ドラちゃん、変身できるみたいです。
ドラちゃんは水浴びが気に入ったみたいだ。いつもはどうしているのかって聞いたら、砂を浴びているんだって。面白いね。
タオルで拭き上げてから、うちの主力商品でもある薬草茶を二人分淹れた。季節によってブレンドを変えていて、そろそろ暑くなってくるから、ここに少し清涼感を加えたいところ。ミントもいいけど柑橘もいいなぁ。
「お茶、おいしいねぇ。バルドーってばお茶屋さんなの?」
「うーん」
「じゃあお薬屋さん?」
「そう、だね……。主に薬を取り扱ってるよ」
「すごいんだね! 良かった、ボク、バルドーについてきて! 全部見せてね、色々教えてね、ボク、知りたいんだ! いっぱい、いっぱい、いーっぱい!」
ドラちゃんは何にでも興味津々だった。僕、教えるのってあんまり上手じゃないと思うんだけど、ドラちゃんはとても楽しそうに聞いてくれた。これが後々、彼の創作の役に立つのだろうか。もしそうだったら、嬉しいなぁ。
その日はすっかり話し込んでしまって、晩餐は余っていたパンと牡蠣のオイル漬け、庭から引っこ抜いてきた小さい赤カブのサラダ、干し肉、ナッツで済ませてしまった。
体を拭いてベッドに潜ると、ドラちゃんも入ってきた。
「いっしょに寝よ!」
「いいよ……狭くない?」
「うん!」
そう言うとさっそくすぅすぅ寝息を立てるドラちゃん。くるんと丸まってネコみたい。触るとじんわり温かくて、鱗も心なしか柔らかくなっているみたいだった。
夜はずっとひとりで過ごしていた。誰かと一緒に寝るなんて、子どもの頃以来だ。こんな温もりなんて、もう覚えていなかった。
「おやすみ、ドラちゃん。……ありがとう」
この言葉が一番ふさわしい気がして、僕はひとり満足して寝た。
◇◆◇
毎朝、僕はお風呂に入った後、朝と昼のためにパンとデリカを買ってくるのを日課にしている。今日もそうしようと思ったのだけど、ドラちゃんが一緒に行くって言ってだだをこねている。
「ボクも行く、ボクも行く、ボクも行くよぅ、あ~~ん!」
そんなこと言ったって、例えネコサイズでもドラゴンが町中を闊歩してたら大騒ぎになっちゃうよ。騎士とか出てきて槍で刺されちゃったら嫌でしょう?
「やだやだ~! うぇ~っ!」
「せめて人型だったらなぁ」
誤魔化しもきくかもしれないのに。
そう、ポロッと言ってしまった。そうしたら、背中が痒いみたいな動きでモゾモゾしていたドラちゃんが飛び上がってきた。
「わっ!?」
「ニンゲンだったらいいの? いいのっ!?」
「え……」
僕はゾッとした。
ドラゴンが人型になれる……?
そんなことが可能なら、もしかして、彼らはすでに僕たちの世界に入り込んでるかもしれない。おとぎ話や伝承でしか詳しく知らない、遠い土地で見かけたっていう噂を聞いたことしかない、神様と比肩しうるほどの強大な存在が、実は身近にいたかもしれないなんて……!
「ま、待って、ドラちゃん……」
「よし、じゃあ変身するよ~っ、はぁっ!」
「っ!」
僕は眩しさに目をつぶってしまった。
開けていたら何が起こったのかが分かっただろうに。
でも、分からない方が良かったのかも?
目を開けたら、机の上には散らばった鱗と、ネコサイズの女の子がいた。すっぽんぽんで。
っていうか……おんなのこ……女の子!?
「ドラちゃん、きみ、きみは……」
「えっへん! どうだ~!」
「女の子だ~~!」
ネコサイズだけど、体の作りはまるきり子どもじゃなくて、そこそこ出るとこは出ていて引っ込んでるとこは引っ込んでて、僕は目のやり場にとても困ったのだった。
「とにかく、服なんかないからタオルでも巻いてて」
「は~い」
早く行かないとお風呂の時間が終わってしまう。かと言って、ネコサイズのドラちゃんを連れ歩くことなんてできない。サイズの前に女の子だからね。やっぱりそこは気にするべきところだよ。
「後で一緒にお出かけしよう」と約束をして、何とか手を離してもらった。ひらひらと手を振るドラちゃん。髪の色は鱗と同じ輝く銅、瞳の色もドラゴンの時と同じく不思議な蜂蜜色。目がクリクリとして大きい、すごい美少女だ、あのサイズでなければ。
というか、「買い物には連れて行ってあげる」と言ってしまったけど、実際問題どうしよう。抱えて行くにしても、フードに隠すにしても、裸の女の子なんだよ!
ドラちゃん……メス、だったんだねぇ……。ドラゴンの雌雄なんて、僕、わからなかったや……。
「もう聞きました? ドラゴンが飛んできたんですって」
朝からヘロヘロになりながらお風呂屋さんへ向かう僕の耳に、ドラゴンという単語が刺さってギクリとした。ハッと立ち止まって会話の主を探す。いた、野菜売りのおばさんたちだ。
「あの、すみません! そのお話、詳しく聞かせてください」
おばさんたちは顔を見合わせて首をかしげた。
「二日前のことよ、白金に輝くドラゴンが五匹も六匹も王都へ飛んできて、お城の周りをぐるぐる回ってたんですって」
「そのせいで王都は出入りできなくなって、馬車は足止め、商売あがったり!」
「あんまり数が多すぎて、騎士団も動けなかったんですって」
「結局、火を吹くでもなく、城を壊すでもなく、しばらくしたらどっかへ飛んで行っちゃったんだってさ」
……良かった。いや、良かった、のか?
ともかく噂はドラちゃんのことじゃなかった。それだけは本当に安心した。
僕は野菜売りのおばさんたちにお礼を言って、お風呂屋さんに急いだ。




