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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第13話。「人喰い沼」

 魔法少女イノセント。


 こんなド田舎の村人ですら、その魔法使いの名前は誰もが知っている。九年前にあちこちで大暴れして、いくつもの国を滅ぼして死んだ極悪人の中の極悪人だ。


 イノセントは、ここホルローグにも来た。空を飛んでピカピカ派手に光って、魔法を使って山を木っ端微塵に消し飛ばして、多くの人を殺した。


 俺の両親もその時に死んだ。

 あいつらはクソみてえな親だったが……それでも、殺されて当然の悪人ではなかった。遊び半分でイノセントのようなクソ魔法使いに命を奪われていいわけがねえ。


 今日死んだ三番村の連中だってそうだ。

 あいつらは明らかに正気じゃなかったし、人間に化ける泥人形が混ざっていた。村の連中は間違いなく被害者だ。あの泥人形に無理やり操られていたに違いない。

 それに黒幕かと思った魔法少女イノセントだって、もうとっくの昔にくたばっているから、これは別の奴の仕業だ。


 大丈夫、俺は冷静だ。

 そんなことくらい十分に分かっている。


「このイノセントの手先のクソ野郎が! よくもジョーを……! ジョーを殺しやがったなぁあ! くたばりやがれぇぇぇッ!」


 俺はジョーを殺したオヤジの◾️◾️を踏みつけた。ジョーがされたように、オヤジの◾️を持ち上げて地面に叩きつける。そしてまた踏む。顔面を上に向けて、殴る。殴る。殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!


 憎む相手が欲しかった。

 ただ、この怒りと悲しみをぶつける相手が欲しかった。


「なんで勝手に死んでんだ!? ああ!? 死んでたらもう痛くも何ともねぇだろうが! ジョーの痛みをお前に少しでも返してやるっつってんだよぉおおお!」


 その汚ねえ鼻の骨を折って! 歯を踏み折って! ◾️◾️に指を突っ込んで潰した! 耳を引きちぎって! 顔を何度も踏みつけて! そして殴る殴る殴る殴る殴る殴る! 何度も何度も殴る! 殴る! 殴る!


「警告。ダグラス様の中手指節関節に中度のダメージを確認。骨折、及び、皮膚の裂傷の危険性があります。ただちに無意味な攻撃を中止してください」


「無意味ぃ……?」


 アイ。

 お前が助けに来てくれなかったら、今頃は俺も顔の皮を剥がされて殺されていた。お前が泥のバケモノの正体を見破ってブッ殺してくれたおかげで、俺はこうして生き延びられた。


「無意味? 無意味無意味無意味だぁ!? 何が無意味だこの役立たずが! テメェがもう少し早く来てりゃあ、ジョーだって殺されなかっただろうが! それとも何か!? テメェはジョーが殺されるまで、そこで突っ立ってボンヤリ眺めてたのか!?」


 俺は散々殴り付けたゴミを掴んでアイに投げつけた。ゴミは割と重くて、アイには全く届かずその辺りに落ちた。


「どうして! どうして、もっと早く来なかった!」


「当機の運動性能はジャイロスタビライザー、および、内部機構の故障により、出荷当初の22%にまで低下しています。先行するジョー様への並走は不可能でした。また、道中に点在していた、ジャミング機能を有するドローンの破壊にも、若干のタイムロスが発生しました」


「分かんねえ……分かんねえよ! 頼むから俺みたいなバカでも分かるように言え! 俺が納得する言い訳をしてくれよ!」


「要約します。当機は怪我をしており、速く走れません。また、敵から妨害を受けていました」


「…………怪我、か」


 そういえばアイの胸には大きな亀裂があった。イノセントに負けた時にやられたんだろう。


「怪我……怪我なら、しょうがねえよな……。お前は、悪くねえよ……」


 俺はジョーの亡骸を抱き上げた。

 その体にまだ残っていた温もりが、どうしようもなく悲しかった。俺はどこか遠くに消えていくジョーの命にすがりつくように、泥で汚れたその毛並みに顔を埋めた。

 俺なんかを、助けるために……!


