10話 ゴング
あらすじ 部下が出来た
町民の家を作るためのけんざいを運んでいるのは筋骨隆々の男達であった。
人相は悪く。借金が返せなくなっただとか、金が必要で身売りをしただとか、奴隷狩りに遅れをとっただとか理由は様々だが皆一様に奴隷へと身を落とした者達だ。
そんな彼等を率いているのは清流の如き黒髪をたなびかせる美女、に身違う程美しい容姿を持った男性である。
名をバジル・アントリウムという。
「一先ず休憩だ!各自水分と飯をしっかり取れ!」
「待て…そんな事勝手に決めるんじゃ…」
ゆらりと背後に立つ男へ無言で回し蹴りを入れ昏倒させる。
この者は奴隷達を管轄する為に派遣された男なのだが業務が始まってからずっとこのようにバジルの手によって昼間からいい夢を見させられていた。
「姉御、そんな事しちまって良いんですかい?」
不安げにバジルへと言葉をかけるのは砂の色をした長髪を乱雑に括った髪型をしたこれまた逞しい肉体を持つジンという名の犬系獣人である。
「心配いらねぇよ。あとコイツがこんな状態だからって逃げんなよ?」
「それこそ心配いらねぇですよ」
カラカラと笑いながら他の仲間の元へと戻っていくジン。
逃げた所で逃亡奴隷として追われる立場になるんだから当然か。カーマスはその辺容赦が無さそうだしな。
手元の建材の一部を弄び貫頭衣の裏地に縫い付けた懐へとしまい込んだ。
俺だけなら逃げるのは簡単だ。だがそれじゃ態々罪人になるリスクや命の危険を犯してまでこんな所に潜入した意味が無い。
トワイアを追う貴重な時間を割いているんだ。悔いが残る結果にはしないさ。
決意を胸に、バジルはこれからすべき事を考えながら今までこの奴隷商の中でやってきた事を整理する。
♢
時はバジルが奴隷に落とされ、ヤコの姉のユラと対面を果たした日まで遡る。
「ほらお友達とは仲良くしろよ」
ぐったりとした体が乱暴に部屋へと投げ入れられ硬い床と熱い抱擁を交わした。
ガシャンと目の前の檻が閉じられその鉄で出来た格子を掴めば見世物小屋の猿の気分が味わえた。
尤も、意味としてはそう遠く無いのかもしれないが。
「新入りか?」
声に誘われ辺りを見回すと大部屋の最奥に屈強な男達が陣取っているのに気がついた。
先程見たユラの部屋とは雲泥の差だがここもイメージしていた奴隷の住居としてはかなり綺麗に思える。
まぁあの守銭奴っぽいカーマスなら商品の品質管理にうるさくても不思議では無いのかもしれないな。
衛生管理を怠って奴隷が病気になり一番の割りを食うのはカーマス自身なのだから。
「ここは男性奴隷の檻だぜ?なんで女が入れられてんだよ」「俺達の慰安用じゃあ無いか?」
「んなわけ無いだろ」「楽しめそうなら何でも良いだろうが」
一見美女にしか見えないバジルの容姿に檻の住人達が好き勝手にヤジを飛ばしていると強面の男達の中でも一際異彩を放つ人物が口を開く。
「そいつが何であれここではここのルールに従ってもらう」
ザッと奴隷達が身を引き姿を現したのは2メートルはあろうかという長身の獣人男性だった。
「アンタがここのボスって訳か」
「そういう事だ。分かったらあまり舐めた口をきかねぇ方が身のためだぞ」
下品に笑い声を上げるギャラリーを見て、バジルは納得する。
病気や大きな怪我は兎も角、多少のガス抜きは認められてる感じね。
恐らくは新たに入ってきた新人にこうして暴力を使いこの閉じたコミュニティーでのカーストを教え込んでいるのだろう。
良い、悪くない。そういったわかりやすいのは友人の姉との腹の探り合いよりもずっと好みだ。
「良いぜ?なんだったら喧嘩でもするか?」
不敵な様子のバジルを見て男の額に血管が浮く。
「もとよりそのつもりだったが…他の奴にやらせようと考えてたがやめだ。テメェは俺が直々に叩き潰してやる」
周囲の奴隷達が移動し俺と獣人の男を取り囲みさながらリングのような様相を見せた。
「俺の名はジンだ。見ての通り獣人だ」
「俺はバジル。自慢じゃねぇけど俺は魔力を持ってねぇ」
名乗りを上げた両者だったがバジルの言葉を聞いた。ギャラリー達が沸き立つ。
「それって能無って事じゃねぇか!!」「ギャハハハハ、あんまり虐めてやんなよ」
分かりきっていた反応。もう慣れた物だ。
だからこそ俺は顔に大きく攻撃的なまでに輝かしい笑みを浮かべて口を開く。
「ここには触媒なんて気の利いた物はねぇんだ。態々俺の土俵に上がってきてくれてありがとよ」
檻の中で俺を嘲笑する全ての人間に向けて指を突きつけこう挑発する。「ここにはお前を守ってくれる魔障壁は無いんだぞ」「魔力が活かせる武器は無いんだぞ」と。
能無にコケにされた奴隷達は一瞬わけがわけが分からぬとばかりに放心していたがすぐに顔を真っ赤に染めて唾を飛ばし、怒号を上げた。
「俺は獣人だから魔力なんて無くても問題ねぇ」
「じゃあ早くやろうぜ。こっちは時間も押してんだからよ」
奴隷生活初日。
奴隷部屋の主とのゴングが鳴ったのだった。
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