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19話 ドラゴンスレイ

本日2話目です!

全話未読の方はご注意ください!

 最大限警戒しながら進むが一向に村を荒らしていたであろう魔物の姿はない。しかし得体の知れない威圧感がピリピリと肌を刺してくる。


「…っくそ」


 魔物の姿は見えないが村を進むに連れ見慣れた者からそうで無い人間の骸がいくつか目につくようになってきた。


 その中に弟の姿は無いのを確認すればホッとすると共に、たいして親しくは無いが知人の死体を目にした者の感情としてはあまりに薄情だと少しだけ自己嫌悪を覚える。


 あとで埋葬だけでもしてやろうと心に決めながら歩いているとどうやらキャラバンの荷車が停泊していた場所についていたらしい。


 ()()()。というのも馬車の惨状が余りにも酷すぎてパッと見でそこがバザーで賑わいを見せていた場所であると判断が出来なかったからだ。

 何か巨大な質量で踏み潰されているものから焼け焦げている物、中には引き裂かれていたり地面にポッカリと空いた大穴へ飲み込まれているものまで様々だったが共通していることと言えばゴミになった馬車の中で息をしている者は誰もいないという事だけ。


 辺りを見回し、後方の馬車は比較的被害が少ないことから生存者はいないかと確認してみると自分にも縁の深い人物が体を2つに分けられ横たわっているのを発見した。


「アンデルセン…」


 その名を呼んでも何時もの憎まれ口が聞こえてこない。そんな機会はもう一生失われてしまったのだとバジルは理解しつつも命のぬるま湯が抜け真っ白になった首に語りかける。


「何寝てんだよこの性悪ジジイが」


 既に血が乾きはじめていることから首を断たれてからそれなりの時間が経っているであろうと事と痛ましい断面がやけにスッパリと刃物で絶たれたように鮮やかな事に気付きながら、その頰に手をやるとコツンと彼の装着しているモノクルに触れた。


(魔望鏡って言ったけ、魔力が可視化出来るならトワイアを探すのに役立ちそうだ)


「借りるぜ」


 頭を傷つけないよう気を付けながらアンデルセンから外したそれを己の右目に装着する。

 アンデルセンはこの魔道具を充電式と言っていた。この騒ぎの間だけでも持てばいいとバジルは魔の力が宿るガラスから世界を視た。


 村には殆ど魔力の反応が見えない。

 これは即ち生存者が誰一人としていないという事に他ならないのだが、そんな物は認められる筈がないバジルは必死に視線を走らせると村の中心の方角に赤く燃える様な色がチラリと覗くのを見つけた。


「世話になった」


 それは幼い頃から能無として暴言を吐かれてきたことか、それとも魔道具の知識を与えてくれたことなのか。

 アンデルセンに一言別れを告げ、赤い魔力を目指し駆け出したバジルはその美しい横顔を薄く涙で濡らしていた。



 ♢


 件の赤い魔力の源泉に辿り着いたバジルは己の迂闊さを嘆いていた。

 思えばすぐに気づくべきだったのだ。


 村の中を満たすプレッシャー、怯え村の中へ踏み込んでこない魔物達、壮絶な爪痕を残すキャラバンの馬車、そしてそこにいたであろうとある生物。


 幾らでも機会はあった筈だ。


 しかし冷静そうに見えてその実トワイアの事で頭がいっぱいだったバジルには先程見た赤い魔力の正体に

 気づけなかった。


 冷静では無かった。弟を本気で救うためならもっとクールであるべきだった。

 そのせいで今()()を前にし命の危機に瀕している。


 アンデルセンと別れ、バジルが遭遇したのは喉元から血を流し倒れるヤコとそれに口を開け迫る竜であった。


(そう言えば行商の中にアースドラゴンの劣化種を扱ってる奴がいたな)