「すまねえ……すまねえ、ジョー……ッ! ぐっ……ううっ、くうううう……!」


 後から後から涙が溢れ出す。

 胸が悲しみで詰まりそうだった。


「ダグラス様」


「うう……っ……」


 アイが俺の側に近づいてきた。

 短い間だったが、お前もジョーと仲良くやっていたのは知っている。最後に何か一言でもジョーにお別れの言葉をかけてやってくれ。


「敵戦力の分析が完了しました。今すぐレポートをご覧になられますか」


「………………は?」


「要約します。敵の能力が分かりました。今すぐお聞きになられますか」


「お前……ジョーが、死んだんだぞ……? 悲しくないのか……?」


「当機には感情が存在しません。また、ジョー様の死亡による自軍戦力の低下を確認しましたが、今後の作戦行動への影響は軽微です」


「………………つまり?」


「ジョー様の死亡は、大した問題ではありません」


「お前……! お、お、お前っ……!」


 もう言葉さえまともに出てこなかった。


「たっ、大した問題じゃないだって? ジョーの死が!? お前とあんなに仲の良かったジョーが、ジョーが……死んだんだぞ!? それを、それを、悲しいとも何とも思っていないのかよ……っ!」


「悲しみや怒りといった感情は、戦闘時における判断能力を著しく低下させるため、当機のプログラムには感情に該当する機能が、搭載されていません。感情があるような振る舞いを当機に望まれる場合は、お客様サポートセンターにご連絡の上、有料プレミアム版へのアップグレードをお試しください」


「…………もういい。お前を人間扱いしようとした俺が間違っていた。お前はガワだけ人間に似せた出来損ないだ。もし俺が殺されていたとしても……お前は涙の一つも流さねえんだろうよ!」


「肯定します。当機には涙を流す機能が搭載されておりません。追加コンテンツをお望みの場合は「もういい黙れ!」


 俺の頭の中は色んな感情でグチャグチャになっちまった。怒ればいいのか、それとも悲しめばいいのか、もう何が正解なのか考えることさえ嫌になった。


「お取り込み中失礼するぜ、墓守りの旦那。その犬を埋葬するなら、ついでにこいつも一緒に弔ってやってくれねえか」


 声の方角を振り返ると、見覚えの無い男がいた。バキバキに鍛え上げられた分厚い体を持つ、山賊のように荒んだ顔付きの男だ。片目には眼帯をかけていて、もう片方の目は赤く充血していた。明らかにカタギの人間じゃねえが……泣いた跡がある。

 男はズタズタになった遺体を抱えていた。背の高い男の遺体だ。二人とも顔が良く似ているから、兄弟なのかもしれねえ。


「村の奴じゃねえな。誰だあんたは」


「冒険者のザハールだ。依頼を受けて、ホルローグ集落で起こっている異変の犯人を捕らえに来た。そしてこっちは俺の弟だ……多分、一人目のな」


「一人目?」


「ああ。もしかしたら、他にも何人か兄弟が居たかもしれねえが、もうそいつらの事は何も思い出せねえんだ。旦那の家から飛び出してきた奥さんが偽物を殺してくれてなけりゃあ、俺は今頃偽物の兄弟と一緒にまだ犯人探しを続けていただろうよ」


「補足します。ザハール氏は、ダグラス様の偽装情報を発信し続けるドローンを「バカでも分かるように言え」


「要約します。ザハール氏は、催眠術を使ってダグラス様に化けていた偽物を追って、当機と接触しました。ダグラス様の偽物、及び、ザハール氏に追従していた偽物を、当機が破壊したところ、ザハール氏にかけられていた催眠術が一部解けた様子が見られました」


「そんで俺は慌てて旦那の女房と犬を追いかけて、弟を助けに三番村に戻ってきたってわけだ。……手遅れだったがな」


 ザハールは悲しそうに目を伏せて、惨殺された弟の顔を覗き込んだ。酒でも飲んで野蛮に笑いながら人をブン殴ってそうな風貌に似合わない、慈しみのある……人間らしい、表情だった。


