9話 曲芸師ハドソン
幼い頃を思い出していた。
あれはそう、祖父が亡くなって間もなく…生活していくための糧について悩んでいた頃の話だ。
無論。祖父が軍人だった事もあり貯金や国からの手当てもあって当面の心配はしなくても良いくらいの蓄えはあったのだがそれだけで一生を暮らせる筈もなく、働いて賃金ないしは食料を得る必要があった。
初めは村の仕事を手伝おうと思っていた。貧乏暇無しと言うようにこの辺鄙な開拓村には細々とした仕事に溢れているし畑なんかの手伝いをすれば少なくとも収穫した作物にはありつけると考えたからだ。
だがここでもまた俺の中の『個性』がそれを阻んだ。
俺が『能無』である事、たったそれだけの事で畑だけでなく村での仕事全てに携わる事が出来なくなってしまったのだ。
「魔法なんか使えなくても農業は手伝えるよ」
幼いながら不満を感じた俺は忌々しげに睨んでくる農民にそう反論したが結果はつまらないもので、やれ能無にやる金は無いだの、やれ能無に食い物を育てさせたく無いだの話にならない。
しまいには俺に舐め回すような視線を向けた後男娼の真似事をすれば考えてもいいとかふざけた事を抜かしやがった。
このまま交渉を続けても時間の無駄だと思いサッサと話を打ち切ってその農民の家の戸に馬糞をべっとりとなすりつける事も忘れずに次の目的地へと向かう。後ろから男の怒号が聞こえてきたが知ったことでは無い。
元々能無に対する風当りが強いのは幼い頭でも理解していた。
元はと言えば旅の商人達の連隊が村に来た時にアンデルセンという爺さんが持っていた魔力を視覚化する魔望鏡を村長の息子であるスノッヴが持ち出して俺が魔力を持たない人間、能無だと言いふらしたのが原因だ。
魔力を持たず産まれた事を嘆いたことは無いけれど、こんな辺鄙な村なら魔法を使う機会もそうそうないだろうしこの一件さえ無ければ暫くは露見する事もなかった筈なのだ。
まあ長く生活していて何かの拍子にバレる事もあるかもしれないけれどそれだけ長く共に村に住んでいれば今更村八分にされる事もないだろうという打算もあった。
しかし全ての考えはアンデルセンとスノッヴのせいで台無しになってしまった。
もう村で職を探すのは無理だな…。
そう考えた俺は隣の町へ出稼ぎに行く事に決めた。
能無だとバレなければ問題はないだろう。そんな軽い考えで街に買い出しに向かう商隊の一団に紛れ込んだ。
買い出しに行かされるのはキャラバンの中でも若手の者達が多いため馬車も粗悪な物が大半で乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかったが生活費を稼ぐという決意を持った自分には苦にはならなかった。
そしてついに町へと到着し意気揚々と就職活動に赴いたのだが…。
「魔道具も動かせないんじゃウチじゃ使えないよ」
「君いくつなの?親御さんは?孤児は雇う気ないからね」
「ちゃんとした身分証明が出来ないとダメだよ」
連戦連敗である。
まあ当然の話だろう。
どこの馬の骨かもわからない身元不明の子供を雇うなんて経営者側からすれば何の旨味も無い。マトモに仕事ができる保証もないし万が一金や物を盗まれたらたまらないからだ。
中には孤児や浮浪児を集めほぼ無給で奴隷の様に働かせる所もあるみたいだがこの街には無いようだ。
どこの職場でも魔道具が普及していてそれもバジルが仕事にありつけない原因となっていた。
誰もが持っている魔力、それを使用して駆動する便利な品の恩恵を受けられない者では仕事にならない。交渉の際には魔力の総量が少ないのだと誤魔化してはいたが能無だということはバレなくともこういった街だとそもそも魔道具が使えない時点で仕事にならない職場が増えてきているのだ。
