3話 商隊
本日3話目です。
いつもは閑散とした雰囲気を醸し出しているこの田舎の村なのだが今日みたくキャラバンが立ち寄り露店を開く日はガラリと様相を変える。
「王都で流行りの衣類はどうだい?」「新作の魔道具だ。見ていきな」「これは何?」「これも王都へ運ぶ予定なんだ」「なんでこんな化け物がここにいんだよ!?」「珍しい食材はないかい?」「この前来た時に持って来たアレはないのか?」「恋人に送る花は要りませんか?」「装飾品もこちらにありますよー」
住民が総勢100名にも満たない小さな村だがそのすべてが一堂に会すると流石に活気が出て普段聞こえない喧騒がそこらで響いていた。
腕を組みながら活気ある光景を眺め住民達や行商人の会話に耳を傾けていると、少し気になる会話があったのでバジルはそちらへと歩を進める。
(まあ急ぐわけでも無いし俺も見物してくかな)
バジルが向かったのは「化物」と声を上げ腰を抜かしていた農民の男性がいるところだ。もっとも当の本人は余程の恐怖からか、それとも大の男が悲鳴をあげてしまった事への羞恥心からか既に走り去った後だった。
キャラバンの露店はその連なる荷車ごと村の中へと引かれて各々の店を併設して広げるのだが今目の前にある荷車はその中でも圧倒的に大きく異様な存在感を放っていた。
店主らしき男性に促され中を覗いてみるとそこにはとある生物が檻の中に収容されている。
しかしそれはただの生物では無い。店主もその生物の稀少さを理解しているようで誇らしげな表情でバジルに目線を送ってきた。
「こいつは竜か?」
「おうよ!依頼があって王都に運ぶ予定のレッサーアースドラゴンて種類の竜さ。しかもこいつら番いなんだ。珍しいだろ?」
「へえ…」
そう。檻に入っていた竜は1匹ではなかった。
2匹寄り添うように身を寄せ合うこのレッサーアースドラゴンと呼ばれた竜を観察してみると、とても穏やかな様子で優しげな印象を受ける瞳をバジルに向けている。
とても生態系の頂点に立つ生物の姿には見えないがその爪が一度振るわれれば自分の命など容易く奪われてしまう事を理解しているためブルリと身震いをしてしまう。
「ははははっ安心しな姉ちゃん。この種類の竜は物凄く温厚な性格でな、目の前で同族の血でも流れない限り大丈夫さ。でなきゃあいくら高額な依頼でも竜の運搬なんて引き受けねえよ」
快活に笑いながら目の前の女性の不安を払拭しようとするこの者は下心ありきとはいえ一応は善良な男なのだろう。今もこの竜の主食は鉱石だの、卵を産む時は大穴を掘るだの、この巨体は魔力によって支えられているだの生態に関するちょっとした話をして気を紛らわせようとしてくれている。
話を聞いていて化け物でさえ魔力を持っているのにと思わなくも無い。しかしまあ今更気にしても仕方のない事だと思い直して男の話に耳を傾ける。…それはそれとして話の流れが少し怪しくなって来た。竜の小話から何故夜の誘いに繋がるのだろうか。
母と父親譲りの整った女形の顔に自信を持つバジルはこういう手合がいる事は仕方ないと思いつつやれやれと首を振る。しつこいようだがこの男、バジル・アントリウムはノーマルなのだ。
この竜の運搬をしている男の顔は見た事がないし村に来るのも始めてなのだろう、当然俺の性別など知っている筈もない。
良い物を見せてくれた礼にこちらも一つ驚かせてやろうとバジルがニヤニヤしながら口を開こうとするがそれを遮るようにして嗄れた声が割って入って来た。
「お前さんここは初めてだろう?」
声の主は檻の荷車の隣に店を構える魔道具売りのアンデルセンであった。
「あん?だから何だよアンデルセンの爺さん」
少なくとも本人からすればナンパに水を差された状況なので運び屋の男は不快感を隠す事はしない。
