22話 立ちはだかる銀色
あらすじ 奴隷たちの逆襲
カーマスの屋敷の入り口で、銀狼族のユラとバジルの一行が対峙していた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「おい一人で行くな!」
最強の種族である銀狼族のプレッシャーに気圧されたジンが己を鼓舞するために吠えながらユラへと突進する。痩身の魔道具売りの男の制止を振り切り駆けて行く。
2メートル近い大柄な男が華奢名美女に襲いかかるという側から見れば悲鳴を上げてしまいそうな光景ではあるが、その実彼女が内包するエネルギーは計り知れない。
対面に立っただけで獣人の嗅覚からそのどうしようもない力の差を思い知ってしまったジンではあったがそれでも立ち向かっていったのは賞賛に値する。
銀狼族というのは、曰く他の獣人種とは違い豊富な魔力すら持っており自在に操ることがで出来るという。曰く、細くしなやかな体躯でありながらその頑強さ強靭さは他の種族とは一線を画すという。
優れた身体能力も膨大な魔力も持っている戦闘の面では憂う箇所が見つからない者達。それが銀狼族。
正直聞いただけの話では眉唾同然であるしバジル自身それを全て鵜呑みにしているわけでは無い。
もしかしたらジンだけで事足りるのでは無いかという淡い期待が顔を覗かせる。
が、噂という煙は火種がなければ広がらない。
凄まじい質量と勢いを持ってユラへと肉薄したジンがピタリとその動きを止めている光景に全ての答えが詰まっている。
片手だ。ユラは細い褐色の腕一本でジンの突進のエネルギーを殺しきってしまった。
勝てるとは言わないまでの手傷くらいは追わせられると考えていたジンは、自分の全力がまるで相手になっていない事実にその顔h驚愕に彩られてしまう。
しかし呆けている余裕などこの場には存在しない。
ユラは、静かに残された方の腕を振りかぶる。
「いかん!!」
痩身の男が慌てて誘眠の鈴と名付けた魔道具を使用した。
この魔道具は突貫で作ったため効果時間が短く、使用時の対象人数も2人までに限定されているがそのかわり出力を大幅に上げている。
魔道具作成の規定に大幅に反した代物になってしまったがしのごのいっている場合では無いと考えた痩身の男はこの鈴を存分に活用した。
幾ら銀狼族といえど規格を度外視した魔道具を持ってすれば突破は可能だと痩身の男は考える。
実際、ユラは誘眠の鈴の効果の最中にあり、強烈な眠気が彼女を襲っていた。
これならば!と、痩身の男とジンが思った瞬間、ジンの巨体が吹き飛んだ。
彼の大きな体は背後にいた痩身の男を巻き込み地面を転がる。
ジンは腹を抑え蹲っており、痩身の男は身体中を擦りむいていたが大した怪我ではなさそうだ。
ふとユラを見てみるとデコの部分を薄く切っており、褐色肌を血で濡らしている。
どうやら眠気を飛ばす為にジンへと頭突きを見舞ったらしい。魔力の身体強化も無く、魔道具の効果に晒されている状態の頭突きであの巨体を浮かせるとは、銀狼族というのは噂通り規格外であるようだ。
(追っ手もいるしあまり悠長にはしていられない…けど、未だにこいつがそっち側にいるのかが気になる)
「仕方ねぇな」
「どうするんで?」
戦いがは苦手らしい鍵屋の男がいそいそと影から出てきて尋ねる。
「お前ら先にカマ野郎の屋敷に行ってろ。コイツは俺が相手をする。あ、ガキンチョどもはどっかに隠れてろよ」
「っ!?」
1番驚愕に歪んでいるのは未だに腹に貰ったダメージに悶絶していたジンであった。
「なんで、俺達もやりますぜ姉御」
「邪魔だから先に行けっての」