「あらぁ、どうしたの?僕」
どうしたものかと首を捻っていると、ネットリと絡みつく様なバリトンボイスが背後からかけられた。
振り返るとそこには長い白髪を結った美丈夫が馬車を引き連れて立っている。
幼い子供を慮る様な言葉とは裏腹にバジルはこの男に対し強烈な嫌悪感を抱いていた。
自分と同じ様に女性的な雰囲気を持った男を前にして同族嫌悪を覚えるのとはまた違う。
何処か自分の嫌いな胡散臭い男と似た雰囲気を出しているのもそうだが何より、この男の手から鎖が伸びているのを見てしまったからだ。
伸びた鎖に繋がれているのは動物では無く、人間。その誰もがどんよりと濁った瞳を己の足元へ向けている。
背後の馬車からもこの世に絶望した者達の醸し出す死臭にもにた雰囲気が漂っていた。
奴隷商人、それがこの男の生業とする物なのだろう。
奴隷というのはこの開拓時代にとって有り触れたシステムだ。
力が弱い事、金がない事、様々な要因によって奴隷は生まれる。
そして俺みたいな能無や獣人の様な一部の人間に差別される人間が狩られたり、この国の植民地となった属国から輸入し商品とする事で奴隷産業は成り立っているのだ。
売る者がいれば買う者がいる。奴隷の使用用途は労働力から性処理まで幅広く多義に渡る。
そんな強欲な客達を満足させる為に奴隷商人は存在しているのだ。
貴重な労働力として奴隷は重宝されているが俺からすればあまり関わり合いになりたく無い人種だ。
下手をすれば自分はこの男からすれば銀貨幾許かの商品でしかない。
奴隷狩りは一般的に違法とされているとはいえそんな物は建前でしかなく、保安官達ですら多少は目を瞑っているのが現状なのだ
この奴隷商人の男ともあまり長く関わるのは控えた方が利口だろう。
「いや何でも無えよ。それじゃあな」
そそくさにその場を離れようとしたバジルの肩にゴテゴテと装飾が施された指輪をつけた手が置かれた。
線が細い様に見えた割に随分と筋肉質な手をしている。
「…なんだよ」
「あなた…能無ね」
「っ!」
能無が魔力を持たない事はそれを視覚化する魔望鏡さえあれば誰にでも判断することが出来る。
しかしそれは反対に、道具がなければ大概の人間は能無を即座に見分けるのは困難な事を意味しているのだ。
しかし魔力適性が高く高度な魔法の訓練を積んだ者はこれに当たらず、感覚で魔力を知覚することが可能な彼等は魔力を全く持たない能無を見分けることが出来る。
それが何を意味するか。
目の前の男がそれだけの実力者だという事、こいつは奴隷商人で俺が所詮能無の子供でしか無い事。
「保護者が近くにいる様でも無いし孤児かしら?まあどっちでも良いわぁ、見た目も良いし好き者の官僚に売り飛ばせば酒代くらいにはなりそうね」
蛇が獲物を見つけた時の様な嫌らしい視線を浴び肌が泡立つ瞬間俺は動き出した。懐に隠し持っていたリボルバーを引き抜き荒っぽい動作で弾丸を放ったのだ。
勿論咄嗟に撃った弾丸など狙いなんてつけられた物ではなく、その一発は奴隷商人にかすることも無く空へと消えた。
だが魔力も持たない子供から反撃が来るなど考えてもいなかった奴隷商人は面食らい、少しの隙を作ってしまった。
それをバジルが見逃すはずも無く街の死角を利用して逃げ鍵の空いていた家屋に飛び込む事で難を逃れた。
「…まあ良いわぁ、この後大事な取引があるのにあんな能無如きに構うことも無い。楽しみねえ…銀狼族。しかも親子で手に入るなんて」
きっと普段の行いが良いのね。と気色悪く体をくねらせながら馬車を引き連れ去っていく。
