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雨の指宿駅前小旅行記

作者: 川里隼生

 二〇二〇年、三月。動機は忘れたが、私は旅行で指宿を訪れた。宿を指すと書いて「いぶすき」と読むらしい。九州有数の温泉地だそうで、JRにおける日本最南端の駅も指宿駅から直通列車で向かうことができる。


 生憎の雨。駅を出てすぐ立ち往生してしまった私の視界左端に、公園によくあるような屋根付きベンチが見えた。あそこに座ろうと思って近づくと、それが足湯であることがわかった。さすが温泉郷といったところか。タオルを用意していなかった私は、そこに腰を下ろすことを躊躇った。


 どうしようかと思っていると、すぐ隣の土産物屋の入り口に以下の張り紙を見つけた。

「タオル百二十円」

 商売上手なことだ。一人旅はこういうとき身軽なもので、足湯に入りたい気持ちを抑えるつもりもなかった私は素直にその店の扉を開けた。


 そこは中年の女性店主だけがいる個人商店だった。ビニール包装された真っ白なタオルを手にレジへ向かおうとすると、薩摩焼の焼酎カップが目に飛び込んできた。観光地という場所は珍しいもので溢れているのだと実感させられる。それは錦江湾を思わせる濃い青のカップだった。値段を確認して、手に取った。


 レジで店主が私に話しかけた。

「どちらからいらしたの?」

「福岡です」

「ああ福岡から。ぴゅーっと」

「はい、新幹線で」

「鹿児島から指宿までがまた遠いのよねえ」

 同意だ。特急で一時間かかった。


 気さくな店主は、私にカップの内側を見せた。

「ここのところの横線を目安に注ぐと、焼酎が五対五になるのよ」

「へえ。そうなんですね。伝えておきます」

 そのカップは私が使う予定のものではない。実家に送るつもりだ。

「お土産? 偉いわねえ」

 店主はにこにこ話す。褒められ慣れない私は、回答に詰まってしまった。悪いことをしたものだ。


「楽しんでね」

 てきぱきと包装してもらったカップをバックパックに仕舞い、私は目と鼻の先にある足湯へ向かった。少ないながらも人や車が往来する中で靴下を脱ぐのには多少の抵抗があった。そっと、右足から湯につかる。温かい。立ちのぼる湯気が風流だ。


 雨の向こうに、今しがた降りてきた指宿駅が見えた。木で装飾された駅舎が映える。景色を眺めること二十分。まだ雨は止まない。しかしながら、私の体は想像以上に温まっていた。厚着している背中などからは汗が出てきていた。もうそろそろ、向かおうか。タクシー代を支払う決心をつけた私は足をタオルで拭き始めた。

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