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いつどこの世界でも  作者: 則本にのり
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01:私とお兄さん

始めて小説を投稿します。慣れない点もありますが、温かく見守ってくださると幸いです…。

「お兄さん、これはどうして?」

私が問いかけると、隣に座るお兄さんは眼鏡をクイと上げて「どれどれ」と覗き込んだ。

私はお兄さんのこの仕草が好きだ。難しいことを考えるお兄さんが格好いいから。だから私の質問に対するお兄さんの答えは聞いていなかった。

「疲れたかい?」

「あっ…えっと。違いますわ」

私のために説明をしてくれているのに聞いていなかったのが申し訳なくて、でも本当のことを言ったら気を悪くされるだろうし、ただわざとらしく否定するしかできなかった。それを遠慮していると受け取ったのか、お兄さんは今日の授業を終わりにすることを提案した。

傍で様子を見ていたお母さまが、メイドに言いつけてお茶とお菓子を用意させた。

お兄さんは帰り支度を始めた。鞄の中に自分の紙とペンを入れる。なんてことないその作業も、お兄さんは幾度となく繰り返してきたのだろう。

私はお兄さんの白い手がゆるりゆるりと動くのを見ていた。女神さまが私たちを導いてくださるのも、こんな感じなのかしら。

そうしているうちにお茶とお菓子が運ばれてきて、席を立とうとするお兄さんを、私とお母さまで半ば無理矢理引き留めて一緒にお茶をするのがいつもの流れだ。

「いつもありがとうございます。ノア様」

「様はやめてください。私なんて変わり者に…」

他の人はきっと、謙遜の意味でこういうことを口にするのだろうけれど、お兄さんは心の底からやめてほしいと思っているようだった。「私の方が年下なのですから」や「まだ当主でもないのに」でなく「変人だから」を理由にするところに、本気さが表れていた。


お兄さんは変わった人だ。お兄さんの名前はノア・フォン・アイゼンエルツといって、帝国の大貴族、アイゼンエルツ家の嫡男だ。にも拘わらず私みたいな下級貴族の娘の家庭教師として、週に何度か私のお屋敷に通ってくださる。

それだけでも十分変わっているのだけれど、何よりも他の人と違うのは、科学を学んでいるということだ。

お兄さんくらい賢かったら魔法学を学ぶのが普通なのに…というより科学を学ぼうとする人なんてほとんどいないのに、お兄さんはどうしてか、大学へ進学するにあたって科学の道を選んだ。

お兄さんと私が知り合ったのは3年前のことだ。アイゼンエルツ家が主催するパーティに私たち一家がお呼ばれして、そこで初めて出会った。私はもともと、アイゼンエルツの長女、カロリーナと友達だった。彼女から年の離れた兄がいるという話は聞いていたけど、カロリーナはいつも私を外へ連れ出すから、お屋敷にいがちなお兄さんを見る機会は無かった。

そのときも、パーティに早々に飽きてしまった私とカロリーナはお屋敷を抜け出そうとしていた。でも後ろから突然「夜に外に出ると危ないよ」と声をかけられて、その声の主がお兄さんだった。

声をかけられた瞬間、私は怒られると思った。そして、もう二度とアイゼンエルツのお屋敷には呼んでもらえないと思った。私の家、キュンメル家は貴族ではあるものの領地は小さく、財産も周りの諸侯からの信頼も、アイゼンエルツと比べたら天と地ほどの差があった。私がお屋敷で粗相をしたから、お父さまとお母さまにご迷惑をかけてしまった。氷漬けにされたように動けなかった私をよそに、カロリーナは「お兄様!」とその少年に明るく微笑んだ。

「メリナ、紹介するわ。この人が私のお兄様のノアよ」

お兄さんは「カロリーナから噂は聞いてるよ。初めまして、メリナ」と私に目線を合わせて言った。さっきはメドゥーサのもののように見えたその両目は、春の日差しみたいに穏やかだった。

それからというものの、カロリーナに誘われてお屋敷に行ったときにはいつも彼女の隣にお兄さんがいた。お兄さんはお体が強くないから外で遊びまわることはしなかったけれど、私たちが危ない場所に足を踏み入れたり、危険な魔法を使おうとするのを止めてくれたりした。

いつだったか私とカロリーナが勉強をしているときに、わからないところをお兄さんに教えてもらったことがあった。その教え方がとてもわかりやすかったから、私は大いにお兄さんを尊敬した。そしたらカロリーナが「そこまでお兄様の教え方が気に入ったのなら、メリナの家庭教師になるといいわ!」と言ったのだった。

