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いつどこの世界でも  作者: 則本にのり
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02:私と家

二話目です、よろしくお願いします。

しばらくして、カロリーナとお兄さんの弟、フランツの誕生日の日がやってきた。お母さまと馬車に乗り込むときになっても、お父さまはお屋敷に帰ってこなかった。

「お母さま、お父さまは?」

お母さまは気の毒そうに私を見た。その目には、心配の色は無かった。

「帰ってくる途中でトラブルがあったみたいで、家に着くのはお昼過ぎになるみたい。夜にはきっと、アイゼンエルツのお屋敷でお父さまに会えるわ」

「そう……」

お父さまは士官学校を卒業した後、すぐに従軍している。学校で優秀だったらしいお父さまは軍に入っても優秀だった。ぴょんぴょんと階位を上げてお仕事の量も増えて、今では家に帰ってくるのは三か月に一回くらいだ。

それでも私やお母さまの誕生日や、何か特別なことがあったら帰ってきてくれる。今回も、士官学校時代から交流のあったアイゼンエルツの当主様に呼ばれて帰ってくることになっていた。昨日の夜にはキュンメルのお屋敷に着いて、今日の午前中に一緒にアイゼンエルツのお屋敷に出発するはずだったのだけれど、さっきお母さまが言ったようにそれは難しいみたいだ。

「お父さまに早く会いたい?」

お母さまはからかうように私に聞いた。

「うん、だってお父さまにはなかなか会えないんだもの。それがこんなことになって……」

ここまで言ってふいに目線をお母さまに映した。お母さまの茶色い目に映る自分の顔は、なんだかとっても元気がないように見えた。お母さまも、今度は心配そうに私を見ていた。

「いや、でも夜には会えるのよね。今日はフランツの誕生日なんだから、目いっぱいお祝いしてあげなくちゃ。こんな顔では会えないわ」

少しほっぺたを引っ張ったり、唇を噛んだりして顔に血色を取り戻す。顔が熱くなったら元気も出てきて、馬車に揺られながら足をぶらぶらさせた。

「メリナ、あなたはとってもいい子ね」

お母さまは私を引き寄せた。香水の匂いに目を瞑った。

「でも、つらいことはつらいって言っていいのよ」

瞑っていた目を開けてお母さまのお顔を見ようとした。お母さまはまだ私の頭を抱いていたので、見えたのは白い首筋だけだった。

「どうしてそんな変なことを仰るの?」

「変じゃないわ。親が子を心配するのは」

なんだか要領を得なかった。意味の説明を求めるのも、一人で納得しているらしいお母さまに失礼かと思って控えた。ただ、「ふーん」と言うしかなかった。


そうしているうちに馬車は速度を落とした。アイゼンエルツ領に近づいたのだ。

アイゼンエルツ領は、このシッテンヘルム帝国で一二を争う大きな領地だ。周りを川が取り囲んでおり、関所は川の両岸に設置されている。お父さま曰く「警備を厚くすることで、領地の中でクーデターが起こったり、逆にアイゼンエルツの武器などが外部に流出することを防いでいる」んだそうだ。「じゃあキュンメルもそうしたらいいじゃない」と私が言うと、「キュンメルには警備を二重にするほどのお金はないし、流出して困るような技術もないからなあ」と眉を八の字にして笑っていた。

実際、アイゼンエルツに比べるとキュンメルは笑っちゃうほど貧しい。アイゼンエルツが持っているもののうちキュンメルに無いものはたくさんあるが、キュンメルが持っているもののうちアイゼンエルツが持っていないものは無いに等しい。それは物品的な意味でも、文化的な意味でもそうだ。アイゼンエルツでは最近演劇が流行っているらしい。帝都から光魔法を使う技師がやってきて、それはそれは素晴らしい劇を演出しているそうだ。キュンメルにも劇場はあるが、光魔法を使う人は魔法学者くらいなものなので、舞台は伝統的な炎魔法により照らされている。屋内でできる炎魔法なんてたかが知れているので舞台は薄暗いし、客席は暑いし(もっとも、舞台に立つ役者や炎魔法を使う技師の方がよっぽど暑い思いをしているだろうけど)、ひどいところなら技師が魔法の火力を間違えて劇場が火事になることだってある。その全てが改善された舞台が、アイゼンエルツでは観られるんだそうだ。

