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6話 魔弾

「良かったのでしょうか…あんなにあっさりと引き下がって」


「あー…構いませんよお」


「しかし、上からも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにとの命令ですが」


 尚も言い募る部下にヘンリーは気が抜けたような表情で振り返る。


「だから話し合いで解決すればそれで良かったんですけどねえ。まあ保険も勿論用意してますけど」


 そう言って首元のアクセサリーを弄ぶ彼は何処か気怠げで仕立ての良い服を着て従者を侍らせていなければ大統領直々の使者だとは誰も思わないだろう。


「色々と考えてはいるんですけどねぇ」


 この事に対した興味を持っていない様な投げやりな態度に、従者であるペインは何か反論をしようとするが己の立場を考え口籠る。

 そんな彼の様子を見たヘンリーがあからさまに落胆した様なため息を吐きやれやれと首を振った。


 それも彼がとっているポーズの1つなのか、常に相手には霞が掛かったような印象しか抱かせない朧げなこの男の本心を知る者はいない。


 ふとそこでヘンリーに一瞬、影が掛かる。


「なんだ?」と彼が空を見上げれば藍色の鱗を持った鳥が翼を大きく広げて飛んで行く。様子を見ていると、どうやらキャラバンが停留している辺りに()()()下降して行くようだ。


「あれは…亜人の娘が飛ばしていたティアーレ便ですね」


 ティアーレ便はティアーレという鳥竜種の魔物を飼い馴らして使う配達便の事だ。この魔物は賢く、力も強いので手紙や荷物の配送。他にも戦争の際の伝令役に使われたりと何かと重宝されている。


 ピンっとガラス細工を指で弾き先程と打って変わり楽しげな表情を浮かべたヘンリーがペインへと語り掛けた。

 彼は、コロリと表情を変えた主に対し訝しげな視線を送っているのだが本人に気にした様子もない。


「まだ()()鳴らしてるんですよね?」


「え、ええ馬車に残っている者に申し付けてあります」


 腕を組み何やらブツブツと呟きながら1つ、また1つと頷くヘンリー。

 ペインは自分の上司が変わっている事は重々承知なのだがここまで奇行が目立つと流石に心配になって来る。


「ああ…これで行こうか、ああこれが一番面白い」


「?」


 1人納得した彼は部下を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。軽やかにスキップをする主に、残されたペインは困惑するばかりである。


 やはりこの男は誰にもその真意は晒さない。幼い頃から知る兄弟達には勿論、自分について来た部下に対しても。

 その内にどんな感情、どんな思想、どんな計略が混沌と渦巻いているかなんて誰も知りはしないのだ。



 ♢



 家具を退け床下にある重厚な扉を開き中へと入ると、そこには書物や様々な器具が整理された静謐な空間があった。


 あまり人の出入りを感じさせない雰囲気が漂っているが埃などは積もっておらず適度に掃除がされている様子からマメな人物が定期的に管理している事がうかがえる。


「まっ、さっさとやっちまうか」


 この空間の現在の主である美しい女性がその風貌に似合わない粗暴な口調で呟く。彼女…いや、正確には()なのだが整った顔立ちも服装もどう見ても女性のそれであった。


 彼、バジル・アントリウムが滞在しているのは祖父が生前使用していた工房だ。入り口が家具の下に隠されていた事もあり祖父が亡くなった頃に来た王都の人間の査察の手も入っておらず、物の位置も場の持つ雰囲気も始めてここへ彼が立ち入った頃から殆ど変わっていない。


 今も扉を開け立ち入る際にフワリと、祖父が好んで吸っていた煙草の独特な甘いが香る錯覚さえ覚える。

 祖父が生きていた頃バジルは様々な事を学んだ。

 銃の扱い、効率的な体の鍛え方、体術等。日々訓練に励みそれらを自分の血や肉として着実に吸収していった。


 しかし結局、祖父が生きている間この工房への入室が許される事は無かった。彼がここへ初めて入ったのは祖父が亡くなってからひと月ほど経ってからのことである。


 そこでバジルは小手先の技術では無い能無(ノーム)という絶対的なハンデを覆す手掛かりを発見した。


 気にしていない風を装っては見ても魔力を持たないというのが戦いにおいて大きなハンデになる事は能無(ノーム)であるバジル・アントリウムが一番理解している。

 これが身体能力に優れた獣人や東方の特殊な武術を使う民族であるならばまた話は別なのだろうが、悲しいかなバジルは荒野の開拓村出身で見た目は可憐な美女の非力なヒトでしか無い。


 だから…『魔弾』。そう工房の資料に記された物を発見した時バジルは心の底から祖父に感謝した。


 付近に魔弾と似たものが題材にされた御伽噺の本があった事から祖父がそれをモデルに作ったのかもしれない。最初に見た頃、堅物の祖父にもロマンチックな側面があったんだなと笑ってしまったものだ。


