15話 ロード
連続投稿2話目です!
ご注意下さい!
「行くぞテメェら!!あの豚共を殺し尽くせ!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
一歩引いた位置で男達が雄叫びを上げる光景をトワイア・アントリウムは冷めた表情で見ている。
村の緊急事態、戦力が増えることはとても心強い筈だ。ましてやそれが中級、もしくはそれ以上の攻撃魔法を扱える人物ならば尚更。
トワイアだって本当なら心から歓迎したいのだが、その突如現れた英雄が己の最も嫌いな人間だったのだから素直に喜べないのも仕方が無い。
今この村に必要なのは魔物を打ち倒せる分かりやすい戦力だ。それは自分も分かっているのだが、自分の大切な家族に長年害を与えてきた人間がさも自分が村を救う勇者なのだと言わんばかりに振舞っている姿は正直なところ茶番にしか見えなかった。
何故人をそこまで悲しませられるその口でそんな英雄めいた事が話せる?何故人を蔑んできたその目で義と責任に燃えた色を浮かべられる?何故悪意の象徴だったその姿が開拓者に受け入れられている?
何故、何故、何故、とトワイアの思考はグルグルと迷走を続けるが答えなど出るはずも無く、傷ついた開拓者達や青い顔で項垂れるヤコを見て雑念を振り払う。
『癒しの讃歌』
体の芯に染み渡るような澄んだ鈴の音色と温かな光が広がる。
体の傷が癒え歓喜する開拓者達と、少しだけ不快そうな視線を自分に向けるカーリーを尻目にヤコへと駆け寄った。
「大丈夫ですか?どこか大きな怪我はしていませんか?」
声をかけるトワイアの姿を映した彼女の瞳は少しの間を置いた後疲労は濃いものの、普段と同じ人懐っこい光を浮かべた。
「あ…トワイア君。あたしは大丈夫だよ」
彼女の話を聴くと驚いた事にカーリーがここまで身を守ってくれたらしい。
曰く、「村を訪れるキャラバンの人間に何かあってはマズイ」だそうだ。
そこまで次の村長として気が回るというのに子供みたいに飽きもせず兄へ絡み続けてきたのかと顔を顰めるが、今だけは大切な友人を助けてくれた事に心の中で礼を言う。
「何が起こってるんだろうね、今までこんな事無かったのに」
疲れた顔のヤコが言うように今まで起こった事がない未曾有の事態にトワイア自身も困惑していた。
それこそヤコの父親が村に通っていた頃でさえこんな話は聞いた事がない。
もちろんそれが村の安全が今後ずっと保障されている訳ではないと理解しつつも心のどこかで自分の生きているうちに大事件など起こりはしないだろうと楽観していたのだ。
しかし今回の一件でそれが甘い考えだと思い知らされてしまった。
魔物に襲われ村が滅ぶ。
それはどこか遠くの地で起きたおとぎ話では無く、もっと身近でいつ自分に襲い掛かってきても不思議ではないものだったと気付かされた。
普段全く魔物の被害に合わないどころか気配さえ感じないこの村にも彼等は牙を剥いたのだ。もし、魔物達の活動が活発な地域に住む人達はどうなのか…。
胡散臭い男の言葉と腰のホルダーへ納められた古びた触媒の存在を思い出しながらトワイアは己の内にに湧き上がってきていた欲に驚く。
何を考えているんだ僕は…。
自分にとって大切な物、それは間違いなく家族の幸せだ。
それを譲る気は毛頭無いし、そもそも自分にその立場は分不相応だと理解している。
いっそのことオーク達を無双するいけ好かないあのカーリーに代わってくれないかとさえ思ってしまう。
うん、良いんじゃないだろうか。世界を救うなんて柄じゃ無いけれどあの男なら魔法の才能は申し分無いし、何より村を出て旅に出るという所が素晴らしい。
こんな事を考えていられるのはカーリーが参戦し戦力的に余裕が出来たからなのかもしれないがトワイアは認めはしないだろう。
魔力には勿論限りがある、しかし戦闘に長けた開拓者達のチームワークとカーリーの火力が加われば所詮統率など取れていない魔物達など各個撃破されておしまいだ。
村の外にはまだまだ多くの魔物がひしめいているそうだが、皆が生き残るための光明が見えた気がする。
