第11話。三番村の惨劇
いったい何が起こってるんだ。
俺は木材の切り倒しに出かけようとしたところをヒゲ面に呼ばれて、三番村に遺体を引き取りにきたはずだ。村のあちこちに腐乱死体が捨てられてるって、血相を変えて俺を引っ張るもんだから、斧やノコギリといった大工道具だけを乗せた荷車を引いて大慌てで三番村に一緒に駆け付けただけだ。
それが今や、ヒゲ面は俺の隣で自分自身に顔を◾️◾️されている。
「ウアアアアアアアーッ! ィィギイイイイーッ!」
草刈り鎌がヒゲ面の◾️から上の一切合切を削ぎ落とすように、何度も、何度も、往復する。ヒゲ面の◾️は真っ先に削ぎ取られ、額の皮ごと◾️◾️◾️を剥がされたせいで目を閉じることもできず、血と涙に浸かった◾️◾️を少しずつ、少しずつ、切れ味の悪い鎌で削られていた。
「見てくれよダグラスゥ〜、この死体の数をよぉ〜。いったい俺たちの村に何が起こってるんだぁ〜?」
「アギャァアアアアッ! フーッ、フーッ、フーッ……フゥゥーッ……! あ、アアアアアーッ!」
二人のヒゲ面は顔だけでなく声も同じだった。
自分を押さえ付けてその顔を◾️◾️している方は、普段通りの間伸びした口調で俺に話しかけてくる。そしてその一方で壊されていく方は、半狂乱になって身をよじり、身の毛もよだつ絶叫を上げ続けていた。
「やだねぇ、なんでうちの村にこんな……」
「とにかく領主さまに報告が先だろ……。誰を行かせる?」
「ママー、怖いよぉー……」
ヒゲ面だけでなく、俺も何本もの手に押さえ付けられていた。村の連中の仕業だ。大人も子供も何人も何人も束になって、仰向けにした俺の手足を押さえ付けている。着いて早々村に人集りができるほどの騒ぎが起こっていると思ったら、俺もヒゲ面もいきなり連中に押さえ付けられてこのザマだ。
それでいて村の連中は、今まさに目の前で殺されゆくヒゲ面や、押さえ付けている俺のことなど目に入らないかのように顔を向けさえもせず、村のあっちこっちに転がる腐乱死体の話ばかりをしている。
何だよ、これ。
何が起こってるんだよ。
「40年生きてきたが、こんな大事件は二回目だ」
ヒゲ面の腹に、見覚えのある斧が振り下ろされた。
「げヒュッ」
今度はクワが。カナヅチが。また斧が。次々とヒゲ面の腹に振り下ろされる。血が飛び散り、俺の顔にビシャリとかかった。
「じゃあ一回目はアレか? ありゃたしかに酷かったな。アレの魔法で山の頭が吹っ飛んで、地形さえ変わっちまった」
「死人もたくさん出たなぁ」
「ゥゥゥーッ……」
ヒゲ面の腹からそれらを引き抜いて、また振り下ろす。何度も、何度も繰り返す。ヒゲ面はビクンビクンと体を痙攣させるばかりで、もう声すらもまともに出せなくなっていた。ほじくり出されたハラワタとクソの悪臭が溢れ出し、死臭に慣れている俺でさえも吐きそうになった。
……チクショウ、次は俺の番か。
「でもその魔法使いはもう死んだじゃないかい。今回の件とは関係無いでしょうに」
「だよなぁ……もう死んだからなぁ……ん?」
ヒゲ面の腹に斧を振り下ろしていた男が、そこで初めてヒゲ面に気付いたように下を見た。
「うわぁああっ! また新しい死体が出たぞ!?」
男は血と肉のこびり着いた斧を投げ捨てて、腰を抜かしたかのように尻もちをついた。
はぁ!?
「キャアアアーッ!? 死体よぉおーっ!」
「チクショウ! またか! これで何人目だ!?」
それを皮切りに、他の連中も次々と叫び出す。
「さっきまでこんな所に死体なんて確かに無かったのに!」
さすがに我慢の限界を超えた。
連中に捕まった時に散々怒鳴り散らして痛めた喉にムチ打って、「おい……!」枯れかけたダミ声を絞り出す。
「ふざけてんのかテメェら……! たった今お前らがこいつを殺したんだろうが……!」
「村の奴じゃないよな!? また知らない人の死体か!?」
「もうこんな村嫌よーっ!」
やはり俺の声に反応する奴はいなかった。
こいつらは自分で人を殺して死体を作って驚いてやがる。狂ってるのか? それとも俺の頭がおかしくなって、あり得ない幻でも見ているのか?