 御伽噺に出てくる『魔弾』は一発で戦争を終わらせられる物、強大な魔物さえも吹き飛ばしてしまえる物、そう記されていたがそれは流石に創作物の中での話だろう。


 一発だけ、資料と共に祖父が作った現物が遺されていた。


 幼いバジルは資料を一通り読んだ後、その威力を確かめる為に近隣の林へと赴いた。


 古びたリボルバー式の拳銃に一発。回転式の弾倉を外し、その中に鈍色に薄く光を反射する弾丸を込める。

 そして、弾倉を戻し撃鉄を起こす。


 毎日銃の訓練の時に散々繰り返して来たルーティン、たったそれだけの動作なのにも関わらずとても高揚していたのをバジルは今も覚えている。


 残された軍事的な資料を全て理解する事などその齢の少年には土台不可能な筈なのだが、バジルは資料から書いた人間の熱を感じ取っていた。

 腹の底から溢れてくる様な何かを満たす為の欲求。それが何なのかは分からなかったがその熱は確実にバジルへと伝染した。


 御伽噺に浮かされた老いぼれの夢。時代遅れの銃を用いたお伽話がモデルの兵器なんてそう吐き捨てられてもしょうがない下らない物の筈だった。


 しかし、『魔弾』を見つけた瞬間幼いバジルは確信した。これは俺の物だと、魔力の無い俺が使う為のものだと。


 細かい資料がや現物がある事から祖父が実際に戦いで運用していた筈なのだが魔力を宿している祖父が何故こんな物を使っていたのかは分からない。

 だからバジルの中では普通の攻撃魔法を使うよりも威力が出るのでは無いかと期待だけが募っていった。


 そしていよいよ、期待や興奮が乗せられた幼い指先が引き金に掛かる。


 狙うは樹齢何十年にも及ぶ大木。村の木こりがサイズが大きいだけで硬く加工がし難く、しかも燃えずらいので邪魔にしかならないと嘆いていた物だ。

 ならば建材にはどうだ、という声もあったのだが硬いというのは柔軟性や弾性に欠けるという意味であり経年劣化により亀裂が走りやすいことからやはりこの樹木は厄介者でしか無い


 御伽噺程の威力は期待してはいない。

 しかし中位の炎魔法でさえ弾いてしまう程の硬さを誇るこの種類の木を、貫通しないまでも体表を削り取るくらいの威力はあるのではないかとバジルは考えていたのだが…実際は。


「……っ…」



 撃った時の思ったよりも少ない反動に驚くバジルは、放った魔弾を確認して絶句する。


 それなりに威力が高い筈の中位の魔法でも傷がつかない大木に大きな、幹の中心から外側近くにまで届く位大きな風穴が空いていた。

 自重を支えきれなくなった木がメキメキと悲鳴をあげながら倒れて行く。


 それを見て自分が進むべき道を確信して魔弾作りを開始したのはいいのだが…。


「これが中々に…難しい」


 制作を始めて数年、魔弾作りは失敗の連続であった。


 資料には薬莢は過去に出回っていた既製品を使うと書いてあり、製鉄技術なんて持っていない彼は当初助かったと喜んでいたのだがガンパウダーと弾丸の過程で躓いた。


 一応祖父が几帳面な人物であった為『魔弾』作りの過程はこと細かく記されてはある。

 アリアの花弁は指定された通り乾燥させ薬研と呼ばれる生薬の加工にも使われる道具で粉砕しジエン砂鉄を熱しながら混ぜ、融点が低い事が特徴のエルマタイトを熱で融解させ液体にして注ぐ。


 その一連を祖父が布に描いた幾何学模様の上で行う。

 所謂魔方陣という物であるこれは、加工を行った後も不思議と汚れる事なく何年も使い続けられているのだがどうやらこの布自体が魔方陣を保存し続ける為の魔道具らしく、専門のアンデルセンにそれとなく話を聞いてみるとこの布切れが自分の年収の倍以上する高価な代物であると知った時は冷や汗が止まらなかった。


