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僕はやっぱり彼女を愛しているみたいです。

「わぁ~!」


 ドラちゃんが感嘆の声を上げる。

 バッタで霞む空の向こうには、六匹のプラチナドラゴンの姿があった。ドラちゃんのお兄さんたち、全員来てくれたんだ!


 それだけじゃない、王都にいるはずの軍隊や魔法使い部隊もいる。ヴァーリのヤツ、ちゃんと対策してたんだ。まだまだ子どもだと思ってたのになぁ……。


 弟の成長に感動しつつ、僕は冷静に状況を把握していた。ドラゴンたちの活躍で、バッタの群れはかなり小さくなっていた。もちろん、全部が全部死んだわけじゃなく、羽ばたきで散らされただけかもしれないけど。


 地上からはプラチナドラゴンたちの極光ブレスが、魔法使いたちの爆炎が、そして虫を燻す煙がもうもうと立ち上っている。エズラの方へ目を向ければ、ほとんど備えなんかしていなかったはずなのに、冒険者たちがこちらへ向かってきていた。


 ヘイズのヤツ、本当に慕われているんだな……!


 群れさえ小さくなれば、対処方法は増えるし後は何とでもなる。主要な農作物への被害が減るなら、それは成功と言っても良いだろう。こんな風に人間とドラゴンの種族の壁さえ越えて、皆が一丸となったら、天災にすら抗うことができるんだ。それは、なんて素晴らしいことなんだろう。


 僕は目頭が潤むのを抑えきれなかった。

 それが照れくさくて、わざと明るい声でドラちゃんに話しかけた。


「よし、もうすぐ殺虫剤も撒き終えちゃうから、合図したらエズラへ戻ってくれ、ドラちゃん」

「えっ、エズラに戻るの? もう?」

「もう、って言われても困るんだけどな……」

「だってお兄ちゃんたちブレス吐いてる! ボクも! ボクもやる!」

「あはは、待ってよ。今ドラちゃんが火を吹いたら僕が丸焦げだよ」

「ふみゅ~~~~! ボクもバルドーの役に立ちたいのにぃ~」


 ドラちゃんてば、お兄さんたちの活躍が羨ましいみたいだ。

 不服そうに鳴き声を上げてる。


「帰ろう、ドラちゃん。それで、また僕を手伝ってよ。まだやらなくちゃいけないことがたくさんあるんだ」

「そうなの?」

「そうだよ。ドラちゃんにしか頼めないことさ」

「……えへへ。なら、帰る!」


 僕らが向きを変えたとき、風を切る音がして、同時にドラちゃんの悲鳴が上がった。パタタッと僕のゴーグルに滴る血。


「ど、ドラちゃん!?」


 彼女の皮膜には穴が開いていた。ガクンと高度が下がり、また持ち上がる。無理をしているんだ!


「やったぞ! 当たった!」

「いや、まだだ! もっと射かけろ!」

「なっ……」


 カッと頭に血が上る。

 お前たち人間のために、ドラちゃんがどんなに頑張ってくれたか……! 自分たちが誰に向かって弓を引いているのか分かっているのか!


「この……、ぐぁっ……!?」

「バルドー!?」


 彼らを止めるため声を上げようとした僕の胸にも熱いものが突き立った。

 ドラちゃんの負担を減らすために、ベルトを外そうとしていた時のことだった。まるで胸に火が点いたかのように熱い。呼吸ができなくなって、力が抜けて、僕はダランと腕を投げ出した。


「仕留めた! これで手柄は全部、ヘイズ様の物だ!」

「そんな……! ヘイズ、よくもバルドーを……!」


 高らかに響く声。

 そんなバカな。ヘイズが僕を、裏切るはずない。

 違う、ドラちゃん。これは何かの誤解だ。違うんだ。


 その思いは声にはならず、僕とドラちゃんはそのまま小麦畑に落下していった。何度も転がり打ちつけられ、僕と彼女を結ぶベルトはちぎれてしまった。背中にしょった殺虫剤の噴霧器も、ゴーグルも、ガスマスクも、何もかも途中で無くしてしまった。


「ドラちゃん……」


 霞む視界の中、不自由な腕を伸ばした。

 せめて最期にひと目、彼女に会いたかった。触れたかった。


「バルドー……」

「ドラちゃん……! うっ!」

「ダメ、無理してしゃべっちゃ!」


 ペタリと僕の頬に当てられているのは、ドラちゃんの皮膜だろうか。それとも顔? 何も分からなくて笑いがこみ上げてくる。まさかこんな風に死ぬつもりじゃなかったんだけどな……。


「ね、ドラちゃん。ドラちゃんは……、僕のこと、好き? 僕を、大切だって、言ってくれる……?」

「当たり前じゃないか! バルドーはボクが生きてきて、初めて見つけた大切なヒトだよ! バルドーがニンゲンでも、ニンゲンじゃなくても、ボクはバルドーが大好きだ!」

「良かった……嬉しい……」


 あまり聞き苦しくないように、必死で絞り出した言葉。

 ドラちゃんの答えが嬉しくて、涙がこぼれる。


 さぁ、バルドー、ここが勝負所だ。

 残された時間は少ない、格好良く決めろよ……。


「ドラちゃん。君を、愛してる。どうか、僕を食べて欲しい」

「えっ? な、何言ってるの、バルドー? 嫌だよ!」

「ぐっ……! ダメか……。はは、一世一大のプロポーズ、だったんだけど、な……」

「そんなの、まるでキミが死ぬみたいじゃないか! やだやだ……そんなの、ダメだよぅ!」

「死ぬんだよ、僕は」

「!」


 ハッと息を吸い込む音がする。戸惑っているのだろうか?

 視界が効かない。ドラちゃんの綺麗な銅の鱗もぼんやりとしか見えない。それが辛かった。


「マスクが外れて、毒にも冒されているし、どのみちこの傷じゃあ、もう長くない。でも、僕のことは良いんだ……。僕はどうせ君より先に死ぬ。それが予定より早くなっただけ、だよ。でも、君は違う。君は……うっ!」

「バルドー!」


 溢れる血にむせて咳き込んだ僕を労るように、彼女の皮膜が優しく頬を撫でる。


「生きてくれ、ドラちゃん。それが僕の、一番の望みだから……」


 かん高い鳴き声がした。

 それは悲鳴だったのかもしれない。


 僕の最期の記憶は、悲しげなその声と、首に感じた鋭い痛みだった……。

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