11話 凶刃
物語が動き出します!
「フェン?おーいフェン?おかしいな…いつもなら朝一で帰ってきてる筈なのに」
アントリウム家で食事をご馳走になった翌日の早朝、行商人のヤコはその名の通り商いの準備をしつつ見慣れた瑠璃色を探していた。
フェンというのは彼女が飼っているティアーレという鳥と竜の血が混じった生物に付けた名前だ。
その賢さと頑健さを買って荷物や手紙等の配達を任せてるのだがここ数時間ほどその姿を見ていない。
元々戦場で伝令役に使われるくらいの鳥だからそこらの魔物に害される心配は無いとヤコは思いたいが何事にも例外はある。
(この村には何度も来てるし迷子って事は無いよね…一体どうしたんだろう)
フェンの主人であるヤコにとってその存在はただの便りを往き来させるだけの存在では無く幼い頃より商売を支えてくれている家族も同然の存在であった。
『家族がいない』その現実が彼女の胸にピシリと痛みを走らせる。
(お母さん…お姉ちゃん…)
本当の母はヤコがまだ物心つく前亡くなった。今彼女が思い浮かべているのはその後父が再婚した女性と連れ子の少女の事だ。
血が繋がってい無いことなど感じさせないくらいにその褐色の肌と木漏れ日の様に揺れる銀髪を持った美しい親娘は私の事を愛してくれた。
父はあまり外で口にしてはいけないと言いつけられていたが新しい家族は銀狼族という珍しい種族の者達であったらしい。
幸せだった。本当の母がいない事を寂しいと持った事が無いわけではないけれど、それでも新しい家族も商人であった父もいてくれた自分は確かに、幸せだった。
しかしそんな幸せもある日突然終わりを告げた。
何の前触れもなく母と姉が失踪したのだ。
こんな物騒な世の中だ。
遠出した家族が魔物に襲われ突然物言わぬ屍に成り果てる事など珍しくはなく、何が原因であれ親しい人間が居なくなることもよく聞く話だった。
しかし余りに急すぎた別れは幼いヤコに大きな傷跡を残した。
前日母は家族に食事を振る舞い、姉は温かい笑顔を自分に向けてくれていた。だがそれはヤコの前より霞の様に消えてしまったのだ。
なぜ、どうして。未熟な心に降りかかった精神的な苦痛に耐えきれずヤコは塞ぎ込んでしまう
その頃からヤコの父は人が変わったように仕事に打ち込むようになった。目には隈が浮かび恰幅の良かった腹回りは見る影もなく痩せこけてしまって尚働き続けた。
しかしその甲斐もあってか小さな商店でしかなかったウチの店は様々な人脈を築き資本を増やし王都に本店を構えるまでに成長を遂げる。
血の繋がらない母と姉が居なくなって数年、仕事の無理が祟って足を悪くしてしまった父は本店に引き篭もる事となった。元々少数の商隊に参加していた店なのでそちらで商売できなくなるのは築いてきた人脈を潰すことになり兼ねない。
よって、商人としての知識や心構えを父より教わっていた自分が携わる事になった。
女一人で小さいとはいえ店を切り盛りしなければいけない事に勿論不安を覚えてはいたが、それは父よりとある話を聞いた事で吹き飛んでしまった。
聞いた話とは失踪した母と姉が実は拐われて奴隷として売られてしまったという事だ。
父はそれを知り家族を取り戻す為、そして情報を集める為死に物狂いで仕事に勤しんでいたという。
なら、自分が尻込みしているわけにはいかない。父が身を粉にして母たちを救うために動いていたのなら自分もそれに習うべきだろう。
何より優しかった母と姉を取り戻せる可能性があるのなら躊躇なんてしている暇などない。
ヤコは品出しの手を動かしたまま視線を巡らす。
(もう家族がいなくなるのはまっぴらだからね)
露店の準備を終えて額にうっすら浮かんだ汗を拭う。
重石を運んだり、簡易的だが骨組みを組み立てたりとヤコの細腕にすれば中々の重労働だ。
自分の他に働ける者を雇おうと考えもしたが信用の問題であまり気が進まないのと母達を奴隷商から取り戻そうと考えたら少なくない金銭が必要になると思い断念した。
下手をすればもう既に母も姉もどこぞの相手に買われているかもしれないのだ。そう考えると更に多くの金を積む必要になるだろう。急ぎたい気持ちもあるが焦りは禁物、節約と貯金は必須だ。
「少し見ててもらってもいい?そう、うん!ありがとう」
近くの仲間に少しの間店の番を任せてヤコは村の中へと足を踏み出した。
村の住民達に瑠璃色の翼を持つ大きな鳥を見ていないか尋ねて回るヤコであったが収穫は無い。
30分ほど歩き回った頃だろうか、ヤコはとある人物を見つけ思わず木陰に身を隠してしまう。
視線の先には幽鬼のように虚ろな目をした村長の息子であるカーリー・スノッヴが真っ青な顔で立ち尽くしていた。
(あの人、いっつもバジルちゃんに嫌がらせしてくるから嫌いなんだよね。早くどっかに行かないかな…うん?)
