2話 委任執行官
よろしくお願いいたします!
別段会話を楽しんでいたわけでは無いがこうも無遠慮に割り込まれてしまうのは少々気分が悪い。
「なんかようか?」
思ったよりも不機嫌な色が現れた声色で振り返る事なく背後の男に答える。
「そう冷たくすんなって」
言いながら男は此方の視界に入るよう回り込んできた。
テーブルの下に置かれた荷物に気を配りながら酒臭い男を観察する。
年は40を少し過ぎたくらいか、身なりはそれなりに整っているが顔に張り付いた下卑た笑みが不快感を煽ってくる。
この時点で何となく察しはついていたが、続けて男が発して言葉に可憐な女性達の動向を伺い聞き耳を立てていた者は総じて凍りつく事となった。
「へへ…黒髪のアンタ、能無だろう?」
能無というのは魔力を持たない人間のことを指すのだが、含まれた意味はこれだけでは無い。
神から与えられると信じられている魔力を持たない人間。それは多くの人間達から蔑まれ迫害を受ける理由となる。詰まる所は蔑称だ。
ある者は家畜として奴隷以下の待遇で飼われ、ある者は嗜虐の喜びを満たすための玩具として扱われ、ある者は能無だと気づかれた時点で民衆に殴打され殺されるなど、能無の不幸な末路を挙げれば枚挙にいとまがない。
現に、つい先ほどまで美しい女性達(少なくとも周囲の男にとっては)に憧憬の様な眼差しを送っていた者達の反応は一転している。
しかし中には目の前の酒臭い男と同様にほの暗い情欲を宿した視線を向けてくるものも少なくなかった。
「いや何、能無ってのは色々と大変だろ?先立つものが必要なんじゃないか?」
この男の言いたい事は分かる。
俺に売りの誘いをかけているのだろう。
元々目を惹く容姿だという事には自覚があるし、こういった手合いのあしらい方にも心得がある。
だがこれ程直接的な物言いをされた経験は少ない。能無だと分かった相手に対する侮りだという事は理解できるのだが、こうも簡単に自分が能無だと看破される事が無かったからだ。
能無を見分られるとすれば魔望鏡のように魔力を探知する使用するか、魔法を扱う事に長けた者がその眼力で、その肌で判断する方法が考えられる。
目の前の男に特殊な道具を使っている様子は無い。
仲間がいてその者が魔導具を使っている可能性はあるが、腰に携えた触媒はこけおどしでは無いと考えておいた方が無難だろう。
「金なら無口な知り合いからたんまり貰ってるから心配いらねぇよ。あと俺は…」
男だと告げようとしたところで、男の腕が荒っぽくテーブルの上を薙ぎ払った。
当然グラスや酒瓶、つまみも全てガラス製の容器が割れる騒々しい音を響かせながら床へと散乱した。
その中には飲みかけの物も含まれており、突然取り上げられたような形になったアルミンは絶望的な顔をしている。
「あーあ、勿体ねぇな。何しやがる」
「てめぇ能無の癖に舐めた口を利いてんじゃねぇぞ」
俄かに殺気立つ空間にバジルは指先を腰のガンベルトに収められたリボルバー式の拳銃へと滑らせた。
以前使っていたものは壊れてしまいその役目を終えたが新たなこの銃だって祖父がメンテナンスをしてきた上等な一品だ。
鍛え上げた射撃技術を披露するのに何の問題は無いのだが、この男の実力が未知数な事と、万が一死にが出れば普通に罪に問われ罪人として拘束されてしまう事実が引っ掛かる。
早くトワイアを追いたい身としてはそれは避けたい。
どうにかこの場を納めたいと考えるバジルだったが、正直いって彼は故郷の村でも手が先に出るタイプだったため「穏便に」というのは少々難しい。
この男がどこまでやるつもりか知らないがバジルは既に村で乱暴者のカーリーで鍛えた杖を奪い取って肉弾戦に持ち込む技を行使する気マンマンだ。喧嘩程度であれば一々町の保安官が動くこともないだろう。
そんなことがあれば彼等は過労死してしまうはずだ。
アルミンに至っては未だに酒とツマミが没収された衝撃から抜けていないのか微動だにしないため仲裁など望めるはずも無い。
「いいか?お前みたいなゴミは俺達の役に立つ事を考えてりゃ良いんだよ。金だって渡してやるっていってんだ何が不満なんだ」
そう言ってチラつかせるのは赤茶色に鈍く輝く硬貨だった。
硬い黒パンさえ買えないそんなはした金でここまで堂々と不条理な事を言えて、周囲も異を唱える者がいない所から能無に対する差別が相当に根深いと分かる。
「鏡見て出直して来いよ。尤もまた会うためには親父の金玉からやり直さなきゃいけないだろうけどな」
