10話 素材採取2
森の中はやや薄暗く、地面の凹凸で少々歩き辛い。森の木々が陽のほとんどを遮るためか、少々肌寒いほどだった。
その中を、俺とクリスティーネは風属性の魔術で周囲の音を拾いながら先へと進んでいる。森の中を奥の方へとほぼ真っ直ぐに進んでいるが、今のところ魔物には遭遇していない。
時折、薬草など価値のある植物を発見しては採取し、背負い袋へと放り込んでいた。今もまた、傷を癒す薬であるライフポーションの材料となる薬草をクリスティーネが見つけたところだ。
薬草の方へと喜び勇んで一目散に駆け寄るクリスティーネには、もう少し周囲を警戒してほしいのだが。
クリスティーネは薬草の傍へと屈みこむと、それを根ごと掘り起こして背負い袋へと入れた。その様子からは、採取という行為そのものへの慣れが見て取れた。
クリスティーネは冒険者になったばかりである。てっきりこういったことには不慣れだと思っていたために、初めて目にした時は心底驚いたものだ。
「クリス、随分と採取に手慣れてるな。半龍族って、そういう教育でもしているのか?」
「う~ん、他の人族と変わらないと思うよ? 私の場合は半龍族の里に来る冒険者に、いろいろと教えてもらったんだっ」
薬草を採取する手を止めないままに、クリスティーネは理由を語ってくれる。
「ポーションの材料とか、食べられる草とか、森の中の歩き方とかね。剣術も魔術も、その冒険者に教えてもらったの」
薬草を採取し終えたクリスティーネが、軽く手を払いつつ腰を上げた。冒険者に必要となる基礎的な技能や知識については、すでに身に付けているらしい。
半龍族の里付近とは環境が異なるためか、目に入る植物すべては知らないようだが、主要な採取物についての知識はあるようだ。この分なら、すぐに冒険者としてもやっていけることだろう。
そうして森の中を進み、何度目かになる風属性の魔術を使用したところ、今日初めてとなる異音を捉えた。数は少なく、音の大きさからしても対象の大きさはそれほどでもない。
他の冒険者ということも考えられるが、小型の魔物という可能性が一番高いだろうか。
クリスティーネに静かにするよう指示を出し、音の方向へと足を進める。こちらの足音が聞こえないよう、音を小さくする魔術を使用した状態だ。
さらに、断続的に魔術を使用して相手の居場所を特定する。相手はどうやら、先程の場所から動いていないようだ。
しばらく木々を避けて進み、ようやくその姿が確認できた。
背は小さく、俺の腰ほどの高さしかない。肌は黒味掛かった深緑色で手足は枯れ枝のように細く、麻のようなものを腰辺りに巻いている。
尖った耳に尖った鼻を持ち、人の顔を見慣れた身からすると醜く見える顔面だ。
冒険者が最も多く出会うとされるその魔物は、ゴブリンと呼ばれている。
好戦的で、人と出会うと襲い掛かってくる習性を持つ。その割に強くはなく、武器さえ持っていなければ一対一なら駆け出しの冒険者でもまず負けることはないとされている。
しかし、群れとなると話は別だ。武器など持って居ようものならさらに危険度は増す。ゴブリンの群れに出会った時は、たかがゴブリンだと侮らないことが鉄則だ。
俺達の目の先にいるのは、二匹のゴブリンだ。どちらも無手で、向かい合ってゴブゴブと何事か話している。まだこちらには気づいていないようだった。
これは、クリスティーネの実力を見るのにちょうどいい魔物ではないだろうか。何かあれば、すぐに俺が対処できる。
周囲には他の魔物はいないようだし、早めに狩ってしまいたい。
「クリス、あれがゴブリンだ。ゴブリンとは戦ったことがあるか?」
「うん、何度かあるよ。あんまり美味しくない魔物だよね?」
「いや、味は知らないが……えっ、もしかして食ったことがあるのか?」
ゴブリンの肉が売られているところなど見たことがないし、狩った際も食べようとは思ったことがないため味はわからない。
味を知っているということは、クリスティーネは食べたことがあるのだろうか。なかなか挑戦者だな。意外とゲテモノ好きなのか?