 オークやその辺の木っ端な魔物ならまだしも、ドラゴンなど能無の自分どころか上級の開拓者であっても手に余る相手だ。

 その身に纏う威圧感は尋常では無く、生物の本能から畏怖させるその姿は例外無くバジルさえも捉えている。


 弾倉の中には強者に抗う為の集大成が詰め込まれているのならば、恐怖に支配されている彼の行動といえば限られていた。


 例えばそう。

 相手の頭部へ向け魔弾を速射するとか、精々その程度だ。


 重なる六度の銃声。


 銃声により竜の気を引いた事でその視線の鋭さに戦慄するバジルだが長年鍛えてきた銃の腕は恐怖の渦中にあっても鈍ることは無く、6発放たれたうちの4発はこめかみへ、もう2発は大口を開けた顎門へと吸い込まれていく。


 不可視の暴風を纏う弾丸は以前、オーク程度なら容易くその強靭な骨や筋肉を消しとばしている。

 その威力の限界はまだ検証しきれてはいないがたとえ生態系の頂点たるドラゴンといえどまともに食らえばそれなりにはダメージが通るだろうとバジルは()()()()()


 だがバジルも薄々感じていたように現実はそれほど甘くはない。


 顎門へ向かった2発は竜の舌を削りその尊い血をダラリと流しているものの、魔弾が着弾したはずのこめかみの部分の鱗は傷1つ負っていなかった。


 竜なんて化け物を想定していなかったとはいえ、歳月と試行錯誤の末にようやく完成した魔弾が相手に殆ど効果が無かった事に衝撃を受けたバジルはそのおかげで幾許か頭が冷えた。


 バジルはトワイアの様に勇者としての適性を見出された者でも、カーリーのように魔法の才能に恵まれた人間でも無い。

 どころか魔力さえ持ってはおらず、銃の腕や祖父に鍛えられた体が無ければその辺の女子供よりも非力な彼はドラゴンが間近で放つ殺気に当てられ底無しの沼にでも足を取られた様にその場を動けずにいたがどうにか持ち直し今は多少冷静に状況の把握に努めている。


 少なくとも肉は魔弾で貫ける事は分かったけれど、強靭な鱗に対しては今ある手段で可能な攻撃では全く効果が無い事も理解した。


 それよりも竜の足元に寝ているヤコの事が気がかりだ。

 アンデルセンの様に一目で死んでいるとは判断出来ないが首の辺りに流れている血の量を見ると、嫌なイメージがどんどん大きくなる。


 もしかしたらヤコも?


 そんな想像が湧いた時点でもう駄目だった。バジルの顔が苦痛に歪む。


 すぐに駆け寄りその安否を確かめたいという衝動に駆られるが、此方へ向けガバリと口を開けるレッサーアースドラゴンの存在がそれを躊躇わせる。


(これは…まさかっ)


 この化け物が何をしようとしているのかバジルにはすぐに想像がついた上、彼の持つ魔望鏡が答えを示してくれた。


 竜の体内に赤い魔力が集約されていく。増幅し、凝縮し、高められたそれは一気に大口を開ける口へと駆け上がった。


 ブレス。


 このレッサーアースドラゴンの場合は炎弾状の物だが、ブレスはドラゴンが行う攻撃の中では最も有名であり花形とも言えるような代表的な技だ。


 勿論その威力は想像を絶する。

 超高温の炎弾に触れれば忽ち炭化してしまうであろうそれを銃弾のスピードに目が慣れているバジルはどうにか回避する。


 躱した背後で爆音が響いた。

 どうやら家屋に炎弾状のブレスが着弾した様だ。


 チラリと背後を見てみると二棟ほど家屋があった場所が更地になっている。


 その威力にブルリと体を震わせ敵に視線を戻すと、竜はヤコの足元あるトランクと散らばる何かの残骸を憎しみに燃える眼光で睨みつけていた。


 追撃が来ない事に安堵しながらバジルもそれが何なのかを伺う。


 注視してみればそれが血に塗れ、バラバラに寸断された生物の死体だという事が分かった。

 赤色の液体で斑らになってはいるが元々美しい瑠璃色の羽毛と鱗に覆われていたであろうそれがヤコが行商の際につれていたティアーレという鳥竜種の生物では無いかと気がついたバジルは、フェンと名前をつけ可愛がっていたヤコを思い表情を暗くする。


