18話 2度目の対話は…
あらすじ 虫がウジャウジャ
「では、アルミンさんの事について詳しく聞かせてください」
カーマスが去った後身を起こしたユラは血の気の引いた真っ白な顔で暫く虚空を見つめていたが、俺とバチりと視線がかち合った途端この調子だ。
話した事がない筈のアルミンに対し敬称をつけて呼ぶところといい生来真面目な性格なのか、それとも奴隷根性が染み付いてしまっているのか判断に困る。
「ユラはあのカマ野郎よりも強いだろう?なんでそこまでこき使われて黙ってられるんだ」
「質問をしているのは私なのですが…」
「そのくらい別に良いだろ?」
「なら私も貴方がアルミンさんの事を話さなければ答えません」
「得体の知れない技術を持った大食らいの女」
「え?」
「ほら、俺は話したんだからユラも聞かせてくれよ」
ユラは眉間を抑え頭痛を堪える様な仕草を取った後ため息交じりで話し始めた。
「…ご主人様の命令だからとしか言いようがありません」
「その枷だって、魔力なんてなくてもお前なら砕く事だって簡単だろ?さっさと逃げちまえば良かったのに」
銀狼族というのはその戦闘力の高さで様々な文献に名を連ねており、鉄を素手で砕く事など造作もない筈だ。
相手を問答無用で拘束する不気味な手段やスピードや威力に優れる雷魔法を操るカーマスもそれだけ聞くとインチキ臭い強さを持っている様に聞こえるが、本来の力を発揮した銀狼族が噂通りの力を持っているのなら戦えないなんて事は考え難い。
「逃げるなんて無理ですよ。ご主人様がいますから」
「だから」
「貴方はこの鎖の本当の重さを知りません」
ユラが脚の枷に付けられた太い鎖を持ち上げ態とらしくジャラリと金属が擦れる音を響かせる。
首を傾げるバジルを見てユラは何処か嘲る様に笑っていた。その嘲笑にも似た笑みが果たして誰に受けられているのかは本人である彼女にさえ分からなかった。
「バジルさんは今日初めて石化されて虫室へ入りましたよね」
「ああ、最近の悩みだった腹痛を感じなくて済むから快適だったぜ」
視界が闇に包まれる直前に見た体が石に変わって行く光景はどうやら見間違いではなかった様だ。
そしてその後の悍ましい経験を振り返り思わず表情を顰めてしまう。カーマスやユラに強がっては見たものの、正直なところまたあの暗闇の虜になるのは勘弁願いたかった。
(にしても石化か、厄介だな。高位の魔物が扱う呪いの類だって聞いた事があるけど詳しい事は知らん…バシリスクだコカトリスだなんて魔物と戦う予定なんて無かったしな)
思考を続けるバジルに構わずユラは独白の様に言葉を続けた。
「私があの虫室に入れられたのは母と共に奴隷商へ来て間もない頃です」
ヤコから聞いていた話からすると、彼女が奴隷になったのは幼い頃だと聞いている。
そんな時期に奴隷となりあんな仕打ちを受ける苦しみは想像に絶するが、この後のユラの言葉を聞いてバジルは目を見開いた。
「3ヶ月です」「は?」
「私が初めて虫室へ入れられてから過ごした期間です」
1日で叫び出したいと考えたくなる空間で3ヶ月?それも今の俺よりもずっと幼い子供が?