それを見てさらに笑みを浮かべるアンデルセンは先程バジルが明かすはずだった事を余計な部分を付け足した上で口にした。
「は…男!?しかも能無って」
アンデルセンの言葉を聞いた運び屋の男はにこやかな笑顔から一転侮蔑の表情を浮かべてバジルを睨め付ける。
「わざわざ他人の自己紹介をありがとよ」
この男がバジルに対してこういった態度を取るのはいつものことだ。…ただバジルが能無だと聞かされた途端態度を一変させる運び屋を見た本人はどうしようもなく冷めてしまった。
神に見放され魔力を与えられずこの世に産み落とされた者、それが世間一般的な能無に対する認識である。一部では同じ人間としてすら扱っていないと聞いた時は驚いた。
「こいつが男ってのは俄かに信じられねえけどよ。能無ってのは本当なのか?冗談にしちゃあタチが悪いぞ」
初老の男の言葉をすべて鵜呑みにするわけではないがそういった疑惑をかけられる時点で蔑みの対象になるのには充分であるというのがこの運び屋の男…と、言うよりも世間一般的な認識だ。
「疑うのならこの魔望鏡で確かめると良い。王都お墨付きの魔道具じゃ」
そう言ってアンデルセンは己の右目に着用しているモノクルを指差す。
「村に来るたびにそれやるけど飽きねーの?それとも毎回忘れてやってるの?ボケ始めなの?」
「一週間前の晩飯も覚えとるわ!黙って聞いとれ!」
曰く、このモノクルは魔力を可視化することが出来るらしい。本来の使用用途は門番や監視の兵に持たせて怪しげな魔力反応を持った者を炙り出す。という物だったがこの男アンデルセンはそれを魔力を一切持たないバジルを嘲笑うという目的のためだけに使用している。それこそ村に来る度に何度も。
アンデルセンの持っている魔道具はそれだけ信用に値する物なのか、運び屋の顔を見れば既にバジルを対等の相手として扱う気は無い事が伺えた。
世間からすれば能無に対する至極真っ当な反応なのかもしれないがここまであからさまに態度を変えられると流石に笑うしか無い。新しい友人を作るには苦労しそうだ。
「さらに今回持ってきている魔望鏡は新作で事前に魔力を充填しておく事が可能!!そんな王宮の兵に下される代物を独自のルートで仕入れる事に成功しました」「そしてお手軽なこのお値段!」
アシスタントらしき男達が天幕の中からぞろぞろと出てきてアンデルセンの横で威勢の良い声を上げ始めた。
目玉の魔望鏡の他にも調理に便利な日を起こす魔道具や魔力を流すと二分の一の力で振るえるようになるアシスト付きのクワに狩の際獲物を誘い出す誘引効果のある音色を出す笛など様々な、正直魔力を見る眼鏡なんかよりもよっぽど辺境の村の生活に役立ちそうな品々を並べ始め村人達は目を輝かせている。
どうやらルーチンをこなして満足したようで俺と運び屋の男を放って自分達の商売を開始するらしい。
「どうじゃ?金さえ払うならまた魔道具のレクチャーぐらいはしてやるぞ。売りわせんがな」
「今日は遠慮しとくわ」
適当に返すと本人も詰まらなそうにフンと鼻を鳴らして目の前の客達へと関心を戻してしまった。当然だ。俺が魔道具なんて使えないのはこいつも重々承知の上なのだから。
その内、弟用に何か魔道具を買って歴とした客となればこの対応も少しは変わるのだろうか。死ぬまで日々を過ごす村だ。こんな性悪じーさんでも仲良くなれるのならそれに越した事はない。
しかし今だけは、もう用が無いのならそれはそれで助かる。随分時間を食ってしまったし面倒ごとに巻き込まれるのは御免なのでこれ幸いにと何か言いたげな運び屋の男をそのままに人混みの中へと消えた。
「うーん…さっさと買い物済ませた方が良さそうだな」
誰に言ったわけでも無い呟きを一つ落としたバジルは足早に目的の露店を探す。