 同時にアースドラゴンの檻を管理していた行商人の言葉を思い出す。


「目の前で竜の血が流れない限り大丈夫さ」


 あの時慈愛さえ感じさせる瞳を自分へと向けていたアースドラゴンがこれ程激昂しているのはもしかしたら一応は竜の眷属であるティアーレがバラバラにされたからなのでは無いか。


 どうにか光明を見出すため考察をしているとアースドラゴンが再び此方へ向け大口を開き体内の魔力を増幅し始めるのが視えた。


 竜が多少であっても舌を削り、己を傷つけた者を許すつもりが無い事を察したバジルはブレスの射線から逃れつつその柔らかい筈の口内を狙い魔弾を放った。


 見えざる破壊の暴風が銀の銃弾を中心に螺旋の渦を巻きながら鱗を纏っていない無防備な口内を目指し進む。


 が。


 アースドラゴンへダメージを負わせる前に、放たれた弾丸はブレスによって跡形もなく消失した。


 射線から外れたとはいえバジルのすぐ横を通り抜けていった炎弾はその熱量を持って容赦なく彼の肌を焼いた。


「ぐっ…」


 肉が焼けているというのに不快な臭いが鼻につく。焼けているのが己の肉なのだからそう思うのも無理からぬ事かもしれないが。


 爛れたような有様になっている己の二の腕を抑えつつ新たに魔弾を装填する。

 空になった薬莢がカラカラと音を立てて足元へ落ちて行く。


 残りの魔弾は3発。


 只でさえ数が少ないというのに取り乱していたとはいえ出会い頭に6発も消費してしまったのは痛い。

 柔らかい肉の部分ならば通用するという情報が得られたのは大きいが、それを元に放った弾丸は部位に到達する前にブレスによって焼却されてしまっている。


 タイミングが悪い。ワンテンポ遅いうえ距離もあるため今のままではどうしたってブレスに出遅れてしまう。

 射線から避けず、もっと近い距離で魔弾を放てばその限りでは無いが、それで仕留められなければ返し刄のブレスによって消し炭だ。


 奇しくもカーリーから決闘で受けた炎魔法に形の似たブレスは比べる事さえ痴がましいほどににスピード、威力共に隔たりを見せている。


 そんな部の悪い賭けにはでれない。

 まだトワイアを見つけてすらいないのだ。


 焼け付いた肌から手を離し腰にあるもう一つの銃に手を伸ばす。


 御守りでしかない祖父の形見であるコンテンダーを撫で、バジルは深く息を吸った。

 同時に死の臭いが肺へと流れ込んでくるがそんな事は構いはしない。とにかく今は頭を回すために脳が酸素を欲している。


 竜を傷つけられる武器はお下がりのリボルバーと骨董品の様な銃に弾丸は5発。鉛玉も残っているがそんな物は数に入らない。

 そしてそれを扱う自分は勇者でも何でもなく魔力すら持たない能無(ノーム)と、弱者と蔑まれる存在。

 幸いアースドラゴンは今のところティアーレの死体のそばを離れず鋭い双眸だけ此方に向けている。


 同胞の死を悼んでいるのか、それとも自分の事などその場から動く程価値も無いと判断しているのか。

 何にせよ考える余裕があるというのは非常に助かった。


 あの巨体でブレスを吐きながら暴れまわられたらたまったものでは無い。

 汗が魔望鏡を伝い煩わしさに眉を顰めつつも思考の海へと潜る。


 軽い言動や振る舞いからバジルは頭が悪く軽率な人間に思われがちだが、思慮が浅いかと問われればそうでは無い。


