13話 再来
故郷の村が魔物の群れに襲われている。
そう聞いたバジル・アントリウムは一瞬だけ呆けたのち寛いでいた木イスを蹴り倒して馬小屋へと向かおうとした。
その話を共に朝食を取る客から聞いていた店主が慌ててカウンターを乗り越えてバジルの肩を掴んだ。バジルも非力な方では無いがその熊のような腕からは逃げ出せないでいる。
「っ…離せ」
「どうするつもりだよ」
言わなければ分からないのかとバジルは苛立ちを募らせ声を荒げそうになるのをどうにか押し殺した。
「トワイアを助けに行くんだよ。急いでるからさっさと手をどけろ」
「能無が行ってどうする」
一触即発の雰囲気を感じ取った件の話を持ってきた客は急いで朝食のスクランブルエッグをかき込んで早々に退散して行った。
そもそも彼はこの話を馴染みの店主に話したらこの町を出るつもりだったのだ。大量の魔物に襲われているのが隣の村だとしたら此方にも飛び火する可能性があるからだ。
「決まってんだろ」
「魔物にピストルなんて殆ど効かねえぞ。分かっているのか?」
店主は知らないがバジルは『魔弾』という強者に抗う術を手にしている。
しかしそれを一々説明する時間も惜しいバジルは掴まれた太い腕に爪を立て店主を睨みつけた。
「…離せ」
「・・・・ハア」
溜息を吐いた店主は諦めてバジルの肩から手を離した。
また捕まっては堪らないと黒く輝く黒髪を振り乱し弾かれたように走り出したバジルの背中に店主は力の抜けてしまったような声で話しかける。
「またいつでも来いよ……ハドソン」
もう外へと繋がれた扉は閉まりかけであったがその向こうでバジルが拳を空へと突き上げているのを見た。
クスリとそのいかつい顔に影のかかった笑みを浮かべた店主はお気に入りのグラスに酒を注ごうとして…やめた。
♢
魔物達の猛攻をどうにか凌ぐ中、商隊の護衛として旅に同行していた髭面の開拓者ギルドの男は戸惑いを隠せないでいた。
男は昨日同じ「オーク」という魔物を相手にしてそれを倒している。キャラバンを管理しているアンデルセンは護衛にかける金額を惜しまない人物であった為それだけの実力の保証されている者が派遣されているから当然だ。
「があああっ」
開拓者の仲間がグリーンウルフに腕に食いつかれその隙をオークにつかれ棍棒で打ちのめされている。
その者も男と実力はそう離れてはおらず、本来ならば今挙げた魔物達に遅れを取ることはまずありえない。
だが現実はどうだ。屈強な仲間達が次々に戦闘不能に陥る程の深手を負わされてる。
数が多い事も勿論だが、目の前の魔物達は何かが決定的に違っていた。
魔物といえど生命体であることには変わらない。したがって本来生物が持っている恐怖心というものを必ず持ち合わせているはずなのだ。
にも関わらず目の前の魔物達は仲間が殺されようが自らが命に関わる大きな深手を負おうが関係無く襲ってきた。目を血走らせ体が完全に動かなくなるまで迫り続ける魔物達など恐怖でしか無い。
衰える事の無い魔物達の勢いに押され1人、また1人と倒れていく仲間達。
本来なら少しの間も持たずこの防衛戦は瓦解していた事だろう。何とか未だに持ち堪えられているのは村の少年の協力があったからだ。
『癒しの讃歌』
もう何度聞いたか分からない呪文が響いたのと同時に瀕死であった仲間達が息を吹き返し戻ってきた。
驚異的な回復力を誇る魔法を行使した者をみると魔力切れの症状で倒れかけている。
それを見た開拓者の男は仲間にその少年を支え魔力を回復する効果のがある薬品を飲ませるよう指示を出す。
「良いんですか!?あれかなり高価な薬ですよ!?」
「しのごの言わず有るだけ持ってこい馬鹿野郎!!俺らが豚共に踏み潰された後雑草の肥料になるよりマシだろうが!!!!」
戦場だけあってこの場は様々な音でごった返している。ほぼ怒鳴りあうようなやり取りの後指示を受けた者が液体状の薬が詰められた薬瓶を数本大事そうに抱えて癒しの魔法を放っていたトワイア・アントリウムに駆け寄る。
「これをゆっくり飲め。魔力が回復する」
開拓者の言葉を聞き霞始めた目を広げられたいくつかの薬瓶へと向けた。
「良いんですか?貴重な物なんじゃ…」
「早く飲めっての!!でないと皆んな死んじまっ」
開拓者の言葉は後には続かなかった。オークが投擲した石でできたハンマーが目の前の男の頭を砕いたのだ。
