大団円みたいです。
王国歴568年。突如エステル王国を襲った蝗害であったが、かねてよりドラゴンと親交を結んでいた先王の子にして国王ヴァーリの兄、バルドーの活躍により難を逃れた。しかし、その成功を妬んだ彼の腹違いの弟であるヘイズの手により、バルドーは矢で胸を貫かれ亡くなった。
兄の死を悼んだ国王ヴァーリは、すぐさま逆臣ヘイズを捕らえるよう命令し、三日の後にはヘイズとその部下たちを一網打尽にしたのである。
ヘイズは磔にされ、生きたまま炎に投じられることになった。国を救った英雄を暗殺した主犯なのであるから当然である。国王ヴァーリが理由を尋ねても、かの逆臣は口を閉ざしたままであった。
いざ火が点けられようとしたとき、ドラゴンのいななきが空を覆った。そして、国王ヴァーリの前に現れたのは、上半身が人間、下半身がドラゴンという不思議な青年であった。彼は赤銅色の髪をした、無垢なる乙女を抱いていた。
「ヴァーリよ。私を覚えているか? お前の兄、バルドーである」
もちろん国王ヴァーリにはかの青年が誰だかすぐに分かっていた。王は喜びのあまり兄へと駆け寄り、すぐさま彼の無事を安堵した。
「ご無事でしたか、兄上」
「ドラゴンたちが私を助けたのだ。ヘイズのことは私が連れて行こう。お前に兄殺しをさせるのは忍びない」
「行ってしまわれるのですか、兄上」
「私はもう人間ではないのだ、ヴァーリ。人間の理を外れた者が、どうして人間と共にいられよう。民を頼んだぞ、我が愛する弟よ。これまで通り賢く国を治めよ」
言うが早いか突風が巻き起こり、皆が目を塞いだ。風が収まった頃には、竜人になったバルドーも、ヘイズの姿も跡形もなく消えていた。国王ヴァーリは兄の愛に涙し、そこにいる民を前に、これからも国を愛し、皆のために力を尽くすことを誓った。
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「アイツ~、よっくもこんなデタラメばっか思いつくよなぁ、バルドー!」
バッサと読み物をテーブルに投げ出し悪態を吐く逆臣ヘイズ。
いいじゃないか。僕なんか丸っきりアイツの引き立て役だぞ?
「俺が反論しなかったのだって、しこたま痺れ薬盛られて舌が麻痺してただけだぜ? クソ、腹立つ!」
「まぁまぁ。ヴァーリのヤツがお優しかったら、『生きたままなんて可哀想だから、先に殺してから焼いてあげましょうね、兄上』なんつって今頃あの世だよ、お前」
「今回ばかりはアイツの性格の悪さに感謝だぜ……。つーか、さっきの、いかにもお前が言いそうなことだよな、バルドー」
「なんだよ、やるのか? 今の僕は強いぞ?」
「あー、はいはい、俺の負けですよ~」
ヘイズが勝負を投げてふて腐れる。
そう、ヴァーリが書かせたあの読み物の通り、僕はドラゴンと人間の合いの子とでも言うべき竜人に生まれ変わったのだ。ちなみにヴァーリの前に現れてヘイズを連れて帰ったのも本当。僕が抱っこしてた無垢なる乙女っていうのはつまり、すっぽんぽんのドラちゃんのことだ。
ヴァーリの計略によって、僕とヘイズはいっぺんに葬り去られようとしていた。あのとき僕がアイツに言ったのは、「兄殺しをさせたくない」なんて薄っぺらい綺麗事なんかじゃない。
まず僕はヴァーリの背後を取って騎士団の動きを牽制した。
生き返りたてでイライラしていたのと、ヘイズたちを巻き込まれて頭にきていたのがあって、自分でもとても大人げなかったと思う。思うけど、ドラちゃんのミラクルがなければ普通に死んでたからね?
『選べよ、ヴァーリ。ここにいる全員殺してヘイズを王にするのと、お前の首だけすげ替えるのと、どっちがいい?』
『ば、バカなことを……。そんなことがお前にできるもんか……!』
『え? いくら赤子をさらって生贄に捧げてた狂った両親だからって、二人とそれに追随してた国民の約半数を毒殺した僕が、今さらお前らなんかの命を奪うのに躊躇するとでも?』
ヴァーリの悔しそうな顔はすごく見物だったけど、肝心のヘイズが王の座を拒否したせいで僕の目論見は外れた。けど、そのまま残るのも嫌だとヘイズがワガママを言うので、爪に引っ掛けて連れて帰ったんだ。
さて。僕が生き返った話は、僕がドラちゃんにプロポーズした直後に遡る。痛みと共に意識を失ってしまった僕だけど、何故か死なずに覚醒したのだ。目の前には泣いている女の子。僕より小柄なその子は、なんとすっ裸で、しかも……ドラちゃんにとてもよく似ていた。
『も、もしかして、ドラちゃん?』
『バルドー! うぇ~~ん!』
ドラちゃんが僕に取り縋って泣いて言うことには、僕は確かに一度死んだってこと。僕らを殺そうとした人間たち――ヘイズの部下に見せかけたヴァーリの手下――は、ドラちゃんが僕の喉元に食らいついて貪っているのを見て何もせずに逃げ出したらしい。
うん、まぁ。僕だって逃げるや。
そして、僕を食べたことでパワーアップしたドラちゃんは、とても大きくなった。変身したときのサイズがネコから普通の女の子になるくらいには。
けど、ドラちゃんは僕のことがどうしても諦められなくて、魔力の塊とでも言うべき鱗を全部、僕の体に埋め込んだんだって。そんなことして、ドラちゃん自身が死んじゃうかもしれないのに。失敗したら僕と一緒に死ぬつもりで、ドラちゃんは僕の蘇生を試みたんだって。
『だって、生きるのも死ぬのも、バルドーとが良かったから……』
そう言ってドラちゃんは照れくさそうに笑ったんだ。
いや~、男冥利に尽きるね。
まぁ、贅沢を言えばさ、僕としてはあのサイズのままが良かったんだけどさ……。抱きしめたときにジャストフィットするあの感じとか、シッポとか、お腹の鱗の撫で心地とか……。
「……変態野郎」
「うっさいな!」
ともあれ、ドラちゃんの鱗が生え揃うまでの間、僕は近況説明と、ドラちゃんとの結婚を認めてもらうためにプラチナドラゴンのねぐらに居候しているところ。ヘイズはオマケ。
僕は新たに得た力を使いこなそうとしているところで、ドラちゃんは今、念願の物語を作っている。
もちろん、出だしはこう。
『ニンゲン、拾いました!』




