7話 豚面の大男
怒号が上がり、砂塵が舞い、鮮血が地面へと飛び散る。
『炎槍』
灼熱が槍の形となって3メートル以上の鋼の様な体を持つ大男に襲いかかった。
哀れな男はなすすべも無く無数の槍に身体を貫かれ焼き殺されてしまう。
手に持っていた棍棒を取り落としながら自身も地面へと崩れ落ちる彼は豚の顔をしていた。
「はっ、はっ…どうだざまあみやがれクソ豚野郎が!!」
絞り出す様に声を吐き出したのは大男を焼殺した炎の槍を放ったスノッヴであった。
息も絶え絶えなその様子からかなりの疲労感に苛まれている事が窺えるが当の彼は豚面の大男…正確にはオークという魔物の死体を足蹴にしながら夢中で勝鬨を上げている。
「はあ…はあ…さ、流石カーリーさんだ。頼りになるぜ」
真新しいロングソードを杖にして取り巻きの1人トリルがリーダーに息を切らしながら声をかけた。
彼の持つ剣の刀身が赤い液体に塗れているのは周囲に転がる小鬼を餌食にしたからなのだろう。
『村を魔物が襲った。』
戦う事が生業の人が多く存在し防衛力がある街なら些細な、しかし若い人手も少なく荒事に免疫のあるものなど片手の指よりも少ない辺鄙なこの村にとっては大きな事件である。
保安官が常駐しているわけでも、用心棒を雇っているわけでもないこの村からすれば魔物の襲撃は村の存亡に関わる危機ではあるのだが幸いなことに、今はキャラバンが立ち寄っておりそれに伴い魔物達との戦いにも慣れた開拓者ギルドという組織に所属する護衛達が村の防衛に協力をしてくれる事となった。
村を襲ったのは小鬼や豚面と言った低級の魔物達だけであったのも村に大きな被害が出来なかった要因の一つだ。
しかし低級とはいえ魔物は魔物、危険な事には変わりはない。
ゴブリンは1匹1匹は非力だが小狡く、数を活かした悪辣な戦術は油断すれば簡単に足元を救われる。繁殖力が高いのも辺境の村からすれば脅威だ。
そして奴らは基本的に大所帯の為飢えている。今回の襲撃でも人的な被害は無かったがその代わり村の冬越えの為の蓄えが一部やられていた。
そしてオークはゴブリンと同じ様に繁殖や食料の回収を目的として人里を襲う低脳な魔物として語られる事が多いがそれは全くの間違いだ。
確かに種を増やす事が目的なのも正解ではあるのだが彼等は武人の様に戦う事自体を好んでいる節がある。
脂肪と筋肉の鎧を身に纏い棍棒や自身を討伐に来た開拓者ギルドの人間を返り討ちにし奪った刀剣を装備して再び略奪へと向かう。
訓練を受けていない人間からすれば圧倒的な強者であり荒事に慣れているはずの開拓者や荒くれ者達でも状況によっては討伐に危険を伴う。
そんな相手を一介の村人でしか無いカーリーが屠る事はかなりの異例の事と言えるだろう。村に迷い込んだ1匹や2匹のゴブリンを倒し自信を付けたものが開拓者となる事は珍しくも無いのだがオークともなれば話は変わってくる。
そもそも一般的な村人が手に出来る武器ではオークに太刀打ちなど出来るはずがない。加えて攻撃魔法を操れる者が現れるの極々稀だと言うことから彼、カーリーはその数少ない特例に数えられる。
才能はある、それは間違い無い。しかし精神面の成熟性が絶望的に伴っていないのだ。
魔力の使い過ぎで顔を青ざめさせながらも打ち取ったオークへ狂ったように蹴りをお見舞いする姿に取り巻きのトリルもカーターも若干引いている。
「に、にしてもよかったよな、キャラバンの連中がいる時でよ。流石に俺達だけだったらキツかったぜ」
話をそらす様に慌てて声を上げるカーターであったが彼の言う事は事実であった。
魔物の襲撃はこのスポットだけでは無く他にも二ヶ所あり、其方は開拓者達が対応してくれていた。もしキャラバンの護衛達がいなければ人手が足りず大惨事となっていただろう。
いくら才能を持っているとはいえ戦闘訓練を受けているわけでもない青年と村人にしては多少まともな武器を持った他2人では出来る事に限りがある。
現にオークを蹴る姿から元気に見えるカーリーは魔力を使い果たし倒れる寸前であるし取り巻きの2人至っては小鬼を1匹か2匹仕留めただけで体力、精神力共に限界を迎えていた。
そこへ…。