目の前で起こった惨劇に、トワイアの思考と体は硬直してしまうがすぐに男の安否を確認する。
が、熟れたトマトが潰れたような男の状態に言葉を無くす。即死だ。
いくらトワイアの治癒魔法の効果が優れていると言っても死人を蘇らせる事など出来るはずが無かった。
無残にも殺されてしまった男を見て涙と吐き気を催してしまうが彼が最期に渡してくれた水薬と一緒に飲み込み、そして唱えた。
『癒しの讃歌』
響く鈴の音色。広がる癒しの魔力。
傷付き倒れていた開拓者達が雄叫びを上げ己を鼓舞しながら再び魔物へと向かって行く。しかし当然ながらトワイアに薬を渡した男はピクリとも動かなかった。
「はあっ…はあ…助けなきゃ、何人でも、何度でも!!」
がぶりと薬を呷った青年は肩で息をしているがその顔色は幾分か先程よりもマシになっていると前線で戦う髭面の開拓者は思った。
村の非戦闘員に頼るのは情けない気もするがこれで何とか暫くは持ち堪えられるはずだ。
しかし同時にこのままではジリ貧であり、敗北は必至だという事は戦いで茹だった頭でも理解していた。
「クソッタレ!!手が…っ手が足りねえ!!!!」
「っ…!」
前線で戦う者の叫びを聞いたトワイアはガンベルトにしまっているもう一本の魔法触媒が重さを増したかのような錯覚の襲われた。
(ヘンリーさんの言った通りのこれを使えば…いや、あんな怪しい人を信用なんて)
年季の入った杖に手を伸ばそうか悩んでいるとその間戦況に変化が起きた。
開拓者部隊の主柱であった髭面の男が著しく体勢を崩したのだ。継戦の疲労もあったのだろう、魔物の死体に足を取られてしまっていた。
加えて間の悪いことにオークが追撃をする為男の目の前にまで迫っている。
何だかんだ致命傷を貰っていた者達は上手く即死だけは避けていた。そうすればトワイアの治療により再起が可能だからだ。
しかし倒れかけている髭面の男にそんな余裕は無く、このままでは先の薬瓶の男のように血の花を咲かせる事になるだろう。
他の開拓者達も目の前の敵で手一杯だ。助けられるとしたら唯一、ヘンリーより攻撃魔法が封じられた杖を託されたトワイアだけであった。
「おおおおおお」
悲鳴とも取れる髭面開拓者の絶叫を聞き、トワイアは一瞬の逡巡の後意を決して古ぼけた触媒へと手を伸ばした。
瞬間襲いかかるオークの頭が消失した。放たれた魔法の余波で場の温度が少し上がっている。
残った体の部分はゆっくりとその場で倒れこみあわや髭面の男が押しつぶされてしまいそうになり焦っていた。
オークの死体を見てみるとその巨躯に蓄えられている筈の大量の血液が一滴も流れていない。どうやら傷の部分が超高温で焼き付けられたようだ。
因みに今の魔法はトワイアの物では無い。しかしその熱と威力に見覚えがあった。
「何だよこれ…何が起こってんだ」
村の惨状を見て言葉を失っているのはトワイアが最も会いたく無い人間。カーリー・スノッヴが何故か獣人の商人ヤコを引き連れ何やら考え事をしているのか呆然と佇んでいた。
♢
「街の外に先程の魔物達の残党がうろついています」
目の前の胡散臭い雰囲気を持つ男は言った。
コイツは確かアントリウム兄弟の家に何度か訪れている王都からの使者らしい男だ。
「アントリウム兄弟」その兄の方を思い浮かべ村の長の子供であるかーりー・スノッヴはギシリと奥歯を噛み締めた。
弟の方も俺様を差し置いて何やら王都から誘いを受けているのは気に入らないがそれより、魔力を持たないはずの兄バジルが魔法を使いオークを殺した事が気に食わない。
バジルが魔法を使ったというのは実際には違うのだがカーリーにとって事実はそうであり、今まで虐げてきた者が自分の立場を脅かしかねない事など許しがたい事だった。
「アントリウム兄が何をしようと所詮は小細工に過ぎません、なら貴方はそれを圧倒する様な実力を持ってねじ伏せてしまえば良いのです」
そう言ってその胡散臭い男は瓶詰めされた水薬を手渡してきた。
「…なんのつもりだ?」
「ただの魔力を回復させる薬ですよぉ。王都から来た私がわざわざ貴方をどうこうするメリットなんてないでしょう?」
自分にそれ程の価値が無いと言外に言われた様な気がしてこめかみに血管が浮かぶカーリーであったが今は魔力切れの症状のせいで言い返すほどの気力が湧いてこない。