探している最中にカーリー達が靴を専門に扱っている露店にかじりついているのが見え、咄嗟に人混みへ身を隠した。
決闘の時の様子から、出会えば絡まれるのが容易に想像がつくので此方の存在が悟られないうちにさっさと抜けてしまう事にした俺はタイミングを見はからい進んだ。
後ろを通る際に取り巻きの1人のトリルに気づかれてしまったが指を口に当て「しー」っと黙る様にジェスチャーを送ったら手を一振りして見送ってくれた。
この村へ来た頃を思えばカーリーは相変わらず絡んでくるが他の同年代の男女達の雰囲気は大分柔らかくなっている。トリルの耳が少し赤くなっていたのは気になるが彼や他の者達の性癖が多少歪んだところで自分は一切責任は負わないと決めている。
無責任?知った事ではない。何度も言うがバジルはノーマルだ。男色の気は一切無い。
バジルの母もかなりの美人であり、その遺伝子をバッチリ受け継いだ彼も相当眉目秀麗だ。いくら鍛えても線が細いままの体躯やその装いも相まってどこに出しても恥ずかしくない淑女に仕上がっている。
そのせいでキャラバンや村に住む住人が増える度心に傷を負う者が後を絶たず逆恨みをされる事も少なくないが、バジル自身は姿に関してどう思われるかなど心底どうでもよかった。
いつだって彼の行動原理はただ一つ。
「やっと見つけた」
ようやく目的の馬車と人物を発見したバジルは人混みに気を使いながらも歩くペースを早める。
「ヤコ!久しぶり!」
「あっバジルちゃんいらっしゃいませ!」
俺が「ヤコ」と呼びかけた少女は人好きしそうな笑みを浮かべてブンブンと豪快に手を振ってくる。その様子はまるで同年代の同性の友人に対する物だった。
(付き合いそこそこ長いのにこいついまだに俺の事女だって思ってそうなんだよな…)
「なあヤコ、俺はな」「なあにバジルちゃん?」
「いや…何でも無いよ」
嬉しそうに破顔しながら頭に生えてるウサギの様な耳を揺らす彼女を見ているとどうにも毒気が抜けれてしまう。
「注文してた物を見せてくれ」
「あっ、うん分かった。ちょっと待っててね!」
そう言ってヤコは自分の荷車へと体重を感じさせない軽やかな動きで飛び乗り物色し始めた。
彼女の様に獣の特性を体に持つ人間は「獣人」と呼ばれている。中には亜人と蔑む連中もいるみたいだが能無と差別される苦しみを知っているバジルは彼等に嫌悪を覚える事などないし自分よりも下の者を探して安心する様な軟弱者になる気も更々ない。
そして獣人達も一部を除いて体に宿す魔力が平均よりもずっと少ない者達が多いという理由から魔力を持たない能無を差別するという考えに至る者はほとんどいなかった。
結果。幼い頃に行商の手伝いで両親にくっついて来たヤコともすぐに打ち解け、今では親のノウハウや人脈を受け継ぎ若くして店を切り盛りする新進気鋭の商人に成長している。
商才もあり取り引き相手として頼りになるし能無に悪感情を抱かない貴重な友人ではあるのだがいかんせんお人好しで天然が少し入っているところがたまに傷だ。
「あれ?」
今も何やら素っ頓狂な声を上げている。
「自分の馬車の中で迷子にでもなったのかよ」
「そんなに広くないよ?」
両手に荷物を抱えながら馬車から降りて来たヤコはキョトンとした顔でそんな事を言ってくる。何やら考え込む様に目を閉じ1分ほど。
「バジルちゃんとトワイア君のお客さんを乗せて来たんだけど…居なくなったの」
「居なくなったって…どんな奴だよ」
「綺麗な女の子だったけど怪しい感じじゃ無かったよ。心当たりある?」
女の子…全く思い当たる節がない。死んだ祖父の知り合いだろうか。
ヤコの様子から旅にの同行中は別段問題を起こした訳でもなさそうだしそいつの素行に関してはそこまで神経質にならなくても大丈夫…か?。
