第12話。「戦闘用自律人形兵器」
狂った連中の足元を潜り抜ける茶色い毛並みがあった。
「ガルルルルルルル!」
俺目がけて人混みを駆け抜けてきたジョーは、俺の肩を押さえ付けていたジジイの手に噛み付いた。
ジョー……! ジョー……! 助けに来てくれたのか!? お前って奴は……!
「あぁだだだだだっ!」
ジジイは俺から手を離し、ジョーに噛み付かれた手を痛そうに振り払った。ジョーはジジイから牙を抜くと、「ワンワン! ワンワンワンワン!」今までに見たことのない剣幕で吠えかかり、俺の足を押さえているハゲ頭のオヤジの腕に噛み付いた。
「痛っでぇ! ……ん、ああっ!? 何しやがるこのクソ犬!」
オヤジはジョーの前足を片手で素早やく掴むと、力任せに捻り上げた。「ギャン!」足を折られかけたジョーが悲鳴を上げ、オヤジから牙を離す。
「この……クソ犬が!」
そしてオヤジは足を掴まれたジョーを振り上げ、「うわぁあ! やめろ! やめろぉおおお!」俺の叫びを無視して、ジョーを背中から地面に叩きつけた。
「ギャウン!」
地面に背中を打ち付けたジョーは、痛々しい悲鳴を上げた。「ヘッ、ざまあみろクソ犬!」オヤジはジョーの悲鳴を鼻で笑い、またジョーを振りかぶって地面に叩きつけた。
もうジョーは悲鳴さえ上げなかった。オヤジに握られたジョーの足は衝撃で変な方向に折れ曲がり、力なく開かれたジョーの口からは舌がダラリと垂れ下がっている。また振り上げた。また叩きつけた。また振り上げた。また叩きつけた……!
許さねえ! ジョーに何てことをしやがる……!
怒りのあまりに食いしばった歯が砕けるかと思った。顔を真っ赤にして全身に力を込めて、押さえつけられている手足を引き抜こうと、芋虫のようにもがく。だがどれだけ力を込めても、それ以上の力で地面に縫い止められる。悔しさで涙が出そうだった。チクショウ! チクショウ!
「誰か……! 誰かここにまともな奴はいねえのか! ジョーを助けてくれ! 頼むよ! ジョーは俺の家族なんだ! 十年以上も一緒に暮らした、大事な、大事な家族なんだよぉ……っ!」
「了解しました」
雷のような爆音が轟いた。
俺の左腕を押さえつけていた奴らが、二人同時にべチャリと俺に倒れ込んだ。死んだのかと思って一瞬心臓が跳ね上がったが、胸から上を失った彼らの体から血が出ることはなかった。そこには中途半端に人の形を残した土の塊が、俺の腹にのしかかっていただけだった。
しばしの静寂。
何が起こったのかを理解できる奴は、誰もいなかった。
「任務遂行のため、ジョー様、および、ダグラス様へ、危害を加える可能性がある者を、排除します」
真紅の雷光が何度も迸った。
光は一直線に連中を貫き、残光が尾を引いて目に焼き付く。一瞬だけ遅れてやってきた轟音が響き、光の進路上にいた何もかもがバラバラになって吹っ飛んでいく。
ジョーを痛めつけていたオヤジの胴体が消し飛んだ。オヤジの◾️◾️は真っ赤な中身をブチ撒けて地面に転がった。「排除します」俺の足を押さえていたババアの◾️が吹っ飛ぶ。断面から泥を溢れさせながら、土の塊となった残りの部分は俺の足の上に倒れた。「排除します」土の塊を頭から浴びて転んだガキが、自分の持っていた鎌で足を切って泣いていた。ガキの足からは真っ赤な血がドクドクと流れていた。「排除します」俺を押さえていた二人の男が同時にバラバラに飛び散り、それぞれの中身を俺の体の上に派手にブチまけた。
「魔女だーっ! 魔女が人を殺しまくっているぞーっ!」
誰かが叫んだ。
「魔女だーっ! 人殺しだーっ!」
「キャーッ! キャアアアーッ!」
「領主様に通報しろーっ!」
それを皮切りに、次々と悲鳴が上がる。
俺を取り囲んでいた人の輪が崩れ、何度も放たれる轟音から逃れるために、互いを押しのけ合って我れ先にと逃げていく。そしてその人の波に、力無く横たわるジョーも飲み込まれた。
