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傾いた家  作者: SOUND JOURNEY
4/12

4話

 港区二丁目から新宿を経由して、ぐるりと東京の主要都市を通り過ぎて夢の島へと至る環状線、明治道路。皇居を中心にした、夜闇に煌く都市のひかりを束ねるように、その輪を広げていた。

 新宿を過ぎた、ちょうど繁華街の明かりが途切れた辺りのその道を、一人しくみは、涙ながらに疾走していた。片手にはウィスキーの瓶。おぼつかない足取りに、赤ら顔。たまに通り過ぎる人々は、その泣き声の方を怪訝な顔で見やっては、すぐに手元のスマートフォンに視線を戻した。

「瀬川さん、死んじまえ! そいつと共に、死んじまえ!!」

 言葉と共に吐く息は白く、走り行くしくみの後に置き去りにされていく。

 とある映画の専門学校に入学して、しくみは彼女と出会った。同じゼミで共に映画作りを学んだ仲で、内向きで反社会的な性質のしくみを「バカ」「アホ」と罵りながらも、どこか認めてくれていた。

「死ね! 死ね! 片っ端から何もかも!」

 疲れなど感じる間もなく、しくみはただ情動に突き動かされて駆け抜けて行く。

 学校を卒業してからも、一年に何度かは連絡を取り、飲みに行った。何度も告白めいたことをしたが「顔が好みじゃない」と言われては断られた。だが友達として一緒に遊ぶことは、まんざら嫌でもないようで飲みの誘いにはいつも乗ってくれた。

「ウゴッ!」

 凄まじい衝撃を股間に受け、気が付けばしくみは仰向けに倒れていた。歩道から突き出た車止めのポールに気付かないまま、衝突してしまったのだ。

 両手で股間を押さえて悶絶しているしくみ。羽虫が集った電灯越しの夜空には、まばらな星々が浮かんでいた。

 そして彼女と出会って七年が経った今日。新宿で飲んでいた時に、今度の春に結婚するという話を打ち明けられた。端から何も始まっていないのだけれど、確かに今日、しくみの恋は終わりを迎えたのだ。

「最初から俺なんか、いらなかったんだな」

 しくみは勢いよく立ち上がり、右手に持ったウィスキーを呷ってから再び明治通りを駆けて行く。体と脳に染み渡ったアルコールと悲しみが、痛みを忘れさせてくれた。

 腕を振り上げ全力疾走するしくみのガードレールを隔てた向こうを、猛スピードでトラックやタクシーが通り過ぎていく。過ぎ去っていく車の残光が、涙に滲んだしくみの目に残った。

 どこまでも続く明治道路を、しくみはふらふらと走っていく。この道の行き着く先は、無数の廃棄物の上に作り上げられた夢の島と名付けられた人工島。打ち捨てられた多くの不要なゴミが、整然とした街並みの下に埋葬されている。



「入ってくるなよ! ここはお前らの土地じゃないんだよ」

 突如、下の階から聞こえてきたしくみの怒声に、すっかり寝入っていた和恵は叩き起こされた。明かりを灯して時計を見ると深夜二時二十七分。先に目を覚ましていたペスは、和恵のベッドの下に入り込んで体を丸めて怯えていた。

 「静かに」と、しくみを諌める男の声がする。恐る恐るリビングへと続く階段を降りていくと、玄関先で警察官と向かい合って、明らかに泥酔してる様子で「俺の払った税金は、俺の首を絞めることにしか使われないのか」やら「好きだったんだよ」やら意味不明なことを喚き散らしているしくみがいた。

「あ、お母様ですか?」

 パジャマ姿の和恵に、初老の警察官が声をかける。

「はい」

 和恵は、申し訳なさそうにこくんと頷いた。

「この辺りで騒いでいましてな。連れてきたんですが……」

「すいません」

「騒いでなんかいない。叫んでるんだ!!」

 静まり返った住宅街に響き渡るしくみの声。和恵は、憎々しげにしくみを睨みつけた。

「静かにしなさい」

「うるさい。なんで家に帰ってきてまで誰かに命令されなきゃならないんだ。俺は奴隷か? 誰に売り払われたっていうんだよ!?」

「ずっとこんな調子でして。とにかくご自宅の中へ連れて行ってもいいですか?」

「はい。すいません……」

 奥から現れた若い警察官と初老の警察官に腕を掴まれ、しくみはリビングへと連れて行かれるが、その勢いは収まるどころか、警察官への反抗心からか余計に荒れていった。

「出て行ってくださいよォ! 俺が何の犯罪を犯したっていうんですかァ!? どんなに追い詰められたって、一応、生きていくために我慢してるつもりなんですけどねェ!!」

 そんなことを喚きながらしくみが壁を蹴り飛ばすと、木造建ての家屋は、家全体を振るわせた。大黒柱に括りつけられた水平器代わりの五円玉も、ほのかに揺れている。

「よくあるんですか?」

「前に何度か……」

 和恵は同情を寄せる警察官に、泥酔して警察署に保護されたしくみを何度か迎えにいった話をした。話している途中で、無性に情けなくなって泣けてきてしまう。

 突然、何かが砕け散る鈍い音が聞こえてきて、和恵は顔を上げる。リビングと前庭の間に設けられた窓ガラスは蹴り割られ、充血した目で警察官を睨み付けるしくみの足の裏からは、血が流れていた。

「俺は生きてるんだ! 愛してるんだ!」

 散乱したガラスの破片に囲まれながら、しくみは号泣し始める。

「110番してもらえますか? そうすれば息子さんを、署に連れて行けますので」

「通報、するんですか」

 躊躇っていると、初老の警察官に「お母様では、収められないでしょう」と厳しく言われて、和恵は暗く沈んだ面持ちで受話器を取った。

 電話口に出た婦警に「すいません。息子が酔っぱらって、家で暴れていまして……」と切り出して、電話越しに繰り返し頭を下げながら事情を説明する。

「はい。窓ガラスを蹴り割り……ご迷惑おかけして申し訳ありません……」

 電話を置いて初老の警察官に「パトカーで来てくれるそうです」と告げると、警察官二人は、号泣しながら喚き続けるしくみを慣れた手付きで取り押さえた。

「ちょっとすいません」

 しくみを押さえ込んだ警察官に声をかけて、和恵は、タオルと水を入れたバケツを持ってくる。暴れるしくみの足を押さえて、丹念に傷口を洗い流してからタオルを巻いてやった。そうこうしている間に応援の警察官がやってきて、暴れるしくみを羽交い絞めにして連行する。

「裏切り者!」

 何人もの警察官に取り押さえられ、家を出てすぐの階段を降りていく際に、しくみはそんな言葉を母に投げつけた。

 夜は再び静けさを取り戻す。家々の窓から何事かと顔を出していたご近所さんに向かって、和恵は一つ一つ深く頭を下げて回った。

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