魔法を使う事に長け、杖などの触媒が無くとも障壁を張れる者からすれば時代遅れの銃など何の脅威でも無く撃たれた所で傷の1つも負わない事、そして彼はこの後重要な仕事が控えていた事もありバジルは見逃されたのだった。
♢
その時に飛び込んだ場所が今も世話になっている店だったんだから人生わからないものだ。
馬小屋に馬と鞍を預け夜の帳が下り始める街を歩く。
目的の店とはそこまで距離が開いているわけでは無く目と鼻の先なのだがバジルはその短い距離を一歩一歩噛みしめる様に進む。
店を照らす灯を頼りにテラス席に居る客の様子を見ると今日は随分繁盛しているようだった。席の殆どが埋まっており店の中からも酒飲み客達の喧騒が聞こえてくる。
今日は忙しくなりそうだな。とバジルは思いながら鍵が開いたままの裏口から店の中へと入った。
外被を脱いで手を洗い厨房に向かうと店の主人が忙しなく包丁を振るっているのを目にする。
「中かピエロ、どっちがいるんだ?」
「ピエロだ。中はもう暫くしたら応援が来る」
バジルに気づいた店主は視線だけ一瞬此方に向けた後ぶっきら棒にそう言った。この間料理を仕上げる手は全く止まっていない。
厳つい髭面とは反対にその料理の手際は繊細にして正確。料理の味についても文句をつける点は見当たらない。
昼間は食事処、夜は酒場、更に部屋はそう多くは無いが宿泊施設としても利用されるこの店は店主の丁寧な仕事も相まって根強いファンがいるのだがいかんせん店を回すための人員が少なく、バジルが店に呼ばれる時は慌ただしさで場が混沌としている。
人気もあって収入も安定しているのだからもっと人を雇えば良いとバジルは常々思っているのだが店主の生真面目さと頑固さは折り紙つきで新しく人が増えても仕事の細かさと店の忙しさについて行けず大体がすぐに辞めてしまうのだ。
今日みたく臨時で応援に来てくれるスタッフもいるのだが定期的にこの店で勤労に励んでいる者はバジルだけというのが今の状況だ。
「あー、あー、んん」
ウェイターのベストを羽織り、髪を纏め、喉の調子を整え酒や料理を楽しむ客達が待つホールに繋がった扉を勢いよく開け放った。
一瞬、客達の喧騒が止み静寂が訪れる。
それもそのはずだ何せ友人との会話を楽しんでいる時突然仮面とガンベルトを身に付けた長髪の怪しい人物が踏み込んできたのだから。
店の客層はお世辞にも良い方では無く開拓者ギルドのならず者未満のような雰囲気の者達が好んで集まっている。
この後の展開で予想されるものと言えば怪しげな人物がガラの悪い面々に絡まれるか、実際に手を出されボロ雑巾のようにされるのが関の山だろう。
しかし帰ってきた反応はそれらとまるで異なるものだった。
「おいアレハドソンじゃないか?」
「…?誰だよ」
「お前昼間はこの店来ないから知らないんだったな」
「昼限定でショーをやってくれる演者だよ」
「ハドソン…男か?」
「多分、でも声じゃハスキーで判断し難いし妙に色気もあるから案外女かも?」
「どっちでも構わねえよ!夜にアレが見られるなんてついてるぜ!酒をもっと寄越せ」
好意的。そう言っても差し支えない声が上がっていた。
ハドソンと呼ばれ、泣き顔と陽気な笑みを浮かべた表情が左右に描かれた道化師の仮面を身につけた人物(まあ、勿論偽名を使ったバジルなのだが)は粗暴な雰囲気の客達から歓迎されながら優雅に野外席までの道を歩んだ。
外につながる扉に手をかけ足を止め、顔だけ店内を振り返りこう言った。
「全員財布持って表に来いよ。良いもん見せてやっから」
財布を持って来いというのはチップを要求していのだろう。その意味を理解している客は愉しげに笑いながらその言葉に従い財布と飲みかけの杯を持ってハドソンに続き外へと向かう。
