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8話 団欒と陰謀と

 日が落ちかけ空が茜色に染まる。幼子達は家へと帰り仕事を終えた農民も鍬を置いて酒の注がれた杯を手に取る時間。


 とある一家もまた、ささやかな団欒のひと時を過ごしていた。


「ね、兄さんのご飯は今日も美味しいね」


 トワイアは嬉しそうに豆のトマト煮をパンに乗せ頬張る。

 今日はバザーで新たに仕入れてきたらしい調味料や食材を使用しているらしく、咀嚼していると普段の料理とはまた違った風味や旨みが口内を満たし思わず笑みを深めてしまう。

 あいも変わらず対面していると姉さんと呼びかけてしまうのはご愛嬌だろう。


「いつもと少し違うけど美味いだろ?今日も腕によりをかけたんだ」


 ニコニコとしながら弟を見守るバジルだったが自分と、彼の隣にいる人物を見て眉を顰めた。


「ふんっお前がいるのは気に食わないが飯はまあまあだな」

「えー、物凄く美味しいのに、旅の途中で食べてた携帯食が粘土の塊に思えるよ!」


 食事に各々の感想を述べるのは行商人のヤコと魔道具売りのアンデルセンであった。


「爺さんよぉ…誘っておいてアレだけど文句言うくらいなら来なきゃ良いじゃねえか」


 魔物騒ぎが収まった後バジルはキャラバンがまたこの村を去る前にとヤコと、色々な意味で世話になっているアンデルセンを食事に誘った。


 物騒な事件の後で気になることもあったがヤコから受け取った手紙を見てそんな憂鬱な気分は吹き飛んでしまいバジルは舞い上がって家計の事など顧みず2人では食べきれない程のご馳走を拵えてしまったのだ

 。

 他にもスノッヴとトリルやカーターも誘いたかったのだが騒ぎのあとスノッヴが見つからず捜索のため取り巻きの2人も駆り出されてしまいあれから会えていない。


 バジルも内心少し心配ではあったのだが去り際の元気だったスノッヴの様子を思い出し捜索に行くのはやめた。正直自分が言ったとしてもあの男が喜ぶ顔が想像できない。


「喧しいわ飯が不味くなるから黙っとれ」


 黙々と食事を口に運ぶアンデルセンをバジルは意地が悪い笑顔で見ている。


「能無が作った飯がそんなに美味いか、そうか」


 この男、アンデルセンはバザーでの一件からも分かる通り筋金入りの能無(ノーム)嫌いでも有名…なのだが何故か幼い頃から兄弟の頼みを断ったことは無い。


 彼が食事の誘いを嫌味を入れながらも二つ返事で了承した時、隣の運び屋の男が形容しがたい複雑な表情を浮かべ驚愕しているの見た時は思わず吹き出してしまった。


 スノッヴ達と同じ様な悪意さえ感じさせるほどの能無に対する過剰な言動。しかしバジルの相談事には協力的、実にチグハグな対応だった。


 彼が能無を嫌っているのは言動や態度から明らかなのだが、どうやら亡き祖父に何やら恩があるらしくそれで代価と引き換えに度々頼みを聞いてくれている様だ。


 そして何より…。


「お前さん最近痩せたんじゃあ無いか?これも食え。あとこっちも美味そうだぞ遠慮せずたんと食え」


「ちょっ、アンデルセンさんそんな気を使わなくても大丈夫だから」


「そう言う慎しみ深い所もお前さんのいい所だな。どうだ?お前さんさえ良ければ儂の孫娘と見合いでも…」


「いや…僕まだ15ですよ?お見合いなんてそんな…」

「いやいや」「いやいやいや」


 溺愛しているのだ。弟のトワイアを。


 理由は魔法の才能が突出していることや素直な事や様々ならしいが最近は見合い話まで持ってくるようになった。

 遠慮するなって言ってるけどそれ大嫌いな能無がこしらえた料理だからな?分かっているのだろうか。


「良いな〜結婚!トワイア君その歳でもう婚約者(フィアンセ)がいるなんて羨ましいよ」


 グデッとだらしなくテーブルへとヤコの頭をバジルが小突いた。響いた音が軽い音だった割に威力はそこそこあったようで自らの脳天を抑えヤコは絞められる瞬間の牛のような呻き声をあげている。