目を凝らすとその手に何やら赤い染みの出来た小袋を手にしていた。
それが何なのか暫く考えていると自慢の白く長い耳がボソボソとした『音』を拾った。其方に注意を向けるとどうやらそれがカーリーが呟いている声だという事に気がつく。
「あんなに居るだなんて…聞いてないぞ。ハア…ハア…、オイ、ヘンリー何処にいやがる」
よく見れば魔力切れの症状だと分かる顔の青白さと夢遊病患者のように覚束ない足取りも相まってその様子はまるで屍人のゾンビであった。
(なんか不気味だし見つからないうちにさっさと戻ろう。もしかしたらフェンも帰ってきてるかもしれないし)
そろそろ店番を任せた者も痺れを切らしている事だろうし自分の店に戻ろうとヤコ腰を上げた時であろうか…。
俄かに村がざわめき始めたのだ。
♢
獣人ヤコが様子のおかしいカーリー・スノッヴを見つける少し前。
アンデルセンは昨夜ヤコから聞いた話を頭の中で思い浮かべ、件の豪奢な作りの馬車へと向かっていた。
片目に掛けられた魔力を視覚化するモノクルを指で押さえながら荒っぽく歩みを進めるアンデルセンの眉間には年月によって刻み付けられたものとは別に深い皺が寄っていた。
(街から街、村から村へ旅をする行商に危険は付き物だ。だがヤコの言う通り今回の旅はやけに魔物の襲撃が多かった様にも思える)
気のせいかも知れないしそうではないかもん知れない。
アンデルセンはこの商隊の中でもかなりの古株であり、ある程度この集合体を管理する権限も持っている。
ならば当然旅の安全に気を配るのも彼の受け持つ責任の1つだ。
気になっている事とはヤコの聞いたという楽器の演奏だ。
アンデルセンはその演奏を聴いていない。キャラバンを進めている最中アンデルセンの馬車は先頭近くを進んでいるのに対してヤコ達は新米と部外者…もとい客人達ということで後続の方に位置している。それだけ距離が離れていてば細やかな楽器の音など、馬の蹄が地面を蹴る音や馬車の車輪が転がる音にかき消され聞こえるはずもない。
休憩の際は様子を伺いもしたがその時は静かなものだった。
勿論旅の道程での歌や踊りは愛される物で、普段ならばそんな些事は一々気にも止めないのだが今回だけは少しだけ様子が違っている。
王都からの使者だという一団。アンデルセンはどうにも彼等の事を信用出来ずにいた。
使者達の目的は王都へアントリウム兄弟の弟の方を連れ帰る事で、この事は数年前に説明を受けている。以後何度か旅を共にしてるがその度にあの忌々しい女男に追い返されているらしい。
同じ旅路を歩む事でお互いの信頼関係が構築されるのがキャラバンというものなのだがあの一団に関してはそうでは無いようだ。
旅の最中顔を合わせる事も会話をする事もあるが幾度その回数を重ねても彼等の心の中に我々はいないようだった。
特にヘンリー・マグレガーと名乗った男。奴は特に異質だ。
会話をすれば唯一笑顔で対応してくる男だがその表情は貼り付けたかのように胡散臭く真意は分厚い仮面に覆われていてこの老骨にしても見通すことが出来ない。
我々が『胡散臭い』、そう感じることさえ理解しているような態度を嬉々として演じている奴を誰が信用できようか。
あの兄弟からには今回の面会が最後だと聞いている。
最後、それがどういった意味を含んでいるのかアンデルセンには分からないがどうにも長年育ててきた己の感が警鐘を鳴らしていた。
