16話 資質
連続投稿3話目です!
全話見ていない方はご注意ください!
空中を漂うカーリーがやけにゆっくりに見えた。
一山越えたと安心しきっていたトワイア達は遅れて理解する。
体を半分失った筈のオークロードが残された腕を振り抜いたのだと。
『癒しの讃歌』
トワイアが回復魔法を放ったのは殆ど反射といってよかった。
攻撃の要である彼にリタイアされてはマズイだとか、兄の事を迫害する者を治療する事への躊躇等余計な思考は全く介在しておらず、ただ死にそうな人間がいる。
その一点のみが彼の体を動かした。
カーリーは勢いよく家屋へと突っ込んだが、トワイアの咄嗟の回復魔法やオークロードが振り抜いたのは利き腕で無く武器も持ってなかった事や幸いしてギリギリ命を拾ったものの、傷は治癒しきってはおらず右の眼球に関しては無残にも潰れてしまっている。
トワイアが時間をかけ回復させなければ彼の戦闘の復帰は絶望的だった。
しかしそれは目の前の化け物が許さない。
虐殺が始まったのだ。
死に体の筈のオークロードは怪我の事など意に介していないかのように残された腕で開拓者達を蹂躙する。
勿論彼等も黙ってやられる訳も無く抵抗するのだが、傷口に剣が刺さり、魔法で焼かれ不快な臭いを充満させようともこの化け物の動きに淀みは無く。1人ずつ捻り殺されていった。
1人、また1人と殺されて行くのをトワイアは黙ってみることしかできない。
気休めだとしても回復魔法で援護をしようかと魔力を練り始めたトワイアの左手がふとガンベルトのホルダーに触れた。
そこには胡散臭い王都からの使者より贈られた魔法が込められた触媒が収まっている。
言い訳を続けてきた。己の魔力が誰かに向くのが怖いからと。
抗う可能性があるのにも関わらずそれを見て見ぬ振りをしてきた。
だがその結果数多くの命が失われた。もしかしたら自分が尻込みしていた所為で救えた筈の命を取りこぼしていたかもしれない。
尻餅をつく開拓者にオークロードが迫る。
「たっ、助けてくれ!!!俺はまだ死にたくねえ!!!」
涙を流し、ズボンに染みを拡がらせながら喚き、辺りを見回す男だったがその周囲には屍以外存在しない。
唯一助けられるとするなら使い慣れた触媒をしまい、古びた装飾の施された触媒を引き抜いたトワイアだけである。
お願いです。少しだけでも構わないから、僕にあの怪物を足止めする力を下さい。
目を閉じ魔力を循環させるトワイアは何に祈っているのか。
神か、家族か、それともあの胡散臭い使者の男にか。
いずれにせよ彼にはこの触媒にこの場を打開する術がある事を願うばかりだ。
オークロードが開拓者にその剛腕を振るう刹那、トワイアは全力で魔力を触媒へと注いだ。
…しかし。
「な、なんで…」
願い虚しく。触媒から魔法が解き放たれる事は無く、開拓者の男の命は実に呆気なく潰れた。
やっぱりあの人の事なんて信用しちゃいけなかった。結局僕は揶揄われただけだったんだ。
絶望がトワイアを蝕むがその場で項垂れていることさえ許されはしなかった。
オークロードは高純度の魔力を感じ取りゆっくりと虚ろな目をトワイアへと向ける。
「ひっ…」
その目を見てトワイアは薄い悲鳴をあげた。
体の半身を失いとめどなく命を溢し、朽ちる寸前だというのに双眸に宿る殺意は一切の勢いを無くしてはいない。
村の全てを殺し尽くすまでこいつは止まらない。
ドクン。
そう理解したトワイアの心臓が酷く脈打った。
バランスが崩れているのか、おぼつかない足取りながら風を切り迫るそれに本能的な恐怖を覚えトワイアは頭を抱えながら横へ飛ぶ。
トワイアが立っていた地面を抉る魔の手から逃れられたのは運が良かったという他ない。
先程までの五体満足な状態のオークロードからの攻撃だとしたら、戦闘経験など無いトワイアでは躱せる筈がなかった。
だが次はないぞと言うかの如く再びトワイアを捉える視線に蛇に睨まれた蛙のように身を硬くしてしまう。
「くっ…やっぱり駄目か」
駄目元でもう一度触媒に魔力を込めるが変化はない。
詰んでいる。
そう思ってしまう程に今の状況は絶望的だった。
「だけど…」
ポツリと呟いたトワイアは避けられない己の死を確信し悲しげな表情をしながらもその心は何処か満足そうに凪いでいた。
死ぬのは勿論嫌だし、兄の事や夢の事だとか心残りはある。
だけど…まあ、こうして僕がコイツの注意を引く事で誰かが生き残る可能性が出てくるなら少しだけ報われた気になってくるから不思議だ。
僕は所詮勇者なんて持て囃される器じゃ無かった。
分かりきっていた事だけど、こうも現実をまざまざと見せつけられると嫌になってくる。
「ああ、ほんと」
拳を固めて自分に近ずくオークロードの存在を何処か遠くに感じながら自分の生きた軌跡を振り返るが浮かんでくるのは兄の事ばかりだった。
もっと恩返しがしたかった。
もっと笑って欲しかった。
もっと自分の幸せを生きて欲しかった。
最後のはもしかしたら叶うのかな?