わざわざ旅をしてまで兄が能無の兄弟に会いに来るなんてよっぽどの要件では無いのかと気にもなるけれどいなくなってしまったのなら仕方ない。用があるなら家を訪ねるだろうと考えるのをやめてバジルは商談に話を戻す事にした。
「そいつの事はもういい。それよりも頼んであった代物はちゃんと揃ってるのか?」
「え?ああそれは勿論」
うーん、うーんと難しそうな顔をして唸っていたヤコであったがバジルがその件についてはもう話す事がない様子を感じ取るとアネモネの花の香りを漂わせる少女の事は一旦忘れて注文の商品を広げ始める。
「加工前の魔鉱5キロ、アリアの花弁二袋、ジエン砂鉄1キロ、セルの杯1リットル、エルマタイト1キロに…屑鉄とそれから魔導書と医学の教本だったよね。あっ、魔鉱は強い力でぶつけ合うと爆発するから気をつけてね」
なんのけなしにヤコは言っているが魔鉱の爆発は洒落にならないくらい大きく激しい物だ。何を隠そうバジルは既に経験済みであり一度裏の演習場と家の一部を吹き飛ばした事がある。あの時は弟や周囲の住民達への言い訳に苦労したものだ。
「バジルちゃんがおんなじ注文を始めてもう7年くらいになるのかな?どうせ何に使ってるのか相変わらず教えてくれないんでしょ」
商品の検品をしながら頰を膨らませるヤコを見て思わず笑ってしまうが使い道に関しては誰であろうと、それこそ弟にすら明かしてはいないのだ。
「正解。ほら早く勘定を済ませようぜ。もたもたしてて面倒なのに絡まれても面白く無いからな」
あんまり一箇所に留まっていてはカーリーみたいな不届者の標的にされかねない。只でさえカーリーは俺を探しているだろうしアンデルセンのジーさんはまた能無の事を触れ回っているかもしれない。
ここの後トワイアと約束した珍しい食材も買わないといけない事を考えると早めに切り上げた方が良さそうだ。
渡された目録をじっと見つめるバジルをヤコは少し不安そうな表情で様子伺っている。
その理由を目録を見て察していたバジルは提示された金額を何も言わず支払った。
「ゴメンね…前取り引きした時より高いでしょ。最近どこも魔物が増えてたり一部の国が胡散臭くて入り難かったりで商品を仕入れるのが大変なんだよ」
堪えられなくなったのかヤコはそんな事をわざわざ言ってくる。不当に値段を釣り上げる相手ではないと知っているし商売なのだからそこまで気にする事はないと思うのだが自慢の耳がペタンと垂れる姿を見ているとどうにもこの少女が商人としてやっていけるのか心配になる。おかしい…親父さんから店継い後もそこそこ成功しているので商才はあるはずなのに。
「俺に商いの事は分かんねーよ」
「うん…ゴメン」
突き放すような物言いにさらシュンとするヤコ。
「けどよ、能無なんかとまともに取り引きしてくれるお前の事は信用してんだ」
だから正当だと判断した値段ならちゃんと支払うし友人だって事に甘えて負けてもらう気も無いから安心しろと言ったところで俯かれていたヤコの耳と顔が勢いよく跳ね上がった。
「ありがとうバジルちゃん!!嬉しいからトワイア君にあげる本もう一冊オマケしとくね!!」
打って変わって咲いた花のように破顔したヤコは商品の中に本を一冊追加した。
先程友人に甘える事を否定した手前値がはるであろう本のオマケは断りたいところだが、トワイアというバジルの1番弱い所を的確に突いてくるヤコは確かに手練れの商人に成長したのだろう。…ただでは無く料金を取ればもっといいのかもしれないけれど。
「それにしてもこれだけの品値上げする前でもそこそこ高かったのにどうやって毎回お金用意してるの?」
首都からも遠く、農業しか産業も無く、仕事も少ない寒村。基本的に自足自給の生活をしている村人たちの収入などたかが知れているうえ、バジルは能無と呼ばれ人々から避けられる存在だ。