使者の男と薬瓶を交互に視線を送った後カーリーは諦めた様に薬を呷った。
変化は劇的であった、
オークを倒した際に盛大に魔力を消費したせいで青ざめていた顔は見る見るうちに生気を取り戻し、ボヤけ霞がかかった視界が開ける。
動かすのも億劫なくらい体に纏わりついていた倦怠感も今は無い。
「これは…」
凄まじく高い薬の効能に驚き、一応村長の跡取りであるカーリーはその脳内で算盤を弾いた。
元々魔力を回復させる類の薬は価値が高く相応の値段で場合が多い。そして今自分が飲んだ薬の効果の高さと即効性…一般の市場には出回らないくらいの上物に思える。
金を請求されたら俺は勿論、親の懐に期待したとしても払う事は難しいだろう。
「心配しなくても代金なんて要求しませんよぉ」
「なんだと!?」
カーリーの驚きも、それに続けられる言葉も全て興味無さげに手で制した男は目を細める。
「もう一度言いますね。村の外に魔物がうろついています。それを退治すれば能無のあの方が何をしようと村の英雄たる貴方に口出しは出来ないでしょう?」
「そんな簡単な問題じゃぁ……」
いや、そうだ。俺様が圧倒的な力を見せつければ…これからも、ずっと上手く行くんだ。
疲労と憔悴で鎮火仕掛けていた憎しみの炎が再び勢いを増す。
溢れ出した感情はカーリー本人にも制御は出来ず、その足を村の外へと向けさせた。
「ああ、これを持っていくと良いですよ。餞別です」
そう言って男が広げたのは先程カーリー自身が口にした魔力回復役と同じ瓶詰め薬であった。しかも一本ではなく実に3本も、その効果からそれだけで一財産を築けそうな代物に普段のカーリーならば躊躇を見せそうな物だが…。
「貰おうか」
なんの躊躇いも見せずひったくる様に瓶薬を受け取ったカーリーは駆け足で村の外へと向かっていった。
その場に残るのは三日月の様に笑みを浮かべるヘンリー・マグレガー1人であった。
♢
そうだ…あの時、自分が自分で無くなる様な。妙な感覚を覚えた後、衝動に突き動かされるみたいに自制が効かなくなって…それから。
胡散臭い王都の男の言う通り村の外には魔物が沢山いて、倒しても、倒しても際限なく増えてきたんだ。
そのどいつもこいつもが昨日殺した魔物とは違って正気を失った目をして死をも恐れずに襲ってきた。
幾らオークを一撃で倒せるといっても所詮は訓練も何も受けていない村人にしか過ぎない。
破格の効果を持つ魔力回復薬があったとしてもそんな物は気休めでしか無く、戦闘の狼煙を切っ掛けに集まり続ける決死隊染みた魔物達相手ではすぐに底をついてしまう。
一番図体のデカいオークを何匹か最後に仕留めた後敗走し、態勢を整えるため村へと戻れば何と魔物に襲われているでは無いか。
これでは自分が何の為に村の外へ赴き魔物を殺したか分からない。
カーリー・スノッヴとて村を納める一族の端くれだ。魔物を狩る理由の第1が己の保身だったとしても村の住民達の安全を全く考えなかったわけでは無いのだ。
魔物を殺す事が村の安全に繋がり、果ては蛇蝎の如く嫌っている能無の男に一泡吹かせられると考えていた彼は今現在目の前で起きている現実に愕然とする。
家屋はなぎ倒され、畑は踏み荒らされ、ここへ辿り着く前に村人達の死体を目にしている。
取り敢えずあるだけの魔力を使い魔物を殺し、建物の陰で呆けていた行商人の獣人を連れここまで辿り着いたのは良いのだが此処でもオーク達と開拓者の者達の戦闘が繰り広げられていた。
「テメェら人の村で好き勝手してんじゃねえ!!」
怒りに身を任せ先程髭面の開拓者を救った様に魔法でオークを焼こうとするカーリーだったがガクリと生気が抜けてしまったみたいにその場に膝をついてしまう。
(クソが!!外での戦いで魔力を使い過ぎちまった。薬ももうねぇし、このままじゃ…あ?)
カーリーの視界が一点を捉える。
その視線は戦闘中のオークや開拓者を飛び越え、転がる死体すら目に止めず後方で傷ついた仲間の回復に努めるトワイア・アントリウムに向けられていた。
いや、正確にはトワイアでは無く彼が大切そうに抱える物を凝視していた。
彼が持っているのは魔力回復薬。ヘンリーから貰ったものとはまた別物だがその瓶の独特な形とラベルを見るに市販の回復薬に間違いはなかった。