「ジョー……!」
悲鳴と喧騒が遠ざかって行く。俺を押さえ付ける奴もいなくなった。ジョーはすぐ近くにいる。「ジョー!」俺は身を起こし、そこら中に残された死体と土塊の中を、血と泥まみれになりながら這った。
「ああ……神さま……ッ!」
ジョーは死にかけていた。
背骨はひん曲がり足はへし折れ、何人にも踏まれて泥の足跡がこびり付いた腹は、肋骨が折れて歪に凹んでいた。尻からはクソか内臓か分からない赤茶色の何かが飛び出していたし、鼻と口からは血の泡を吹いていて、苦しそうにガクガクと体を痙攣させていた。
ジョー。
俺とお前のメシを獲ってくるために、俺は狩りを覚えた。獲物が獲れなくなる冬をお前と越すために、墓守りの真似事をして長持ちするメシを報酬に貰うことを覚えた。寒い時は一枚の布団で温め合って寝た。お前は俺の狩りを手伝ってくれた。勇敢に吠えて毒蛇を追い払ってくれた。誰にバカにされても、お前がいたから耐えられた。ジョー。ジョー……。
ジョーは俺を見た。
「クゥーン…………」
そして死んだ。
最後に一声だけ鳴いて、それっきり息をするのをやめてしまった。
さっきまで全身に漲っていた怒りと力がどこかに消えていく。体は冷えていき、急にもう何もかもがどうでもよくなって、息をするのさえ止めてしまいたくなった。
「敵対勢力の撤退を確認。引き続き、違法なアクセスを行っている端末を、排除します」
振り向くと、その先にアイがいた。
いつもと変わらない無表情で、似合わない古着を着て、伸ばした腕の先には、見たことのない赤黒の金属の塊を持っていた。
「アイ……お前は何者だ……」
俺は空っぽになった頭を少しでも埋めようとしたいのか、もうどうでもいいことを聞いた。
「当機は戦闘用自律人形兵器・TYPE-A・通常版です」
「それは聞いた。俺に拾われる前は、何をしていた」
アイが持つ金属の先端が、赤い閃光を吐いた。
「当機は3415日前、弊社【古き叡智の国】から、提携魔術機関【忘れられた神の祭壇】へと、九機の同型機と共に二年間のリース契約で貸し出されました」
爆音が響く度に、逃げ去っていく泥人形が粉々に飛び散る。
「そして当機、及び、同型機は、当時予測されていた敵対勢力の襲撃に備え、ディーン国ホルローグ実験施設防衛任務に就きましたが、3389日前に当該勢力が来訪。交渉決裂のち交戦開始となり、3分35秒後に敗北」
両足の膝から下を失い、うめき声を上げながら這いつくばって逃げようとしているババアに、アイは武器の先端を向けた。
「防衛目標であった全施設の消滅、及び、同型機の全壊を持って、当機の任務は失敗に終わりました」
アイが赤い閃光を放つと、耳をつんざく爆音と共にババアは焦げ茶色の泥になって四方八方に飛び散った。
「当機もまた、許容値を超過したダメージにより、深刻な内部エラーが発生し、全機能を停止しました。その後は、ダグラス様によって再起動が行われるまで、山中に埋もれていたものと、推測されます」
アイは説明しながらも手を止めることなく、村のあちこちに逃げ隠れしている泥人形を次々と破壊していく。
「……お前の言うことは、いつも分からねえ。バカでも分かるように言えって……いつも言ってるだろ」
「要約します。当機は約九年前に敵に負けて、ずっと気絶していました」
「敵……敵だって……? そいつがこんなことをしているのか」
「当時の敵と、先ほどダグラス様を襲撃したドローン、及び、住民との関連性は不明です」
「敵は……村の連中の頭を狂わせて、ジョーを殺して、俺も殺そうとした敵は、誰だ。あの人間に化けた泥の人形を操っている奴は、いったい誰だ。俺は誰を憎めばいい……!」
「当機が敗北した敵の名称は」
アイは武器を下ろし、真っ直ぐに俺を見た。
いつもと変わらない、水面のように澄んだ瞳だった。
「魔法少女イノセントです」