ズン、ズンと重量を感じさせる地響きと共に先程スノッヴが焼いた者とは別のオークが現れた。
同胞を足蹴にする彼を見て豚面から怒気が吹き出す。
「クソッたれがあ!」
「どうすんだよ!!」「もう一体なんて…」
戦う余力が残っていない時に新たな敵。
取り巻きとその主人は大いに狼狽えていた。
もう一度魔法を行使する為に魔力を練り高めようとするカーリーであったが再び炎槍を放つだけのリソースが最早残っておらず打ち止めで、悪戯に魔力切れの症状を悪化させるだけであった。
今も忙しく別の場所で応戦している開拓者達の増援も期待できる筈も無く、3人は豚の姿をした死が棍棒を引きずり迫ってくるのを見守るばかりだ。
黄ばんだ歯を覗かせた口を笑みで歪め、手に持つ棍棒をゆっくりと振り上げた所でトリルとカーターは悟ってしまった。もう終わりなのだ、死ぬのだと。
剣を動かす気力さえ湧いて来ず只々揺るぎない死を甘受しようとする2人に対しスノッブだけは違った。
「俺がっ俺様がこんな所で死んでたまるかよ!!」
そう叫んだカーリーは項垂れるトリルからロングソードを奪い取る。彼はまだ戦うつもりだ。傲慢な面が目につくがこういった負けん気の強いところは見習うべきなのかもしれない。
しかし勇気と蛮勇は全くの別物で、魔法が使えなくなったカーリーにオークを倒す力など有りはしない。
このままでは3人仲良く棍棒のシミになる未来は避けられない。
どうすれば、何をすれば正解なのか、生き残るすべは無いのか。目紛しく回る思考の中、スノッヴには迫りくる棍棒が酷くゆっくりに見えたその時。
戦場に一発の銃声が響いた。
♢
「やっぱオークには普通の弾じゃ通じねえか」
彼の放った弾丸は確かにオークの体表を貫いたが、言ってしまえばそれだけであり膨張した筋肉に阻まれ重要な器官を傷つけるには至っていない。
だがそんな事は彼も百も承知であり、やすやすと魔物に痛打が通るなら銃はここまで廃れていないだろうと思う。
これは実験だ。これまでの自身と比較する為、そして新たな力を示す為。
回転式の弾倉を外し、その中に鈍色に輝く弾丸を込める。弾倉を戻し撃鉄を起こす。
気分の高揚感は…それ程でも無いかな。
「童貞って訳でも無いしな」
獲物を前に水を差され苛立ちを募らせるオークに古びたリボルバーの銃口を向ける。
オスの匂いのする少女から自分に向けられた小道具を見てオークは訝しむ。先程自分は実際にそれから放たれた攻撃を身に受けている。
そしてそれが命に届く筈のない木っ端な物だと理解した筈だ。
しかし…しかしだ。オークはその銃口から重苦しい程の威圧感を感じ取っていた。
何かが先程とは違う。その一撃を受けてはいけないと彼の小さい脳ミソは盛大に警鐘を鳴らしていた。が、オークとしての闘争を求める本能が理性を上回りその足を前へと進ませる。
カーリー達から興味を失い、銃を構えるバジルと向き合うオークは筋肉を隆起させ張り詰めた弓のように解き放たれる時を待っていた。
ただ、オークは1つ勘違いをしている。バジルが『魔弾』を銃び込め撃鉄を起こした時点で彼の命運は尽きているのだ。
バジルがその白魚のような指が掛かるトリガーを引く。
銃声が響いた瞬間、破壊の暴風を身に纏った弾丸がオークの頭を通過した。
恐らく彼は何かを感じる事も、思考する事も出来なかったであろう。
棍棒を振り上げ同族の仇に襲いかかろうとした者の首から上が消失し、噴水のように大量の血液を吹き出しながら倒れていくのをその場にいる全員が見守った。
場は酷く静まり返っている。口を開こうとする者はいなかった。
「なっ…ああ…」
命を諦め死を待つばかりであったトリルがバジルを指差して口をパクパクさせている。まるでキャラバンで売っていた鮮魚のようだ。
青褪めた顔色とは対照的なギラギラと燃える目でバジルを睨みつけたスノッヴが震える唇で何かを話そうとする。
「テメェバジル…「すっげえええ!!何だよバジルちゃん魔法使えたんじゃねえか!!」」
何やら口を開きかけたカーリーを押しのけてカーターが大興奮でバジルに詰め寄った。
