僕の家、気に入られたみたいです。
デカブツ猪は、ただデカいだけじゃなくて牙も鋭くて気も荒くて、柵は壊すし野菜は食い散らかすし、飼ってた鶏とか食べられちゃったりで村の人はほとほと手を焼いていたんだって。
とはいえ、僕はこのトビト村へは仕事のために来ていただけだったから、直接被害に遭ったことはないんだけどね。さっきいきなり飛び出してきたときに轢かれそうになったくらいで。
……あれ?
それってけっこうオオゴトだね?
デカブツ猪をどうしようかと思ったとき、ドラちゃんが「食べたい」って言ったから、お任せすることにした。あっ、けっこう大胆に解体するんだね。
「終わったよ、バルドー。肝臓ゲット~!」
「ああ、食べるのは内臓なんだね……」
「うん。残りは要らないや」
逆さ吊りにして頭を落とすなんて、手慣れてるんだねドラちゃん。肝臓以外は捨てちゃうんだね。というか、やっぱり生で食べるんだね? すごい臭いに僕、吐きそうなんだけど。それと、今更ながらさっき上着の肩をつままれて釣り上がらなかったの、相当デリケートに扱ってもらってたからなんだって気づいたや。ありがとうございます!
ともかく、村に戻った僕は、猪を吊した場所を村の人に教えてさっさと家に帰った。詳しい事情を聞きたいみたいだったけど、悪いね、僕は目立ちたくないんだ。上着にドラちゃんを隠していたしね。
預けていたロバに乗ってポクポク帰る道すがら、鮮やかな夕日を鱗に受けながら、ドラちゃんが話しかけてきた。
「ねぇねぇ。どうしてさっき、逃げるようにして村を出てきたの? 村の人たち、感謝してたみたいだったよ」
「ん~」
難しいことを聞く。
そもそもあの猪は僕が倒したわけじゃない。だから、彼らの感謝を受け取るのは僕じゃなくてドラちゃんなのだ。でも、ドラちゃんを紹介するのもちょっと……ね。
きっと大騒ぎになるだろうし、毎日人が詰めかけるだろうし。珍しい存在だから、研究者もわんさかやってくるかもしれない。それだけじゃない、ドラちゃんが小さいのをいいことに、攫ってペットにしようとするヤツ、殺して剥製にしようとするヤツ……そんなとんでもない連中を招いてしまうかもしれない。
そうはならなくたって、村人たちに「守護神様じゃ~」なんて崇められて、ベッタリ頼られたり村おこしの話題作りにされちゃったら嫌じゃない?
そんなことをポツポツ話すと、ドラちゃんは感心したように鼻から息を吹き出した。
「バルドーって、賢いんだね~~」
そうかな。他のヤツは僕のこと、根暗って呼ぶけどね。
「ほら、着いたよ。ここが僕の家。町の外れにあるから、ここが町なのか道なのか分かんないだろうけど。まぁ、狭いところだけど、どうぞ」
「わ~い、お邪魔しまーす!」
「なんにもないけどね」
玄関を開ければ至る所に見える干した薬草の束、足元には酒に漬かった薬の原料、戸棚には完成品ときっちりケースにしまってある道具の数々。
入ってすぐ置いてあるのは二人がけのソファとカウンター。無理を言って大工さんに作ってもらった、僕の仕事スペース。もちろん人間はここからは中に入れない。カウンターを乗り越えれば別だけど。ここに寄ったのは、玄関に「開いています」の看板を下げるため。あと、村から持って帰ってきた虫カゴをカウンターに置くため。
「ここ、なに?」
「僕の仕事場、兼住居」
「バルドー、お店屋さんなの?」
「まぁね」
お店屋さんときたか!
間違いではないかな。主に薬を扱うからね。
「ドラちゃん、着替えてくるからちょっとここで座って待ってて」
「は~い」
今度は住居側の玄関に回る。小さな部屋で、ベッドと小さな机しかないような、ほとんど寝るための場所だけれど。ここで靴を脱いで、服を着替えて、内靴を履く。ドアを開けたら、仕事場だ。
普通の家には珍しい、背の高い丸太小屋で、夏場涼しく冬場は少し寒い。井戸と直結した水道や、薬を調合するための机と椅子。仕事場の内側にかけてある白衣を羽織って、僕はカウンターに待たせていたドラちゃんのところへ歩み寄った。
「お待たせ」
「バルドー! バルドー、ここすごいね! 見たことない物がいっぱいだよ! あ、もちろんどこも触ってないからね」
「ありがとう」
ドラちゃんをこの内側に入れるためには……、水洗い、かな。やっぱり。
「ドラちゃん、今いてもらってるのは、外から来たお客さんのための椅子なんだけど、内側に入るには体を綺麗にしなくちゃいけないんだよね……」
「そうなの?」
「うん。だから、その……洗ってもいい?」
「うん? えっ、バルドー、ちょっと怖いんだけど。バルドー? バルドー!」
ドラちゃんをむんずと捕まえて、でっかいシンクでワシャワシャした。最初はぴゃあぴゃあ騒がしかったけど、タワシでこすっている内におとなしくなっていった。
「はぁぁ~~、気持ちいい~~」
「痒いとこない?」
「な~い~~」
ドラちゃんの鱗は主に銅でできている。このツヤ、テリ、感触。間違いない。だから植物性のちょっと柔らかめのタワシを使ってこすっている。
「すごいや~~、バルドーお上手! すごい! テクニシャン!」
素直に喜べないのは、どうしてだろうね?