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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第15話。疫病神の来訪

 鼻血はまだ止まらねえ。


「チクショウ……」


 あの女冒険者の野郎、ためらい無く俺の顔面に拳を叩き込みやがった。おかげで俺は鼻血が垂れないように鼻を押さえながら、例の花畑まで最低限の荷物と食い物を持ってトボトボと道案内するハメになった。安全な場所はそこくらいだ。


「通達。世間一般的な常識と照らし合わせて、女性に対する先程の発言はダグラス様に非があります。反省してください」


「殴りゃれたのに、ふぉれが悪いのかよ……」


 アイは俺を庇ってくれなかった。しかも何だか怒ってる気がする。

 俺は知らなかったが、どうやら家を訪れた女性に対してチェンジと言うのは最大級の侮辱らしい。しかも誰に理由を聞いても何故か教えてくれなかった。ふざけんな。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「ああ……殴りゃれるのには、ガキの頃に慣れてる……」


 女冒険者は二人の女の子を連れていた。一人はスカートの短い青白の服を着た利発そうな黒髪の女の子で、俺を気遣ってくれている。この子はミサキハンバーグサラダステーキ何とかと長い名前を名乗っていたが……こっちも絶対に偽名だ。


「スンスン……今のところ追手は来てないな」


 もう一人は麦わら帽子を被ったワンピースの女の子で、自分の体よりデカいリュックを担いでいる。見た目によらず力持ちだが、あの女冒険者にこき使われているようだから奴隷や召使いなのかもしれない。名前はハスキスーパードライとか何とか。


「もうじき夕暮れだ。夜の山は危険なので、魔女狩り部隊も今日はこれ以上動かないだろう。だがこちらは何をするにしても時間との戦いになる。もう少し歩くペースを上げろ」


 そして列の一番後ろにはクレア何とかという女冒険者が居た。俺の家から持ち出したホウキを使って、俺たち全員の足跡を消しながら後ろ向きに着いて来ている。

 凄腕かどうかは知らねえが、口は悪いし性格もキツいし手も早い。まったくロクな女じゃねえ。アイの方がずっと美人で可愛げもある。


「へいへい……」


 谷沿いの崖道を俺たちは一列になって進む。

 谷には50mほどの深さがあり、山側には壁のような岩肌がほぼ垂直にそそり立っている危なげな道だ。それでも余裕を持って荷車を引ける程度の幅はあるので、足を踏み外して落っこちる心配は無い。


「フン……。それで? その料理の出来はどうだった?」


「ダグラス様からは酷評を頂きました。紫色の食べる拷問と表現されており、その後は当機に料理作成の任務が課されることは、ありませんでした」


「他には普段、どんな事をしていたんだ?」


「清掃任務に関しましても、当機は十分な戦果を残せなかったため、以降はジョー様のお世話が主な任務となりました」


「さっき話していた犬か。可愛かったか?」


「当機はジョー様に対し、可愛いという感情を覚えたことはありません。ですが……定期的なデフラグを実行した際に、もはや不要であるジョー様の映像記録を削除することが出来ませんでした」


「じゃあやっぱり可愛かったんじゃないか」


 道中、アイと女冒険者はずっと話をしていた。意味の分からねえ言葉ばっかり出てくるのに、よく会話できるもんだ。

 しかも魔女狩り部隊の話はあっても泥のバケモンの話はほとんど無く、大抵はホルローグの歴史やら妖精の話やら、俺との生活やらのどうでもいい話ばっかりだった。


 俺はてっきり女冒険者が山を降りて逃げる手伝いをしてくれるのかと思ったが、逃げたところで問題は解決せず、指名手配犯になるだけだと言われた。

 たしかに上手く逃げおおせたとしても、この山以外で俺が食っていくには犯罪者にでもなるしかないだろう。そんなのはお断りだな。


「さて、そろそろ仕事の話を始めるか。分からないことがあったら聞き流せ」


 はあ?


「まずは依頼内容の確認だ。依頼人は墓守りダグラス以下略の妻。依頼内容は主人の疑いを晴らし、この集落全域で起こっている異変を解決してほしいとの事。報酬はダグラス夫妻が差し出せる物全て。これで間違い無いな?」


「待て待て、誰が誰の妻「肯定します。相違ありません」


「おい!?」


「肯定します。相違ありません」


 アイは力強く断言した。


「……じゃあもうそれでいい。報酬も、俺に出せる物はアイ以外なら何でもくれてやる」


「おっ」「わぁ……!」「ふーん」


 仕方なく受け入れただけなのに、俺の後ろを歩く女三人組から感心したような声が聞こえた。


「愛以外なら何でもあげるとは、意外とロマンチストだな。良い台詞だ」


「同意します」


「奥さん以外の女性に差し出す愛は無いってことですね! 一途ですっごくステキだと思います!」


「同意します」


「同族以外をツガイに選ぶなんて、お前も変わり者だな」


「同意します」


 あっ! こいつら、アイと愛を勘違いしやがった!