 どうすればトワイアを幸せに出来るのか、どうすれば能無だと侮られなくなるのか、常に考え続けてきた。

 でなければ手探りの状態で魔弾の完成に至る事など不可能だ。


 穏やかな気性のトワイアとは違い血気が盛んなのは事実だがその思考能力自体は兄弟にそれ程開きは無い。


 よってすぐに反撃の可能性へ思い至りそれを実行に移した。

 完全な不意打ちであった事、狙いが竜が注意を払っている口ではなかった事、その部分が予想外な強度を持っていなかった事。竜自身が慢心していた事。


 そして何よりバジルが長年研鑽してきた正確無比な銃撃によりその奇襲は肩透かしを食らう程呆気なく成功した。


 バチュン。


 独特な水音の正体は竜の眼球が弾けた音である。


 イメージしたのはオークの眼球を射抜き殺した時の事。

 あの方法なら多少威力が劣る攻撃でも強大な敵へ確実にダメージを入れられる。


 勿論、魔弾という手段を持ち絶え間無く動く小さな的を正確に撃ち抜けるバジルだからこそ可能な芸当だ。

 竜を倒せる実力者ならそもそも眼球を狙うなんて回りくどい真似はしないし、そこまでに達していない者はドラゴンに挑む事などしない。


 魔力を色で見る魔望鏡は目から侵入した魔弾がアースドラゴンの脳を貫き頭蓋の内側で止まるところを明瞭に捉えていた。


(これは流石に効いてるだろ)


 確かな手応えを感じていたバジルであったがようやく手にした少しの余裕を瞬時に響き渡った衝撃さえ伴う爆音の如き方向によって掻き消されてしまった。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 お前が相手にしているのが誰か忘れるなとばかりに再びバジルへ恐怖を叩きつけたアースドラゴンは地面へとその長い尾を叩き付けて怒りを露わにする。


 巻き上がった砂煙がその巨躯を瞬時に覆い隠し、晴れた頃には忽然と姿を消しており、以前寝たままのヤコと大穴が残されていた。


「図体デカイ癖にセコイ真似しやがって!」


 アースドラゴンの意図はすぐに理解した。

 地中へと逃れ自分を殺す機会を伺っているのだろう。


 だが意図を察せても対応できるかといえば話はまた別だ。


 バジルのすぐ足元が熱を持ちながら急激に盛り上がってくる。


「やっば」


 慌てて飛びのこうとするがもう遅い。

 地中より放たれたブレスにより剥がされた地表ごとバジルの体は先程まで竜がいた場所、つまりはヤコが眠る場所まで吹き飛ばされてしまった。


 直撃はしていないものの漏れ出る熱に再び肌と喉を焼かれ、砕け散る岩に揉まれながら宙を舞ったバジルは満身創痍と言っても過言では無いくらいに痛めつけられていた。


 受け身をとれず背中を強かに打ち付けたバジルは眠るヤコの隣で盛大に血を吐く。


「ゲッホ、ケホ…はあっはぁ…まっだぐちょっどがずっだだけでごれがよ」


 血を吐き唾を飲めば喉は多少良くなってきたが岩に巻き込まれた左手はもう駄目だ。

 骨が粉々に砕け血が滴るそれに最早感覚など無い。


 それ以外にも体の節々が悲鳴を上げているがそちらは目を瞑ろう。まだ体は動く、その事実があれば問題はないと考えていたバジルだったが、目の前に飛び込んできた光景に始めて心を折られそうになった。