「ぬおお…何すんの」


「行儀が悪い奴に飯はやらねえ」


「ゴメン!…って、ほんとお母さんみたいだよねバジルちゃんわ」


 ヤコの言葉に一瞬彼の顔から表情が消える。が、その変化は一瞬で今は既にいつもの不遜な笑みが称えられている。


「そうか…俺はちゃんとやれているのか」


 ポツリと呟かれたその言葉は誰の耳にも届く事はなく溶けて消えた。


 唯一弟のトワイアだけが兄の変化に気がついたがその真意までは読み取れず小首を傾げるばかりであった。


「なんだ。小娘ももう結婚に憧れる歳か?ならサッサと所帯を持てば良い。腐っても一国一城、店のオーナーで金もあり見てくれもそう悪いもんでも無い。寄ってくる男がいないわけでも無いんだろう?」


「小娘って呼ぶのやめてよねー。…まあ口説いてくる人中にはいるんだけどさあ、なーんか違うんだよね」


 どうも言い寄ってくる男達はどれも納得がいかないようだ。流石未来の大商人様は理想が高くていらっしゃる、とバジルが揶揄うとヤコは目を細くしてねめ付けてきた。


「なんだよ」

「べっつにい〜バジルちゃんにはわかんないと思うよ」


 食事を再開するヤコは何処か不機嫌そうだ。トワイアとアンデルセンに至っては呆れ顔でやれやれと首を振っている。


 なんとも言えない雰囲気に肩身を狭くしているとバジルの目に壁にかけられた時計が映った。


「あー、そろそろ時間だな。食事終わったら食器は水に浸けておいてくれよ」


 慌ただしく出かける支度を始めるバジルを不安そうなトワイアと、キョトン顔の残り2人が見つめている。


「兄さん本当に今から行くの?いつもはこの時間の仕事は断ってるのに。それに着替えだってまだ…」


「んー?まあちょっとな」


 バジルはこれから普段から世話になっている食堂での仕事へと向かおうとしているのだが、いつもなら夕方からの仕事は断っているのだ。


 家族(トワイア)との時間を守るためというのが一番大きいのだがこの食堂、夜になると酒場兼宿としても営業している。

 能無という立場のバジルにとって高待遇で迎えてくれる貴重な職場ではあるのだが夜の客層はあまりよろしくなく、以前客前に出た時女性と間違えられ散々たる目にあったのだ。


 勿論バジルの性格的にただで済ます筈もなく鉄拳を持って解決に当たってしまった。

 その際店のオーナーからしこたまお叱りを受けしまい、せっかくの職を失うのを恐れて基本夜の営業には顔を出さないようにしていたのだ。我慢する気は更々無いと言うのは本人の弁である。


 しかしそうも言っていられなくなった。その理由としては魔物騒ぎの後ヤコから受け取った手紙に起因している。


 1つは勤め先の救援要請。そして肝心のもう1つはと言うと…。


(流石に今の貯金だけじゃ心もとないからな…もう少し稼がねえと)


 魔法学院メーティス・ブルーノの受験資格証。


 それがヤコの持ってきた手紙の正体だ。


 ブルーノは遠方の子供達のため学力テストを発行している。そのテスト自体それ程安いものでは無いためやはりある程度の経済力が無い家庭の子供は弾かれてしまうのだが、受験資格を満たした優秀な子供の元には学院長直筆の受験許可証が送られる。