理解していない客もまた周囲の陽気な雰囲気に流されて料理や煙草を手に席を立った。
往来へと出て自分に注目する客達を見たハドソンは満足気に肩を揺らしながら恭しく礼をする。
「それじゃあ始めるぜ。あっそうそう、チップの用意は忘れんなよ」
再度念押ししたハドソンはガンベルトから古びたリボルバーを引き抜いた。
それを見た彼を始めてみる観客も訝し気に首を捻る。
「なんだアイツ…今時拳銃なんて持ち出して」
そう言葉を溢す彼のガンベルトには魔法を行使する為の触媒とナイフが差し込まれている。様々な依頼を引き受ける開拓者達はその名の通り新たな新天地を開拓する事が最大の目的だ。
その為には荒事に関わる事も少なく無く、攻撃魔法の素養がある者も多い。
だからであろう、そんな彼にとって魔力で作る障壁や一定以上の強さを持つ魔物には通用しないうえ金の掛かる時代遅れの銃など上流階級の人間が戯れに扱うオモチャのイメージしかない。
「まあ見てろってスゲーから」
酒を口にしながら肩を組む同僚がそんな事を言ってくる。
それだけ言うのなら騙されたつもりで見ることにしよう。と開拓者の男は串に刺した肉を喰いちぎり視線を男か女か怪しい姿のピエロに視線を移した。
弾倉を確認したハドソンは「チャキリ」とこ気味良い音を響かせそれを元に戻すとおもむろに懐を漁り6枚程のコインを取り出し観客達に見えるように掲げた。
「まずは一枚だ」
慣れたしぐさでコインを1枚指で弾き空高く打ち上げる。
クルクルと回転しながら空を上って行くコインを全ての観客が固唾を呑んで見守った。
ハドソンは撃鉄に左手を添えコインを睨みつける。
6回。響いた銃声の数だ。
発砲音に数人の客が驚いていたがそれもすぐに別の驚きによって塗りつぶされてしまった。
6回。銃声から間も無く響いた金属を打ち付ける様な甲高い音の数だ。
銃声と全く同じ数のヒット音。弾丸の軌跡が夕闇を切り裂いてコインを明るく照らしながら空中で踊らせる。
ハドソンが魅せたのはリボルバーを用いたコインのジャグリングであった。
正確無比な弾丸やコインを空中で意のままに操る様子は圧巻だ。
魔法で似た様な事が出来ないでもないが空中のコインなんて小さな的を精密に射抜くのは相当な技量を要する。
だがハドソンのショーはまだ終わらない。残り5枚のコインを全て空へと弾いたのだ。
「続いて6枚だ」
ハドソンはそう言ったが観客の中の銃について知っている者は彼のリボルバーが6発装填でそれを撃ち切ったことを知っている。
どうするのかと客は考えワクワクとしていると、ハドソンはガンベルトから既に弾丸が備え付けられたリローダーを取り出しリボルバーに装填する。
その際に元々入っていた空薬莢を排出し入れ替えているのだがその動作に淀みなく、何度も何度も繰り返された動作は一瞬で完了した。
そして再び6回の銃声、6回の金属を弾く甲高い音が響く。
「それ!!どんどん行くぞ!!」
更にリロード、弾丸を放つ。勿論響く音の回数は変わらない。
更に繰り返す。そこで観客は気づく。
速くなっているのだ。回数を重ねる度に。
リロードの速度も、弾丸を放つ速度も。精度を落とすこと無く、どんどんギアを上げて行く。
観客達はポカンと口を開け空の会場で開かれるコイン達の舞踏会を見守る事しか出来ない。
だがそんな時間も永遠では無く終わりを告げる。
最後に6度の金属音を響かせた後ハドソンが広げた手に吸い込まれるかの様に歪な形となったコイン達が落ちていった。
空中の小さな的に弾丸を当てるだけでは無くその落下位置をも操ってみせたのだ。