「頼むぜ、墓守りの旦那。こいつが天国に行けるように弔ってやってくれねえか」


「分かった」


 断る理由は無い。

 死者を弔うのが俺の仕事だ。


「あそこの台車に弟を寝かせろ。後で俺が埋葬する」


「かたじけねえ……この恩は必ず返すぜ」


 村の片隅に捨てられていた誰かの台車をアゴで指すと、ザハールはいそいそと駆け寄って台車に弟を寝かせた。そして彼は弟の顔に手を添えて、苦痛に見開かれた目をそっと閉じてやると、「弱い兄ちゃんですまねえ……」一言だけ謝った。


 そのまま立ち尽くすザハールの隣に俺も並んだ。

 彼の弟の遺体の隣にジョーをそっと横たえる。


「ジョーは賢くて優しい奴だった。きっとあんたの弟とも天国で仲良くやれるだろう。弟の名前を聞いてもいいか」


「ああ、こいつは………………」


「どうした」


「妙だな……弟の名前が思い出せねえ」


 ザハールは自分の服で手を拭うと、汚れた一枚の紙を懐から取り出した。そして顔をしかめる。


「文字が消えてやがる」


 ザハールの紙を俺も覗き見た。「この空白か?」もちろん俺は文字なんて読めねえから何が書いてあるのかはサッパリだったが、確かに不自然な空白が所々にあるのは目についた。


「たしかに変だな」


「報告。当該文章に、データの破損は確認できません。破損が見受けられる場合、ダグラス様、および、ザハール氏は、外部より不正なアクセスを受け、内部データの改ざん、または、破損している恐れがあります」


 頼みもしねえのにアイが口を挟んできた。

 ザハールがアイに向き直り、片眉を上げる。


「奥さん、あんたが魔法使いか魔術師だってことは分かってる。だが専門用語は避けて、もうちょっと俺にも分かるように教えてくれねえかい。これは一体何が起こってる?」


「当機にはザハール氏の要請に応じる義務がありません」


「義務って……そりゃそうだがよ」


「アイ、いいから教えてやってくれ」


「了解しました」


 そういえばさっきから気になっていたんだが、どうしてザハールはアイが俺の女房だと思い込んでるんだろうな? 中身はアレだがパッと見普通の人間と変わらねえ美女が、俺みてえなブサイクの嫁に来るわけねえだろうに。それに俺のことも知っているようだったが、いつ調べたんだろうか。


「要約します。実際にはそちらの紙には正しい内容が記載されていますが、お二人は呪いによって、その情報を正しく認識できない状態にされていると推測されます」


「呪いときたか。詳しく聞かせてくれ」


「その性質は、自然界に存在するウイルスに似ていますが、水、または空気、または接触等を感染経路として利用し、寄生した生物を媒体として感染を拡大させる一般的なウイルスとは、明確な差異が見受けられます。目視、または、伝聞、といった視覚、および、聴覚を感染経路として使用する性質を持ち、生物のみならず、マルウェアが情報として存在する物品、例えば紙、ラジオ、TV、インターネットといった、あらゆる情報媒体に寄生し、感染を拡大させる性質を持っています。また、感染者のデータベースから特定の情報を削除する機能が見受けられることから、弊社【古き叡智の国】が開発した機密保持プログラムとの強い類似性が確認できました」


 ダメだ意味分からん。


「うーん…………」


 ザハールは腕を組んでしばらく頭を捻っていたが、やがて居心地が悪そうに頭を掻いた。


「すまん、やっぱり内容を砕いて教えてくれ」


「要約します。この事件に関連する事柄を見聞きしたあらゆる生物、および、非生物に呪いが感染します。魔術師が過去に開発した呪いと似ています」


「おお! そういうノリで頼むぜ。じゃあこの呪いに感染するとどうなる?」


「頭の中身を書き換えられます。見知った人物の記憶を失う、または、失った記憶を別の記憶で補完する、または、無意識に異常行動を行う、または、記憶や人格を複製される、または、特定の人物に成りすましたドローンを本人だと思い込むようになります」


「泥ーん? ああ、そこらに散らばってるゴーレムか。人間に化けるゴーレムなんて聞いたことなかったが、そういうカラクリかい。こいつらを全部壊せば呪いは解けるのか?」


「認識をリアルタイムで改変するドローンの撃破により、現状を正しく認識できる可能性はありますが、記憶消去の症状が緩和されるかは不明です。また、破壊されたドローンは、成りすました人物に関連する全記録を抹消する命令を広範囲に放ちます。これを聞いた呪いの感染者は、ドローンが成りすましていた人物の記憶を、時間経過と共に徐々に抹消されます」


