表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/73

5話 最後の歓談

「客は綺麗な女だって聞いて楽しみにしてたんだけどな…こんな陰気なおっさんじゃあなく」


 どんよりとした空気が包む祖父の家のリビングで最初に声を発したのは不機嫌そうに頬杖をつく荒々しい雰囲気を纏った美女…に見間違えそうな風貌をした青年であった。


 正直初めからこの青年の性別を知っていなければ誰もがこの人物を『女性』と判断するだろう。

  それくらいに彼の目鼻立ちは整っていて服装も女物を身につけているのだが相対する人物はその色香に惑わされる事はない。何故ならば彼はその青年の性別を知っているはずなのだから。


「ふむ…綺麗な女性なら()()()の目の前に居るんですけどねえ」


 無言で腰のリボルバーに手を伸ばすバジルを隣に控えるトワイアが静する。


(弟よ、何故止める)


(ね…兄さん、流石にお国からの使者相手に銃向けるのはマズイよ)


(そんなこと言ったってよぉ…どうせ断る事が決まってんだから適当に話だけ聞いて追い返しちまえば良いじゃねえか)


(いやでも案件が案件だけにもっと真面目に考えなきゃ損をしそうなのはこっちだよ)


 こそこそと密談をする兄弟に戸口に立つヘンリーの従者の1人が苛立ちを募らせ口を開こうとするがヘンリー本人に よって遮られてしまう。

 彼はヘラヘラと軽薄そうな笑みを浮かべて何やら楽しそうだった。


「内緒話ならあっしも混ぜて欲しいですねえ〜、何なら組んず解れつベットの上でも構いませんよ」


 無言で撃鉄を起こすバジルを隣に控えるトワイアが静する。


(弟よ、何故止める)


(この人が()()なのはいつもの事でしょ?一々取り合ってたら持たないよ)


 冷静なトワイアの言葉に「分かった」と頷いたバジルは花も恥じらう乙女の様な笑顔を浮かべて飄々とする死神へと向き直った。


「という訳だ!さっさと荷物纏めて帰れ!」


「貴様!」


「ね、兄さん!!!」


 ヘンリーの軽口を受け流す事を諦めたバジル、そして彼が放った一言に激昂するヘンリーの従者に兄を抑え損なって頭を抱える弟。混沌(カオス)だ。

  もうこの話し合いの場は収集がつかないのではと誰もが思い始めた時、軽薄そうな笑みを浮かべたヘンリーが「まあまあ」と、場を仕切り始めた。


「皆さん落ち着いて、ペインさんも。アントリウム兄はこういう方なんですから慣れてくださいよ」


「そもそもお前が人を食ったような事を言うのが原因だろうが」


 不満げながらも上司の発言に頷くペインと呼ばれた従者の男。そして話が拗れたのはヘンリーの軽口が原因だと噛み付くバジル。

  確かにこの飄々とした男にも非はあるのだが兄弟達の幼い頃の刷り込みから必要以上に彼に対して強い当たりをしている事も事実なので一概に一方が悪いとも言い切れない。


 兄弟は15を過ぎているとはいえ良くも悪くも精神的に未だ未熟だ。

  頭では両親や祖父が亡くなった非がヘンリーに無いと分かっているのだが感情的な面ではやはり納得は出来ていない。

 この人の神経を逆撫でする態度を別にしても彼、ヘンリーが大切な人を次々に連れ去った死神だという認識が中々消えてくれないのだ。

 それに道化の仮面を被り己の内面を一切見せないその言動と素行から信用に値する人物になどなりえなかった。


 しかし兄弟よりも長い人生を送っているヘンリーは経験も精神的な練度も2人よりずっと上だ。バジルの敵愾心もトワイアの猜疑心も全て軽くかわした男はこの村に立ち寄った目的についての話を進めることにした。



