ドラちゃん、火も吹くみたいです。
僕が膝の上に載せていた鞄から、ドラちゃんがぴょっこり頭を覗かせていた。ヘイズの目が皿のように開かれている。
「お。お、おおお、おお?」
おお、驚いてる。と思っていたらヘイズは僕を部屋の隅っこに引きずっていった。
「どういうことなんだ、これは」
「色々と、事情があって」
「事情って何だ!」
ヘイズが僕の胸ぐらを掴んで凄む。
「ちょっと、バルドーが嫌がってるよ」
「うるせぇ、黙ってろ!」
おいおい、ドラちゃんを怒らせちゃったらどうするんだよ。デカブツ猪を一撃で圧したの、彼女なんだぞ。
「ったく、こんなもん拾って来やがってこのバカ! どういうつもりなんだよ!」
「ねぇ、バルドー放してってば」
「ただでさえ目ぇつけられてるってのに、フォローしきれなくなるだろうがっ」
「ねぇってば!」
ドラちゃんの声も険を帯びている。
「さっさと捨ててこい、こんなの!」
「いい加減に、しろ~~!」
ドラちゃんの怒声と共にオレンジ色の炎が口から噴き出す。それはヘイズの前髪を焦がして、窓をぶち割って遠くまで飛んで行った。わお。ファイアボール!
僕もヘイズもびっくりしちゃって目が点になっちゃった。
「バルドーはボクが拾ったんだ! ボクのなんだからね!」
ドラちゃんのひと声。
ヘイズはサッと手を離して、僕の後ろに隠れた。
◇◆◇
机の上でドラちゃんがお茶請けのクッキーを摘まんでいる間、僕とヘイズは壁際に椅子を寄せてこそこそ話している。ドラちゃんは相当怒ってたんだけど、ヘイズが僕の弟だって知って、許してくれる気になったらしい。大部分はクッキーのおかげ。ちょろいんだ、ドラちゃん。
ヘイズと僕とは同い年、父親が同じな異母兄弟。一緒に育ったわけじゃないし、兄弟だってことは後から知ったんだけどね。僕はある事情で家を出て、ヘイズは最初から家には入れてもらえず、今はまた別の女性が産んだ弟が跡を継いでいる。
フクザツな家庭だって? 友人だって言ったのは嘘じゃないかって?
そうかもしれないね。でもそんなこと、どうだっていいんだよ。
問題はそう、コイツが冒険者ギルドのギルド長だってことさ。
「バルドー、お前、あのドラゴンに拾われたって?」
「うん、そう」
「どういうことなんだ……」
僕がドラちゃんと出会ったいきさつを話すと、ヘイズは頭を押さえて唸っちゃった。
ちなみに王都を飛び回ってたドラゴン、白金だったじゃない? ドラちゃんってさ、カッパードラゴンだけど、プラチナドラゴンの養い子なんだってさ。兄弟のお見送りだったらしいよ、あれ。
「…………っ!」
「まあ、そんなわけで、今あの子は僕の家にいるんだ」
「……帰ってもらえないのか」
「無理じゃない?」
だって、ドラちゃんは人間の世界を見て物語を作るのが夢なんだもの。
「いや待て、たった一匹でここに来たって言うなら、隙を見て……」
外道かよ。
「バルドー」
「やだ」
「お前の毒で」
「やだってば」
僕はもう、ただの薬屋さんなんだってばー。
「バルドー! ……王国の危機なんだぞ?」
「だったら尚更だろ。ドラちゃんを傷つけるな」
ヘイズは声を荒げ、「しまった」という顔をして囁き声に戻した。ドラちゃんは……気にしてないな。よし。
ヘイズの言いたいことも分かるよ?
いつ暴れ出さないとも限らない強いドラゴンが町にいて、仲間を呼ぶかもしれないんだ。一匹だって脅威なのに、五匹も六匹もやってきたら、それこそ国がなくなる。
でも、僕はもう知ってしまっている。
ドラちゃんにも人間と同じように感情があること。
そしてそれはきっとドラちゃんの家族のドラゴンも同じだ。なんたってここまで見送りに来るくらいだもの。感情があって、同じ言葉でコミュニケーションが取れるんだ。だったら、排除するより分かり合おうと努力すべきだ。
つまり、ドラちゃんを殺すより味方にした方が絶対にいいよって話。
僕が彼女に肩入れしてるっていうのもある。けど、首尾よくドラちゃんを殺せたとしてその後は?
ドラゴンの寿命ってね、すごく長いらしいんだ。
ドラちゃんを殺すのに何人必要かな? その全員が誰にもバラさずに一生を終えられるかな? 老後にポロッと漏らした一言が原因で王国壊滅とか、絶対にないとは言い切れないんだよ、ヘイズ。
「……全員の口を封じればいい」
「じゃあ僕からやれよ。今なら何の準備もしてないから、簡単に死ぬよ?」
「俺に死ねと!?」
じゃあやっぱり無理じゃない?
僕めっちゃ邪魔するし。めっちゃ邪魔するしね!!
「バルドー、このことは他には?」
「まだお前だけ」
「そうか」
結局、王都へはヘイズから報告することになった。ドラちゃんのことはできるだけ保護する方向に持って行けるよう説得してくれるって。頑張れよ、ヘイズ。王都の未来はお前の双肩にかかっているぜ!
「他人事みたいに……」
他人事ですし。
「嘘つけ! 完全にお前の事だよ!」
「なんのことやら」
「けぷっ! バルドー、もう終わった~?」
そのとき、痺れを切らしたのかドラちゃんが僕に話しかけてきた。暗に「帰ろう」と催促している。しかし……お茶請け全部食べちゃったのか。結構量あったよね。
「ドラちゃん、食べ過ぎ。女の子なのにすごいお腹になってるよ」
「ドラゴンだからい~んだもん」
「そう? それにしても重そう」
「ひどいやバルドー!」
僕がドラちゃんのお腹を撫でていると、恐る恐るといった感じでヘイズが声をかけてきた。
「そのドラゴン、メス、なのか」
「そうだよ~」
ドラちゃんが肯定する。
僕は人間に変身した姿を見ているから知ってたけど、ドラゴンの姿からじゃ想像がつかないよね、普通。
「そ、そうか……何歳?」
ナンパかよ。
恥じらうそぶりを見せるドラちゃん。
「やだ~、女の子に歳を尋ねるなんて~」
「いや、ドラゴンだし。さっき自分で言ってたでしょ」
「バルドーってば、も~! イジワル!」
「ははは」
「あはははは!」
和やかになったところで帰った。
「うおおおおっ、俺にどうしろってぇんだよぉおお~~!」
ドアの向こうからヘイズの叫び声が聞こえたけど帰った。