ガーンと音がしそうな程悲痛な表情を浮かべるジンであったが、体の埃を払う痩身の男と鍵屋の男に連れられバジルの言葉に従いユラの横をすり抜けようとする。
「逃すと思いますか?」
「やっとまともに喋ったな!」
獣の本能が警鐘を鳴らして反射でその場から飛び退くユラは己に迫る破壊の暴風を目にした。
それはユラがたった今まで立っていた地面を盛大に抉る。
凄まじい威力に呆気にとられたユラだったがすぐにジン達の存在を思いだし視線を巡らすがその姿はもう見えなかった。おそらく館へ侵入したのだろう。
ギリっと奥歯を噛み締めるユラは、荒々しい雰囲気を纏った危険な魅力を持つ美女にしか見えない人物を鋭い眼光で睨みつけた。
「そう怖い顔すんなって、もう少しお話でもしようや」
「…私に話なんてありません」
ユラが忽然とその場から姿を消す。
次の瞬間、バジルに容赦のない上段回し蹴りが炸裂した。
空気の壁を引き裂きながら放たれた鋭い蹴りは確かに彼を捉えた筈だったのだが、その際妙な手応えを感じたユラは己の足が受け止められている光景に驚き目を見開く。
ユラの力は、先程ジンをまるで子供のように弄んでいた時点で証明されている。
彼女が放つ蹴りをただの人間が、それも魔力を持たず身体能力の強化も出来ない能無が受け止められるはずがないのだ。
だが実際見事に目の前の美人はそれをなしている。
ユラの胸中は困惑で占められていた。
「銀狼族はか弱い人間戦い方を知らないらしいな」
バジルの言うか弱い人間の戦い方とは、牢屋に放り込まれた時にも役立った祖父から叩き込まれた格闘術の事である。
徒手空拳を基本とした格闘術は本来、爪や強靭な牙を持たない人間がそのハンデを補う為長年の研鑽や技能の継承を経て育まれ積み重ねられた確かな力だ。
格闘術と一口に言ってもその分類は多義に渡る。その全てを習得しようとすれば途方も無い時間と飛び抜けた才能が必要になるであろうが残念な事にバジルはそこまでの時間と才能は無い。
彼が主に重きを置いて修練に励んでいたのは「力を受け流す事」「体捌き」の2点だ。
ユラの蹴りを受け止められたのも体のバネを使い衝撃を受け流したからに他ならない。とはいえこれを可能とさせたのは何度もユラ動きを見る機会がありその速さに目が慣れていた事と、衝撃を受け止めた起点である左腕がアルミンから貰った鉄よりも硬い義手である事が何より大きかった。
素の腕では受け流すどころか蹴りを受け止めることも出来ずへし折れていたであろう。ユラの動きを目にしたのがこれが最初であれば見切る事が出来なかったであろう。
全ての経験や運をバジルは絶対に無駄にはしない。
そうしなければ生き残れないという確たる自覚があったからだ。
「お前はそんな所にいたままで良いのかよ」
「…っ!!」
会話をしながらでも戦闘は続いて行く。
受け止めていたユラのスラッとした見惚れるほどの脚線美を誇る足を打ちはらいながら接近し肘鉄を見舞うバジルだったがそれを容易く交わした彼女が反撃出ようと右腕を振り上げたところで、その腕が全く動かない事に気づいた。
「ヒトの体って不思議だよな。筋力に圧倒的に差があるはずなのにこうやって一定の角度の場所で止めてやれば動かなくなるんだからよ」
振りかぶった状態のユラの腕をバジルの左腕が押さえつけ、目と鼻の先にバジルの女性に身違う程に端正な顔が迫る。
突然の事に一瞬息が詰まりそうになるユラだったが対するバジルはどこまでも真剣であった。
「俺はこれからカマ野郎を殴ってここから出て行く。ユラ、お前も一緒にな」
バジルの言葉にユラは痛みを堪えるように目を瞑る。