「オーーーーーーーー」
奇妙な声が聞こえた。
それは人や動物の声というより、洞窟に吹き込んだ風の音が反響しているような音に近かった。
「おぉーい、ダグラスゥー、こっちだぁー」
自分を惨殺したヒゲ面が、顔をニヤケさせながら俺の居ない方向に手を振った。身動きのできない俺は、首を捻って何とかその方向に顔を向ける。俺とヒゲ面を取り囲むように集まっていた村の連中が、誰かに道を空けるように動く。
「ゴーーーーーー」
また変な音が聞こえ、台車の車輪がカラカラと回る聞き慣れた音が近づいてきた。「あぁ嫌だ嫌だ。本当に卑しい奴だねぇ」俺の頭の横で視界の邪魔をしていたババアがどいたおかげで、そいつの姿がようやく見える。
「…………は?」
それは土の塊だった。
水気をたっぷりと含んだ、茶色く大きな泥の人形だった。
「なんだ、こりゃ……」
それでいて全体の形は人間を模していた。頭があって首もあって、胴体も手足も作られていた。顔らしき場所には、目と口の代わりにポッカリと空いた黒い穴があって、「ボーーーーーーーーー」不気味な音はそこから出ていた。手の先にはご丁寧に指まで作られていて、泥水が滴り落ちる汚らしい肌には小石や草が混ざっていた。
泥人形は動いていた。俺の荷車を引いていた。グチャッ、グチャッ。一歩足を踏み出すたびに、泥人形は自分の足から泥と汚水を撒き散らしていた。
「バケモノじゃねえか……」
信じられねえ。
こんなバケモノがいることが、いや、村の連中がヒゲ面を殺したことも、もう何から何までわけが分からねえ。俺の頭が狂っていなくても、今から狂ってしまいそうだ。
「オーーーーーーーーーー」
混乱する俺を気にも止めず、泥人形は荷車を置いてヒゲ面の遺体に近寄った。顔から不気味な音を出しながら無残な遺体の側に屈み込み………………祈るように泥の手を組んだ。
「うっ……!」
何をしているんだこのバケモノは。
まさかヒゲ面が天国に行けるように祈ってやってるのか。
「早く持ってけよ!」
「ねえさっさと仕事したらどう!? そこら中が死体だらけなのが目に入らないの!?」
「不吉だねぇ……ああ本当に不吉だよ……」
頭がおかしくなった村の連中は、バケモノにさえ罵声を浴びせる。バケモノは周りの罵声に応じるように祈りの手を解くと、泥で作られたその手をヒゲ面の腰と膝の下に潜り込ませて、一気に持ち上げた。
「うええっ! こいつ死体に触りやがった!」
「ヒィーッ! 気ッ持ち悪ぃーっ!」
「キャァーッ! キャアアアーッ! 信じられないわ! 私たちのホルローグにこんな人がいるなんて!」
村人たちが悲鳴を上げて離れる中。バケモノはビシャリビシャリと泥の飛び散る足を重そうに動かして遺体を運び、いかにも大切そうに俺の荷台に寝かせた。
「オーーーーーーーーー」
そして荷台に誰とも知れぬ遺体を乗せたバケモノは、この村に背を向けた。ガラガラガラガラ……。聞き慣れたボロい車輪の音が遠ざかっていく。
「他の死体も持っていきなさいよーっ!」
「おい不気味な墓守り野郎! お前が死体を墓場から持ってきてるんじゃねえのか! 報酬目当てによ!」
立ち去るバケモノに、誰かが罵声を浴びせた。
墓守り? 今、墓守りって言ったのか? あのバケモノに? 墓守りはホルローグで俺しかいないだろうが。お前らいったい、あのバケモノが誰に見えてるんだよ……。
「なあ、どうする?」
「どうするって、何をだよ……」
「俺はしばらく、別の村の友だちの家に泊めてもらおうと思う……こんな死体だらけの場所になんて、怖くて眠れねえよ……」