 一応ここまで挙げたのがガンパウダーの作り方だ。

 勿論これは『魔弾』専用のガンパウダーの作り方であり魔術的な意味合いが強いのだと思う。

 分量もキッチリ計り資料通り作った筈なのだがどうも想定していた反応が起きず困惑した。

 何が悪いのか、何が原因なのか、物作りはトライ&エラーの繰り返しが基本だ。

 ならば資料に書かれていない部分問題なのかとそれぞれを加工する際の手際や質にも着目して試作を続けた。

 幸い時間ならば余裕がある。

 能無のバジルは村の仕事に関わることができないからだ。これを喜んでいいのかは正直分からなかったがその甲斐あって試作のガンパウダーが完成し。


 取り敢えず満足のいく出来のガンパウダーが仕上がった次は弾丸だ。


 弾丸も同じ様に魔方陣の上で作るのだが今度はガンパウダーの時に使用した物とは違い紙に記された陣の上で行う。


 複雑な図形で編まれた幾何学模様の円の中心に加工する前の魔鉱を置きセルの杯を注ぐ。

 すると不思議な事に描き込まれた模様に合わせてスーッと注いだ液体が浸透して行く。


 液体が幾何学模様に行き渡った瞬間眩い光が辺りを包む。

 光が周囲を満たしていたのはほんの一瞬で、収まった時手元に視線を戻すとそこには()()()()()ポツンと弾丸の形に整形された魔鉱があった。


 意外にも弾丸の作成には一度で成功してしまった。そしてどうやら魔方陣は一度の使用で消えてしまう様だ。これが保存の魔道具では無く紙に描いてある理由なのだろう。


 材料が揃い、組み立ていよいよ試射の段階になってまたしても問題が発生した。


 引き金を引いても不発に終わったのだ。ガンパウダーと球、両方共に完璧に仕上げたつもりのバジルであったが改めて組み合わせてみると不和が生じたようだ。

 弾丸についてはバジルの手は殆ど入ってはいない為原因はパウダーにあるのだろう。

 再び試行錯誤の時間だ。


 失敗して、失敗して、失敗して…全くうまくいかない日々が数ヶ月、数年続いた。

 そしてある日疲れ切って試作を続けている時、ミスをして記された分量と異なる配合のガンパウダーを使った魔弾で試射をした際に面白いことがわかった。


 今までうんともすんとも反応を示さなかった魔弾が()()()()()


 これを見たバジルはガンパウダーに使う素材の分量を調節し一回、二回、三回と数を重ねて遂に最初に見た祖父の物と同じ威力の魔弾を作り上げることに成功した。

 成功してから分かった事なのだが、どうやらパウダーの分量や配合は資料に書かれているよりも随分と少ないようだったのだ。

 どういう意図があって祖父がこう言った書き方をしたのかは分からないがこの時のバジルは魔弾が完成した事に浮かれてその事に考えが至らなかった。


 そして致命的な部分もまた彼は気付けないでいたのだ。


 バジルは魔弾の試作を何度も、何年も続けてきた。積み重ねてきた失敗の数は膨大であり消費された素材の量もまた然りだ。

 ガンパウダーや弾丸についての素材はまだ良い、金は少々かかるがツテを見つけたので問題は無いのだけれど使い捨ての魔法陣についてはそうはいかない。


 あれは祖父が自身の手で書いたもの様でキャラバンや足を伸ばしたところにある街にも売っていない。魔法陣を代筆してくれる業者もあるにはあるのだが法外な値段を取られると聞いたので不可能だ。


 ならば自分で作るしか無いと思い立ったバジルだったが魔道具、魔法陣についてのノウハウなんて持ち合わせているはずもなく魔弾の実用化の道は再び遠のくのであった。

 幸い魔法陣を引く為の専用のインクは貯蔵が大量にあり、陣の設計図に関しても問題無く資料が遺されていおり例によってアンデルセンからレクチャーを受ける事で更に月日を費やしながらも魔弾用の魔方陣も完成に至る。

 何だかんだあの爺さんには世話になっているので今度夕飯の差し入れをするのもいいかもしれない。



 様々な障害を乗り越えて魔弾の実用に至ったのはついこの間の事だ。


「これで12発目…1つずつ作らなきゃいけねえのは面倒だな」


 白紙になった物と未使用の魔方陣を交換して一息つく。


 とはいえこれで魔弾を運用していく目処が立ったと、コロコロと2つの小石大の魔鉱を手の中で玩ぶバジルは満足げだが懸念も覚えていた。


 魔法に頼らなくても戦う力さえあれば働き口なんて幾らでも見つけられとは思うけど第一の希望はこの村で保安官になる事だ。

 この村と、祖父の家を守ってトワイアの帰りを待つ事。しかし魔法が使えないだけで資格試験を門前払いをされる可能性もある。


 他所の村では資格なんて物がなくても用心棒として似た様なことをしている者たちもいるのだがそんな荒くれ者同然の身分では弟のトワイアが納得しないだろう。

 弟には何の憂いもなく自分の道を進んで欲しいと思っているバジルは考えた。


 何か、何か自分の力を明確に証明するもの必要だ。


 その時()()()地響きと怒号が響いてきた。


 バジルはすぐさま手に持つ魔鉱をポケットに押し込み壁にかけたガンベルトを引ったくって地上へと続く階段を駈け上がる。


 普段からウンザリするくらいの平穏を享受しているこの村に似つかわしく無い声を聞き彼の心は酷くざわめいた。


 勿論胸中はトワイアの身の安全を案じ事が第一なのだがその次に浮かんでいる気持ちが村の連中を心配する物なのか、それとも早速魔弾を使う機会に恵まれたかもという期待からなのか本人にも分からなかった。























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