表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/685

100話 呪術師の行方と黒い霧8

「貴様……何、を……」


 オスヴァルトが、己の胸から突き出した剣の切っ先を震える手で握る。オスヴァルトの体を貫いた剣は、蠢くように鳴動している。

 その光景を前に、俺は一歩も動くことが出来なかった。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。

 そうして、一呼吸おいて理解する。


 ローブの女が、その手に持つ剣でオスヴァルトを刺したのだ。


 剣はオスヴァルトの背を貫通し、胸の中心からその切っ先を覗かせている。

 傷口からは、先程の比ではないほどの血液が流れだしている。


「ぐ……おぉぉぉぉぉっ!」


 オスヴァルトが叫び声を上げながら前へと進み出る。それに対し、俺は思わず半歩ほど後退った。

 ローブの女はその場から動かない。オスヴァルトが前へと進んだことで、その胸に刺さった剣がずるりと抜けた。

 オスヴァルトは肩で大きく息をしながら、ぎこちない動きで後ろを振り返る。


「貴様……どういう、つもりだ!」


「いえ、『万能』の君に見つかったことですし、ここらで回収しようかと思いまして」


「回収、だと?!」


 二人のやり取りの内容はわからないが、仲間割れを起こしていることはわかる。これを好機とみるべきだろうか。いまいち判断に迷うところだ。

 どちらにせよ、オスヴァルトは不味い状態だ。先程オスヴァルトの体を貫いた一撃は、間違いなく致命傷である。それでも、治癒術を施せばまだ間に合うだろう。


「ぐっ……ならば貴様も、俺の呪術で死ぬが良い!」


 オスヴァルトが絶叫と同時に右手を振るった。

 それに応えるように、黒い霧が動く。だが、その規模は先程までと比べてずっと小さなものだった。

 掌ほどの大きさの黒い霧が、ローブの女の横を掠めていった。女は、避ける素振りすら見せない。


「呪術とは、こう使うのですよ」


 ローブの女が、諭すような優し気な口調で言葉を発する。

 そして、腰を落として剣を構えた。

 俺はそれに嫌な気配を感じ、体勢を低くして身体強化を強く掛ける。


「『呪刻剣』」


 小さな言葉と共に、剣が振り切られる。

 その軌道に沿うように現れたのは、黒い大波だ。


 泥水よりも暗い波が、一瞬のうちにオスヴァルトの体を飲み込む。

 そのまま波は勢いを微塵も落とさずに俺へと迫る。

 俺は咄嗟に地を蹴り、波の軌道上から体を逃した。

 そのまま床で一回転をし、瞬時に体勢を立て直す。


 黒い波は部屋を縦断し、反対側の壁までぶち当たる。その軌道上に、倒れたフィリーネがいなかったのは幸いだった。

 それから波は元々存在しなかったように消え去り、波の通った後に黒い染みを残した。


 今のも呪術なのだろう。

 しかし、オスヴァルトが使用したものと比べても密度、規模共に段違いだった。

 今のを受けては、体が重いとか痛いなどでは済まなかったかもしれない。


 では直撃を受けたオスヴァルトはどうなったのかと目線を移せば、仰向けに倒れ伏していた。その姿からは生気が欠片も感じられず、遠目でもすでに事切れていることがわかる。


「さて、回収も済みましたし、私は帰らせてもらいますね」


 ローブの女がそう言い放った。その口調は、たった今人を一人殺めたとは思えないほどに軽いものである。

 目標の一人であるオスヴァルトはこうして死んだが、女の方を逃がすわけにはいかない。むしろ、オスヴァルトが死んでしまった今、情報を得るためには何が何でも女を捕える必要があるだろう。


「逃がすと思うのか?」


 俺は女の動きを注視しながらも剣を構える。剣の軌道にさえ注意すれば、見切れないことはないはずだ。

 じりじりとした動きで女へと近づく俺に対し、女は剣を持たない腕で前方を指し示した。目だけでその方向を確認すれば、その先には地に倒れ伏したフィリーネの姿がある。


「私に構うより、そちらのお嬢さんを助けた方が良いのでは? 『万能』の君なら、それも可能でしょう?」


「お前……どこまで知っているんだ?」


「私は多くを知っていますよ。それこそ、『万能』の君よりもずっと……ね」


 そう言うと、ローブの女は中空に手を翳した。

 次の瞬間、ローブの女が現れた時のように空間が裂け、闇よりも暗い穴が開いた。

 時空間魔術を利用した移動術だ。そこから逃げられては、追いかけることは叶わない。


「逃がすか! 『石の槍(フェルズ・ランツェ)』!」


 せめてもの足止めとして魔術を放つが、飛来した岩塊を女は首を少し動かすだけで躱してしまった。

 その時、魔術の起こした風圧か、ローブの女のフードが捲れた。

 露わになった女の姿を眼にし、俺は驚きに目を開く。


「お前……魔族、か?」


 やや釣り気味の怪しく光る赤い瞳、すっと通った鼻筋、余裕に彩られた笑み。どう見ても美人だと言えるのだが、それよりも不気味な印象を受けた。

 そして何よりの特徴として、尖った耳が黒髪の間から覗いていた。その耳は、間違いなく魔族の特徴である。


「それでは『万能』の君、またお会いしましょう」


「待っ――」


 女が緩々と片手を振る。

 俺は女へと駆け寄るが、それよりも女が空間の亀裂の中へ、その身を送る方が早かった。

 俺が眼前へと迫った時には、既に亀裂は拳ほどに小さくなっており、やがて完全に消え去った。

 それと同時に、周囲に漂っていた黒い霧が晴れる。どうやら、呪術の影響が完全になくなったようだ。


 最早、女を捕えることは叶わない。それよりも、今できることを考えるべきだ。

 俺は傍らに倒れたオスヴァルトへと視線を落とす。オスヴァルトの見開かれた瞳は、既に光を映しておらず息絶えていることは明白だ。こうなっては、例え治癒術を行使したとしても生き返ることはない。


 それよりも、と俺はオスヴァルトの傍から離れて歩みを進める。

 駆け寄った先はフィリーネの傍だ。

 膝をついて抱き起せば、まだ息があることがわかる。それを確認し、俺はほっと息を吐いた。


「ジー……くん……」


 フィリーネが薄っすらと目を開ける。どうやら意識はあるようだ。呪術の影響がその身に残っているのだろう、痛みのためか瞳には涙が滲んでいた。


「仇……討ってくれて、ありがと……」


 フィリーネは小さな声を発し、弱々しい笑みを浮かべた。その口調は、既に自分の命を諦めているようなものだった。

 それも無理のないことだろう。呪術士であるオスヴァルトは、既にその命を散らしている。

 呪術を掛けたものが死んでも、呪術の影響は残ったままだ。そして、呪術を操る者でなければ、呪いを解呪することはできない。


 だが、俺にはまだ一つ方法が残されていた。

 俺はフィリーネを安心させるように笑って見せる。


「安心しろ、フィナ。呪術師がいなくても、解呪はできる。俺は『万能』だからな」

ついに100話です。


評価およびブックマークを頂きました。

ありがとうございます。


「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。

作者のモチベーションが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
上記リンクをクリックするとランキングサイトに投票されます。
是非投票をお願いします。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! 本人より他人の方がギフトのこと詳しいのか後々わかるんだろうけど、主人公自分でちゃんと調べたりしたのか気になります。 引き抜きの時とかに聞けたんじゃないかと思いました
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