「おいテメェら、いい加減に離しやがれ……!」
「待ちな。あんたが逃げるのは勝手だけど、領主さまへ伝えるのが先じゃないのかい」
「領主さまがこんな村に来てくれるもんかね。金を払ってでも冒険者を雇うべきでしょうが」
「う〜ん、ならぁ〜、村のみんなからぁ〜、少しずつ金を集めてぇ〜、依頼を出してみるかぁ〜?」
「ワシがあと30歳若かったら、犯人をとっ捕まえてやるんじゃがのぅ……」
バケモノが去ってしばらく経っても、村の連中は俺を押さえ付けたままペラペラペラペラと勝手な話ばかり続けていた。俺の声に耳を貸す奴は一人もいない。バケモノが消えたのはいいとしても、頭のおかしい連中にいつ殺されるか分からないなんて気が気じゃねえ。
「ウォオオオオオオオーッ!」
獣のような雄叫びが聞こえた。それもそう遠くはない。村の中だ。何だ、今度はいったい何なんだ。
「兄ぢゃんっ! 騙されるなーっ! そいつは俺じゃねえよぉーっ!」
いや、それは雄叫びというよりも……痛々しい、悲鳴のような声だった。
「なぁ、いつまでもこうしちゃいられないぞ。畑にも行かなきゃならないし、罠の見回りだってある」
「そうだなぁ……とりあえず、領主さまに事件を知らせに行く奴を決めるか」
「なら俺に任せてくれぇ〜。足には自信があるんだぁ〜。何時間だって走れるぜぇ〜」
ヒゲ面が血塗れの斧を拾った。チクショウ、それは俺の斧だ。「お、じゃあ任せたぜ」「いつも悪いな」バケモノに罵声を浴びせていた連中も、口から吐き出す言葉とは裏腹に、クワや鎌、俺のノコギリを手に持って、さっきの声の方角へと駆け出していく。俺を押さえ付けている連中も一緒に行ってくれれば嬉しかったんだが、連中は俺を逃す気は無いようだ。
「兄ぢゃあーんっ! 気をづけろーっ! ぞいづは俺じゃねぇんだよぉーっ! 兄ぢゃあああんっ!」
叫び声に混ざって、バキバキと大きな板が割れるような音や、ガシャンバリンと壺が割れる音、ドスンバタンと重い何かを壁に叩きつけたような音がした。
どうやら俺の他にも捕まった奴がいて、ここから逃げようと暴れているらしい。俺を押さえ付けている奴らが邪魔で、何が起こっているのかを見ることはできないが、それくらいは想像がつく。
「兄ぢゃん……! 兄ぢゃんっ……!」
争い合う物音はしばらく続いたが、叫び声と騒音は少しずつ鳴りを潜め、ついにはすすり泣くような声に変わった。それらに混じってグシャッ、グチャッと、糸を引いて耳に粘りつくような嫌な音が聞こえる。
……チクショウ、逃げられなかったか。
「痛てててて……! なんだこりゃ……!」
「困ったねぇ、死体だらけだよぉ、困ったねぇ」
「うぐぅ〜……! ふぁ、ふぁなぢがひょまらねぇ……」
「じゃあ俺はぁ〜今から山を降りるぜぇ〜」
「おい待てよ……アタタタッ! 腰が痛えんだ、誰か手を貸してくれってば! おい!」
「子供の面倒も見ないといけないし、いつまでもこうしてはいられないわよねぇ」
騒ぎが起こっていた方から、村の連中がゾロゾロとこっちに戻ってきた。どうやら奴らのうち何名かは怪我をしたらしいが、連中はそんなことなどお構いなしに俺を取り囲み、次々と凶器を掲げる。
チクショウ、ついに俺の番か。
もう何も考えられねえ。歯がカチカチと勝手に鳴り、頭から血が引いて行く。俺もあんな殺され方をするのか。嫌だ。嫌だ! チクショウ! チクショウ! どうして俺がこんな目に! ああクソ! 神さまは何をしてやがるんだ! クソクソクソクソクソクソクソ! 神さま……神さま!
「ワン! ワンワン! ワンワンワンワン!」