15話 主人と奴隷
あらすじ バジルは寝た
「それで…あの能無から何か聞き出せたのかしら?」
夜の帳が下りた頃、ユラはカーマスの執務室へと呼び出されていた。
彼がキセルに口をつけ紫煙を吐く姿はまるで妖艶な娼婦のように様になっていたがれっきとした男である。
「いえ…特には」
カーマスはカツンと耳障りな大きい音を立ててキセルを灰皿に叩きつけた。
その音にユラは過剰な程の反応を見せる。
耳は伏せ、尻尾は垂れ下がり体は小刻みに震えていた。
そこに戦闘に特化した稀少種である銀狼族の面影は一欠片も無い。いるのは暴力に怯える女性だけであった。
「本当かしら?貴方達が何か繋がりがあるようだったから能無が口を滑らせないかと思って采配したのだけど」
再びキセルが灰皿へと叩きつけられる。
その度にびくりと大きく震えるユラは顔を真っ青にして体を抱きしめた。
「…っ」
「何かしら?」
面を伏して長い銀髪で顔を隠したままユラはポツリポツリと話し始める。
「ご、ご主人様の言うアルミンという方の話は本当に聞いておりません…ですが」
キセルに新たな火種を詰めながらカーマスは続きの言葉を待つ。本当なら急かしても構わないのだがこうなった奴隷は絶対に嘘は吐かないと知っている為大人しくしていた。
「バジル…アントリウムは手段は分かりませんが近々ここを脱走すると言っておりました」
思ったよりも意外性の無い話に思わず脱力してしまうカーマスであったが今まで見たバジルという男の姿を頭に浮かべて満足そうにキセルを咥える。
あの男がそう言ったのなら恐らく実行するだろう。
しかし隠し収納の中にこれといって脱獄に役立ちそうな物は無く、バジル自身は魔法も使えない非力な能無だ。
ルームメイトを味方につけたところでそこまで戦闘に秀でた連中でも無いし大した役には立たないだろう。
ならば。
あの異端の少女、アルミンから貰った何かを使う可能性が高い。あるいは彼女自身が助けに来るのか。カーマスにとってはそちらの方が望む所である。
同じく異端のビジネスパートナーである少年には手を出さない事を勧められたが彼の頭の中は、今度こそアルミンを捉えその神秘の力を手にする事で一杯だった。
「まあそれはそれとして」
キセルを加えながらカーマスの目が怪しく光る。
「あ…」
「貴女…最初に嘘を言ったわね?特に、とかなんとか」
変化は劇的だった。
只でさえ震えるだけであったユラの顔から色が消える。
「嘘では…無かったつもり、です」
「口答えなんて偉くなったものよね」
カーマスの左眼があやしく瞬く。気のせいでなければ彼の瞳は暗い灰色であった筈なのだが今は片目が真っ赤に染まっている。
「はっ、っはっ、そんな…つもりでは」
ユラの呼吸がドンドンと怪しくなっていく。
それに比例するかの様に彼女の体をとある変化が襲っていた。
「暫くそのまま虫室にでも入ってなさい」
「お、待ちください…そ、れだけはっ、お許しくださ…………………」
ユラが静かになったのと同時に執務室にバタバタと男達が入ってくる。
「それを虫室へ運んで起きなさい。傷をつけるんじゃ無いわよ」
「かしこまりました」
暫くしてユラも男達も居なくなった部屋で1人、カーマスは窓の外を眺めながら静かに煙を味わった。
♢
「はあ!?今更リイズに行けってそれ本気で言ってるでござるか!?」
立ち寄った飯屋で食事を摂りながら水晶の様な小道具と口論をしているのは、以前バジルにライドウと真っ黒な装束に身を包んだ委任執行官の男であった。
そして水晶、通信用の魔道具で話をしている相手は彼の上司だ。
「そんな事言わず頼みますよぉ。手が空いてるのは貴方しかいないんです」
「それでは拙者が暇みたいではないか!そもそも拙者が首都へ最短のリイズを選ばなかったのはお前さんが頼んだ仕事のせいで…」
「どうにも官邸が手配した酒造店の人間がリイズで頻発しているらしい奴隷狩り連中に捕まってしまったらしくてですねぇ首相が大層お怒りなんですよぉ」
「…」
「身近でその八つ当たりを受けるあっしの気持ちも考えてくださいよぉ、それではお願いしますね!手配書は後ほど発行して賞金も弾みますので、それでは」
プツリと音が途切れ水晶から光が失われていく。
言いたい事だけ言ってあの上司はさっさと通信を切ってしまったようだ。
「あの男…いっぺん首を落としてやろうか」
剣呑な雰囲気を纏い始めたライドウに周囲の客は揃って身を引いた。
(まあ構わないか…リイズ、少し気になる事もあるしな)
ふと浮かぶのは最近出会った奇妙な美人の2人組の事だ。
落ち着いた雰囲気の者は兎も角、もう1人の荒っぽい印象を受ける美女はどうにも自分の忠告を素直に聞き入れてくれているとはどうしても考えられなかった。
ましてや大切な家族を追っている最中というのなら尚更だ。
(いなければ只の取り越し苦労で済む)そう割り切ったライドウは食事を平らげ、騒いでしまった事への謝罪として大目に金子を渡し食事処を後にする。
彼はまだ知らない。
忠告があっさり無視されていることはもちろんのこと、バジルが騒ぎの渦中にいる事を。
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