「しかもオーク倒せる魔法なんてよ!この村じゃカーリーくらいだと思ってたぜ!!何で今まで能無のフリなんてしてたんだよ」
更に正気に戻ったトリルも駆け寄ってくる。確かにそうか『魔弾』の存在を知らないものが見ればその威力から魔法を行使したように思えても仕方がないだろう、とバジルは考えた。
「凄えだろ?俺の取って置きの魔法さ」
バジルはこの都合の良い勘違いを利用する事に決めた。
祖父関係の軍の人間も魔弾に関して何も知らなかったようだし祖父が故意に秘匿していたのだとしたら自分が態々あけっぴろげにする事も無いだろう。
そもそも対して魔弾の生い立ちについて別段詳しいわけでも無いのだから下手に突っ込まれるよりも適当に話を合わせた方が都合が良さそうだ。
「そんな筈がねえ!!!」
絶叫がこだまする。
突然の咆哮に驚いてその場にいた者全員が声の主へ視線を送った。
「テメエは…能無だろうが。魔法なんか使える筈無えんだ」
戦闘の疲労で息も絶え絶えにも関わらずその両の目には激情が讃えられている。
自分に言い聞きせるように言葉を吐き出す彼の様子は酷く不安定に見えた。
「まあまあカーリー。実際バジルちゃんは魔法使ってたんだしそう邪険にする事もないんじゃ無いか?」
「そうだぜ、何より危ねえ所を助けてもらったんだからよ」
主人を宥めようと肩を組もうとする取り巻き二人組であったが全くの逆効果であったようで2人を乱暴に振り払った後駆けて行ってしまった。
「あんだけ元気なら大丈夫だろ」
慌てる取り巻き2人とは反対に、バジルは特に気にしたようも無く独りごちる。
村に身を寄せた当初の頃に比べれば多少コミュニケーションが取れるようになったとはいえカーリーの能無憎しは相変わらずなので彼も慣れた物だ。
「すまねーな。他の同い年位の奴らはわりと普通なんだけどカーリーはちょっとな…」
「無理もねえよ、あの人村長の子だから大人と接する機会の方が多いんだろ」
幼い頃から顔見知りの人間はバジルの性格のおかげもあり能無という事はそれほど意識せずに接してくる。しかし上の、彼らの親の世代となるとまた違ってくる。
能無は差別され排他されるべき物。10年、20年と時間をかけ凝り固まった考え方は簡単には変わらない。
スノッヴは周囲がそういった思想の大人で固められた環境で育ったのだろう。そして先程トリルは同世代の子は普通の対応をしていると言ったが中には親の言葉に影響され虐めに加担する者。村長の子の命令に逆らえずやむおえず同調する者もいる。
「いっぺん思い切り喧嘩した方が手っ取り早そうな気がしてきたな」
「流石にさっきの魔法使われたら死人が出ちまうよ」
「馬鹿かお前、ただの喧嘩にあんなもん使う訳ねえだろ。普通に魔法の触媒掠め取った後ぶん殴るだけだよ」
「なら安心…なのか?」
中には触媒を使わなくても魔法を使える者や魔力で身体能力を強化出来る者もいるけれど村の人間にそこまで熟達した奴はいないので問題は無い。鍛えて殴る、これが正解。筋肉は偉大なのだ。
「ところでよ」
「?」
「さっきの魔法はどんな名前なんだ?」
「あーそれ俺も気なってた。見たことない魔法だったからよ、昔一緒に住んでた爺さんに習ったのか?」
「…」
名前、魔法には名前が必要なのか。それもそうか、これから魔法として扱って行くなら何か尤もらしい名前が必要だ。詠唱を必要としない無詠唱魔法って事にしても良いけれど今まで魔法を使えない能無って扱いだったのにいきなりそんな高等技術を持っていたなんて話しても疑念の目を向けられてしまう。
なにか…名前…。何かピッタリな…。
「…マドゥアーン」
「なんて?」
「魔弾」
「変わった…名前だな」
「やっぱ今の無しで」
「無し!?」
なんで気の利いた名前を付けておかなかったんだ。と、祖父に恨み言をぶつけてしまうのも仕方ない。
彼バジルは絶望的にネーミングセンスが無かったのだ。しかも本人にその自覚があるタイプだったため居た堪れなかった。
トリル、カーターと目を合わせないようにしていると魔物騒ぎが収まったらしく村から安堵の雰囲気が漂ってくる。
するとしばらくして、満面の笑みを浮かべたヤコが2通の手紙を手にしてやってきた。




