19話 腹の底
あらすじ ユラがどんな目にあってきたか聞いた。
「うぉええ…ええ」
「…」
私は今何を見せられているのだろうか。
「一緒に墓参りに行こう」なんて訳の分からない事を言いだしてからすぐに彼は口に指を突っ込み嘔吐き続けている。
やがて、シャバシャバとした胃液しか出せなくなった段階でバジルは諦めたようにこちらへ振り返った。
「俺の腹を殴れ」
「トチ狂いましたか?」
真面目な顔で突然とんでも無い事を言い出すバジルにユラは呆れた声を漏らす。
奴隷になり体を痛ぶられた事で妙な趣味にでも目覚めてしまったのか。そんな疑念が顔に出ていたらしく、バジルは露骨に顔を顰めた。
「いや違うからな?ただ仕舞ってたもんが出てこねぇだけで…ぐふぉっっ!!」
取り敢えず言い訳がましく言い募る腹部に殺さない程度に手加減をして鉄拳を叩き込んでおく。
「おお…容赦無いなお前、ウプっ…」
「貴方が望んだ事でしょう」
呆れ顔のまま腕を組むユラだったが、バジルの手に先程まで無かった物が握られている事に気付いた。
胃液まみれになっているそれは小さな袋に見える。
この奴隷商に来てからずっと腹の中に隠し持っていたのだろう。
もしかしたら主人であるカーマスが求めていた物かもしれないと一瞬目の色を変えるユラだったが奴隷として相当に毒されていると気づき自嘲しながら首を振る。
「それはなんですか?」
「俺のとっておきだ。もっともあのカマ野郎が期待している物とは違うけどな」
浅はかな考えが見透かされているようで少しだけ居心地悪気に身をよじった。
そんなユラの様子には構いもせず、袋の中を探り銀色に光る物体を取り出したバジルはその数を数える。
「6発、はぁ…なんで毎回こんなカツカツの弾数でやらないといけないのかねぇ。腹に入れるのに限界があったとはいえ折角沢山作った魔弾が使えないのは勿体ねぇな」
ブツクサと何かを呟きながらバジルは奇妙な義手の掌で器用に筒を形作り牢屋の枷がある部分へ向けそこへ「魔弾」と言った物体を1つを平らな部分が少し顔を出すよう差し込んだ。
私にはその行動にどんな意味が含まれているかなんて分からなかったがこの男が牢屋を脱出する為の準備をしている事は理解出来る。
カーマスの忠実な奴隷という立場からすればその行為を咎めるべきなのだろうが、今のユラには葛藤があった。
言葉にしていないとはいえ自分が主人に対して明確な敵意を持っている事はバジルも察している。今更取り繕ったところで何の意味があるのかと考えてしまう。
「少し離れてろ」
緊張した面持ちで私にそう言い放つバジルの顔を見て何か危険な事をしようとしている事に気付いた。
「何を…するつもりですか」
「大した事じゃねぇよ。でもまあ…左手が壊れない事を祈ってくれると助かる」
拳大の手頃な石を拾い上げ感触を確かめるバジル。
「そんなものじゃ牢屋は壊せませんよ?」
「んな事分かってるよ」
バジルは振り上げた石を筒を作った自らの左手に叩きつけた。
その蛮行に驚く間も無く、響き渡る轟音にユラの思考は掻き消された。
巻き起こる破壊の嵐が枷を貫き地面を抉る。
残されたのは無残にも引き千切られ鉄格子と破壊された地面だった。
「かあ〜、効くねぇ。やっぱ銃が無きゃやってられねぇな」
反動で額から血を流しながらもバジルは確かな笑顔を浮かべている。そのあまりの衝撃から手が痺れてしまっているようだが命に関わるような怪我を負っている様子は無い。
能無は魔法を使えない。魔封石の鉄輪関係無くそれは変えようの無い事実の筈だ。
しかし彼が今放った物の威力は並みの魔法の威力を超えていた。
一体この男は何者なのか。その疑問だけが膨らんでいく。
「それじゃあ俺は少し忘れ物とりに行ってくるからお前も準備しておけよ」
「何の…準備ですか?」
「決まってるだろ?ここから出て行く準備だよ」
バジルは言うなり開け放たれた鉄格子を超えて走り去ってしまう。
ユラは呆然とその光景を見つめていた。
あまりにも簡単に枷を破り自由を手にしたバジルをユラは眩しい物を見るように目を細めている。
(きっと、これが私とバジルさんとの違いなんでしょうね…)
呪縛を振り切りまた自由を取り戻せたならどれだけ良いだろう。
こんな事を考えたの自体物凄く久しく感じる。
ユラは光に誘われる羽虫の様に破られた鉄格子の方へと手を伸ばした。
(ここから、自分の意思で一歩を踏み出せば…私もいつかの私を取り戻せるのでしょうか)
そうしたら、血は繋がらない父の元へ戻り、母の事を話そう。
バジルの話を信じたくは無いがもし本当なら寂しく感じている筈の妹の墓参りに行こう。
それからはどうするか、旅をしながら気長に考えるのも良いかもしれない。
今まで栓をしてきた感情が一気に溢れてくる。
自分とはここまで欲深く、感情的になれる人間なのだと始めて知った。
「信じてみても良いですか?」
「やめときなさい」
一瞬で心が冷え込んで行くのを感じた。
「大事な大事な娘が変な男に誑かされるのは見ていられないわ」
溢れた感情は再び堰き止められ、次々頭に浮かんだ望みは微睡みの中で見た夢の様に霞んでいく。
「それにしても今の…能無だから魔法の筈が無いし、兵器として量産出来たら中々面白そうね。何かまだ隠し玉があるみたいだから一旦逃しては見たけどあまり好き勝手やられたら困るわね」
すぐ近くで聞こえている声が濁って聞こえる。
先程までのバジルとの時間が酷く遠く見える。
「さあ、そろそろ行くわよ。ユラ」
「畏まりました。ご主人様」
脚に纏わりつく鎖が嫌に重く感じた。
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