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ラストプロローグ 彼女と出会った日

 夜道。

 それも住宅が近くにない田んぼ道。

 そこで見知らぬ男がじっとこちらを見つめている。

 危険だ――――。


「…………ッ!」


 都は男を刺激しないように、もしかしたら違うのかもしれないという可能性に賭けながら早歩きで歩き始める。

 が……、


 ついて……来る……!


 男はこちらの速度に合わせ、駆け足で接近してきた。

 段々男との距離が近くなり、


「ッ!」


 駆けた。

 男から逃げるため、田んぼ道を超えた先の住宅街へ向けて走り出した。

 だが、スカートが鬱陶しくて走りにくい。


 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ……!


 背後から小刻みな足音が聞こえてくる。

 男も走り出しているのだ。

 こちらはすでに全力疾走なのだが、段々と足音が接近してきて、


 追いつかれる……! ダメだ……!


 「何ですか⁉」


 意を決して振り向いた。

 男はもう手を伸ばせば届く距離まで接近し、都が振り返るとは思ってもみなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


「ぼ、僕に何か用ですか⁉ こんな人気のない場所で……何か?」

「あ、あ、お、おれ、ファンなんです……Miyakoちゃんの……」


 小太りの男はしどろもどろと言った感じで話し始める。

 様子だけを見ればいつもの、どこにでもいるMiyakoファンなのだが、場所と時間が異常だ。


「それで?」

「あ、だから、聞いてほしいことがあって……Miyakoちゃんに伝えたいことがあって……」

「はい、聞きますよ……」

「ずずず、ずっと好きでした! おれと付き合ってください!」


 男がそう言って手を指し伸ばす。

 ここで……告白か。

 それも、ファンが……。

 様子を見る限りだいぶイッてるファンが……。

 何か防犯になりそうなものがないかとポケットをまさぐるが携帯ぐらいしかない。

 隙を見て、警察に電話するか……。


「ご、ごめんなさい。僕は誰とも付き合うことができません。アイドルですから……あなたもファンならわかってくれるよね?」


 小首をかしげて上目遣い。

 死ぬほど練習したかキャワイあざといポーズ。

 これで堕ちて納得して帰ってくれればいいんだが……。


「ああ、そうか。もういいよ。どうせお前もそうなんだな」

「……え?」


 男が急に冷めた声で落としてシャツの首元を指で引っ張った。


「別にいいよ、俺は幻滅しないよ。どうせアイドル何てみんなそうだってわかってたから。こっちに愛想だけ振りまいて裏では何をやってるかわからない。どうせお前も裏では彼氏作ってんだろ。だから、僕と付き合えないんだろ。そうなんだろ。わかってんだよ……」

「え、え、何言ってんの? 聞いてる?」


 ぶつぶつと呟きながらじりじりと接近してくる。

 男の様子に本能的な恐怖を感じる。


「どうせもう人の者になってんならさぁ、別に俺のものにしてもいいよね。俺は正しいよな。別にここでやっても誰も俺を咎めないんだし」


 男が都へ向かって手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと待って!」


 それを手で制し、都は意を決して男の眼を見て告げる。


「俺は、男だぞ!」


 もしかしたら、この男は自分の本当の性別を知らないのかもしれない。本当に女の子と思い込んでいるのかもしれない。そう思って告げた言葉だったが。


「知ってるよ。だからいいんだろ」


 男は口元をゆがめて、都の手を掴んだ。


「いたっ!」


 強い力で捻りあげられて思わず声が出る。

 その声に男は興奮したようで「ヒヒ」と下卑た笑いを浮かべて都の体を押した。

 男に覆いかぶさられるように都の体が路上に転がる。


「Miyakoちゃん。ごめんね。俺の愛は優しくないかもしれないけど。別にいいよね。こんなに愛してるんだもの……」

「ヒッ……!」


 上にいる男の汗が頬に落ちて、生理的嫌悪感と本能的恐怖が混ざって、何とも言えない黒いどす黒い感情が心を支配する。


「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼ 助けて~~~~~~~~~~~~~‼‼」


 こんなところで叫んでも誰も来るわけがない。だが、そんなことがわからないほど、都は必死だった。必死で叫び続けた。

 男も「こんな人通りのない場所に来るわけがないよ」と呟いた。

 それほど絶望的な状況だった。

 叫びながらも、もうダメだと都は目を閉じた。

 その時だった。


「せぇいやっ!」


 気合の雄たけびと共に男の側頭部にローファーの靴が刺さった。


 ドカッ!


 鈍い音がして、男の体が転がる。


「ぐわぁぁぁ! いってぇぇぇぇ!」


 回し蹴りだった。

 誰かが男の顔に向かって背後から回し蹴りを決めたのだ。

 男は頭を押さえて地面でのたうち回っている。


「ふん、男のくせに卑怯な真似をしてんじゃねぇ!」


 金髪に黒いセーラー服。

 都を助けたのは同じくらいの歳の女学生だった。ヤンキーぽい。


「あ、あの……」

「ほら」


 戸惑う都に手を伸ばす金髪ヤンキー。


「逃げるぞ」


 そして、男がのたうち回っている隙をついて、都はその金髪ヤンキーの手を取ってその場を急いで逃げた。


     ○       ○       ○


 田んぼ道を抜けて住宅街までやって来る。


「ここまでくればもう大丈夫だろ」

「ハァ……ハァ……ありがとうございました」


 都は全身で息をしているというのに、金髪ヤンキーは全く息を切らせていない。

 見かけ通り、ヤンキーで喧嘩慣れしているのだろうか。


「ったく、気をつけろよ。あの辺ライトが少なくてよく襲われる奴いるんだから。そいうの狙っている奴には絶好のポイントだって有名なんだからな」

「すいません、そういうの知らなくて……男だから大丈夫だと思って」

「ったく。男のくせにか弱いんだな」

「あの、ところで気になったんですけど、あんな人気のないところに、どうしてあなたがいたんですか?」

「そりゃずっと話しかけようとしてたらいつの間にか……じゃなくて! お前みたいにか弱そうなやつが一人ぼっちで歩いていたら襲われるかもって危なくてついて行ってたんだよ!」

「え、それって結局さっき襲った男と同じストーカー……」

「ちげぇ! 俺をあんな男と一緒にすんな! 気持ちが違うんだよ! 俺は本当に純粋に心配して……もういい!」


 腹を立てたように金髪ヤンキーは踵を返し、立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待って! 名前は⁉」

「礼なんかいいよ!」


 そう言って結局名前を告げずにクールに去っていった。


「別にそういうつもりじゃなかったんだけど……俺っ娘だったな……」


 これが、生涯忘れることのない出会いの日になるとは、都は想像だにしていなかった。

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