1話 始まりの決闘
魔物達に蹂躙され荒れ果ててしまった故郷の村。
辺りには逃げ遅れた住民や丁度立ち寄っていたキャラバンの人間の死体が転がっている。
無惨にも食い散らかされ片腕や足が欠損しているもの、最早身元の判別がつかない状態になってしまっているものと様々だったがその中に自分の1番大切な人間の姿が見当たらない事に取り敢えず安心して目の前の存在に意識を向けた。
右目から鮮血を滴らせ残った片方から怨嗟の視線を俺へと向けるのは人の力が遠く及ばない存在。
人間やその他有象無象の魔物達を大きく上回るその膂力。
生ぬるい太刀筋の剣や魔法や弓を一切通さない鱗の鎧を身に纏ったその体躯。
格下の存在を問答無用で威圧する己が絶対的な上位種であると知っているその眼光。
一度振るわれれば簡単に他者の命を刈り取る強靭なその爪や牙。
翼を広げる堂々たるその姿は矮小な存在である自分とは何もかもが違う。
『竜』
正確には数ある竜種の中の一つに過ぎないのだが生物の王たる存在の系譜である事には変わり無く、己の死を感じさせるには充分だった。
目の前には絶対的強者であるドラゴン。そして周囲にはまだ村を襲ってた他の魔物達がウヨウヨしているのに対し俺はたった1人その絶望の中立っている。
増援など望めるはずもなく、頼りになるのは腰に下げた古びたリボルバー式の拳銃だけだ。
一応御守りがてらいつも所持しているコンテンダーと呼ばれる少し特殊な拳銃もあるにはあるがどちらにせよこんな物で竜を相手取るなんて冗談でしかない。それこそ酒場の下品なジョークにも劣る。
…本当に笑えない。
だけど。こんなどうしようもない状況だけど。『俺』には死ぬわけにはいかない理由がある。
あいつが立派に成長した姿をこの目に収めるまで絶対に死ねねえ。
なんて言ったって『俺』はあいつの…。
『家族』で『兄』で『母ちゃん』だからな!!!。
♢
金属を弾く高い音が響き白魚の様なその指先から一枚のコインが空へと舞う。
回転しながらコインが高度を上げていくようすがゆっくりと、まるでコマ送りの動画みたく見えるのはきっと、この一定の距離に立ち向かい合う男女が漂わせている緊張感が原因だろう。
片や漆黒に輝く美しい髪を腰まで伸ばし力強い光を目に宿した美女。
気の強そうな雰囲気や首に付けたチョーカー位しか洒落気のないその姿からどこか野性味や粗暴さを感じさせる彼女だがそれらは所詮彼女の美貌を引き立てるスパイスでしか無く一層にこの場で輝く要因になってしまっている。
片や黒髪の女性と同年代くらいの赤髪の少年で、鋭いその眼光は射殺さんばかりに彼女の端整な顔へと向いていた。
彼も見てくれはそう悪いものでは無いのだがいかんせん目つきの悪さと成金趣味な服装のせいで台無しになっている。
一見共通点の見当たらないこの2人だが腰に、所謂ガンベルトと呼ばれるものを巻いていると言う点だけは共通していた。
しかしそこに収められているものはお互いまるっきり違う。
美女の方はそのベルトに見合った、けれど凄艶なその姿とは縁遠い無骨なリボルバー式拳銃が。青年の方は装飾の施された木の棒の様な物がそれぞれ収まっていた。
一応女性の方はもう一つ別にホルスターを吊っているがそちらには手を伸ばしていない。
青年の方は何の冗談かと言われてしまいそうだが、その場にいるギャラリー達は等しく美女の方へと嘲笑を向けている。
それが何故なのかはこの後すぐに答えが出た。
いよいよコインの放物線が頂点に達した事で空間を満たす重く鉛のように絡みつき緊張感もピークになる。
コインが落下を始める。
コインが地面へと近付く程に世界から何かが剥がれ落ちていくのを感じた。
初めは周囲の風景が。
次に音が、色が、匂いが、温度が、順番に消えてゆく。
その中でお互いの正面に立つ相手だけが白く染まったこの世界で自分と寄り添える唯一の存在であると錯覚しそうになるがそれだけは断じて「否」と答えられた。