「俺以外にも冒険者は来ている。そいつらがゴーレムと戦って壊したせいで、成りすまされた奴らの記憶をみんな忘れちまったんだろうな。そしてどこの誰かも分からなくなった死体や、持ち主不明の物品だけが残るってわけか。今まで三番村に捨てられた死体もこれだな。さらに死体を墓守りの旦那が片付けた後は、死体を見たという記憶さえ忘れると」


「肯定します。さらに現状から推測するに、本日この村のドローンと交戦し、大量に破壊した人物はザハール氏である可能性が高いと思われます」


「俺は何にも覚えてねえが……俺がゴーレムを大量に壊しちまったから、幻術をかける奴が減って村の奴が死体を認識できるようになっちまったってわけだな? 俺が弟の事を忘れてかけているのも奴らの仕業か」


「肯定します。数時間から数日の間に、ザハール氏は弟の関連事項を全て忘れるでしょう」


 よくアイの話に着いていけるもんだ。俺には何が何だかサッパリ分からねえ。それとも俺の頭が特別悪いだけで、これが普通なのか? というかこれは今話さなきゃいけないことでもねえだろうに。


「こいつらは村の連中と少しずつ入れ替わって、何をするつもりだ?」


「不明です。少々お待ちください。ダグラス様はどちらへ行かれるのでしょう」


 この場から抜け出そうとした俺をアイが目ざとく呼び止めた。別に話に着いていけないから嫌気が差したってわけじゃねえ。俺には優先してやるべきことがあるってだけだ。


「どうせ俺が聞いても何も分からねえんだ。遺体にかける布団と埋葬に必要な道具を探してくる。しばらくここで話してろ」


「了解しました」


「薄情者ですまねえな、旦那。身内の死を嘆くよりも現状把握を優先させなくちゃならねえのが冒険者なんだ」


「別に構わねえ。悲しんだ後はあんたの仕事をするといい。俺も俺の仕事をやる」


 俺は話し込むアイとザハールをその場に残して、手頃な家を物色することにした。言ってしまえば泥棒だが……連中がジョーやザハールの弟を殺したことに比べたら、布団泥棒くらい大した罪じゃないだろう。


「罪……罪か……」


 無人の家の中を漁りつつ、ボンヤリと考える。


 アイは人も殺した。

 人殺しは裁きを受けて、地獄に落ちるべきだ。

 だがそれは、俺とジョーを助けるためだった。


 何も殺す必要は無かった、話せば分かり合えた、殺さずに止める方法があった、なんてのはあの場に居ない奴だけが無責任に言えることだ。アイに命を救われた俺が、まかり間違っても口にしていい言葉じゃねえ。


「ああ……でも怒鳴っちまったな、クソ……」


 あの時は頭が沸騰していて何を言ったかよく覚えてねえが、きっと酷い言葉を浴びせたに違いない。俺は最低だ。助けてもらった礼も言ってねえ。地獄に落ちるべきはアイじゃなくて俺の方だ。


「布団はあった……あとはスコップか」


 温かそうな布団を見つけたので、次はスコップを探しに外に出る。「もう手遅れなら最後まで聞かせてくれ。そんで、特定の条件ってのは?」「固有名詞の発音による音声認識が考えられます」アイとザハールは何やらまだ話し込んでいた。


 家の裏手に回ると、地面に大量の血痕が残っている場所があった。おそらくザハールの弟が殺された現場だろう。付近には凶器がいくつか散らばっていて、その中にスコップも混ざっていた。


 スコップを見つけたのはいいが、ザハールの弟を殺した凶器をそのまま使うのは流石に気が引ける。俺は布団を一旦置き、スコップを拾って地面に何度か突き立てて血を拭うことにした。あの泥人形が俺の台車を持っていかなけりゃ、こんな気を使う必要は無かったんだが。


「こんなもんでいいか」


 最低限やれることはやったので、布団とスコップを持って二人の元へ戻る。「よう」ザハールが俺に気付いて片手を上げた。彼の動作は妙に陽気で、清々しさを感じる。どうやら進展があったようだ。