お兄さんは困った顔をしていた。いつもはカロリーナの提案にすぐ首肯する私も、さすがにお兄さんのご迷惑になると言って最初は拒否したが、お兄さんが「別に迷惑ではないよ」と言ったのをカロリーナは聞き逃さなかった。それから話はトントン拍子に進み、お兄さんは私の家庭教師になった。

貴族としての階級や生徒と先生であるということからも、私がお兄さんのもとへ通うのが普通なのだろうけど、お兄さんはそれを拒否した。「屋敷に引きこもってばかりいる私が外に出るいい機会です」というのがお兄さんの理由だった。


「では私はこれで」

とお兄さんは席を立った。今度こそお見送りの時間だ。

「そうそう、忘れるところだった。カロリーナからの手紙を預かっているんだ」

お兄さんは私に一通のお手紙を渡した。カロリーナの字で「愛しいメリナ・フォン・キュンメルへ」と書いてあった。

「ありがとう、お兄さん。次はいつ来てくださる?」

「大学の方で用事があるから、5日後くらいかな。面白い話をたくさん仕入れてくるよ」

私はお兄さんの大学のお話も好きだ。自分にはまだまだ遠いところに思えて、お兄さんの大学のお話を聞いているときは冒険に出かけたような気分がした。

よほどにっこりしていたのか、お兄さんはお屋敷を出る前に

「メリナは僕の話を楽しそうに聞いてくれるね」

と呆れたように笑った。


お兄さんは一人称を巧みに使い分ける。お母さまと話すときは「私」、私やカロリーナと話すときは「僕」という。立派な大人の証だと思うし、決して変人ではない。立派なお兄さんが科学を学ぶのが不思議でならない。お兄さんはただの貴族や商人の息子ではないのだ。広大な領地とたくさんの民や兵を養う大領主の嫡男なのだ。それをお兄さんがわかっていないとは思えない。お兄さんのことが嫌いなわけでは決してないけど、誰よりも賢いお兄さんが、望んであり得ない間違いを冒した気がして、少し胡散臭さを感じてしまう。

「メリナ、お兄さんが帰っちゃって寂しいの?」

「ち…違うわ!」

お母さまが茶化した。「メリナもそんな年ごろかしら…。お母さん寂しくなるわね」言葉とは裏腹に、嬉しそうに左手を頬に当てている。

「違うったら!!」

お母さまはこうなっては面倒くさい。はしたないけどドタドタと階段を駆け上がり、自分の部屋のドアを開けた。


「そりゃあ、私は女の子だから男の人と結婚するし、お兄さんが男の人ってことくらい知ってるけどもさ」

ベッドに勢いよく体重を預け、跳ねる体をそのままにカロリーナからの手紙を開いた。

いつもの彼女のいつもの字だ。綺麗で丁寧で、堂々としている。

手紙の本題は、彼女の弟のフランツが今度五歳の誕生日なので、そのお祝いに来てほしいというものだった。ついでに遊びましょうと。私は「本題」と「ついで」が当日すぐに入れ替わるだろうと予測した。そしてその予測は前々からよくあることであり、外れたことは一度もなかった。

そして手紙は「お兄様といつ結婚する?私早くあなたと姉妹になりたいわ!」と締めくくられていた。

「皆してもー!!!」

カロリーナが自分の兄を私の家庭教師に付けた理由もこれなのだ。私と彼女はとても仲がいい。仲がいいから常に一緒にいたい。なら家族になってしまえばいい!それに、身近に恋の話題が欲しい。後者の理由は完全に私の想像だが、私とよく似ている彼女のことだ。的外れな予想ではないだろう。

「学校で恋愛の話をするのは楽しいのに、周りから冷やかされるのは面白くないわ…」

枕に重い頭を埋める。きっとアイゼンエルツのお屋敷ではお兄さんがカロリーナから「メリナと結婚して!」と言われていることだろう。そして私のお父さまをお嫌いなアイゼンエルツの当主様がそれを聞いたら、また私への恨みを強くするだろう。

第一、大貴族の次期当主がこんな小貴族の娘を妻にするなんてありえないのだ。今のキュンメルとアイゼンエルツの親交だって、アイゼンエルツの当主様と私のお父さまが士官学校の同級生で、成績を競い合った仲だからというから実現しているのだ(実際はお父さまがいつも上だったらしいが)。

お兄さんにはもっと相応しい家柄の人がいくらでもいる。それはアイゼンエルツ家のカロリーナ自身がよくわかっているはずだ。お母さまだって大人なのだからわかっているはずなのだ。

「それなのに、カロリーナもお母さまも…」

枕に埋めた頭がだんだんと重くなる気がした。

お読みいただきありがとうございました。

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