ある程度関係が改正された現在でもそれは変わらない。
そんな彼がまともな仕事を見つけこれだけの商品を定期的に購入する事は本来ならば困難を極めるはずなのだ。
ヤコはチラリとバジルに視線を向け少々荒々しい雰囲気を纏っているが怪しい魅力を持つ容姿を観察した。
ヤコは考える。
働き口の乏しいこの近辺で収入を得るにはどうすればいいか。この村で無くとも少し足を伸ばした先にある町ならばどうか。ヤコ自身は気にしないがそこならばバジルのことを知らない人間も多いのではないか。
そこならば目の前の男女を超越した美貌を持つ人物なら幾らでも稼ぐことが可能なのではないか。
「…?なんだよ」
ジロジロと見られたバジルが怪訝な声を漏らす。
「ふっ…」
「????」
ヤコは何やら目頭を押さえてバジルの肩を強く掴んできた。何かを堪えるかのような彼女の様子に言い知れない不安が腹の底から湧き上がってくる。
「弟の為に…」「辛かっただろうに…」「バジルちゃんがどんな風になったってあたし達はずっと友達…」
鼻を啜るヤコから漏れ出てくる呟きを聞いたバジルはスッとその表情を消した。
「違うからな?」
「いいの、何も言わなくても分かっているから」
「いやお前は何も分かっちゃいねーよ」
「そうね…確かにあたしはバジルちゃんの苦しみを本当の意味で理解してあげられないわ。それでもあたし達が友達だって事だけはちゃんと知っていて欲しいの」
「友達って言ってくれるのは嬉しい!ありがとう!!でもこのままじゃ友達やめたくなるから話を聞いてくれ!!!!」
ヤコはバジルがナニをして稼いだのかあらぬ方向で納得してしまったようで彼の弁明を一切取り合わない。
流石のバジルも体を売らねばならない程日々の生活に困窮しているわけでは無いし売るつもりもない。
だがなまじ優れた容姿を持つバジルの存在や割と男娼という物にもそこそこの需要があるこの世の中でヤコの勘違いは危険すぎる。それこそこの話は少し漏れればバジルは死ぬ事になるだろう、主に精神が。
この後の予定も詰まってるが流石にこれをそのまま放置には出来ないとしっかりと間違いを正してやろうとバジルが身を乗り出したところで隣の馬車から恐らくハーモニカ辺りの下手な演奏が声を遮り響いてきた。
「うるせえぞ!今俺の人生がかかった大切な話をしてんだ。その飛蝗が潰れたみたいな演奏をやめやがれ!」
怒鳴りながら音色…と呼ぶにはおこがましい雑音が聞こえた馬車にその鋭く燃える双眸を向けながら違和感を覚えた。
キャラバンの隊列には順序があり商人同士の力関係により決まる。基本的に新参というか若手であるヤコの馬車は護衛の馬車を省いて1番後部に配置される。
その為雑音を発したのはてっきり護衛の馬車に乗った人間かとバジルは思ったのだがどうやら違うようだ。
ヤコと護衛の馬車の間にもう一つ。他の商人達の実用性と商いに適した清潔感のある馬車とは違い、何やらゴテゴテと装飾品を貼り付けた無駄に金をかけた豪奢な作りの馬車があった。
そこから先の雑音が今もなお流れている。
小隊とも違う、護衛の者達とも違う。
残念な事にバジルはこの悪趣味な馬車の乗員に心当たりがあった。
動物と、何やら植物を模ったエンブレムを目立つ位置で輝かせている光景を目にしてため息をつく。
(珍しい食材…熊でも一発で昏倒するような毒草とか毒キノコとか売ってねえかな)
遠い目をするバジルはこの馬車の主人が自分と、そしてトワイアの『客』という事を理解した。
「大丈夫…もし本当に困ったらバジルちゃん達の面倒はあたしが見てあげるから!安心して!」
ヤコの勘違いを訂正しようと考える者はその場にはもういない。