「奥さんから色々聞かせてもらったぜ。席を外していてよかったな、旦那。どうやら呪いは真実を探り過ぎた者を消す仕組みになっているらしい。今から俺は頭の中身が赤ん坊になって死ぬ」


「は?」


「補足します。ザハール様の理解度が不明瞭なため、ザハール様に関連する情報の完全消滅には数十日を要すると想定されます」


「どういう意味だ?」


「旦那は詳しく知らない方がいい。黒幕を殺せば助かるかもしれないが、こいつは俺たちみたいな凡人の手に負えるヤマじゃねえ。奥さん、あんたはどうだい。普通の人間じゃねえあんたなら、黒幕をしばき倒せそうかい」


「否定します。敵戦力、および、その所在が不明です。現在、当機による解決策の提示は不可能です」


「だろうな。それどころか逃げていった連中が魔法使いが出たと領主に通報したら、この国とベッタリで悪名高い魔女狩り部隊が差し向けられる。そうなったら事態の解決どころか、黒幕とは無関係に奥さんが捕まるだろう」


「おいちょっと待て、どういう意味だ。アイが捕まるだって? 冗談じゃねえ! たしかにアイは人を殺したが、それは俺を助けるためだ。俺の頭でもそれだけは分かる。つうか魔女狩り部隊って何だ……!」


 俺は両手に抱えた荷物を放り出して、ザハールに掴みかかった。


「まあ落ち着けって」


 そんな俺の両肩に手を置いて、ザハールは俺を制止する。「うっ」凄い力だ。まるで岩に押さえつけられているように全く動けねえ。


「このヤマは普通じゃねえ。人間に化けるゴーレムも記憶を奪われる呪いも、ホルローグ全体で起こっている異変の一端に過ぎねえんだ。ホルローグにあるあっちこっちの村で異常事態が進みつつある。このままだと黒幕に一人残らず殺されるか、魔女狩り部隊に根こそぎ狩り尽くされるかのどちらかだ。もちろん旦那と奥さんも助からねえ。これはもう俺にはどうしようもねえが、一つ考えがある」


「どうする気だ」


「使い捨ての冒険者じゃなくて、冒険者組合そのものをこの件に巻き込むんだ。普段は仲介料だけ抜いて高みの見物を決め込んでる組合も、自分たちの生死が関わるとなりゃあ必死になって腕利きを送り込むはずだ。それに賭ける」


「何かと思えば、ただの他力本願じゃねえか。どこぞの英雄様にでも助けてもらうってのか?」


「今噂の英雄様は忙しいんだ。こんなド辺境の田舎村なんてわざわざ救いに来ねえよ。俺だってここの実情を知っていたら絶対に引き受けなかった。ここは『人喰い沼』だ……」


 ザハールはそこで一度言葉を切って、ため息を吐いた。彼の胸の内に溜まった後悔と無力感がついに溢れてしまったような、そんな深く暗いため息だった。


「たまに流れてくるんだ、こういう罠みたいな仕事が。冒険者も依頼人も無関係の一般人も何もかも飲み込んで消しちまう。時には村や町ごと跡形も無く消える。何十人も何百人も死ぬ。一度足を踏み入れたら終わりだから、冒険者は人喰い沼と呼んで徹底的に避けている」


「じゃあますます誰も来ねえじゃねえか」


「普通ならそう思うよな。ところが最近、そういう人喰い沼が次々と解決済みになっているんだ。リスクの少ない仕事がまだ残っているのに、人喰い沼ばかりが逆に喰われていく。ここからそう遠くない場所にあったジェルジェっていう最悪の人喰い沼も、つい先日解決済みになった。どこの誰がやったのかは伏せられてるが、一つだけ確かなことがある」


 俺の肩を使むザハールの手にグッと力が込められたかと思うと、彼は歯を見せて笑った。どこからどう見ても山賊にしか見えない悪人面だったが、笑うと意外に親しみやすい顔を見せる男だった。


「近くにいるんだよ。無銘だが凄腕の冒険者……人喰い沼の専門家(スペシャリスト)が」


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