 これだけ騒いでいても身動き一つしないのだ。もう何と無く分かってはいた。


 近くで様子を伺えばそれが既に命を宿している者の顔でないことなんてすぐにわかる。


「…ヤコ」


 体が無事なのは足元にティアーレの死体が散らばっていて竜がそれを荒らすのを嫌った故なのか、その周囲だけは竜や魔物の暴虐の爪痕は無い。


 自慢の兎耳は萎れいつも快活な笑みを浮かべていた唇は正気を失いヒビ割れていた。

 胸が詰まる。何を言葉にすれば良いのかわからない。


 彼女とは色んな話をした。


 好きな食べ物の事。行商でどんな場所へ行って何を感じたかとか綺麗な景色を見たんだだとか。家族の事や行商を頑張る理由も。


 どんな話でもトワイアも含めた3人で話をした時間は自分にとってかけがえのない宝だった。

 心を通わせた人間はいたがその中でも彼女は群を抜いて純粋に能無である自分と接してくれていた。


 彼女が獣人である事や他にも理由はあるかもしれないが自分にとっては衝撃的でそれでいて新鮮に映ったのだ。


 ヤコの寝顔を見ると今までの思い出が蘇りポロポロと涙を溢す。

 ふと彼女が胸に置いている手に何かが握られている事に気付いた。


 随分と強く握られていたらしい拳は血を失い白くなっているのにも関わらず固く閉じられていたが、バジルが触れるとそれが嘘のようにホロリと緩む。


 出て来たのは小さな鉄の筒だった。


 以前ティアーレに括り付けていた場面を見ていたから分かるがそれは手紙を収め伝令などに使う用途の為の物だ。

 すぐさま筒を開け中の手紙を広げる。


 血に塗れ、所々文字が歪んでいる事から彼女が最後の力を振り絞りどうにか遺した手紙だと分かり嗚咽を漏らす。


 すぐに内容を読み終えたバジルは立ち上がって大穴から這い上がり此方へ向かって来ようとするアースドラゴンを見据えた。


 血に濡れた手紙を丸め一息に飲み込んだバジルは銃の調子を確認して大きく深呼吸をする。


 やる事は決まった。


 もう迷いなど無い。


 元からそうではあるのだがこの場で死んではいけない理由がいくつか増えた。


 あの竜を殺そう。純粋にそうとだけ思った。


 ヤコが明確に道を示してくれたのだ。


 前方には竜。増援は無し。竜に怯え今は入ってこないとはいえ村の周囲は魔物達に包囲されているのに対し、自分はたった一人ピストル片手に絶望の中立っている。


 本当は笑えもしないクソみたいな状況ではあるのだがこんな時だからこそ笑みを浮かべて胸を張ろう。


(俺は兄として、あいつの母親として…こんな所でくたばっちゃいられねえんだよ)


 バジルが女性のような格好をするようになったのはトワイアがまだ幼い頃、母親の面影を求め声が枯れるまで泣き続けていたのが原因だ。


 俺がこいつの母ちゃんになる。


 そう宣言された堅物な祖父の顔は見ものだった。


 きっかけは只の思いつきだったが結果。トワイアは泣き止み、以前ほどの寂しさを感じぬまま成長することが出来た。それはひとえにバジルの弟を思う愛情の賜物であり、本人も歪な姿を誇りに思っていた。


 チグハグな格好はバジルの不器用な魂の在り方そのものであり、女装を辞める時がくるとすればそれは…。


 弟の立派に成長する姿を見届けた時か、おっ死んで肉の塊になった時くらいであろう。


 心が決まった瞬間バジルは弾かれたように駆け出した。


 ヤコが傷つけられる事を嫌った故の行動だが幸いアースドラゴンの視線はバジルに釘付けでありその後を追う。

 どうやら竜の方もバジルの事を明確な殺すべき敵だと判断した様で、ゆっくりとした歩調ではあるがバジルを追いつつブレスを見舞った。


「ははっ…はっ今日、俺は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)になるわけか!興奮しすぎて勃起しそうだ!」


 意味も無い独り言。彼は今無性に話し相手を欲していた。


 腹を括ったといえどあんな化け物と正面から戦うのには当然のように恐怖が付いて回る。

 傷を抑え不恰好に走りながら己を鼓舞する姿は滑稽にさえ見え、普通に恐怖を覚えている様子からやはり彼は英雄の器では無い事がよく分かるのだが、その事を理解している筈の目は絶望では無く生への執着に爛々と燃えていた。