コインを手にショーの1幕の終わりを示す為ハドソンは観客に向け嫌味なくらい丁寧に礼を披露した。
水を打ったかの様に静まり返る会場に一瞬、「滑ったか…?」と冷や汗を浮かべるハドソンであったが静寂はすぐに酔い客達の歓声によって切り裂かれた。
「おおおおお」
「何だよ今の」
「チップだったよな!ほら持って行きな!!」
「なあ、お前の魔法で同じ事出来ないか?」
「無理に決まってんだろ!あんな小せえ的当てられねえよ」
王都で開かれると言う魔導のパレードには遠く及ばないかもしれない。しかしこんな辺境の街に住む荒くれも者達にとってはたかがジャグリングだとしても何にも代え難い娯楽となるのだ。
証拠に少なくない額のチップがハドソンへと送られた。
盛り上がった酔客達も酒と食が進む。店主の忙しさはピークに達していたがこの日の売り上げが前日の夜よりも倍近く伸びていることを知り厳つい顔に汗を滴らせながらにやけさせている。
それを見たヘルプに来た従業員が引いているのだがそれは言わぬが花だろう。
「なあオイ。火い貸してくれねえか?」
ハドソンが受け取ったチップを数えていると客席からそんな声が聞こえた。
声の主を見ると、巻きタバコを口のくわえながら同業の開拓者に火をせがんでいるところだった。
タバコの男の背後に誰も人がいないのを確認するとハドソンは仮面の上からでも分かる様な意地の悪い笑みを浮かべる。
「火なら俺が貸してやるよ」
「おう!悪いn…」
男の言葉は唐突な『ドン』と腹の底に響く様な銃声によって遮られた。
勿論この場で銃を所持しているのはハドソンだけなので銃声も彼による物なのだが、放たれた弾丸は先程話していた男がくわえている巻きタバコの先端を掠め焼いていた。
あと少し位置がズレていれば男の頰に酒を飲む穴が2つほど増えていた事だろう。
これには堪らず男は座っていた木椅子から転げ落ちた。
その慌てふためく様子に周囲の同業者達は笑いに転げチップがまたハドソンへ投げられたが撃たれた男は顔を真っ赤にして憤っている。
「テメエ、当たったらどうすんだ!!」
触媒なしで魔力の障壁を張れるのは一部の実力者だけだ。
この辺境の街の開拓者ギルドのそんな実力者はいるはずがなく、弾丸が命中していれば間違いなく男は怪我を負っていたのだから怒るのも無理はないだろう。
「俺が撃ったんだからそんなヘマする筈ねえだろうが。コインでもタバコの先っちょでも当てられないもんはねえよ」
「言ったな!?ならアレに命中させてみな!!」
そう言って男が指差したのは街の中心部に位置する協会の屋根につけられた風見鶏だった。
「アレを撃ち抜いて見せな。出来なけりゃテメエの利き手の指を貰う」
「んなもん貰ってどうすんだよ」
「さてね、魔物を狩る時に餌にでもするか」
「ならお前のブクブク肥えた太い指の方が向いてんじゃねえの?」
「ああ!?ゴチャゴチャ言ってねえでやるのかやらないのかハッキリしろ!それとも何か?協会の一部を壊すなんて罰当たりなことは出来ないってか?」
煽る様な開拓者の男の態度にやれやれとハドソンは呆れた風を装っているが内心ではほくそ笑んでいる。これはチップを稼ぐ為に彼がよく行っている手口に一つであった。
「俺は宗教や神さまなんて興味ねえよ。当ててやるからお前は財布を寄越しな」
他の観客の方にも更にチップを要求をした後ハドソンは小さな小さな目標に向けて銃を構える。
この店から教会までそれなりの距離がある。それでも風見鶏が見えるのは協会がこの街の中でも一番の大きさを誇る建物だからだ。
見える。と言っても殆ど点の様な物だ。
距離も離れているためコインの時とは違い弾道の落下や風なんかの要因も考慮して弾丸を放たなければ命中させるのは至難の技である。