 バジルは弟にこの資格テストをやらせてティアーレ便を扱っているヤコに頼みブルーノへ送ってもらったのだ。

 結果は合格。バジルはトワイアの学力テストは勿論、本試験の合格さえ疑っていなかった。

 当然最終的な判断は本人に任せるつもりのバジルだが弟の知識欲の大きさや医者になる為の意欲も知っているため学校に行きたいと言うとほぼ確信している。


 夜も働く事に関しては当初、家族の団欒を天秤にかけ揺れていたが弟の可能性を広げる事になると思い至ってからは片側に傾いてしまい動かない。


 身支度を終え扉に手をかけるバジルに無造作に丸めた紙束が投げ渡された。


「なんだこりゃ」


「今から歩いていくのは大変でしょ。馬で行けば。黒い方がオススメ」


 未だふくれっ面…かと思いきやニコニコのヤコが言う。どうやら所有している馬の貸出許可証のようだ。

 紙束を大切に懐にしまい込むバジルは彼女に負けない強いエネルギーを感じさせる魅力的な笑顔を浮かべた。


「ありがとな。今日は少しバタバタしちまったからまたそのうちちゃんと飯ご馳走するからよ」

「楽しみにしてる」


 ニシシと破顔するヤコと食事の手を止め未だ心配そうな顔のトワイアに見送られながら家を後にした。

 その間アンデルセンはと言うと食事の手を止めるわけでも無く弟の世話を焼いていた。


 本当に…そんなに自分が嫌いなら関わらなければ良いのに。


 そんなことを考えながらバジルは馬小屋へと向かうのであった。




 ♢







 時は少し遡り魔獣騒ぎが解決した頃…。


「なんでアイツがっ…はあ、っ能無のアイツがなんで…ケホ」


 魔力切れの症状である頭痛や吐気、途方も無い虚脱感に苛まれながら彼、スノッヴの眼は鉄せも溶かすような激情に燃えていた。


 ここは村外れの納屋の横、この時間帯ならば誰もいない。彼はそこで呪いのように己の内心を吐露していた。


 多少打ち解けていたとは言えスノッヴの心の奥底にはバジルに対しての嘲りが確かに存在していて彼を見下すことで己の優位性を明らかにしていた。


 だがしかし、今回の魔物騒ぎによってそれが覆されてしまった。幼い頃から魔望鏡で確かにばじが能無だと確認した。大人達もそれからまるでゴミみたくバジルを排して来た。


 でも実際はどうだ。村でも一番の才能を誇る自分と同じ、否、それ以上の魔法を彼は操ってみせた。

 実際は魔法ではなく魔力の術式が組み込まれた弾丸なのだがスノッヴ自身は知らないので関係のない事だ。


 (午前中の決闘でアレが使われていたら自分は負けていたのでは無いか?いやむしろ死んでしまうのを避けるために手加減をされていたのでは無いか?この俺が、スノッヴ様が)


 そう思うと彼は益々憎悪に囚われてしまった。


 ここまで過剰に心が乱されてしまう理由は本人にさえ分かってはいない。

 今回の答えは単純に周囲の人間の刷り込みのせいなのだが幼い頃から刷り込まれたそれは刺青のようにスノッヴの心に刻み付けられ消える事なく歪む原因となってしまったのだ。


 根拠も実像もない憎悪などひたすら厄介でしかなく、これに関してはスノッヴ自身も被害者と言えなくもない。


 そんな誰もいないと信じ心の中で怨嗟の声を撒き散らすスノッヴの肩に1つ、気怠げな声が掛けられた。


「やあ、君はあ…そうだスノッヴ君だったねえ村長の息子さんの」


「!!?」


 自分だけしかいないと思い込んでいたスノッヴは突然声をかけられ驚愕に身をすくませてしまう。やっとの思いで振り返り声の主を確認すると、再び驚きに顔を歪ませてしまう。


 その男は風貌に似合わずやたら仕立ての良い服を身に纏っていて、その胸元には首飾りが怪しく揺らめいていた。
















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