21話 エピローグ
本日2話目です!ご注意ください!
「お休みトリル、ゆっくり眠りな」
手袋に着いた土を落とし最後の墓を作り終えたバジルが呟く。
トリルというのはこの村の村長の息子カーリー・スノッヴの取り巻きである。
もう1人カーターという似たような名の者もいたが残念なことに彼と、カーリーについては遺体が発見出来なかった。
魔物に食い漁られたのか、それとも竜のブレスに焼かれたのか定かでは無いが腐っても同じ村の住民である彼等の墓を建ててやれないのは悔しく思う。
30と1つ。そして下には何も埋まっていない大きな墓を1つ。
魔物が村を襲撃した日から2週間ほどを費やしバジルが作った墓の数だ。
村の住民は本来、建てた墓の数よりずっと多い。
にも関わらずこの数の墓しか用意できていないのは彼等の亡骸を発見出来なかったからに他ならない。
聞いた話によれば自分が戦ったレッサーアースドラゴンが暴れ出す前にオークなどの魔物が村へ侵入していたらしい。
遺体が無いのは恐らくその魔物達が原因だろう。
遺体が見つけられなかった者達は一際大きな墓に名前が刻まれている。
そして大きな墓やその他の物の中に弟のトワイアの名前が刻まれている墓は存在しない。
墓や黙祷が必要なのは死者だけだ。
生きている筈のトワイアには必要ない。
「わざわざ自分を蔑んできた奴らの墓を作るなんて物好きだな」
フワリと花の香りが漂い振り返ると無機質な程に薄い色の肌をした女性が笑みを貼り付け立っていた。
その透き通る白さとも違う肌の質感や翡翠色の髪から、まるで作り物めいた印象を受ける彼女は『アルミン・アルヴス』とそう名乗った。
そして実際に、自身を人形だと言うアルミンと出会ったのは自分の記憶では2週間前の竜と対峙していた時が初めてだった。
♢
現実味が無い。
バジルは素直にそんな感想を抱いた。
体は既に限界を超え竜の息吹が迫る状況もそうなのだが何よりも、空から舞い降りた少女の存在が余りにも異質だった。
ブレスからバジルを遮る位置に着地した彼女が虚空を撫でれば忽ち炎弾は霧散してしまう。
その光景を見たバジルは益々今の今までの出来事が全て夢だったのでは無いかと言う錯覚を覚えた。
渾身の一撃を容易く打ち消された竜も突如現れたこの異常を警戒し様子を伺っている。
「久し振りだな。バジル…あれ?お前って女だったか?」
翡翠色の髪を揺らし小首を傾げる姿は宛ら西洋人形染みた作り物の美しさを感じた。
それよりも…バジルはこの奇妙な少女にまるで見覚えがなかった。
この者の口ぶりから己が女装をするようになる前から知っていた事が察せられるが全く記憶にない。
これほどインパクトの強い彼女を忘れると言うことの方が難しいと思うバジルだったがどれだけ記憶の棚を探っても思い出す気配さえなかった。
「赤ん坊だったお前を抱っこしたやった事もあるのに薄情な奴だなぁ」
ズイと顔を寄せる彼女に目を見張るがその際に漂った花の香りは何処か懐かしく感じる。
「まあお前も今はそれどころじゃないだろうから、端的に私が来た目的を話そうか」
「?」
いい加減意識を保つのもキツくなってきたので話が早いのは助かるがバジルにはこの少女が現れた理由など検討もつかなかった。
死に際に見た幻だと言われた方がまだ現実味があるくらいだ。
「バジル、今お前には2つの選択肢がある。このまま死ぬか、私の力で生き残るかだ」
生き残る。その言葉を聞いた時点でバジルの方針は半ば決まったような物だが、一方的に利潤を得られるなんてうまい話は存在しないと心得ているバジルはすぐさま問い返す。
「それで…俺はアンタに何をやればいい?」
「私のやるべき事に協力して欲しい。何簡単な事さ」
「わざわざ能無の俺に頼みに来る事なのかよ」
「随分卑屈じゃないかバジル・アントリウム」
「…」