 回避のみに集中し悲鳴をあげる体を気力のみで動かし火球を避けつつヤコに影響が及ばなそうな地点までどうにか引き離す事に成功する。

 気休めかもしれ無いが気分的には先程よりずっとやりやすい。


 のそりと追って来たアースドラゴンに視線を向けると残された方の眼は射殺さんばかりの激情をたたえている。脇目も振らずその身体能力を使いバジルを踏みつぶしに掛からないのは絶対的な強者の矜持からか。


 ブレスをもってバジルを殺そうとしてくれるのは彼にとっても都合が良かった。


 一応この竜を殺す為のプラン自体は既に思いついている。


 魔望鏡に映される竜の頭の内部に残された弾丸を見つめた。

 狙っているのは次に打ち込んだ魔弾でそれを撃ち抜く事。


 魔弾に加工してあっても魔鋼である事は変わらない。ならば魔弾同士を強く接触させれば魔鋼同士がぶつかった際に起きる反応を引き起こせる筈だ。


 昨夜の花火と魔物の群れに風穴を開けた大爆発を思い浮かべながら撃鉄を起こす。


 問題は何処から魔弾を打ち込むかという事と、難易度の高さだ。


 言わずもがな残された眼球には最大限警戒している筈のアースドラゴンには難しいだろう、体表も鱗に阻まれて不可能だ。ならば残るのは口内くらいだが…。


 まあこれしか無いのだからやるしか無いだろうと腹を括る。


 難易度に関してもチャンスは一度きりで失敗すれば命はないという緊張感の中針の穴を通すような繊細なコントロールを必要とされるのもまぁ仕方がない。


「変わらねぇさ…いつもとな」


 ドラゴンの腹に赤い魔力が集束していくのが見える。

 自分と奴との距離は先程よりも近くこのまま直前まで動かなければブレスを回避する事は難しいだろう。


 ゲン担ぎに懐から使い慣れたコインを取り出し空高くに放り、リボルバーをホルスターへと収納する。


 ドラゴンがタイミングを合わせてくれるはずがない事は勿論理解しているが()()の時はコレという一種のルーティンに近い物と考え集中力を高めていく。


 放たれるのは炎弾に弾丸。高々と宙を舞うコイン。そして決闘というシチュエーションはまるっきり昨日のカーリーとの1幕と同じだ。

 戦う相手は比べるべくも無いが、意味はやはりまったく同じだ。


 自分よりも圧倒的に強い相手と大事なものをかけて戦う。

 これに尽きる。


 賭ける物は市民権であったり、指だったりいつも様々で今回は命だった。

 たったそれだけの事だ。


 進む時間がゆっくりに思える程極限な時を過ごすにつれ、世界から様々なものが剥がれ落ちて行く。


 初めは周囲の風景が溶けていった。

 次に音が、色が、匂いが、温度が、五感を通し感じるいくつかが消える。


 そんな中相対する竜の存在だけはクリアに認識しており凶悪な顎門が大きく口を開いていくのを見届けた。


 もう躱せない。もしこのこの作戦が上手くいかなければ俺は死ぬ。もっと他に手があったのでは無いか。


 雑念達も凝縮された時間と共に剥がれ落ち、バジルの心は明確で純粋な殺意のみに研ぎ澄まされて行く。


 どちらにせよバジルが少ない手札でこの圧倒的な生物を倒すにはこの可能性に賭けるしかないと考えるからこそ行動を起こしたのだ。今更余計な事を考える事自体が間違っている。


 さあそんな事を葛藤しているうちに大詰めだ。


 強烈なブレスの燃料となるべく蓄えられた赤い色をした魔力がアースドラゴンの口へと駆け上って行く。


 瞬間コインが地面でチャリンという音を奏でた。











 ガンッ。


 1発の銃声が響く。


 同時に叩き割ったガラスを逆再生するように剥がれたものを取り戻して行く世界で、アースドラゴンのブレスが空気を燃やす音が聞こえる事は無かった。











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