「トワイア様、気持ちはまだ変わっていませんか?」


 …トワイア「様」ねえ。


 実の弟を敬称付きで呼び、恭しく接する胡散臭い中年を見てバジルは鼻で笑う。


 思えばこの男は今までバジルの事を名前では読んでいない。

  これが能無(ノーム)とそうでない者への線引きなのか、それともこの胡散臭い男のからかいなのか。

 どちらにせよ先の運び屋同様のあからさまなその態度に思う事がないわけでは無いが一々取り合っていたら日が暮れてしまう。


 バジルにしても諦めに近い考えを抱いてしまえるほど能無(ノーム)に対する差別は根深いのだ。


 しばらく考え事をしているうちに2()()()話は進んでいた様だ。


「…僕には戦う事なんて出来ません。ましてや勇者なんて」


「聞けばトワイア様は医療の道に進む為に勉強しているそうで?」


 突然振られた別の話題に瞑目しながらトワイアは一瞬兄に視線を向けた後口を開いた。


「はい、お医者様になって傷ついた人を癒してあげられる様になる事が僕の夢です」


 そして兄に恩返しする事。そう心の中で付け足すトワイアは満足そうに頷く女性にしか見えないバジルを見た後、密かにため息をこぼした。


「あっしも多少医学を齧ってますがね、あんな物その辺の秀才に任せておけば良いんですよ」


 ヘンリーは心底くだらないと芝居の掛かった仕草で両手を揺らす。

 自らの夢を否定されたトワイアは多少目を細める程度で済んだが、彼を大切に思っているバジルは怒気を隠さず撒き散らしている。

 それを見たペインが腰に帯刀した剣に手を添えて油断なく構え、歓談の場であった筈の一室が俄かに物騒な色を帯び始めた。


 戦場の様なひりついた空気へと変わってしまった室内で唯一、元凶たるこの男だけは変わらない態度でつまらなそうにトワイアを見据えている。


「貴方はね、トワイア様。貴方だけに出来る事をやるべきだとあっしは思いますけどね。人を助けると言う意味ではそう変わらないはずだあ」


「それが勇者だってのか?」


 ヘンリーの問いに間髪いれず答えるバジルは不機嫌を露わに愛用のリボルバーへと右手を滑らせていた。


「大体なんでトワイアなんだ?魔法を使える奴なんてそれこそ王都にゴロゴロいるだろうが」


「大統領の懐には予言魔法を使える巫女が居ましてね。世界を脅かす存在と対峙するトワイア様の姿を予知されたのですよ。まあ予言と言っても夢の様に朧げな光景を見るだけなんですけどね」


 胡散臭いにも程がある。そんなしょうもない物が原因で大切な弟を戦地送りにされてたまるか。


「宗教と占いは信じないタチだけどよ、朧げだって言うなら尚更トワイアだって断定出来る理屈が分からねえ」

「あっしが居たからですよ」

「?」


「予言というのは光景と共に神言を賜わう物でしてね、その内容がなんとピッタリあっしの知るトワイア様の事を示していたんです」


 幼い頃から兄弟の事を知るヘンリーだからこそトワイアの存在に気づけたと。正直そんな妄言全く信用しちゃいないがこれだけは分かる。

 やはりこの男は兄弟にとって死神だ。もしくは疫病神かもしれないがこの先もし勇者として魔物なんかの怪物達と命を賭して戦わなければいけなくなるのなら死神というのが適切に思えた。


「勿論、勇者なんて国にとって相当重要な立場の人間を選ぶわけですからあっし程度の小役人程度の進言が全てって話でも無いんですけどね?」


 話を聞いているとどうやら勇者とかいう創作物染みた胡散臭い物にはトワイア以外にも何人かの候補がいるらしい。


 ならばトワイアは必要ないだろと声を荒げる兄だったが勇者というのは彼が思っている以上に国にとっては重い物らしく可能性が高ければ何年費やしたとしても手に入れたいようだ。


 現にこのヘンリーという男はここ数年この村に通っているのだがそれは今回が最後だと以前話していて、兄弟にとっては喜ばしい事なのだけど今までの執着を見るに急に手を引くのは何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。


 というか国の指針に関われる小役人ってなんだ。この男の言葉は全てが胡散臭い。全てが仮面に覆われ、霧に包まれ、薄くボヤけている。

  それなりに長い付き合いだというのにこの男の本質が一向に見えてこなかった。


 一目で高級だと分かる仕立ての品の良い服だが残念な事にそれを身に付けている本人に全く似合っていない。

  国の役人だと言っていたが無精髭を生やし卑しい笑みを浮かべる姿は顔だけ見れば街のチンピラや物乞いと言っても通用しそうだ。


 過去の事を抜きにしても、何もかもがチグハグな印象のこの男の事などバジルには到底信用など出来そうになかった。


「なんにせよ。トワイアをくれてやるつもりはねーよ」


「…そうですか」


 残念です。と言いながら立ち上がるヘンリーの胸元からネックレスがこぼれ落ちる。細身の鎖の先に菱型のガラス細工が取り付けられていて、内部で赤い液体のような物が揺れていた。


「随分洒落っ気があるじゃねーの。これからデート予定でもあんのか?」


「ええまあ、基本大人しい子なんですけどねぇ…たまにヒステリーを起こしてしまうのが困りものです」


 こんな男と逢引する物好きがいる事に驚き眼を見張るバジルをヘンリーは何が楽しいのかヘラヘラとした笑みを顔に貼り付け相対している。


「なんです?嫉妬でもしてくれているんですか?」


 ビキリとこめかみが悲鳴をあげた。


 はあ…と腹の中の空気を全て吐き出すかのような勢いで大きなため息をつく。ヘンリーのこういった言動は会う度毎回のことだが、うん、まあ。


「ああ…お前と夜道を歩きたい気分だよ」


「おんやあ、こんな美しい()()()()に誘って貰えるなんてあっしもまだ捨てたもんじゃ無いですねえ!」


「「……」」


「「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」」






 ♢





「ではこれにて失礼」


「二度とくんなや!!!」


 兄弟の家を去るヘンリーとその従者にバッサバサと塩を撒くバジル。死神の漬け物が出来上がりそうな勢いだ。


「ね、兄さん!塩も高いんだからあまり無駄使いしないで」


 鍛えている割に細くしなやかな兄の腰を抱いて塩の大量消費に待ったをかけるトワイアだがその表情は優れず、疲れ果てていた。


 当然だろう、腐っても王都からの使者からの誘いを兄の暴走に気を配りながら断らなければいけないのだ。胃が痛む話である。


 確かに「勇者」、と言っても候補ではあるのだがその身分自体に魅力を感じない訳でも無い。大きな収入は見込めるしヘンリーの言っていた通り人を助けたいという意味ではそちらの方が正解なのだろう。