ユラ自身もバジルと出会い、話す事で自由を夢想した。ここから解放され妹の墓の前で泣き、義理の父に会って母の事を伝える自分を。
イメージの中の自分は普通の少女のように破顔していた。
しかしそんな物は幻想でしか無いと、バジルが牢を去った後すぐに思い知らされたのだ。
あの纏わりつくような声を聞いただけで、あの雷の弾ける音を聞いただけで、あの赤く怪しく輝く目を見ただけで、自分の体が自分のものでなくなるような感覚をユラは覚えた。
その時ユラは思うのだ。「ああ私は奴隷なのだ」と。
体の深く深くに浸透した痛みや恐怖、悲しみは重厚な鎖となりユラを締め付ける。彼女にとっての鎖とは最早絶対に主人へは逆らえない概念そのものと化している。
カーマスがいる時点で自分に自由などない。ならば幼い頃から燃やしてきた憎しみを彼にぶつけるのか。
いつまでも従順にならない母を危険視したあの男は奴隷として躾ける対象を自分に定め、母を銀狼族を量産する為の道具として利用する事に決めた。
つまりは他の獣人を使って子を孕ませ強靭な銀狼族の血を引いた奴隷を増やそうと考えたのだ。
しかし銀狼族が希少な種族となったのは戦闘に特化し戦に駆り出され数を減らした事だけが理由ではなく、極めて低い懐妊率が原因でもある。しかもそれは残された資料によれば番いが同種の銀狼族でない場合確率は更に低下するという。
もっともカーマスの目的は実際に銀狼族を増やす事が目的では無い。
それは完全にして完璧な僕を作るための布石。残されたユラへ大きな絶望を与えるための見せしめだ。
貴重な銀狼族を使い潰すのに少しだけ躊躇はあったがカーマスは日々騒ぎを起こすユラの母を疎ましく思っていたため、彼女の命が擦り切れるまで暴行は毎日行われた。
身を焼くほどの憎しみと悲しみによってユラの心は深く傷付き、奴隷の呪縛を強める大きな要因となる。
「私には、もうどうする事も出来ません」
「いいやユラ。お前ならどんな事だって出来る」
ユラは、強く己を肯定する言葉に驚き間近に迫るバジルの顔を凝視した。
「何ヶ月も、何年もの時間をこのクソったれな環境で生きてきたのにお前はまだ染まりきっちゃいないだろ?」
「…私は奴隷ですよ。自分でも嫌になるくらいに」
「本当に奴隷に染まりきってたらそもそも憎しみなんてとうに消えてんだよ。お前は自分の強さをもう少し自覚しやがれ!」
バジルは叫びながらユラへ頭突きをかました。
ゴンっと鈍い音が響き痛みに呻き声を上げたのは何故か頭突きを見舞った本人であるバジルであった。
「…いてぇ」
「プッ、何してるんですか」
思わず吹き出してしまうユラだがその事に思わず驚いてしまう。
自分はバジルに出会ってから驚かされてばかりだなとユラは感じた。
妹の友人だからなのか、今まで身の回りいなかったタイプの人間だからなのかユラには分からないが、その小さな心境の変化がとても心地よく感じた。
だが同時に悲しくもある。
この凍っていた心を少しだけ溶かしてくれた人物の人生を自らの手で奪わなければいけないのだから。
それがご主人様の命令なのだから仕方がない。
ユラの目から再び彼女の感情が消えて行くのを悟ったバジルは抱き合う寸前まで近づいていた体を一旦離す。
「まだやる気かよ」
「…」
「ならぶちのめして頭冷やさせてやる。覚悟しろよ?お前は絶対ヤコの墓の前に連れて行くって決めたからな」
ユラからの返答は無い。
一拍の間を置いた後再び、最強の銀狼族と、最弱の能無との激しい戦いの幕が切って落とされた。
ありがとうございました!
少しでも続きが気になったらブクマと批評コメントを是非よろしくお願いいたします!!