「まあ、当たるんだけどな」
何の気負いもなくハドソンは1発の弾丸を放った。
開拓者はメンツを大事にしている。舐められてしまえばこの先の仕事に支障が出るからだ。きっと宣言した通りハドソンが弾を外せばその細い指を切り落とすのだろう。
しかし彼は撃った。その行為に己のガンマンとしての命運がかかっている事などまったく感じさせないほどの自然体で。
数秒場が静まり返り、ハドソンは銃を下ろす。
呆然としていた客席の中の斥候の役割を持つ男が慌てて望遠鏡を覗き込む。
「…」
「早く言ってみろよ!?あんな適当に撃って当たるわけねえだろ!?」
物見が黙り込み、痺れを切らしたかの様に煙草の男が叫ぶ。
「…ってる」
「あ!?」
「当たってるんだよ!!」
「はあ!?そんな筈ねえ。貸してみろ!!」
斥候の男から望遠鏡を引ったくり協会の風見鶏に向け覗いた。
「ば…かな」
覗いだ先の風見鶏の頭部は確かに砕かれていた。弾丸での破壊を裏付けるかの様にその破壊痕の一部が焼け焦げている。
ハドソンは肩を落とす煙草の男に近寄りジェスチャーで何かを示していた。
「…何だよ」
「財布。よろしくな」
「チッ…クソッたれ」
悪態をつきながらも煙草の男はハドソンに魔物の皮で出来た財布を投げつけるかの様に渡した。
それを見た酔客達も更に盛り上がり追加のチップと酒や料理の注文が飛び交う。
(今日の客は随分気前がいいな。これだけ稼げるならもっとシフトを入れるのも悪くねえ)
数えたチップをズボンのポケットに押し込むとその指先に硬い感触が触れるのを感じた。
その時ハドソンは家に待つ弟の事を思い出す。
(もっと金を稼ぐ為に夜の酒場にも出てきたんだ。もう少し派手なくらいの方が喜ばれるだろ)
「お前ら!腰を抜かすくらいのもっとド派手なショーを見せてやるからチップをもっと弾んでくれよな」
煽る様なその物言いに会場のボルテージは最高潮となった。
「もっとスゲーもん見せてくれるのか!!」
「今日は依頼が上手くいって懐が温かいからチップの方は心配するな!」
「良いぞ!!任せとけ!!!」
「早く見せてくれ!」
会場の声に応えるかの様にハドソンはポケットから取り出した何かを天高く放り投げた。
ハドソン…いや、バジルは着のみのままここへと来ているため服装は昼間と変わらない。ポケットに入れていた物もそのままだ。よって、今彼が放り投げたの物は…。
「魔鋼の花火は綺麗に咲いてくれるかね」
魔弾に加工前の魔鋼片。昼間に作業してた時にポケットにねじ込んだ2つのうちの1つであった。
魔鋼は魔鋼同士を強く接触させると内部に宿る魔力が反応して爆発を起こす性質を持つ。
空中に投げられたそれに魔弾を撃ち込めばどうなるか。
バジルは魔鋼片のサイズから爆破してもそれ程の規模にはならないだろうと考えていた。それは以前試作の魔弾で実験した際の結果から思い描いていた物であったがバジルは1つだけミスをしていた。
その時に使っていた魔弾は試作で今回はそうではなく完成品だという事。
結果から言えば空には花火が描かれた。
しかしそれ想定よりも、かなり大きな規模の衝撃を伴い街の夜空を照らし出した。
轟く轟音は1日の終わりに家で寛ぐ者達を叩き起こし、何かの事件かと街の保安官は騒ぎを聞きつけ店へと向かい、破壊の嵐の真下の建物たちはビリビリと振動し曇ったガラスが割れ飛び散る。
客達は腰を抜かしほとんど全てが椅子から転げ落ちていた。残りの者も椅子に座ったまま白目を向いている。
それから間も無くして額に血管を浮かべた悪鬼の様な表情を浮かべた店主が包丁を手に店から出てきたのだった。