「いや違う! 違う違う! 俺の言うアイは愛じゃなくて、コイツの名前だ!」


「アイさんか。良い名前だ。さて、では続いて問題点の確認だが……厄介な事にゴホン! は異常にゴホン! が優れている。こうしてゴホン! について話すだけでもゴホン! を消されるリスクが付きまとう。最悪の場合は自分の存在そのものをゴホン! されてしまうので、悪いが詳しく説明する事は出来ない」


「なあ、わざとやってんのかその咳は」


「そうだ、敵に聞かれないように部分的にあえて濁している。デタラメな自己紹介も含めて、これが対策だ」


「ええ……」


 言いたいことは色々あるが……まぁどうでもいいか。どうせ説明されたところで、俺の頭じゃ理解できねえだろう。


「というより、この対策を手紙を通して私達に遠回しに伝えたのはそちらだろう。少し話をしてみて分かったが、どうやらアイさんは記憶消去に耐性があるようだな」


「肯定します。ただし手紙の発案者は当機ではなく、ある冒険者です」


「消されるアレと消されないアレをあえて織り交ぜることで、アレに辿り着いた者に発動するアレへの対策を考えたわけだな。さらには魔女狩り部隊の出動を見越して、私達が急いでここへ向かわざるを得ないような内容にもなっていた。ここに来る途中で多少のアクシデントがあったせいで、もはや間に合わないだろうと諦めていたが……おかげで魔女狩り部隊よりも先に合流出来た。優秀な冒険者の友人を持ったな」


 そうか。三番村で会ったあの男は、冒険者で俺の友達だったのか。だが今じゃそいつとの思い出どころか、眼帯を着けていたことくらいしか思い出せねえ。


「同意します。しかし、彼でもこの事態の解決には至りませんでした。彼と同じく、敵戦力の解析情報をお聞きしますか?」


「止めておこう。優秀な冒険者がそれを知っても打つ手が無いと判断したのなら、尚更な」


「了解しました」


「普段なら喜んで飛びついているが、今回はそれを知ることが致命傷になる。敵を分析して作戦を立ててから実行に移す私みたいなタイプにとっては、天敵のような相手だ」


「じゃあ結局、あんたも手詰まりってことか」


「馬鹿を言うな。敵の能力について知れないだけで、打つ手はある」


 女冒険者は断言した。


「敵の能力を知る事だけが分析じゃない。嗜好、生態、生活、思想、信念、行動理念、経歴。一見して勝敗に無関係な情報に思えても、それは相手を構成する重要な要素だ。それらを繋ぎ合わせて初めて見えてくる勝ち筋もある」


「ヘッ、口だけじゃ何とでも言えるだろうが」


「その通りだ。だから安全地帯を確保した後、軽く休憩して作戦が決まり次第すぐに動く。黒幕は当然として、このまま魔女狩り部隊の蛮行を見過ごす事はできない」


「はい! 頑張りましょう!」


「おう!」


 どうやら三人ともやる気だけはあるようだが、こんな女子供の三人組でバケモンと軍隊を何とかできるとは思えねえ。凄腕の冒険者とやらを期待していたが、そいつはやっぱり来なかったらしい。


「……なあ、あんたら。悪いことは言わねえから、今すぐ帰ったらどうだ。来てくれたのは嬉しいが、何もはした金のためにこんなド田舎で死ぬことはねえだろう。こうなっちまったらもう……人に出来ることなんて残っちゃいねえよ」


 もう十分だ。

 神様は俺に手を差し伸べてくれた。アイを遣わしてくれたし、俺を助けようとしてくれる人だってこうして来てくれた。

 俺は本当なら、あの時に顔を剥がされて死ぬはずだったんだ。神様はそれを助けてくれたどころか、俺がずっと欲しがっていた美女まで与えてくれた。これ以上はいくら何でも欲張りが過ぎる。


 与えられた物を天に返すだけ。

 これはたったそれだけの話だ。


「もはや人に出来る事は無い、か。まさしくその通りだ」


 クレア何とかは意外とあっけなく同意した。帰れとは言ったが、少しは根性見せてもらわねえと妙な気持ちになる。


「だから敵の能力を逆に利用する」


「はぁ?」


 驚いて振り返った俺の目に飛び込んできたのは、女冒険者のあの瞳だった。それを見た途端に、バカみたいに開いた俺の口は、何も言葉を出さなくなる。


「これは一見すると、真実に近づいた者を存在ごと消す対策不可能な能力だ。この国の冒険者も組合職員も、真実に近づいた優秀な者は全員消された。だがこの能力には、記憶消去に耐性を持つ者が一人居るだけで致命的な欠点が生まれる」


 何だこの目は。アイほど美しくはなく、あの男ほど凄みがあるわけでもねえのに、妙に惹きつけられる。何故だ? この目、この目を……俺は見たことがある気がする……。


「私はここに来るまでに複数の仮説と、それぞれに伴う有効な対策を立てた。私は今からアイさんと二人きりになり、それらを一つずつ時間を置きつつ話す」


「すると……どうなるんだ?」


「憶測や推測といったデタラメな虚構の中から、真実だけが消える。そうなれば後は答え合わせだ。私とアイさんの記憶対査確認を繰り返して、真実の精度を高めていく。記憶消去に対抗するための、真逆の消去法……反転消去法とでも呼ぶか。相手から正解を教えてくれるのだから、こんなに楽な事はない」



次は16話ではなく、17話です。

クレアは16話を忘れてしまいました。

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