そのためには自分の回復魔法も必要になるだろうと、乗り気では無いが村を救う為カーリー達に協力しようと腰を上げたが服の裾をヤコが控えめに掴みそれを制してきた。
やはり行商の際に魔物達との遭遇も多く慣れているとはいえ彼女も年頃の女の子だ。こんな事態には恐怖を抱くのも無理はないと思いつつもトワイアは彼女を安全な所へ避難させ急いで戦闘に戻らねばと考えていると、忙しなく長い耳を動かしているヤコが震える唇でこう呟いた。
「…来る」
「え?」
トワイアが疑問の声を上げた瞬間、背後で何かが潰れる音が響いた。
♢
硬い物を同士を打ち付けたかのような轟音が響き空に一点の染みを作った。
やがてその染みはみるみる内に大きくなりやがて地面へと叩きつけられジワリと赤い池が広がる。
人型だと分かるそれは上半身がグシャグシャにひしゃげており、辛うじて開拓者達の中心であった髭面の男の面影を残していた。
しかし仲間である筈の開拓者達は既に息がないと分かる惨状の髭男に意識が向いておらずその視線は一点に集約されている。
それは今まで倒してきた個体に似た豚のようなその顔の作りからオークだという事はなんと無く分かるのだが、その身に纏っている空気が明らかに違っていた。
肌は黒く、蜘蛛の巣の様に赤い血管が身体中に張り巡らせていて他のオーク達よりも身体がふた回り程大きく強靭であった。
詰まらなそうに巨大な鉄槌にへばり付いた肉片を払い肩に担ぐとのっそりと此方へと歩みを進める姿からは絶大なる自信と並々ならぬ殺意を感じさせる。
『癒しの讃歌』
その声に我を取り戻したカーリーはハッとそちらを振り返ると、トワイアが叩き潰された髭面の開拓者に回復魔法を施していた。
先程の若い開拓者とは違い頭部を消し飛ばされた訳ではない為もしかしたら、と考えたのだろうが…どう見ても手遅れだ。
カーリーがゾワリ背中が泡立つのを感じて再び先程のオークに視線を向けるといつのまにか眼前に迫ってきているではないか。
「っ!!!!!!『炎槍』」
声にならない雄叫びを上げたカーリーであったがすかさず炎魔法を行使する。そしてそれは咄嗟の発動だったのにも関わらず彼にとって今までで最高の一撃だった。
ゴアアアッッと炎の燃えたぎる音と共にオークへと襲いかかり辺り一面を赤く染め上げる。
その隙に距離を取るカーリーだったが己の放った魔法にこれ以上ないくらいの手応えを感じ、勝利を確信して余裕の笑みさえ浮かべていた。
ザリっ…。
巻き起こった煙の中から砂利を踏み鳴らす音が聞こえる。
まさか…とカーリーが思っていると煙の1番近くにいた開拓者の姿がブレた。
力無く倒れる男の顔を見てゾッとした。
耳から先の顔の前面を失っていたのだ。
煙を払い姿を表したオークはクチャクチャと不快の音を立てながら炎の槍が直撃した筈の部分をボリボリと掻いている。
己の最高の魔法がどう見ても有効打を与えられていないその現実に先程まで自分が村を救う英雄だと豪語していたカーリーはギリリと奥歯を噛み締めていた。
「…オーク・ロード」
誰かがその暴力の名を口にする。
豚の支配者…成る程、この化け物に相応しい名前じゃ無いかと呟きを聞いた皆が思った。
そして同時に目の前の存在が自分たちでは太刀打ちできない存在だとオークロードの知識を持つ者達は理解してしまう。
オークの上位種と言って仕舞えば簡単だが事はそう単純では無く、オークとオークロードは殆ど別の種類と考えても良いくらいに戦闘力の差があるのだ。
それこそ、キャラバンの護衛で来た開拓者達ではどうにもできないくらいの差が。
「何ぼうっとしてるんですか!!早く逃げましょう!!!」
大声など上げ慣れていないだろう張り裂けそうな声でトワイアが叫ぶと開拓者達は恐怖と驚きで染められていた思考を次はどう動くかにシフトする。
巨躯に似合わない俊敏性や剛腕から繰り出される衝撃は脅威だ。
正直この場を逃げる事さえ難しいのかもしれないと誰もが感じている中、1人オークロードに向け殺意を飛ばす者がいた。
『炎槍』
ゴウっと再びオークロードへ炎の槍が突き刺さるが薄皮一枚すら焼けておらず煤を払って終わりであった。
「ふざけんなよ…『炎槍』テメエも豚には変わらねぇならさっさと焼け死ね!!『炎槍』」
