15話 遭遇
いつもありがとうございます
引き続きゆら視点です。
私には何が残っているのでしょうか。
母も、血の繋がらない妹も、その父も失って…。
何も無い、私には。
巨大な氷柱で串刺しになった建物をあとにしながらユラは考える。
肥えた男と、礼儀の良い仮面を被っていた者達の最期は醜悪で惨めに命乞いをしながら氷柱の中へ沈んでいくという物だった。
その光景を見てもなんら爽快感も達成感も湧いてこず、ただ虚しいだけで…。頭に浮かぶには母の事、ユラの事、そして自分に良くしてくれた変わり者の友人だけだ。
この先は自分は何を指針にして生きていけばいいのだろうか。
奴隷にされた原因が義理の父だとしりユラの心は擦り切れてしまいそうなほどに傷ついていた。
元々長い奴隷生活の中で磨耗していたユラにとってそのダメージは致命的だ。
己を見失った彼女は、今までずっと蓋をしていた怒りの感情を思うがままに開放した。結果、ランデブー商会の拠点たる建物は荒ぶる氷雪魔法で凍てつき、中にいた人間たちはその災禍に巻き込まれた。
幸いなことに忙しい昼時をもう過ぎていることもあり一般の客は少なく、一階フロアにいた人間達に大きな怪我は無い。
しかしユラのいた、破壊の中心である一室は話がまた別だ。
銀狼族の制御など考えていない解放された魔力はその部屋にいる人間に容赦なく襲いかかった。
今もあの穴だらけになった家屋の中には氷と化したヒトの破片が転がっている事だろう。
憎しみのまま人を殺した。
結局、彼女の心を最も苛んでいるのはその現実だ。
仮にも母が一度は愛した男、義理の父である男とその側近を凍らせて粉々に砕いてしまったのだ。
きっと母も、妹のヤコも私を許しはしないだろう。
唯一残っていたやるべき事である墓参りも私にはその資格は無くなってしまった。
俄かに騒がしくなっていく街の中をフラフラと歩きながら、ユラはこのままいっそ命を絶ってしまうのも悪く無いのでは無いかと思い始める。
そうすれば大好きな母やヤコに会えるかも知れないと暗く沈む目を輝かせるが、すぐにその光は消えてしまった。
いや…死んだところで私は彼女達には会えないだろう。
人は死後、生涯を査定され極楽浄土たる天国か罪を洗い流す為に地獄へと送られるという。
ならば私が行くのは、今頃ウィル達が到着しているであろう地獄で間違いない。
生きていても未来は見えず、死んでも何も変わらない。
私はどうすればいいのだろうか。
そこでふと手に握った羊皮紙の存在を思い出す。
そこに記されているのはランデブー商会が裏で扱っている商品の取引先の情報だ。
恐らく私がこれから売られる筈だった相手。
もしかすれば自分と同じ様に捕まり使役され酷使され、地獄を見ている同族がいるかもしれないと考えると、復讐心にも似た暗い感情や苦しみから救い出してやりたいという義憤に駆られる。
ドロドロ煮詰まったヘドロの様に己の内に渦巻く悪感情に呑まれそうになっていたその時、自分を奴隷から救ってくれた男…か怪しい人物の顔が思い浮かんだ。
想像の中の彼は自身に満ち溢れた姿で長い黒髪を風になびかせている。
「まだ…助けてもらったお礼をしていませんでしたね」
ひとつだけユラの中でも行動の指針が生まれた。
バジル自身は礼など望んでいないが、いまの彼女にとってその些細な事がなによりも大切であり、今にも折れてしまいそうな心を守るための防衛本能でもあるのだ。
でなければ自分は、感情のままに破壊を繰り返す本物の怪物になってしまう。そんな予感があった。
思考停止とも言えるが、思い立ったユラの行動は早い。
魔物の一種である屍人じみたノロノロとした足取りから一転し跳ねる様に駆け出すユラ。
(バジルさんは多分首相官邸へ向かっているはず)
あれから時間が過ぎてしまってはいるがあの人の目的である弟さんがそこに居るとしたら、なにかしらの手がかりがある筈だ。
「待て」
ユラの背中に鋭い声が投げかけられた。
振り返ると、軍服に身を包んだ青年がこしの剣に手をかけてこちらを睨みつけている。
「私は兵士のペインだ。銀狼族…女。貴様だな?ランデブー商会を潰し、商会主であるウィル氏を手にかけた嫌疑のかかっているのは」
流石首都だけあり保安に携わる人間の動きは随分と早い様だ。
ランデブー商会での騒ぎを聞きつけもう兵士が駆けつけている。
スラリと魔力の光を帯びた刀剣を抜け放つペインと名乗った青年を目にし、ユラの尾が少し逆立つ。
強いな。
銀狼族としての獣の本能がペインの実力の高さを察していた。
「私の剣はライトニングという最強の男の師事を受け身に付けた物。できれば抵抗をしないでくれると血を見ないで済むんだが…」
「あいにく、私は商会の事件に関係なんてありませんので…それでは」
そそくさとその場を立ち去ろうとしたユラの首筋に向けて一筋の光刃が煌めく。
ギィンと甲高い音が響き渡る。
いつのまにか接近していたペインが放った斬撃をユラの手から伸びる氷爪が受け止めていた。
『氷斬爪』
「その氷、魔力、やはりそうか。これより拘束させてもらう」
「違ったらどうするつもりだったんですか?」
「元々直前で止めるつもりだったから問題はない」
あの音を置き去りにする正確無比な一閃を器用に止められるのかは疑問ではあったが、この男自身が言うのなら本当なのだろう。
となれば更に斬撃の速度が上がると考えて良い。
ユラは油断なく兵士ペインを見据え、透き通る水晶の様な氷爪を構えた。
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