23話 アリと象
あらすじ ユラとイチャイチャ
顔へ向けられた拳が3回、胴体を狙った回し蹴りが1回、その勢いを殺さずに繰り出された後ろ回し蹴りが1回。
流れるように繰り出される連撃の数々はその1発1発が銀狼族と比べて圧倒的にか弱いバジルの体を打ち砕くのに十分な威力を秘めている。
今もバジルが戦いを続けられているのはその全てを回避しているからに他ならないのだが、本人としては必死で余計な事を考える余裕さえ無かった。
銀狼族とひ弱な人間ではそもそもの馬力や体力に差がある。
それでもなんとか渡り合えているのはユラの戦闘スタイルが自己流で格闘術の基礎もない事、彼女自身枷によって魔力を封じられている為身体能力の強化も、魔法も使えない事、その単調な動きを何とか見切っているバジルが最低限の動きを導き出し対処出来ている事など、様々な幸運が重なっているからだ。
とはいえこのままではジリ貧であり、先に体力が底をつくであろうバジルがユラの激しい攻撃に捕まることは目に見えている。
どこかでこの銀狼族の少女に対して痛打を与える必要があった。
手持ちの魔弾は後3発。元々6発あったが1発は牢を脱出する時に、2発目はジンの足枷を破壊する時に、3発目はユラへの威嚇射撃のために使用してしまった。無駄撃ちできる余裕は無い。
残弾以外に問題を挙げるとすれば、3発目をユラに向け放った時の反応で「魔弾」が彼女に対し有効だというのは分かっているが、直撃させた場合彼女が負う怪我の程度が全く想像出来ない事だ。
万が一殺してしまったら俺が今までここでやってきた事は全て無駄になってしまう。
手加減出来る相手では無いが魔弾をそのまま撃ち込んでも良いものか悩むところだ。
バジルはたとえ急造の銃であっても己の技量があれば縦横無尽に動き回るユラを捉えることは可能だと思っているが、このまま彼女を殺害してしまうという懸念が消えない以上実際に行動に移るのは躊躇ってしまう。
考えるしか無い。
今までの情報を思い出せ。
カーマスは、ユラは、奴隷達は何と言っていた?
ユラに関する情報を頭の中で目まぐるしく回転させながら活路を見出そうとするバジルだったが息つく間もなく継続される戦闘のせいで足を縺れさせてしまう。
「やっべ…っ!!」
その隙を見逃すユラでは無い。
容赦のない鋭い蹴りがバジルの腹に深く突き刺さった。
「グフッ…」
呻き声を漏らしながら体をくの字に折られたバジルは蹴られた勢いのまま地面へと投げ出される。
バジルは地面を転がり砂埃に塗れた体を気遣う余裕もなく、激しい痛みと吐き気を堪えるように只々地面に額を擦り付けた。
その無様な姿を晒すバジルの側に銀色の天使が舞い降りる。
追撃をしてこないところを見るに多少の感情が戻っているのだと信じたいが、顔を上げられないバジルはその表情を窺い知ることさえ出来なかった。
今彼女は何を思っているのだろうか。妹の友人を、多少は心を通わせた相手を傷つけたことに良心の呵責を感じているのだろうか。
それとも自分を連れて行くと豪語した男があっさりと地面に伏している所を見て失望しているのだろうか。
ジャラジャラと耳元で鬱陶しい音が聞こえる。
そちらに視線を向けるとユラの褐色の足に嵌められた魔封石の枷から伸びる鎖が地面を擦っていた。
少しづつバジルとの距離をユラが詰めて行くたびにその音も徐々に大きくなって行く。
魔封石の枷は、装着者の魔力を封じ込めてしまう。
内包する魔力が少ないと言われる中で銀狼族だけは例外だ。純度も総量も魔力を操る才能も、獣人どころか普通の人間を超え、エルフなどの妖精種にも迫る彼女らが魔封石の枷をつけられたならば、その制限される領域は計り知れないだろう。
地面にキスしながら考えついた策は、ジン達からすれば正気を疑われそうな物であったがこれ以外にユラを生かしつつ勝利する方法は思いつかないバジルはすぐさま行動に出た。
ユラからは腹を抱えその場に蹲るバジルは痛みに耐え堪えている様にしか見えない。
彼が、未だに諦めず反撃の機会を待っているなどこの時の彼女は思いもしなかった。…だから弾丸が放たれるその瞬間まで、ユラは反応する事が遅れた。
勿論獣の本能があれば瞬時に危険を察知する事が出来ただろう。
しかし残念ながらその弾丸が狙っていたのはユラでは無かった。
正確には彼女の足に着けられた魔封石の枷。
ユラの体を狙ったわけではないその破壊の暴風は瞬時に動けなかった彼女をあざ笑うかの様に鎖や枷の縁を巻き込み物の見事に破壊してみせた。
この事が何を示すのか。
素の身体能力でさえ歴然の差があるというのに、バジルは彼女に長年封じられてきた魔力を取り戻させたのだ。
ここからはその圧倒的な実力差の前に蹂躙されるバジルの姿しか想像出来そうにないが、現実は全く違っていた。
これは嬉しい誤算なのだが、そもそもユラは足の鎖が破壊された時点で思考が完全に停止してしまっている。
幼い頃からずっと自分と共にあり続けた奴隷の象徴が呆気なく破壊され頭が真っ白になってしまったのだ。
その大きな隙を、今度はバジルが見逃さない。
バネの様に跳ね起きたバゼルがユラを抱き寄せその腹に銃口を押し付けた。
「魔力が戻ってんなら全力で耐えろよ」
言葉の意味をユラは理解したが振り払うにはもう遅い、彼女にできる事といえばバジルの言う様に戻った魔力をフルに使い身体強化と全力の魔障壁を貼る事くらいだ
それ以外のどんな行動を選ぼうがバジルが引き金を引く方が早いだろう。
規格外の魔力を持っていた弟の回復魔法が一般的な物よりも数段優れていた事、魔力による身体能力の強化で鬼人じみた力を発揮したジン。
魔力を持つと言うことはそれだけ人外の力を行使する事を可能にする。ならば常人よりも優れた魔力を持つ銀狼族が使用する身体強化や魔障壁もそれの伴った高位の物である筈。バジルはそう考えた。
相手を強化する危険を犯してまで、バジルはユラを生かす可能性がある方を選んだ。
銀狼族の強さに、その魔力に賭けたのだ。
(逆に強化されすぎて魔弾が通用しなかったら笑いもんだな)
不敵に笑いながらバジルはユラの雰囲気が変わって行くのを感じた。
能無であるバジルに魔力を感じ取ることは出来ないが、それでも彼女が放つプレッシャーが重みを増した事位は理解できる。
忠告通り魔力による強化を行ってくれている事を願うばかりだ。
「よくも人の腹をポンポン殴ってくれやがったな?今度はお前が俺の弾丸を食らってみろや」
その場にけたたましい銃声が響いた。
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