8話. ユラとの対話
あらすじ 奴隷商人に捕まった。
ヒンヤリとした硬い感触を頰に感じバジルの意識は覚醒した。
「…いってぇ」
身体中がズキズキとした鈍痛に苛まれている。
多分これはあの銀狼族の女に引きづり倒された時に体の至る所を強く打ち付けたせいだろう。
痛みを発する部分をさすりながらバジルは周囲を観察した。
奴隷商に捕まってしまったのだから次に目覚めるのは格子がつけられた劣悪な雑魚寝部屋と覚悟していたのだが、意外にもそこは清潔な1人部屋だった。
部屋といっても家具の1つもない殺風景な物だが、想像していた奴隷の待遇とはかけ離れている。
「ここは私の部屋です」
木製の扉を開けて部屋へと入ってきたのは、この身体中の痛みを齎した銀狼族の女性だった。
ジャリッ、という硬いものを引きずる音が聞こえたかと思えば、彼女の足には変わらず見た目以上に重く見える鉄輪がつけられていた。
殺風景なこの部屋に似つかわしくないな。とバジルが感想を抱いていると己の足にも同じものが嵌められていることに気がつく。
「邪魔くせぇなこれ…」
「それが奴隷です」
バジルの正面の床へ腰を下ろす彼女の手には衣類が抱えられていた。
「ご主人様にお願いをして貴方と話す機会を貰いました」
ご主人様というのはあのオカマ口調の美丈夫の事だろう。奴隷側のお願いが受け入れられるとは、案外融通が利く男だったのだろうか。
バジルがそんな事を考えていると、何を思ったかこの女は目にも留まらぬ速さで俺の腹に拳を叩き込んできやがった。
「かっ…っ…!!」
強烈な衝撃に脂汗と吐き気が異物感共に一気に込み上げて来るが、どうにかそれを吞み下す。
吐瀉物の代わりに、血痰を吐き出して力なくくづれ落ちる。
また床に倒れこむ寸前、銀狼族の女性はバジルの体を抱きかかえる様にして支えた。
「何…すんだ。また気絶する所だったぞ」
「行くついでにもっと痛めつけて来いとの命令です」
一瞬感心しかけた自分を殴ってやりたい。あのカーマスとかいう男、やっぱりロクなもんじゃねぇな。
「それはこのくらいでいいでしょう。私は貴方に聞きたい事があってこの場を設けました」
どれがこの女の本当の顔なのだろうか、始めは遠慮がちな奴隷然とした顔、2回目は類稀な戦闘能力を宿した稀少種族の顔、そして3つ目は…。
まっすぐこちらを見据える彼女の瞳から伝わってくるのは、怯えでも戦いに飢えた苛烈さでも無い。
理知的な、それでいて貪欲に何かを求める。そんな色に染まっていた。
「あの子の…名前を言えますか?」
「ヤコだろ?兎人種の。俺は、あいつの友達だ」
言葉にしながら痛みに耐える様な様子のバジルに銀狼族の女性は訝しむ。
「?…、何かあったんですか」
「ヤコは…死んだ」
「…え?」
「…俺の故郷の村が魔物に襲われて、その時に」
「嘘です」
「そんなタチの悪い嘘はつかない」
「嘘です!!!!!」
衝動的に振るわれた拳が再びレバーを直撃する。
この1発は先程彼女が意識的に放ったものよりも数段威力があった。
「ぐおえっ…」
これには堪らずまたもやえづくバジルはどうにか異物を吐き出すことだけは耐えきる。
体に力が入らず銀狼族の女性にもたれかかる姿勢なのは何とも情けない気持ちになるが、彼女は彼女で葛藤している様でこちらを気にしている余裕はなさそうだ。
「あいつは…っ、ずっとアンタとその母親を探していた。それで奴隷になったアンタ達を買い戻すって必死で商売を頑張っていたんだ」
でも、死んでしまった。
大切な友達だったヤコは志半ばで命を落とした。
俺だって1人の人間だ。人知れず涙だって流したし、せめて亡き友の意思を継いでやりたいとも思う。
だからこそ危険を犯してまで彼女とこうして対話する機会を得るためあの奴隷商の懐に飛び込んだのだ。思ったよりも早くその機会が得られたのは良かった。
俺の言葉が真に届いているかは分からないが、構わず問いかける。
「なあヤコの姉さん。アンタはどうしたい?」
ピクリと俺の言葉に反応した彼女が顔を上げると、そこには能面のような無表情が張り付いていた。
冷たい程の魅力を備えた人間が無表情でいるとこれほど怖いものなのかとバジルは初めて知った。
「私が何をするか、どうあるかを決めるのはご主人様です」
「あっそ」
まだ彼女の真意に触れられるほど俺は心を通わせていない。
分かりきっていたことだがこうも仮面を被られてしまうと思わずため息をついてしまいそうになる。
ヤコの為に俺がこの銀狼族の女性にできる事を早く見つけなければいけない。
いつまでもトワイアが首都にいるとは限らないのだ。情報が途切れないうちに早く動きたいというのが本音だ。
一応策は用意してあるがそれもこの女性の身の振り方によって形を変えなければいけない。
バジルが頭をひねっていると仮面を被ってしまったヤコの姉が口を開いた。
「ユラです」
「あ?」
「私の名前です。同じ奴隷なので呼び捨てで構いません」
「…よろしくユラ。俺はバジルだ」
「はいバジルさん。それで私は貴方を痛めつける以外にも仕事を請け負っているのでそちらを済ませてしまいましょう」
淡々と奴隷として与えられた仕事を遂行しようとするユラを見て苦笑してしまう。
態々名乗る必要なんて無いはずなのに…律儀なのか、それとも多少は関心を引けたのか。
考えながら様子を伺うバジルだったが、次にユラが発した驚きの発言によってそれどころでは無くなってしまった。
「それではまず貴方の身体検査をした後この奴隷用の貫頭衣に着替えてもらいます…が動けない様なので私が全てやらせていただきます」
…?気のせいかな。今の話を要約すると俺はユラに剥かれる事になると思うんだけど?
「ちょっと、待て…そのくらい自分でっ!」
言いながら腹部の痛みに苦悶の表情を浮かべるバジル。
ユラからもらったレバーへの2発はバジルから立ち上がる力さえ奪ってしまっていた。
今の会話の最中もずっと抱きすくめられる形でユラに支えられたままだ。
「これから奴隷になるのにそんな事で恥ずかしがっててどうするんですか…ましてや私達は女性同士だというのに」
「待っ…」
ささやかな抵抗も虚しく、バジル・アントリウムはあれよあれよという間に身につけていた衣類を剥がされてしまった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
バジルは能無と罵られて来た村での日々よりも惨めな思いをし、仮面を被り職務に忠実になっていた筈のユラの口からは黄色い悲鳴が上がったのだった。
よろしくお願いします!




