16話 新たな趣向
あらすじ ユラとライドウ視点
バジルはどんな行動がユラのためになるのかを考えていた。
出会ったばかりの頃は彼女に軽く話しを通した後すぐにここを脱走するつもりだったのだが、意外にもまだハッキリとした意思を聞けていない。
ルームメイトの男達は自分が奴隷になった事を嘆いているものだからテッキリ彼女も当たり前のようにそう思っていると考えていたがどうやら事態はそう簡単でもないようだ。
勿論この奴隷という環境甘んじてしまう人間が存在している事も知っている。
何も考えず、主人の命令のまま働き、糧を得て、眠る。
仕事も見つからず毎日の食事も満足にありつけない者達からすれば多少の苦痛と不自由を我慢すれば取り敢えず生きてはいられるこの環境はそう悪い物でも無いように思える、が。
そんな生き方は只の家畜だ。真っ当な人間の生き方じゃあ無い。
ならばユラがそういう生き方を選んだ人間なのか。
答えは否だ。
思い出すのは俺がカーマスを暗に害すると発言した際に見せた暗い炎を宿した瞳である。
全てを諦め飲み込むだけになった人間はあんな表情はしない。
だが主人に忠実な下僕になったのかと聞かれるとそれも少し違うような気がした。
あの時の激情が向けられていたのは俺では無く寧ろ…。
…まだ分からない事が多い。
もう少しユラについて知りたいところではあるが、あまりグズグズもしていられないしどうしたものかな。
皆が寝静まった牢の中で1人考えを巡らすバジルはふと腹部に痛みを覚える。
いい加減、この腹痛ともオサラバしたいとこだしな。
異物感を訴える腹を宥めたバジルはしばらくして寝息を立て始めた。
♢
「それで…今回はどういった要件で?」
朝日が昇った瞬間カーマスの部下達に叩き起こされ連れてこられたのは何やら物々しい鉄の扉で遮られた部屋の前であった。
(位置で言えばカマ野郎の執務室の丁度真下か?)
あまり足を踏み入れた事がない一角に連れてこられたバジルは辺りを見回す。
窓も無く薄暗い廊下は血のように赤い絨毯もあいまりかなり不気味に見えた。
(埃のつもり具合から長年放置された場所って訳でも無さそうだな…一体なんの場所なんだ)
バジルの周囲を取り囲むカーマスの手の者達は身動き1つせず会話らしい会話も無かった。
凪いだ湖面の様に一切の感情を廃した風の男達であったが表情を注意深く観察してみるとそのポーカーフェイスの中に確かな怯えが存在している事をバジルは見て取った。
その事に気付いた後改めて男達を見ると、足のつま先が今来た道の方角へ向いていたり、握っている拳が微かに震えている事から、このもの達が一刻も早くこのばを後にしたいと考えているのがよく分かった
一体何にそれ程怯えているのかとバジルは鉄の扉へと視線を向ける。
「待たせちゃったかしら」
「今来たところ、とでも言っておこうか?」
「素敵ね」
舌なめずりをする美丈夫に悪寒が止まらない。
バジルと同じく女性的な格好をし、言葉使いも女性のそれへと寄せているこの美丈夫はこの奴隷商会のオーナーであるカーマスだ。
「こんな陰気臭い場所に態々来るとか暇なのかよ」
「いつも貴方との逢瀬に使う拷問部屋も大概だけどね。それだけ重要な要件って事よ」
「毎回言ってるけど俺はアルミンの事ほとんど知らねぇからな」
「それも大事だけど今回はまた別」
「?」
雷魔法で拷問する際と同じく嗜虐的な笑みを浮かべるカーマスにバジルは眉を寄せてしまう。
「脱走するつもりなんでしょ?」
「…」
ユラか。
バジルは真っ先に彼女が口を滑らせたのだと確信してする。
脱走すると告げたのは彼女だけだ。
具体的な内容は一切話していないとは言えルームメイトにすら告げていない事実を安易にあのユラが漏らしてしまったというのはどうにもイメージがし難かった。
「ウチの商会が脱走者に甘くない事は勿論知っているわね。でも、お前からはまだ絞りたい情報がある。さてここで私は考えたのよ。どうすれば真実味のあ情報が吸い出せるか…をね」
カーマスは話しながら部下に目線だけで指示を飛ばすと、男は懐から鍵を取り出し鉄扉の鍵を取り払った。
そして男が扉に手をかける。
相当な重量があるのかゆっくりとしか進まない扉だったが、バジルはその隙間から漏れるカサカサという不快な音と、ツンと鼻に刺激を感じる臭気を感じていた。
ゴゴゴとゆっくり扉が開いて行くのに比例してその音も臭気もドンドン大きなって行く。
そして限界まで扉が開いたのを見計らってバジルはその部屋の中を覗いた。
音と臭いから半ば予想はしていたが現実はそれ以上に悲惨だった。
部屋の入り口に何やら魔道具らしき物体が備え付けられておりそこは無事ではあったのだが、それ以外の全てでおびただしい量の虫が蠢いている。
天井も床も壁も元の色が判別出来ない程に大量の虫に覆われており足元に至っては積もりに積もった虫どもが膝上辺りの位置まで溜まっていた。
この虫達が外へと雪崩れ込まないのは入り口付近のランプの形をした魔道具のおかげなのだろう。
「ここは虫室って言ってね…大量の毒虫達を放っていてね、飛び切り悪いことをした奴隷のためのお仕置き部屋なのよ」
結局拷問部屋らしい。しかしこの視界に映る全ての虫が毒を持っているとは…。毒物に多少の耐性があるらしい俺でもこの中に放り込まれるのは勘弁願いたが。
それが淡い期待だと言うことは最初から分かっている。
しかしこれだけの量だと1匹1匹の毒が弱いとしても十分死ねるのではないかという疑問が浮かぶ。
カーマスはお仕置きのためだと言った。処刑目的ではないのは明白であるし、万が一そうであったとしても今みたいに最小の人数でひっそりと行われたら見せしめにもならないだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、カーマスは片目を閉じ芝居のかかった仕草で笑う。
その行為とカーマス自身に違和感を覚えたバジルは彼の瞳の色が普段と変わっている事に気がついた。
カーマスの赤く染まる瞳が一際大きく輝きを増すのを目にした瞬間、バジルは己の体が思うように動かなくなってゆく感覚を覚える。
その妙な感覚の正体を確かめるため己の意識を離れてしまった脚へと目を向けるとそこには衝撃の光景が広がっていた。
ビキビキと岩が剥がれ落ちるような音を立てながら体が石へと変貌していってるのだ。
「これ…は…」
「私ってば思い出しちゃったのよ。正直な話を確実に聞かせてもらうならまず調教するべきだってね」
カーマスは困惑と驚きに塗り潰されているバジルをまるで呪術様式である蠱毒壺じみた部屋の中へと放り込んだ。
自由が効かなくなっていく体のせいでなすすべも無く毒虫の海原へと身を投じたバジルに容赦なく様々な種類の毒虫達が襲いかかって来る。
重い鉄の扉が閉じられ部屋の中から光が失われる際一瞬バジルは虫の海に沈んでいる獣耳を付けた少女の石像を目にしたのだった。
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