極限の集中状態の中ゆっくりと落下を続けるコインが落ちた時その音色が福音になるかはたまた終わりを告げる晩鐘となってしまうのか。
それに答えられる者などいるはずも無くこの世を統べる神にさえも答えられない。
ほら、そんな事を言っている間にも刻一刻とコインは地面へと吸い込まれて行く。
コインが地面に触れ指に弾かれた時と似た音を響かせた瞬間。
世界が弾ける。
温度を、匂いを、色を、音を取り戻した世界で彫像のように微動だにしなかった2人は爆ぜた様に動き出しホルスターからそれぞれの得物を引き抜いた。
決闘。それが今まさに決着がつこうとしているこの光景の名だ。
野蛮な風習ではあるが今の時代己の力を誇示するのにこれ以上の物は存在しない。
自らの力しか頼りにならないこんな辺鄙な地域では往々にして決闘が執り行われているのが日常である。
もう少し栄えて法律の整備された場所では違うのかもしれないが法の番人達の目の付かない地域の方がやはり多いわけで力の強いもの達のほうが幅を利かせてしまうのは仕方のない事なのかもしれない。
話が少し逸れてしまったので2人の戦いに意識を戻そう。
同時に得物が引き抜かれたと言ったが少し訂正すると女性の方が反応が早く、青年がようやく棒切れを構えた頃には既に撃鉄を持ち上げ弾丸を放っていた。
直進する弾は空気を切り裂いて寸分の誤差もなく青年の眉間へと吸い込まれて行く。
この弾丸が決闘に敗北した青年の頭を貫通し無惨に脳漿を撒き散らす事になるのだろうと誰もが思うに違いないだろう。
しかし周囲の女性をあざ笑う視線に変化は無く、早撃ちで圧倒的に負けている筈の青年でさえ余裕の笑みを崩していない。
いよいよ弾が青年に到達するかという距離に近づいた瞬間「キィ…ン」ガラス細工が割れた様な甲高い音が響き渡った。
地面に転がる潰れた弾丸を目にし片方の眉を釣り上げる女性を見て青年は満足そうに笑みを深めながら緩慢な動作で手に持った装飾が施された棒を美女へと向け呟く。
『炎弾』
呟きと同時に棒の先端から拳大の炎の塊が生み出され凄まじい速度で女性に向かって発射された。
「っ!!」
炎の弾丸は女性の肩に命中し弾けて消失したがその衝撃はかなりの物だったようで華奢な体は簡単に後方へと吹き飛ばされてしまった。
肩を抑えながらゴロゴロと転がり砂埃に塗れる女性の姿を見て青年は勝鬨を上げる。
「この決闘!俺様の「俺の勝ちだな!!」!!」
青年に被せるように声を上げたのはぼろぼろになりながらも立ち上がり満面の笑みを浮かべているたった今吹き飛ばされた張本人である女性その人であった。
♢
「なんでお前の勝ちなんだよ!!!俺様の魔法食らってぶっ倒れてたじゃねえか!!」
「その前に俺の弾がカーリーの魔障壁に届いてました〜それが無ければ今頃カーリーの頭は潰れたトマトなので俺の勝ちです〜」
口を尖らせながら女性にしては若干キーの低めの、男性なら高めのハスキーボイスを響かせる姿は実に愛らしい。
ギャラリー達の彼女を見つめる視線もそれに相応しいだらしが無い物かと思いきや何とも苦々しげというか何というか…言葉にし難い表情をしている者達が多い。
気のせいか決闘をしていた女性や青年と同世代のもの達ほどこの傾向が強いように思える。
「ならお前も魔障壁貼ればよかっただろうが。それなら少なくとも引き分けにしてやったのによ」
怒り顔から一転ニヤニヤと嫌らしい表情を貼り付けるカーリーと呼ばれた青年がそんな事を言ってくる。それをみた女性の方はと言うと呆れたように額に手をやりながらため息をつく。
「カーリーお前…俺が魔障壁どころか魔法も使えない事忘れちまったのか?その若さで物忘れが激しいなんて可哀想に…」
わざとらしいその仕草に再びカーリーの額に血管が浮く。
「出来ねえ事を自信満々に言ってんじゃねえよ能無の癖に!!」
「ノームじゃありません〜他の人と違って体に魔力が無いだけです〜」