私は、つい最近観劇をしたというカロリーナの顔を思い浮かべた。彼女は興奮した表情で語っていた。その熱量は、たぶん劇場を火事にするくらいにはあった。

「メリナも今度一緒に観にいきましょう、本当にすごいんだから!!」

腕をふりふり、飛び跳ねながら嬉しそうに観劇の記憶を呼び起こしていた。「舞台がパッと明るくなったりパッと暗くなったりしてね」「今までと比べてとっても明るいの!だから役者の表情もよく見えて、私感動しちゃったわ!!」「明るさもいっぱいあってね、薄暗かったり眩しいくらいに明るかったりするの!」

いつもはカロリーナの興奮を治めるお兄さんも「あれは素晴らしいね。今までよりずっと集中して劇を観ることができる」とカロリーナと一緒になって騒いでいた。


そういえば、次のお兄さんの授業は光魔法についてのことだった。お兄さんが魔法の話をするのは珍しいと思っていたが、今思えば、観劇の興奮が冷めないので語らずにはいられなかったというわけだろう。

魔法はその名の通り、魔なる者の使うもの。女神様のご加護を受けたアイテムを身につけ、女神様を信じる心がないと人間には使えない。女神様に反するものが魔法を使おうとして、魔族に姿を変えてしまったというのは聖典の有名は一節だ。

魔法の全ては、もともとは魔族が開発したものだったが、魔法学者が代々研究を重ねて遂に光魔法を開発したのだ。光魔法は唯一人間が作った魔法で、光によって暗闇を照らすことができる。

「魔法学では、光は瞬時に広がると考えられている。光魔法を応用して、人や物を瞬時に別の場所に移動させるワープ魔法の開発も進んでいるらしいよ」というのがお兄さんの話だった。お兄さんは「でも科学者の中には、光の速度はとっても速いだけで無限じゃないって主張する人もいるから……ワープ魔法が実現するかはわからないけどね」と続けた。そして「こんなことを僕が言っていたっていうのは内緒だよ。魔法学者に喧嘩を売られてしまうかもしれないから」と笑った。上品で大人なお兄さんの口から「喧嘩を売る」なんて言葉が出たのがおかしくて、私も笑った。


「メリナ、どうしたの?嬉しそうに笑って」

お母さまが嬉しそうに聞いた。ハッとして外を見ると、馭者は関所での手続きを済ませて馬車を動かそうとしていた。

「なんでもないのよ、カロリーナ達に会えるのが楽しみなの」

本当のことを言うと、お兄さんが魔法学者に喧嘩を売られてしまうから言えないけど、これも決して嘘じゃない。カロリーナやフランツとは一週間前に会ったばかりだけど、親友とは何回会っても飽きないし何回会っても嬉しい。

「そう。今日は夜までのパーティだから会える時間も長いし、思いっきり楽しみなさいね」


それから馬車に揺られること小一時間、アイゼンエルツのお屋敷に到着した。長い間降り続いた雨もやんで、お屋敷の庭の草木は軽やかに風に吹かれていた。

「メリナ!こっちよ!!」

カロリーナの声がする。見上げると彼女はバルコニーから手を振っていた。薄い黄色のドレスが彼女の動きに合わせてひらひらして、お屋敷の壁の白色、屋根のレンガのえんじ色、空の青色によく映えていた。

今日の主役のフランツも、バルコニーの柵の間から頭を出さんばかりにこちらを見ていた。

「カロリーナ、そんなに身を乗り出すと落ちてしまうよ。フランツも、折角髪を整えたのにそう押し付けちゃ台無しだろう?」

後からお兄さんがやって来た。梅雨も明けてそろそろ夏本番だというのにジャケットを着こんでいた。「メリナー!!早く上がってきてー!」と大声で私を呼ぶカロリーナに困り顔をしながら、やっぱり少し暑いのか首元をくつろげていた。きっとパーティが始まったらボタンを上まで閉めないといけなくて、窮屈に逆戻りだろうに。

「ようこそメリナ。遠慮なくあがって」

カロリーナ達のお母さんが笑顔で出迎えてくれた。アイゼンエルツ当主のルートヴィヒさまは私を快く思っていないようだけれど、その奥様のジークリンデさまは私の来訪をいつも喜んでくださる。私が大人になったら、お母さまやジークリンデさまのような女性になりたいな。

「今行くわー!」

エントランスから上の階へ続く階段を、ドレスの裾を持って上がる。少し高めのヒールが歩き辛いけど、お母さまに歩き方を教わったんだもの。今日こそは大人っぽく振舞えるわ。

お読みいただきありがとうございました!感想もらえたら泣いて喜びます。

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