ヘラりと笑う彼女に何も言えなくなったバジルは口を閉じてしまう。
何にせよ自分にはこの異質な少女の提案を受ける以外に道が残されていないのは明確な事実であった。
「分かった。手伝う」
「よろしい」
満足そうに頷いた少女はバジルの手にある2発の魔弾を掠めとった。
「おい」
「ふむ、よく出来てはいるがアイツのに比べるとパッとしないな」
魔弾を摘み繁々と見つめる少女に眉を顰める。
自分の他に魔弾を使う物好きは祖父くらいだろう。
ならこの少女は祖父の知り合いという事になるが、自分の事を赤ん坊の頃から知っているにしては若すぎるような気がする。どう見ても彼女は自分よりも年下にしか見えない。
ふと顔を上げた少女と目があった。
「アルミン・アルヴス」
「あ?」
「私の事はそう呼んでくれ」
言うや否やアルミンと名乗った少女は手刀でバジルの使い物にならなくなった左手を斬り落とした。
唐突の暴挙にバジルは声を出すことも出来ず目を見張る。
アースドラゴンとの戦いで殆ど感覚も無く、痛みを感じなくなってしまっていたとは言え自分の腕がスッパリと切断されてしまうのは中々ショッキングな光景でバジルも同様を隠せないでいた。
「な、何しやがる!!…っ!?」
我に帰り文句の1つでも言おうとしたバジルだが己の無くなった左手の部分に地面から伸びた木の根が伸び繋がり何やらメキメキと音を立て始め、身を裂くような凄まじい痛みを感じそれどころではなくなってしまった。
「あがっあああ…俺に何しやがった」
「大人しくしていろ」
苦悶の声を上げるバジルに構わずアルミンは手の中で魔弾を弄びつつ行程を見守る。
やがて。
パキリと乾いた音を立ててバジルに纏わりついていた根の糸部が剥がれ落ちて行きつるりとした木の腕が露わになった。
その頃には感じていた痛みも嘘のように引いており、脚はまだ動かせないが心なしかさっきまで間近に感じていた死が随分と遠ざかっているような気がする。
驚いた事に新たに肩から伸びる腕は以前そこに存在したものと全く同じ意識で動かす事ができた。
見た目の無骨さに反し触覚まで問題なく備わっているものだからかなり不気味だ。
「契約書がわりに受け取っておけ片腕だと不便だろう」
確かに、幾ら繋がっていても以前の腕は完全に破壊されており、運良く治療出来たとしても重度の障害が残っていた事は想像に難くない。
「そうか、なら有り難く使わせてもらうわ」
得体の知れない異物に恐怖はあるが片腕よりはマシと割り切る。いい加減想定外な事態には慣れ始めたバジルは一々反応するのをやめた。
「ほら」
軽く放られたのは先程彼女がバジルから奪った魔弾なのだが随分と印象が変わってしまっている。
受け取ったバジルはアルミンの髪と同じ翡翠色に変わってしまっている薬莢の部分に刻まれた刻印を指でなぞる。
元々魔弾は銀色でこんな細かい装飾は施されていなかったはずだ。
こんな物が使い物になるのかと言いたげな視線をアルミンへと送れば、彼女は腕を組み口元に薄い笑みを浮かべバジルの持つコンテンダーを指差している。
「本物を使わせてやる」
本物。言葉の意味は分からないが使うしかないようだ。
両手が自由になった事でコンテンダーの蝶番ピンを外し弾丸を込める行為をスムーズに行う事ができた。
アルミンはその動作の一つ一つを無機質な表情なため哀愁などは感じられないが、とても懐かしい物を見るように目を細めている。
弾を装填し構えるとコンテンダーは驚くほど手に馴染んだ。
「もう1発も返してくれよ」
「必要ない。撃て」
最初の1匹のアースドラゴンを倒した方法を使おうと思っていたバジルは素気無く返され溜息を漏らす。
諦めたようにコンテンダーの銃口をアースドラゴンへと向けるバジルはそこでようやく敵のことを冷静に観察することが出来た。
(本当に…不思議なくらい消耗してんな。他の魔物と戦闘でもあったのか?)