「ゴブリンの味に関してはまた今度聞くとして、クリス、あのゴブリンを……そうだな、光属性の中級魔術で狙ってもらえるか? それで、残った一匹を剣で倒してみてくれ。魔術を外した場合は、一匹は俺が相手をするから、もう一匹を頼む」
「わかったわ! 見ててね、ジーク。一発で仕留めて見せるんだから!」
俺は手早く対処方法を授けた。
まずはクリスティーネの魔術を見て、できれば剣の腕も見ておきたいところだ。俺ならゴブリン二匹くらい同時に相手を出来るが、それではクリスティーネの経験にならない。
彼我の距離は二十歩ほど、魔術なら十分に射程圏内だ。
クリスティーネは右手に剣を持ち、狙いを定めるように左手を前へと突き出した。
「『現界に属する光の眷属よ 我がクリスティーネの名の元に 槍の如く我が敵を貫け』!」
クリスティーネの詠唱に合わせ、左手の先で光が実態を成していく。その光は細く伸び、さながら槍のように細い形となった。大きさはそれほどでもなく、俺の腕ほどの長さだろう。
詠唱の声はゴブリンまで届いていないはずだが、光に気付いたゴブリン達がこちらの方へと駆けてきた。俺は腰の剣を引き抜き、不測の事態へと備える。
「『強き光の槍』!」
クリスティーネの掛け声に合わせて放たれた光の槍が、空を切り裂きゴブリンへと疾駆する。それは右側のゴブリンの胴を正確に打ち抜くと、鮮血を撒き散らしながら中空へと溶けるように消えていった。
胸を貫かれたゴブリンはその衝撃に足を浮かせ、胸から鮮血を溢れさせながら仰向けに地面へと倒れ込んだ。見ての通り致命傷で、その証拠に倒れたゴブリンは指一本動かさなかった。
もう一匹のゴブリンは、仲間が倒されたことを意にも介さずにこちらへと向かっている。クリスティーネは迎え撃つつもりのようで、その場で軽く腰を落として剣を構えた。
「やぁっ!」
少女特有の高い声とともに振り下ろされた剣は、狙い澄ましたようにゴブリンの首筋へと吸い込まれた。その勢いに押されるように、ゴブリンが横倒しになぎ倒された。
首を断ち切るところまではいかなかったものの、剣は首の半ばまで深々と突き立っており、その命を奪っていた。
クリスティーネは剣を引くと、鋭く振って剣に付着した血を振り払った。その動作には迷いがなく、慣れている様子が伺えた。
「口で言うだけはあるな。結構狩りの経験があるのか?」
「里にいたときに、ゴブリンくらいは倒したことあるもの! どう、ジーク? 見直してくれた?」
「あぁ、想像以上だよ。クリスは冒険者に向いているかもな」
「えへへ、やった!」
思った以上に、クリスティーネが戦えそうである。魔物を倒す度胸もあるようだし、剣筋も真っ直ぐだった。
魔術の腕についても申し分はない。この様子であれば、もう少し奥へと進んでも大丈夫だろう。
それから俺は地面に倒れ伏したゴブリンへと近づくと、ナイフで魔石を抉り出す。あまりきれいではない、小さく濁った緑色の魔石だ。それを軽く水の魔術で洗浄した後、背負い袋へと仕舞った。
ゴブリンから取れるのはこの魔石くらいで、他に売れるような素材はない。残った死体は土魔術で掘った穴へと埋めることで処理をしておいた。
それからしばらく、薬草などを採取しながら時折出くわすゴブリンを倒していった。基本的にはクリスティーネの腕を確認しながらだが、数が多い時は俺も剣を抜き戦った。
結局、この日は怪我一つ負うこともなく、いくらかの成果を持ち帰ることができた。目的であったクリスティーネの腕前も最低限は確認できたことだし、これから受ける依頼の参考にしよう。




