話が出た。その時に話すことはできなかったのだろうか。
「なぁ、どうして呪いを受けていることを言わなかったんだ? 言ってくれていたら、すぐに解呪してやれたんだが」
そうすれば、苦しむ期間だってもう少しだけ短かっただろう。
俺の言葉に、フィリーネは抱きついていた片腕を放し、天井へと伸ばして見せる。俺はその様子を横目で見つめた。
フィリーネの腕には、既に包帯が巻かれていない。その下にあった黒い痣も消え去り、今は白磁のような肌が見えている。
「ジーくんが呪術も扱えるなんて知らなかったし……それに、呪術で付いた黒い痣を見て、自分にも伝染すると思い込んで、フィーを避ける人もいたから……」
「……なるほどな」
確かに、俺は自分のギフトについて、詳しいことをフィリーネに話していなかった。呪術のような希少な術を使える者と会えるなど、思っていなかったのだろう。解呪ができるなどと思わなくても無理はない。
また、呪術で付いた黒い痣を見て、避けられた経験があるのだろう。それであれば、自分から呪いを受けていることを話したいとは思わないだろう。
「呪いは私のことを容赦なく苦しめたの……痛くて、辛くて。果てのない闇の中を歩くみたいだった。もしくは、暗くて深い穴の中に落ちたみたい。そこから出ようと藻掻いても、重い体は動かなくて。どこにも、光なんてなかった」
そう言って、天井に向けていた手を俺の背中へと添える。
随分と苦労したようだ。フィリーネの言葉には、どこか悲痛な色が混ざっていた。
「ジーくん達と一緒にいるのは楽しかったの。一緒にいるだけで、心も体も軽くなる気がしたの。まるで、闇の中に光が射したみたいに」
背後でもぞりとフィリーネが身じろぎをする。
再び手が前に回され、また抱き締められた。フィリーネの体が、背中にぴたりと張り付く。
「そんな時にオスヴァルトが現れて、追いかけて。挑んだけど、呪いが強くなって、動けなくって……そんな時に、ジーくんが来てくれた」
回された腕に、少し力が込められた。
フィリーネの言葉に、前日の事を思い出す。
オスヴァルトがパーティを襲撃し、俺達がその襲撃を防いだ。
逃げたオスヴァルトを追いかけた白い翼の生えた背中。
屋敷に侵入し、窓を突き破って突入すれば、部屋の中で倒れたフィリーネの姿があった。
「ジーくんはオスヴァルトを打ち破って、街を襲っていた呪術を解除した。それだけでなく、フィーに掛かった呪術まで解呪してくれたの」
オスヴァルトの呪術を切り裂き、その体に一太刀を浴びせたことを覚えている。その後はローブの魔族が現れて、オスヴァルトに止めを刺してしまった。
その後、倒れたフィリーネに駆け寄って呪術を解呪したのだった。
「これは、運命だと思うの」
フィリーネのはっきりとした言葉が耳に届く。
「ジーくんがいないと、フィーは助からなかったの。ジーくんと出会わなければ、フィーは呪術で死んでいたの……ジーくんと会えたのは、運命なの」
「運命ねぇ」
俺はフィリーネの言葉を受けて小さく呟いた。
俺自身は、あまり運命と言う言葉を信じていない。今回の結末は、天に決められた定というよりも、俺たち一人一人の行動の結果だろう。
今回と同様の事件が起きようと、俺達は同じ行動を取るだろうし、同じ結末を掴み取ったはずだ。
「だから、もっと一緒にいたいなって思ったの……ジーくんのこと、もっと知りたいなって思うの」
「そういう事か……」
なんとなく、フィリーネの言いたいことがわかってきたような気がする。
フィリーネは俺のことが好きだと言ったが、それはなんとなくそんな感じがするというくらいのものだったのだろう。フィリーネ自らが言っていて疑問形だったし、好きか嫌いかで言えば好き、くらいのニュアンスに違いない。
それでも、俺と一緒にいたい、俺の事を知りたいと言うのは嘘ではないだろう。俺に対し、何らかの好意があるのは間違いない。
俺としても、フィリーネと共にいるのは問題ない。同じ冒険者として、仲間に加えるのも一考だろう。
だが、それは後日改めて話せばいいことだ。これから時間はいくらでもある。
それよりも今は、とにかく休みたいのだ。
「フィナの気持ちはわかった。わかったから、今は一人で寝させてくれ」
「あれ、おかしいの。全然通じてる気がしないの!」
「そんなことはない、わかってる」
言いながら、瞼が重くなってきた。駄目だ、これ以上、意識を保てそうにない。
もういい、考えるのも面倒だ。このまま寝てしまおう。
俺が寝れば、フィリーネも寝るか、飽きてそのうち部屋から出ていくことだろう。
そうして意識を手放す寸前、部屋の扉が外から叩かれた。
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