「泣く事も、叫ぶ事も、眠る事も、狂う事も出来ぬまま私はあの闇の中で虫に弄ばれながら日々を費やしました。いっそ、壊れてしまった方が楽だったかも知れません」
ここに連れてこられたばかりの頃は訳もわからず泣くばかりであったユラは、徹底的な調教の為まずあの闇を使ったらしい。
幾ら強靭な肉体を持つ銀狼族であろうとも未成熟な子供の身にそんな仕打ちをしたら壊れてしまいそうな物だが、ユラが言うにはあの空間は精神が崩壊する事も許されないようだ。
それが幸なのか不幸なのか正直分からないが、少なくとも闇の中居にいる間は地獄だったに違いない。
それにユラは話の中で気になる事を言っていた。
「母親と一緒に来たって言ってたけどよ。俺はまだ会ってねぇぞ?」
ここへと来てからユラの、ヤコの義母に当たる人物とはまだ出会ってはいない。出来る事ならその人にも話を聞きたいところだが…。
なんどかカーマスと顔合わせをしていると言うのにもう1人の銀狼族について何も話が出てきてなかったという点から嫌な予感がした。
「…母は私が虫室入っている間に殺されました」
なんの気負いもなくそう言い放つユラをまるで別の生物の様に見つめるバジルは、すぐに頭を下げる。
「そうか、すまん」
「意外ですね。そう簡単の謝る様な人だとは思いませんでした」
クスクスと他人事の様に笑い失礼な事を言ってくるユラだったが、バジルにはそれがどこまでも空虚に聞こえていた。
「何でも母は私を助け出してここから脱走しようと枷を砕いて暴れたらしいのですが…ご主人様の石化の呪いについては知らなかったみたいであえなく捕まっていしまいました」
捕まってどうなったのか…あえては聞くまい。
それよりも母親の末路を淡々と話すユラがそこまで歪んでしまうまでにどれほどの痛みを経験したのかを考えると胸が痛くなってくる。
「3ヶ月後虫室から出た私は暫く話す事も動く事も儘なりませんでした。母の事を考える余裕さえありませんでしたが奴隷の身分である私に休息なんてありません。そこから長い間ご主人様による躾の日々が始めりました」
鞭打ち、雷魔法、絶食。様々な仕打ちを受けてユラの心は奴隷として深く染められていったらしい。
手元に残った唯一の銀狼族である彼女は徹底的に、執拗に、痛みと恐怖によって恭順するよう躾られた。
護衛としてカーマスの側に仕えるようある程度の教養を仕込まれたユラは日々を奴隷商人や奴隷を珍重する
上流階級の人間達の悪意の中で過ごす内、心が摩耗していった。それは実の母の顛末を話していると言うのに表情を変えない程に根深い物だ。
「復讐してやろうとは思わなかったのか?」
復讐という単語を聞いてユラの瞳にいつか見た暗い激情がチラついた。
「今も殺してやりたい程ご主人様を憎んでいる気持ちは勿論あります…ですが最近それさえも薄れていくのを実感するんです」
やはりあの時垣間見た殺意は俺に対するものでは無かったらしい。
しかし実際に母と同じように行動へ移していないのはカーマスによる幼い頃からの苛烈な調教が原因なのだろう。
劣悪な環境で長年奴隷として仕えていると自我が希薄になっていくと聞くが、ユラにもその傾向が現れているようだった。
「憎む気持ちが確かにあるはずなのに私の中のご主人様には逆らえないって結論が頭を離れません…だから」
ユラが明確な敵意を込めた視線を俺に向けてくる。
「ポッと出の貴方は余計な事をしないでください。仮にも妹の友人です。傷つけるのは気が進みませんから」
その目に力強さと確固たる意思を感じたが、彼女からすればそれはろうそくが消える直前に激しく燃える事と同じなのかも知れない。
こいつは…。
「あのカマ野郎を殺す気か?」
「…」
沈黙は肯定と同じだろう。
「勘違いすんなよ」「?」
「俺は別にお前のためじゃぁ無く死んだヤコの気持ちに応えるためここに来たんだ。最初は意思を確認して適当に逃すくらいに考えてたんだけどな…」
「ならそれは余計なお世話です」
「ああ、ユラが完全に諦めて奴隷として生きて行くって考えだったならそのままアッサリ見捨てていたかもしれねぇな」
自分にとって1番大切なのはトワイアだ。それは今も昔もずっと変わらない。
身の上には同情するしヤコの為にさっさと攫ってしまおうかとも計画していたが本人がカーマスの忠実な僕になりかけている事を見て一度考えを改めたのだ。
もし攫う段階で銀狼族の力で抵抗されればトワイアを探す旅に支障が出かねない。
だからこそ今までユラと接触した際にその真意を探ってきた。
そして今日遂に彼女の心に少しだけではあるが触れる事が出来て彼女がまだ折れていないと知った。
それなら。
「全部終わったら一緒にヤコの墓参りに行こうぜ」
快活な笑みを浮かべるバジルを訝しげに見るユラであったが彼の中にもう迷いは無かった。
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