自分がいなくなって、ヤコさんが生き残って2人が結婚でもすればそれは叶うのかな。
だとしたら良いな。それでたまに僕の事を思い出してくれれば嬉しい。
兄のバジルからすれば断じて否と答えるような事だが、トワイアの中では自分が彼の重荷になっているのではないかという不安が常にちらついていた。
だけど今もなおしている葛藤さえも潰れた肉になれば全て消えて無くなるのだ。
なら、トワイアが最期に口にする事は決まっている。
「バイバイ兄さん、できたら街でもう少しゆっくりしてから帰ってきてくれると嬉しいな」
遺言染みた言葉を最後にトワイアはキュッと目を瞑った。
あまり痛くなければ良いけど…。
…。
しかし待てども一向に衝撃が身を襲う事がなかった。
パキャッ。ガッ…。
妙な音が耳につき瞼を開けると、まじかにオークロードの姿が広がっていた。
思わずヒュッと息を飲んでしまうトワイアだったが化け物の顔が自分では無くあさっての方向に向けられていることに気づく。
その視線を追えば石を握り込み腕を振り上げるヤコの姿があった。
「何…してるんですか…なんで逃げて…」
この事態にトワイアは困惑するばかりであった。
そして次第にその困惑は恐怖と焦りに変わっていく。オークロードの意識が彼女に向いていることから生まれた物であった。
「このっ…トワイア君から離れろ!!」
ギシリと音がなる程に強く握られた礫が勢い良くオークロードの顔面に投擲される。
流石に彼女も身体能力に優れる獣人だけあり中々の威力を持って化け物の顔に命中するがこ気味良い音を立てて砕けるばかりで全くダメージになっていない。
戦闘に慣れた開拓者達の攻撃や魔法を食らっても動じないタフさから当然ではあるのだが、顔に向け投擲され続ける小石は喩えるなら、寝ている際に耳元を飛び回る羽虫に近い鬱陶しさがある。
幾分かの余裕を取り戻していたのもそうだが彼女が見目の良い女性だという事も運が悪かった。
生物は死に瀕した際より原始的に、本能的なる。
狂ったオークロードでさえもそうらしく、彼の中で歪んだ情欲がメラメラと湧き出して来るのを近くでその表情を見つめるトワイアは察してしまった。
「逃げて!!!!!早く!!!!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶトワイアだったが時は既に遅く、オークロードはヤコに向け駆け寄る。
オークロードは思う。己の死は確定した事だと。しかし体を失おうとも痛みは感じず、まだまだ動けるのならば最後に沢山の血が見たいと行動していたが目の前の獲物を見て気が変わった。
柔らかい体を貪った方が愉しそうだ。と。
オークとは元々性欲の強い生き物だ。多種族を拉致して苗床にする習性も持ち合わせており支配者となったオークロードもまた同じだ。
死に瀕し種を残すという欲求に突き動かされヤコの体へ吸い寄せられている。
「駄目だ…そんなの…」
目に強い光をたたえ化け物への反抗を続けるヤコだったが遂に太い腕に掴まれ地面へと引き倒されてしまう。
「カフッ…」
体を襲う凄まじい衝撃にヤコは肺の空気を全て吐き出してしまったかのような錯覚に襲われた。
息を吸う事もままならないヤコの服をオークロードはすぐさま引き裂きにかかる。
「いっ…やああ」
ヤコの叫びを聞き助けようと走り出したトワイアの胸に痛みが走る。
