2話 ね、兄さんは
グラグラと揺れる貨物車の中から空を見上げると瑠璃色の羽を広げた鳥が2匹、飛んで行くのが見えた。名前は知らない。
物思いに耽っているとガタンとこれまで以上に大きく荷台が揺れる。車輪が大きな石でも踏みつけたのだろうか。それに後部にもう一台連なっている馬車から下手な楽器の演奏が断続的に鳴り響いていて実に不快だ。
正直荷車での旅に慣れていない自分にはこの道程はかなり辛いものがあったけれど文句も言ってられない。もしこの商隊に拾って貰えなければ相当な距離を徒歩で行くことになっていたのだから。
「あと少しで村に着くからもう少し我慢しててね」
頭頂部に堂々たる存在感を放つウサギの耳を持った少女が馬が繋がれた手綱を軽やかに操りながら声をかけてくる。
彼女はとある村へ向かい旅をしていた私をキャラバンに誘ってくれた恩人で食事なども世話になってしまっていた。
一応彼女も商人の端くれなので報酬として薬や魔法実験の際に使用出来る珍しい植物の種子を渡してはいるのだが本人は貰いすぎだと一部を返却されてしまった。その際に自分からアネモネの香りがする。どんな香水使ってるのか。良い香りだからどこで買ってるのか聞かせてと、他にもいくつかたわいも無い話にも花が咲いた。
お人好しというか無欲というか…商人としてやっていくには少し不安になりそうな性格の彼女ではあるが対等な関係の友人としては実に好ましいと言える。
あの村の者達はどうだろうか。
あいつやこの少女に似て、お人好しが多いのだろうか。
それとも自分の知っている者達とは違い、人間らしい気性を持った輩なのか。
バジル、トワイア…お前達は今どうしているんだ?。健やかであるのだろうか?。
どこまでもどこまでも深く沈んで行く。何度も繰り返したそれは何人にも邪魔をされる事はなく頭の中を巡って行く。
再び思考の海に潜ってしまった客人を見てクスリと微笑んだ少女は馬を操る事に集中するのだった。
邂逅の時は近い。
♢
「ね…兄さん終わったよ。あとは包帯巻いて安静にしておいて」
「おう、ありがとなトワイア」
現在俺。バジル・アントリウムは祖父の遺した自宅にて弟のトワイアから先ほどの決闘でこさえた傷の治療を受けている。治療といっても単に軟膏を塗ったり薬草を調合する馴染みのある方法では無く『魔法』での治療だ。
そう、幸いな事にトワイアは俺とは違い『能無』では無く魔力をしっかり体内に宿している。しかもどうやらその内包している魔力量は常人よりもかなり多いうえにトワイア自身の魔力をコントロールする才能がずば抜けているらしい。
現にこうして会得するのにかなりの難易度を要すると言われる治癒魔法を使い赤く腫れてしまっていた肩を癒してくれている。本人の談としては治療魔法での治療に慣れてしまうと体内の人間本来の自己修復機能が衰えてしまうのであまり多用はしたくないようだ。
圧倒的な魔法の才能、そして保有している知識の量。そして少々頼りなさげにも見えるが父親譲りの男前の面構え。本人には絶対言わないが兄としては鼻が高い!そう!兄として!。
「お前『姉さん』て言いかけたろ」
「うっ…僕が物心ついた頃からね、兄さんその格好だったからしょうがないでしょ?初めは本当に姉さんだと思ってたんだから」
ジトりとした視線を俺に向けてくるトワイア。
そうこの男バジル・アントリウムは幼い頃から女装というか女性的な格好をしているのだがいかんせん凝り性なその性格故に己を磨きに磨いた結果様々なトラブルに見舞われることが多かった。
最近は出て来た喉仏をチョーカーで隠す徹底ぶりだ。
「同年代の子達の初恋が軒並み自分の兄とかいう地獄絵図」
「やめてくれよ気持ち悪い」
そうこの男バジル・アントリウムはこんな妖艶な美女と身違う姿をしているが決して男色というわけでは無く恋愛対象はいたって普通に女性でありノーマルである。とてもややこしい。
「ていうかこの村ホモ野郎が多すぎやしないか?不味いんじゃねえの?最近子供が少ねえって村長の爺さんが嘆いてたぞ」
