4話『ヘンリー・マグレガーという男』
俺とトワイアにとってその男は死神だった。
最初は両親の死を兄弟に告げた。事故死だという。
両親を失った兄弟は母方の祖父である男の元に身を寄せた。祖父は伴侶も無く一人暮らしで銃を弄るのが趣味の変わった人であった。
たまに仕事仲間だというむさ苦しい男達や花の香りを漂わせた女が家を訪ねて来たがそれ以外で他者とのコミュニケーションを必要としない男だった様で村の住民ともあまり接点を持たなかった。
そんな偏屈そうな男の元に来た当初、両親を失った直後という事もあり現状にかなりの不安を抱えていた兄弟であったが意外にも祖父は初めての孫を心の底から可愛がってくれた。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる祖父だったが物心つく前に両親を失ったトワイアの心は不安定で発作の様に泣き出すことが多かった。
それに一点に関しては苦難の末バジルの思いつきでどうにか解決する事が出来た。しかし、このままでは弟を守る事が出来ないと考えた彼は祖父に戦う為の術の教えを請うことに決めた。
共に生活する中で祖父が軍人かそれに近い職業に就いていることを知ったバジルは魔法を使わずとも戦う技術を彼が身につけていると考えたからだ。
それが体術でも剣術でもなんでも良い、ただ弟を守る為の力が欲しい。その一心だった。
最初は難色を示していた祖父だったが、バジルの決意が固い事を感じ体を作る為のトレーニングと格闘術の基礎、そして銃器の扱いを教える事に決めた。
魔法や刀剣が主な武器となり、弾丸などに一々出費が嵩む銃など時代遅れの産物だったが魔法は言わずもがな、刀剣の類も魔力による身体強化と剣に魔力を纏わせる魔剣術を中心とした立ち回りが要求されるのでバジルにはそもそも扱う事が出来ず選択肢は限られていた。
しかしまあ『銃』が選ばれた1番の大きな理由として挙げられるのは祖父が銃の扱いに精通していた事だろう。
先程述べた様に銃は廃れてしまった物なのだが祖父が何故銃を手にしていたにかは未だに分からない。
趣味か道楽か信念か。祖父は謎の多い男だった。
だがここで一つの疑問が生じる。
基本的に全ての人間が魔力を体に宿しているのが世の常識だが、その中でも人に害を成せるほどの攻撃魔法を使用できる者は意外にも少ない。それが魔力の総量の問題か技術や知識の問題か理由は様々だが使えない人間にとって銃はとても重宝しそうな物に思える。
何故使用されなくなったのか。
理由は簡単、先程も述べた弾丸の費用諸々により金が掛かるのだ。
魔法文明の発達によって銃なんて一々金の掛かる文化は早々に淘汰されてしまった。銃を扱っていた会社は潰れ、弾丸の販売やメンテナンスをしていた店は軒並みその姿を消した。只でさえ使う度に弾を消費する銃だ。
その上取り扱う専門的な知識を持つ店が無くなったのだ。
誰も銃なんて使わなくなるのは当然だろう。
攻撃魔法を使えない街のチンピラは銃なんて金の掛かる物は使わず錆びたブロードソードを腰に下げているし、その昔村や町を守る為拳銃をホルスターに収めていた保安官達は代わりに魔法を行使する触媒となる杖を装備している。
それこそ今銃を使う人間なんて金持ちの道楽者くらいであろう。…本当に何故祖父は銃を使っていたのだろうか。
兎に角、祖父から銃の手ほどきを受ける事になった俺は早撃ち、精密射撃、そして必要になるかは分からないが家にあるだけ様々な種類の銃火器の扱いについて学んだ。
それから家の裏手に簡素な物であったが射撃演習場が作られそこで毎日訓練に励んだ。銃声が煩いと一時期近隣の住民達ともめる事もあったが今ではそれも決まった時間に響く時計がわりとして馴染んでいる。
その頃はまだ祖父が仕事と言って篭る家の中に作られた工房への入室は許されなかったけれど訓練の日々と村の同世代の子供達と喧嘩しながらも少しづつ距離を縮める毎日にバジルはとても充実していた。
弟のトワイアの方も魔法の才があると祖父から認められ何やらそちらも訓練に励んでいる。
しばらくして弟のトワイアが拙いながら治癒魔法を習得して見せた時は本当に驚いた。ウチの弟はやはり天才だったのだろう。
バジルはこの頃、弟が自分と同じ能無ではない事に安心した事と、密かに弟が学んでいた治癒魔法が毎日訓練と喧嘩で生傷が絶えない兄のためだという事を祖父から聞いて涙腺が崩壊した事が深く記憶に残った。
だがそんな両親がいなくなった悲しみを越えて得た日々も7年前、再びこの男が現れた事で終わりを告げた。
従軍していた祖父に出頭の命が下ったのだ。
それを伝えに来たのがこの男だった。
そしてしばらくの月日が経ち、3回目に出会った際この男は祖父の死を告げた。戦死だという。
遺品として祖父が持ち歩いていたコンテンダーという銃をバジルに渡した後、軍の人間だと紹介された者達が軍に纏わる祖父の持ち物や資料の類を回収していくのを横目にその男は言った。
「君のお爺さんは立派な人でしたよ」と。
そんな事、この男に言われたく無かった。その頃バジルは10歳、弟のトワイアは8歳。まだ子供と言って差し支え無い。精神的にも幼い彼等にその男は両親と祖父を奪った敵として映っていた。
しかし両親も祖父も直接この男が手を下したわけでも、そもそもの原因でも無いのだ。
負の感情を向ける事は明らかに八つ当たりだと成長した今ならば言える。
しかし感情とはそう思い通りにはならない物で、子供の頃に植え付けられた不快感は早々拭いされる様な代物では無くずっと心の奥底にヘドロじみた粘土を持ってへばり付きバジル達を苛む事をやめはしないだろう。
だから。
「こんにちわアントリウム兄。今日も良い天気ですねえ」
こうしてこの男に目の前に立たれるとどうしようもないくらいに心がかき乱されてしまう。
ここ数年度々ある目的を持ってこの村に訪れる様にはなったが一向に慣れる気がしない。それもその筈だ。出会った時に両親と祖父の死を告げた男の村に通う目的というのが何よりの問題なのだ。
俺とトワイアにとってその男は死神だった。
1度目は両親を連れて行った。
2度目は祖父を。
そして3度目は…。
死神は弟を、唯一残された俺の家族を連れて行こうとしていた。
バジルは幻視する。弟の首に鎌が掛かる光景を。
「よおヘンリー、これから曇り空になるみてえだから雨の心配をしておくんだな」
その日は快晴であった。
ううん?と空を見上げるヘンリーと呼ばれた男は首を傾げながら悩ましげに顎に指を添える。
「立ち話もなんだ…さっさと済ませようぜ」
家に来るように促すバジルの態度はどう見ても客人に対するものでは無かったが、ヘンリー本人は何も気にした様子も無く軽薄そうな笑みを浮かべていることから大した問題ではないのだろう。
バジルに、ヘンリーの話に応じる気などハナから無いのだ。
弟を、戦いの道に進ませる気など無い。
本人がそう道を望んでいるのならまた話は変わってくるがトワイア自身争いごとは好まない気質だ。
数多の戦場を駆け、跳梁跋扈する魔物達を殺し、国に仇なす人間を手にかけ、人々の御旗となる存在なんて俺からすれば人柱以外の何物にも思えない。
俺の大切な弟を『勇者』になどさせるものか。