ドクン…ドクンと大きく脈打つ胸を押さえ痛みに堪えるようにその場へ蹲ってしまう。
なんっだ…これ…。どうなってるんださっきから。オークロードの目を見た時から胸の痛みが止まらない。
早くヤコさんを助けなきゃいけないのに!!。
救えるのかどうかは別としてもトワイアは体が思うように動かずヤコの元へ迎えなくて焦りがどんどん募っていった。
その間も自分でも煩いくらいに高まっていく心臓の鼓動に頭を抱えていると…。
パキャッ。
三度、そんな乾いた音がやけに大きく耳に届いた。まるで木の枝を折ったかの様な無機質な音に一瞬鼓動の煩さが気にならなくなった。
一体今の音はなんだろうと顔を上げれば答えはすぐそこにあった。
「っっっつつうううう!!!!」
噛み殺した悲鳴をあげるヤコの右腕と両脚を見ると潰れた様にひしゃげ、骨が肌を突き破り血を滴らせている。
どうやら抵抗をいい加減邪魔に思ったオークロードが腕と、ついでに逃げ出さぬよう脚を握り潰した様だ。
押し殺した声で呻きながら涙を流すヤコを見て煩かった鼓動の音が静まり、自分の中で何かがカチリとパズルのピースが嵌るのに似た感覚を覚えた。
なんだかんだ自分は薄情な人間なのかもしれない。だってそうだろう?見ず知らずの開拓者達が殺される様を見ていても結局何も出来なかったのだから。
しかし身近で、それでいて大切な人物が傷つけられた光景を見てトワイアは自分が何かの変化を遂げた事を理解した。
体の奥底から際限なく湧き出してくる魔力にかなりの不快感を覚えつつも、オークロードに向けて古びた触媒を向ける。
自分が何になってしまったのかは分からない。だけどこの杖は先程よりもよく手に馴染んだ。
ピシリと、ノイズの様な物が一瞬走った様な違和感があったがもう既に躊躇いはない。自分がするべき事はただ、溢れる魔力を触媒に注ぐ事だけ。
異常な事態に気付きオークロードがトワイアへと支援を向けるがもう遅い。
あとは力の波動を解き放つのみだ。
「あああああああああああああああああ」
体が焼ける様に熱い。自分の奥底から溢れる何かを吐き出すことしか考えられなくなってくる。
辺り一面が光に包まれたのは一瞬。
すぐに収まりオークロードが周囲を確認すると、そこには無数の光の剣が己を取り囲んでいた。
その魔法がどういった効果があるのか使用者であるトワイアでさえ分かっていない。が…本能で触れてはいけないものなのだと誰もが確信するくらいには得体の知れない存在感を放っている。
獣じみた声を上げ光の剣に手を伸ばしたオークロードだったがガクンと視界が下がり躊躇してしまう。
それから数回フォンと軽い音を伴い振るわれたそれはオークロードの体を比喩でもなんでも無く、跡形もなく消滅させていった。
なんの抵抗も無く、絵の具で塗りつぶされていくかの様に消えていくオークロードにヤコとトワイアは言葉を失う。
そして…あれだけの猛威を振るっていたオークロードが消えた。
おびただしいほどの血痕が存在していた事の証明ではあるのだが、いかんせん退場の仕方が仕方だったのでその現実感を奪っている。
本当にあの怪物は消えたのか?という不安感が拭いきれない。
服を押さえながらヤコが近づいてくるのが見える。
アレ…?何か変だ。
体からズルズルと何かを引き抜かれる感覚が続き、光の剣が消失した瞬間。
トワイアの意識は闇に飲まれた。