 しかし自分には戦うなんて無理だ。魔物だとしても生き物を傷つけてしまうと考えただけで足が竦んでしまう。


 だがそんな葛藤の日々も今日で終わりだ。彼等の言う通りならこれから勇者の問題に頭を煩わせられる事ももう無いはずだ。

 信用は出来ないが腐っても王都からの使者の彼奴がそう簡単に吐いた言葉を反故にはしない筈だ…と思いたい。


「だがまあなんにせよ、これでもう安心して医者目指せるなトワイア」


 小脇に塩瓶を置き先程の剣呑な雰囲気から一転太陽のような笑顔を向けてくる美女にしか見えない兄を見て苦笑を浮かべる。


 本気で隠していた訳では無いけど当然のように兄に医者を目指していることがバレていて少し赤面してしまう。


「本気でそっちの道に進むんなら学校にも通った方が良いだろうな」


「!?」


「王都は…あまり近づきたく無いし行くなら国外の学園だな。ブルーノ辺りが良いだろ」


「ちょっと待ってよ!!ね…兄さん!!」「?」


「確かに勉強は必要だけど学校なんて…第一にそんなお金」


「トワイア」


 言葉を遮ってバジルはトワイアの顔面を撫でる。…塩塗れの手で。


「うえっぷ、ね、兄さんなんで」


 口にも塩が入りジャリジャリとした唾液を吐き出しながら兄へと不満の篭った目線を向ける。



「良いんだよお前はそんなこと考えなくて、頑張ってやりたい事やんな」


 ガシガシと乱暴に頭を撫でてくるがその粗雑な手つきは正直嫌では無い。

 兄の細い指が豪快に自分の金髪を梳いて行く。

 幼い頃から慣れ親しんだ感触だ。安心して誤魔化されてしまいそうになるけれどこれ以上兄に()()になるのは…正直気がひける。


「またお前迷惑がどうのとかつまんねえ事考えてるだろ」


「え、なんで…」

「顔見りゃわかんだよ。兄弟だからな」


 唯一残された血縁。家族。その繋がりは鉄で編まれた鎖よりも硬く、兄が弟へ向ける愛情は遠方にある海よりも深い。


「金の心配はいらねえよ。問題はお前の脳みそだけど」


 兄はそう言ってピラッと布で出来た問題集を懐から取り出しはたく。それは先程あげた教育面に力を入れているブルーノという国が外の人間の学力を見るため発行している物だ。

  兄が持ってきたそれを自分は以前言われるがまま解いたのだが、彼は終わったそれを満足そうに懐にしまう姿が印象に残っている。


「それは問題無いだろうな。俺の事はまあ、心配するな!保安官でもやってこの村守りながらお前の帰りを待つさ」


 保安官って…魔物や野盗から村を守らなきゃいけないから魔法を使えないとなれないんじゃ。


 保安官が拳銃やライフルを持つ時代は終わった。今時は政府から公認を受けた攻撃魔法にもある程度秀でた者か魔力の扱いに長け戦闘の技術を身につけた者がその任を請け負っており、試験に通らなければ保安官を名乗る事は出来ない。


 その点からすれば魔法が使えないバジルは資格を得る事は不可能にも思えるのだが本人は全くその事を困難だと感じている素振りは無かった。


「もし学校行く気になったら教えてくれ」


 そう言ってバジルは見惚れそうな笑顔のまま弟の肩を軽く小突くとキャラバンで買い込んだ荷物を持って居間から出て行ってしまった。多分祖父の遺した工房に向かったのだろう。


 1人残されたトワイアはしばらくの間呆然としていたがふと手元のお茶に目線を落とす。

 ヘンリーが来る前に淹れた物なのですっかり冷めてしまっていた。


(…自主学習と近場の町医者の所で教わる位で十分って考えてたけど)


 冷めたお茶を一息に飲み干し片付けて自分の部屋へ向かう。


(勇者なんて立場(大きな物)を蹴ったんだ。同じくらい人を助けられる医者になんなきゃ死んだ爺ちゃんや父さん達にも笑われそうだよね)


 グッと背伸びをして新たに増えた参考書や医学についての書物と向き合う。紙も無駄に使い潰せる程安いものでもない。何も無駄にしない。紙も、時間も、チャンスも、兄からの期待や信頼も。


 この日トワイアの夢は『只の医者』では無く、『勇者よりも人の命を救うこの国一番の医者』になる事に変わった。


  夢も新たに勉強に勤しむ彼の髪は塩まみれであった。


























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