17話 勇者が生まれた日
連続投稿4話目!本日最後です!
無茶だと、無謀だと、分かってる。
でも仕方がないじゃない体が勝手に動いたんだから。
目の前でトワイア君が殺されそうになっているのに震えてなんていられない。
彼は私達が逃げる事を望んでいることなんて百も承知だ。その思いを踏みにじるあたしは本当に愚かだとも思う。
でも無理だ。許容できない。認められる筈がない。
こんなの我儘なだけだって知ってる。
それでもまたあの兄弟2人とご飯が食べたいと願うのはいけない事なのか。
いつもみたいにバジルちゃんとトワイア君と、あとはたまにあたしやアンデルセンさんを巻き込んで仲良く過ごしたい。
まるでそれはあたしが昔無くした忘れ物の様な気がして、絶対に失いたくないものだった。
バジルちゃんからトワイア君を奪わないで、勿論その逆も。
家族がいなくなる辛さはみんな味わったからもういいじゃない。
気づけばあたしは礫を全力であの化け物に投げていた。尤も、なんの外傷も与えられなかったばかりかこっちは腕と足を潰されて強姦されかけたけどね。
それでも、トワイア君の使った魔法…なのかな。そのおかげでお陰であたしの貞操は助かったんだけどね。
でもその魔法の反動のせいなのかトワイア君は気を失ってしまったの。
まあ、それから色々あったんだけど結果だけ先に話すね。
あたしは死んだ。
それはもう呆気なく。
♢
「トワイア君っ!!」
倒れる彼を支えようと体を起こそうとするが四肢の殆どを潰されてしまいそれもままならない。激しい痛みも常にヤコを苛んでいるためその額には大粒の汗を浮かべている。
頭から倒れれば怪我は免れないだろう。ヤコは自分には何も出来ず無力感を味わいながらグッと目を瞑った。
「すいませんねぇ…また支えるのが私で、っと言ってももう聞こえていないのでしょうけど」
声が聞こえハッとそちらへと視線を向けると、気を失ったトワイアを服に着られているような妙な男が腕を掴み支え、頭から倒れるのを防いでいた。
その男のトワイアを支える反対の腕には何やら重そうなトランクを抱えており、村を逃げ出す準備の最中だったのかなとヤコは考える。
そして冷静になり顔をよく見れば、ヤコはこの男がトワイアを王都に呼ぼうとしている使者だという事に気がついた。
「あ、貴方は…」
「おや?まだ息がある人がいるんですねぇ」
何をしているんですか、と問いかける前に男の…ヘンリーの言葉が被せられた。
彼女の事など興味がないかの様にブツブツと顎に手をやり考え込み始めたヘンリーを見て体を動かせないヤコはそのまま困惑する事しかできない。
そこへ。
「お前ら生きてたのか!!おーい!!生き残りが居るぞ!」
一時オークロードから逃れていた開拓者達が数人戻ってきた。
ヤコはそれを見てホッとするが同時に何故トワイアを援護してくれなかったんだという筋違いな怒りと自分達を案じて戻ってきてくれたことへの感謝から複雑な心境になってしまっている。
自分の命大切なのは当たり前だ。考えても仕方がない。
そう納得して、どうにか体を這いづらせ自分達の無事を伝えようとしたヤコであったが、それから耳に届いた歌の一節を境に周囲の雑音が消え辺りの雰囲気が一変した事に気づいて口を噤んだ。
チリチリと肌を刺す様なプレッシャーを感じて周囲を見回すがこれといった変化は見られないが、変わりに駆け寄ってきた開拓者達がバタバタと倒れていくのを見た。
「え…」
人形に糸が切れた様にプツリとその場に倒れ込む開拓者達をヤコは得体の知れない事が起こっている恐怖に血の気が引いた。
「おや?そちらには届いてなかったみたいですねぇ…」
唯一、その場で立っているヘンリーがそんな事を呟いてヤコへと近づいて来る。
どうやら開拓者達が倒れたのはこの男に原因があるらしい。
トワイアを肩に抱えて機嫌良さげにこちらへ歩み寄る男にヤコは先程のオークロード以上に恐怖した。
見た目の圧力や醜悪さは遠くあの化け物に及ばない筈のこの男に何故そこまで恐怖を感じているのかは分からない。
ヤコを見下ろす形で立ったヘンリーは薄く笑みを浮かべ恒例の芝居のかかった仕草で両手を広げた。
「貴女は確かトワイア様達のご友人ですね、なら共に祝いましょう。なんと言ったって勇者が産声を上げた日ですからねぇ…国王もさぞお喜びになる事でしょう」
勇者?国王?こんな状況で急にそんなおとぎ話の様な話題を持ち出されヤコの瞳は困惑と一緒に強い警戒の色を帯びた。
すぐさまトワイアを王都に勧誘していたという話と結びついたがそれだって昨日の断りで最後だと聞いている。
ヤコも若いとはいえ商人の端くれだ。人の機微を感じ取ることや状況を正しく読み取るくらいは出来る。
だからこそ理解してしまう。最初はただの懸念であったがこの男の隠す事のない行動や言動が全てを物語っている。
「だからですねぇ…」
ヘンリーの言葉にただ耳を傾けることしかヤコには許されていない。叶うことならばトワイアを奪って逃げ出したいところだが残念なことに五体不満足な上、この男の力が未知数な為どちらにせよ不可能の様な気がしていた。
「せっかくのめでたい日にケチがついてしまったら困るでしょう?」
カッ。
妙な音を聞いた瞬間首筋に違和感を感じ、口の中に熱い液体が溢れた。
「ひっ…かひゅ…ゴポ」
溢れ出す液体は吐いても吐いても乾くことは無かった。
動く方の手で首に触れてみるとヌルリとした不快な感触を感じ見てみると、触れた指先が赤く濡れていた。
声が出ない、息ができない。
ああどうやら自分は首を切られたらしいと気づいたのはヘンリーがその場を後にする頃だった。
「さあ!トワイア様次に目覚めた時貴方は勇者です。楽しみですねぇ」
愉快気に従者の待つ馬車へ向かう足取りは軽い。
ポツンと1人残されたヤコは考えていた。
今までの過去の事を。
友人であるトワイアとバジルの事を。
遺してしまう父の事を。
必ず迎えに行くと誓った姉と母の事を。
自分が死んでしまうという事を。
この村に襲いかかった災害は人為的に引き起こされ物だ。そして犯人は…。
この事を知っているのは多分あたしだけだ。
どうにか伝える手段は無いか…そんな事を考えるが一体誰に?。
そうして浮かんだ顔は女性にしか見えない青年の顔だった。
今彼は別の街にいる筈…でも。
弟の危機にあの男がジッとしているだろうか。
答えは否だ。
絶対に彼はこの村に帰ってくる。出来れば魔物達がいなくなった後に来てくれれば良いがそこまでは読めない。
彼の事を考えれば同時に昨日の夜した約束が頭に浮かんでくる。
ご飯…せっかく約束したのにな…楽しみだったのになぁ…。
ふと視界を傾けると足元にヘンリーが先程抱えていたトランクが置かれているのが見えた。
忘れ物かな?そんな呑気な事を考えるヤコだったが意識をトランクのみへ集中した事で気づいたことがある。
むせる程の血の臭気の中に懐かしい香りが混じっていた。
「あっ…ああ…」
居なくなって心配していた。こんなところにいたんだ。
「っひ…ヘン…」
フェン。
掠れる声で共に店を支えてくれた家族の名を口にする。
トランクには血が滴り落ちており、瑠璃色の羽が隙間から顔を覗かせていた。