勘違いならば良いのだ。それならば老いぼれの感が鈍った程度の認識で済む。だがそうでなければ?。
魔道具売りアンデルセンには責任がある。それはキャラバンを管理し守る者の責任ともう一つ、兄弟の祖父である男の友人だという責任だ。
能無は好かん。それは紛れも無い事実であったがあの男に受けた恩を思えば儂の気持ちなど些細なことだ。それに…。
どれだけ悪態を吐こうが折れない奴を、「バジル」という男を少しは気に入ってもいる。
我ながら面倒な性格をしていると失笑しながら歩いていると、考え事をしている間に使者達の馬車達の停留している場所に着いてしまっていた。
そして耳を済ませば確かに不気味な演奏が聞こえる。
今まで停留の際聞こえなかった物が聞こえるのはもう隠す意味もないという事なのか、それとも本当にただの思い過ごしなのか。
その答えは既にアンデルセンの魔望鏡が映し出していた。
楽器の演奏と共に薄い桃色の魔力がジワジワと漏れ出しているのだ。魔力の残滓自体は世界に溢れている物という事もあり注視するまで今まで気づかなかったがこれだけハッキリと答えを見せられれば嫌でも分かる。
正体が分かってしまえばこんな物が今までの道程で垂れ流され続けていたという事実にも当然気付いてしまい顔から血の気が引いた。
アンデルセンは丁度、今回の行商でこれに似たものを扱っている。
辺境の村ならば狩をして糧を得ているだろうと考え仕入れた獣を引き寄せる音を出す笛、「狩笛」とも呼ばれる実に有り触れた魔道具だ。
今目の前で使用されている物はそれと同じ種類の効果を持つ魔道具なのだがその危険性は全く違う。
狩笛が引き寄せるのは鹿や猪などの獣に過ぎないがこの音色が誘っているのは魔物と呼ばれる体内に魔石を宿した獰猛で危険な生物達であった。
『贄の魔笛』
それがこの魔道具の名前だ。
その危険すぎる効果からアンデルセン自身も現物は見た事がなく、資料で読んだ知識しかないがその情報と、重ね合わせた結果が真実を告げている。
「これはマズイ」そう思ったアンデルセンは開拓者達への報告と危険を知らせるためにこの場を静かに後にしようとするが時は既に遅かった。
振り返るとそこにはヘンリー・マグレガーの横に控えていた男が立っている。
俯いていてその表情は伺えない。
(此奴は…確かペインと言ったか?何にせよどうにか誤魔化して逃げなければ)
内心で呟いたアンデルセンが長年の商売で身につけた口八丁を披露しこの場を切り抜けようとするがその口から言葉が出なかった。
「…?」
疑問に思い改めてペインという若者を見ると何故か随分と自分の目線が低くなっているような気がする。
その事を知覚した瞬間アンデルセンの意識はプッツリと途絶えてしまい再びその目が世界を映すことはなかった。
ペインはいつのまにか抜き放っていた西洋剣を鋭く振るい絡みつく液体を払った後鞘へと納めると何やら騒ぎが起き始めている村の方向へ視線を向ける。
無骨な西洋剣はジャケットとブーツに合っていないチグハグな印象を受けるが本人は気にした様子もなく肢の部分を撫でていた。
ドサリと何か重い物が倒れたのはそれからすぐの事である。
それは水袋か何かだったのだろう、多量の水が流れ出す音を響かせているのだった。