カッと頭に血を登らせた男が咄嗟に触媒へと手を伸ばそうとするが、既に機会を伺っていたバジルによって弾き飛ばされてしまい空を切った。
「は!?グッ!」
触媒を取り損ねた男は間抜けな声を上げる男だったが間髪入れずに叩き込まれたバジルの拳が顔面にめり込み呻き声を漏らす。
テーブルや食器を巻き込み倒れこむ男を尻目に、足元の荷物をアルミンの方へ寄せたバジルは悠々と立ち上がり拳を握りこむ。
余裕さえ感じられるバジルの様子の周囲の人間はポカンと呆けた顔をしていた。
「なんだよ。能無が喧嘩すんのがそんなに珍しいか?お生憎様、俺はお前らの知ってる辛気臭い連中とは違うんだよ」
その場で軽くジャンプをして体を温めながら軽口を叩くバジルだが、その実警戒は怠っていない。
(さっき弾いた杖は遠いし、他の奴らが参戦してくる気配も無い…か、本当に反撃してこない奴しか叩けない臆病者ばかりなんだな)
呆れとも軽蔑とも言える視線で辺りを見回すバジルだった。
「クソっ、人が下手に出てりゃつけあがりやがって!!」
砕け木片となったテーブルを押しのけ酒にまみれた顔を拭いながら男が立ち上がる。
鬼の形相を浮かべる男は腰の雑嚢からナイフを取り出し此方へ向けてきた。
「知ってるか?死んだ後も人間って奴は暫くは温かいんだぜ」
「ナイフなんか持ち出して恥ずかしくねーの?」
「不意打ち仕掛けてきたお前には言われたくねぇ!!」
(ごもっとも)
ギラギラとした眼差しを受けてバジルは溜息を吐きつつ冷静に切っ先を見つめる。
(素手でナイフ相手ならやめた方が無難だ。…が、まあ、あれだけコケにされたんだ。その汚ねえ面をもっとボッコボコにしてやるよ)
戦意は共に充分。あとはジリジリと反応を伺う両者の間で開戦のゴングが鳴るのを待つのみなのだが、バジルは男の後ろに影がゆらりと立っているのに気づく。
(なんだ…?)
訝しげにしているバジルの様子を見て、自分に臆したのだと感じた男は鼻息を荒くし唾を飛ばさんばかりにがなりたてる。
「どうしたかかってこいよ!!能無のゴミが今更謝った所でもう遅いからな?お前は首を斬られて死ぬんだ!!そのあとはお友達と一緒にじっくり…」
影が男に迫る。
「お、おい後ろ…」
「あ?」
ようやく己の背後にいる存在に気づいて振り返ろうとした男だったが、自分の首が随分滑らかに回転したと思った途端、その意識は途絶えた。
バジルは見た。
舞い踊るような白人の煌めきが男の首を通過したのを。
ゴトリと寸断された首が落ち、分かたれた本体も遅れて崩れるように倒れた。
あまりの光景に場は騒然となったが、熟成された果実酒の様な色合いの体液をまき散らした張本人である影は気にもせず何やら懐を漁っている。
「キャアアアア!!」
自体に意識が追いついた給仕の女性が悲鳴を上げ、その場にいた開拓者らしき男達は揃って武器を手に取った。
「テメェこの人殺しが!大人しくしろ」
「今保安官を読んで…」
「あぁ、みつかった」
慌ただしくなった周囲の事など気にもとめず何処でもマイペースな影は取り出した黄ばんだ紙と、手帳の様な物を広げる。
「えー…拙者は委任執行官でござる。この男は指名手配中の罪人であり、法と秩序の為裁きを与えた次第で候」
影の言葉を聞いた者が手元の黄ばんだ紙と落ちた首を、そして手帳と影を見比べる。
「確かに…書状の偽造は即刻極刑の滞在だし、それも本物に見えるが…」
訝しげな視線が影を貫く。
皆がすぐに納得できないのは無理も無い。
目の前で人間の首が飛ばされたのも理由の一つだがそれ以上にこの保安官を名乗る影の姿が目を引いていた。
全身を黒で統一したウェスタンシャツにブーツといったポピュラーな組み合わせに材質のわからない薄い外皮を羽織っている。影と表現していた所以だ。
身につけている人物も、浅黒い肌に青みがかかった黒髪の短髪はこの周辺ではあまり見かけることの無い特徴を有している。
腰にぶら下げている獲物もまた異様だ。
曲刀の様だがシミターとも分厚いファルシオンともまた違った作りの刀剣であった。これが男の首を落としたのだろうと予想がつくがいつの間にか鞘に収められており刀身を目にすることは出来なかった。
観察をしているとその影…黒い男と視線がぶつかる。
「拙者としては賞金稼ぎはオススメ出来ないな」
ニコリと笑う顔は意外と愛嬌がある。
どうやら先程のアルミンとの会話を聞いていた様だ。
それが能無バジル・アントリウムと流浪の委任執行官ライドウの出会いだった。
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