怒りに目を血走らせてはいても放たれるプレッシャーは先に殺した個体に比べ随分と大人しい。
しかし弱々しい体で家族の仇を討とうとする姿にバジルは少しだけ胸を詰まらせるが、ここで自分が生き残るためには他社の命を踏みにじる以外方法が無い事を知っており選択の余地は無い。
(文句はあの世で聞くよ)
バジルは確かな殺意を持ってその引き金を引いた。
それから何が起こったかはあまり覚えていない。
銃口から放たれた光がアースドラゴンを中心に爆発的に広がったのだ。
バジルやアルミンは逃げる間も無くその光に巻き込まれ、村の周囲を取り囲む魔物達さえも全て呑み込んでいく。
やがて光が収まりバジルが我に帰ると自分やアルミンに何も外傷がない事を確認した後ある事に気がついた。
アースドラゴンが消えているのだ。死体も含めて綺麗さっぱり。
いや、それどころか村の外から小さく聞こえていた魔物達の鳴き声や足音が一切聞こえなくなっており気配もまったく感じられなかった。
夥しい数の魔物達が消滅した。それも一瞬で、家屋や自分たちには一切の被害を出さずに。
信じられない事を目の当たりにしたバジルはアルミンへと視線を移す。
彼女は魔女のように笑っていた。
♢
それから2週間程かけて墓作りと旅に出るための準備を整えている。
村が荒れ果てたまま去るのは忍びなく思うが今の自分に出来ることはこれだけだった。
取り敢えずの仕事を終えて家へと戻ろうとするバジルだったが銀貨の入った袋を倒壊した家屋で見つけそれを懐にしまい込む。
「手グセはあまり良くないみたいだな」
後ろをついてくるアルミンがそんな事を言って茶化してくる。本当に行為を咎める気は無いようで笑みを貼り付けていた。
「ほっといても魔物や虫が銭を使うわけでも無し構わねえだろ」
旅に出るに当たって村中から金品や長持ちしそうな食料をかき集めているのだがその度にこの女はニヤつきながらケチをつけてくるのだ。いい加減ウンザリする。
しかもコイツ自分の目的に協力しろとか宣ったくせに肝心の内容を話そうとしない。
「そのうちな」だそうだ。
手袋の下にある赤褐色の義手はありがたいのだが本人がこんな感じなので素直に礼も言えずフラストレーションが溜まる一方だった。
我が家へと辿り着きスコップなどの道具を片付ける。
家は半壊していて辛うじて寝泊まりはできるが団欒に使っていたリビングなどは潰れてしまっていて使うことが出来なくなっていた。
思い出の家がこんな有様になってしまったのは悲しいが地下の施設は幸い無事だったため、墓作りに並行して魔弾の大量生産を行った。
その際に魔物全てを消滅させたあの弾丸についてアルミンに尋ねては見たもののこれもまあ予想通りというか適当にあしらわれただけで明確な情報は貰えていない。
この女は魔女なんだろうか。
祖父が読んでいた魔弾を作るにあたり着想を得たであろう御伽噺に出てくる魔弾の魔女。
これについては本当の事を言っているのかは謎だが明確に否定された。
彼女は己の事を魔女では無く、人間でも無く、エルフなんかの妖精族とも違う。
土と、木の根で編まれた人形だと。そう答えた。
ケムに巻かれているような気がしないでもないが自分の左腕としてくっ付いている物の存在を思い出し深くは追求しなかった。
正直バジルにとってその辺の事情は大して重要ではない。
半壊した家の横に1つだけ墓があり、そこに黒い体毛に覆われた馬が首を垂れている。
墓標となっている石にはヤコという獣人の商人の名が刻まれていた。
彼女が死に際に残した手紙にはこう遺されていた。
「トワイアは王都にいる」
血で滲んだ文字列は確かにそれを告げていた。
自分が死ぬっていうのに最期に伝える言葉が他人の為の言葉だった事にヤコの優しさが垣間見えて涙を零す。
「飯の約束は少し待っててくれ。そうだな…あと50年くらいしたらトワイアと一緒にそっちへ行くよ」
ブルリと鼻先を震わせた黒馬がバジルの元へと歩み寄ってくる。
あの騒ぎの中生き残っていたヤコの馬はバジルの元へと帰ってきてくれた。付き合いは長くないが自分が新たな主人だと認めてくれているようで嬉しい。
鞍の調子を見ながらバジルは決意を固める。
自分の命を助けたアルミンが何も言わないのなら好きにやらせてもらう。
王都へと行ったらしいトワイアに必ず会うのだ。
行商人が持っていたマジックバックという外見とは裏腹に大量の物資が収納出来るカバンへと食料や硬貨を放り込んで行く。
淀みない動作で準備を進めるバジルであったが一瞬だけその動きが止まっていた。
彼の手にあるのはトワイアの学校への入学試験許可証だった。
「…」
「どうした?」
動かないバジルを不審に思ったアルミンが声をかけるとすぐさま準備を再開する。
支度を終えたバジルは額の汗を拭い空を仰ぎ見る。
快晴の青を見つめる美女の様な男の懐には獣人の商人が持ってきた時と同じ様に綺麗に畳まれた書類が収まっていたのだった。
一章終了です。
何話か挟んだ後二章が始まります!