「その格好のね、兄さんを好きになった人を全員ホモ扱いするのは流石に不憫だと思うよ」
見た目だけなら間違いなく傾国の美女と言って差し支えない容姿を持ったバジルに好意を持ったら問答無用で同性愛者扱い。完全に罠である。
「まあ俺もトワイアが一人前になったらこんな格好辞めるつもりだったんだけどな…」
「ね、兄さん…」
「でも、いざ男の格好してみると何故か不安になっちまってよ…しばらくこのままでもいいかなって」
「兄さん!!!」
自分の将来の前に兄の行く末の方が心配になってしまうトワイアであった。
色々と問題のある兄。トワイアが物心がつく前に事故で亡くなった両親。その後里親になってくれた軍人らしい母方の祖父も7年程前戦場に行ったきり帰ってこなかった。
それから兄と弟2人の生活。両親がいない事は勿論寂しいとは感じているし様々な不幸に見舞われてはいたがトワイア自身が現在の兄と2人きりの生活を生活を憂う事は絶対に無い。
何故なら自分は兄の自分に対する献身も思いも女装をする様になった経緯も知っている。
両親を失い、頼りの祖父もいなくなりその頃兄が10歳、自分が8歳たった2人の家族…兄もまだ幼く誰かの庇護を受けなければいけない年齢のうえ能無と蔑まれるハンデがあるのにも関わらず家事を覚え仕事を探し村の人間とも衝突を繰り返しながらも和解(一部を除いて)し今日まで育ててくれた。
正直感謝してもしたり無いのだけれど言葉にするのは照れくさいし言ったとしても本人は当たり前の事だから気にするなって答えるのが目に浮かぶ。
だから僕は誓ったんだ。僕は僕にできるやり方で兄を助けると。
この世界では魔法を扱う適性が高い者ほど給金の高い仕事にありつける事が多い。今使っている治療魔法をもっと鍛えて医療方面の仕事に就いてもいいし、荒事は苦手だけど殺傷能力のある魔法を会得して祖父の様に軍人を目指す事だって出来る。
でもどちらかと言えば医者の方が僕の肌に合っているだろう、荒事は苦手だし、日々兄さんや村の人達の治療をして感謝をされる事にやりがいを感じているのだから。
しかしそれには何より『学』が必要だ。治療魔法のみでは対処できる怪我や病気に限界がある。田舎の無知な小僧ではダメなのだ。
だから兄に隠れて日々勉強をしていてるのだけれど兄にはお見通しみたいで今日みたいに行商人が来る日には魔法や様々な知識のが記された参考書を安かったからと言って買い込んでくる。魔法に関する本が安いはずないのに…早く一人前になって安心させてあげたい。似合ってはいるけれどあの格好もやめてもらいたいし。
実を言うと兄さんも知っているのだが高収入の就職先自体はもうあるのだ。しかしいかんせん兄が猛反対している事と、どう考えても僕に向いていない事もあって数年前から打診を貰っているが断り続けている。今年断れば来年からの打診は無いととある男は言っていたし心変わりも無いのでこれは除外しても構わないだろう。
僕、頑張るよ。沢山勉強して立派な医者になって今まで苦労をかけた分沢山親…兄孝行するんだ。
だからね、兄さん。お願いだよ。
僕の部屋勝手にベッドの下の隅々まで掃除するのはやめて。そこに置いてあった参考書を机の上に出しておくのはやめて。
「ね、兄さん」
「なあ、外が騒がしく無いか?」
兄に声を遮られ、言われるがまま外に意識を移すと確かに人々の喧騒や馬の鳴き声が聞こえてくる。
どうやら商隊がたった今到着したようだ。
「じゃあちょっと俺行って来るわ!珍しい食材仕入れて来るから晩飯楽しみにしとけよ」
そう言って兄は止める間もなく慌ただしく駆けて行ってしまった。
パタリと閉じられた扉を見つめるトワイアが考えていた事は何故頭では兄と認識しているのに顔を見て声にすると一々姉さんと言いそうになってしまうのかという益体のないものだった。
はあ、と溜息をつきながら自分の部屋に戻りやりかけの勉強を再開する。
(そうだ。沢山勉強していい仕事に就いて早く一人前になるんだ)
女装をやめてもらうために!!!!!!。
目的が少々ズレ始めていることに気づかないトワイアであった。