「それを能無って言うんだろうが!!あとその喋り方ムカつくからやめろ!!」
「俺は他人とは違う選ばれし者」
「前向きか!!蔑称だからなそれ!!!」
興奮するカーリーの言う通り「能無」とはこの世界で稀に産まれてくる魔力を全く持たない人間の事を指した蔑称である。
魔法文明が発達したこの世界で魔力を持たない彼等は開発された便利な魔法道具の数々を使う事が出来なかったりノームを蔑み率先して虐げようとする人間が多かったりと日常生活を送ることさえ困難な事が常である…筈なのだが。
「バジルちゃんてあんな性格だからイジメがいないよね」
「なー、てかリーダー仲良すぎじゃね?毎回毎回わざわざ絡みに行くしまさか…」
「そんなまさか…いや待て、リーダーの初恋って知ってるか?何でも小さい時に森であった黒髪長髪で赤い目をした大人の女って話だったんだけど」
「…バジルちゃんて黒髪で、長髪で、目え赤いよな」
「あいつの母ちゃんは確か金髪だったらしいし…まさか幼き日の初恋の人とバジルちゃんを重ねてるんじゃ」
「「ありえる」」
ギャラリーの中のカーリーの取り巻きらしい2人が好き放題言っている。それをしっかりと聞いている本人が般若のような顔で振り返る。
「てめえら後で俺の新しい魔法の実験台な」
「「げ」」
「というかてめえらも知ってんだろうが!!!こいつが…」
ビシッと指を刺された本人の女性は不快そうにしながらそのピンと伸びた指先を拳銃の持ち手の部分で軽く殴るとカーリーは口を噤んで蹲ってしまった。
「て、テメエ何しやがる…」
突き指した部分を大事そうに抱えながら睨んでくるがその目に涙が滲んでいるためまったく迫力がない。
「お得意の魔障壁を張れば良いじゃねえか」
「杖持ってなきゃ貼れねえんだよ!!!テメエもそのくらい知ってんだろ!物忘れ激しいのか!?」
「成る程暗殺は有効と…」
「村長の息子に暗殺するとか軽々しく言うな!!!」
「仲良いな」「なー」
「テメえらは黙ってろ!!!」
何とも騒がしいけれどこの男、カーリー・スノッヴがこの村の長の息子というのは本当だ。それにノームが蔑まれ虐げられる存在であることも。
この村の生まれではない彼女もまた幼い頃ここへ来た時その洗礼を受けた。
決闘を申し込まれたりと目をつけられているとは言えカーリーやその他の住民達と軽口を言えるくらいに打ち解けるにはそれなりの苦労もあった。
まだ全ての確執が払拭されたとは言えないけれど彼女以外のノームに比べたら雲泥の差といえるくらいの周囲の環境を形成できたのは彼女の竹を割った様な性格に寄るところが大きい。
喧嘩が始まりそうな3人を見てクスリと笑い女性は肩をさすりながら自宅へ戻ろうとするとそれを見つけたカーリーが再びがなり立ててきた。しかし彼女の反応は素っ気なく、手をヒラヒラと振るだけであった。
「今日は行商人のキャラバンが来る日だし文句はそん時に言ってくれや」
カーリーがどうせ来ることは分かっているのであえて聞かない。
今は取り敢えず肩の治療をしたい女性はさっさとその場を後にしようとするが去り際にふと訂正しなければいけない事を思い出し再度振り返る。
「トリル!カーター!」
この場で始めて名を呼ばれた取り巻き2人がカーリーへの平謝りを中断してこちらに視線を向ける。
「名前を呼ぶのは構わねえけどよ「ちゃん」付けはやめろよな」
ニヤリと笑いながら回転し駆け出す彼女は…いや彼は大きく手を振り上げ叫んだ。
「俺は『男』なんだからよ!」
嵐が去った後に残されたのは何とも言葉にし難い表情を浮かべた3人だけだった。いつのまにかギャラリー達も散ってしまってい閑散としている。
「知ってんだよそんな事…」
因みに、呟くように溢れたその言葉を吐いたトリルの初恋は幼き日の男であったとさ。
後書きに何を書いたら良いのか分かりません!!!!!!!!!。
読んでくださり有難うございました!!!!!!!!!!!!!。