次々に放たれる炎の槍を煩わしく思い鉄槌で払うオークロードであったが、槍が回数を重ねるごとに重くなっている事に訝しむ。
尚も炎槍を放ち続けるカーリーは己の限界が近づくのを感じながらも心は怒りに震え炎の様にその輝きを増していた。
さっきも、そして最初もあの化け物の衝撃から真っ先に立ち直ったのは俺様でも、荒事に慣れている開拓者達でも無く普段草しか食わなそうな顔をしている只の村人だった。
俺は自分が許せない、この村で1番強いのは俺だ。
「しかし心では負けている」そう突きつけられた気がしてならない。
あのカマ野郎の弟のトワイアは魔法に関して優秀らしく王都の方から使者が訪ねてきているが俺との違いは一体なんなんだ。
自分はトワイアに劣っているなんて微塵も思っていないカーリーであったが現実が、今まで起こった事が彼のプライドをガリガリと削って行く。
外野の者からすれば些細な事だとしてもカーリーにとってこの村で起きた事が全てだ。
ドラ息子だの粗暴だのと言われようとも俺が、俺様がここで君臨する者で無いといけないのだ。あんな奴に負けたままでいられるものか!!。
絶望に反抗を続ける若者の姿に逃げ腰になっていた開拓者達の士気が上がって行く。
どんな理由であれ、自分よりも若い者が己の命を賭して戦っているのだ。このまま尻込みしたまま豚の餌になっては世界を切り開いて行くという開拓者の名前に傷がついてしまうだろう。
取り落とした武器を手に、霧散した魔力を練り、頰を叩き喝を入れる。
先頭に立って魔物に立ち向かう姿を目にして各々が戦意を取り戻して行く光景を見てトワイアは思ってしまう。
「これじゃあまるで…」
勇者では無いか…。
限界も近い筈なのにドンドンと戦いの中でその力を増して行くカーリーが放つ炎の槍は撃つ度にその威力を増していき遂にはその分厚い筋肉の鎧を突き破りダメージを与え始めた。
好機とみた開拓者がオークロードへと向かって行く。
ブロードソード、ダガー、槍、斧、弓、そしてカーリーに及ばないが攻撃魔法等、多種多様な攻撃がオークロードへと加えられた。
オークロードは致命傷には遠く及ばないくだらない攻撃だと思いつつも一つ気づいてしまう。
さっきまで鬱陶しく体を焼いてきた物はどこに行った?。
そう、開拓者達の総攻撃が開始されて以降炎の槍は放たれていない。
それは何故なのかオークロードはすぐに理解することとなる。
「今夜の飯は豚の串焼きだ」
顔中に大粒の汗を浮かべたカーリーの触媒にはこれまでとは一線を画す高純度の魔力が練られていた。
しかもどうやら開拓者達の能力向上の魔法がかけられている様で体全体が淡く発光している。
頭の隅で警鐘が小さく鳴ったオークロードはカーリーの息の根を止めるため飛び出した。
弾丸の如く自身に迫るオークロードへ向け不遜な笑顔を浮かべ今日幾度と無く放った魔法の名を歌う様に呟いた。
『炎槍』
まるで攻城兵器であるバリスタを思わせる様相の業火が放たれる。
ゆっくりとオークロードに吸い込まれて行く炎の槍をトワイアは見つめ、そしてそれが化け物の命を奪える程の威力を秘めているものだと本能が理解した。
そして…。
真っ直ぐカーリーに向かっていたオークロードの鉄槌を持つ腕が肩からヘソに掛けた大部分の肉を巻き込み消し飛ばされた。
カーリーは頭部を狙ったつもりだったが、動いている相手に魔法を当てるのは存外に難しい。俊敏に動く相手なら尚更だ。
しかし今の一撃は確実に致命傷である。傷口からドボドボと血を撒き散らす姿からそう遠く無いうちにその命が消える事は想像に難く無い。
開拓者も今の一撃を見て勝負は決まったと両手を上げて喜んでいる。
トワイアやカーリーだってそうだ。
しかし…彼らは1つだけ思い過ごしがある。
ズンと止め処なく血液を流す者にしてはしっかりとした足取りでそれは地面を踏みしめた。
オーク達は何故か己の命や怪我や死を恐れず向かってきた。生物としては狂っているとしか思えない様なその行動のせいで皆これ程までに苦しめられているのだ。
なのに何故。
オークロードは狂っていないと思えるのだろうか。
世界に火花が散る。
勝利を確信していたカーリーが空へと投げ出された。




