第9話。「 兄弟の冒険者」
三番村から遺体を預かった俺は、汗を滝のようにダラダラと流しながら新しい棺桶を乗せた荷車を引く。
それにしても、惨い遺体だった。あんな酷い殺され方をした遺体は見たことねえ。体の中身が引きずり出されて、代わりにゴミやら虫やらネズミやらが詰め込まれていた。こんなのは悪魔の仕業だ。人間がやっていいことじゃねえ。
「おい、止まれ」
足を止めて振り向くと、農夫の格好をしたガタイの良い男が三人いた。比較的細くて背の高い奴、背が低くて前歯の出た奴、片目に眼帯をかけた熊のような奴。体格はそれぞれ違うが顔付きは似ているから兄弟かもしれねえ。
顔に関しては俺も人のことは言えねえが、ただのブサイクの俺と違ってこいつらは何というか……悪人面だった。農夫のフリをしても明らかになりきれてねえ。三人とも村の連中とは完全に別物の、威圧感のある風貌だ。
実物を見たことはねえが、山賊や野盗がいるならこんな顔付きだろう。
……もしかしてアイを探しに来たのか。
「その死体を見せな。墓守りの旦那」
俺の心配をよそに、連中の関心は俺が今運んでいる遺体にあるようだった。返事もしねえうちに男たちは荷車に集まり、棺桶のフタを取った。
「うっ……! ゴホッ……うげっ……!」
フタを開けて布団を払いのけた出っ歯の男は、その遺体の惨さと悪臭に顔をしかめて咳き込んだ。残りの二人は手で鼻と口を覆いながら棺桶の中を覗き込む。
「お、近くで見ると更にグロいな。これじゃもう男か女かも分からねえ」
「クソ! おえっ、うええっ、なんだこのメチャクチャな死体は、クッソ……!」
眼帯の男は遺体を見ても顔色ひとつ変えなかったが、ノッポは出っ歯と同じように嫌そうな顔で咽せた。
遺体に失礼じゃねえかとは思ったが、こいつらが何者か分からねえから下手な口出しはしない方がよさそうだ。
「まだそんなに腐敗が進んでねえな。せいぜい死んで数日ってとこか」
眼帯男が遺体から顔を上げ、俺をジロリと睨んだ。
「なあ墓守りの旦那、これはどこの誰の死体か分かるか?」
さっきから旦那と旦那と言われているが、俺よりあんたの方が絶対に年上だと思うぞ。
「……俺に聞かれても知らねえよ。三番村の奴じゃねえそうだから、どこかの村の奴だろうな」
「この死体をどうするつもりだ」
「埋めるに決まってんだろ。俺は墓守りだ」
「そりゃそうだな。ところで二週間ほど前にも三番村から死体が出ただろう。それはどうした?」
「二週間前? そんな話、俺は知らねえぞ」
「チッ、やっぱりか。おい、もういいぞ。布団を詰めて棺桶の蓋を閉めろ」
「あいよ、兄ちゃん」
「お前らちょっとこっちに来い。墓守りの旦那はもう少しここで待っててくれや」
眼帯の男は俺から少しばかり距離を取ると、ノッポと出っ歯を集めて何やら話を始めた。
「お前ら、どう思う」
「兄ちゃんが寝ている間も三番村は俺たち二人が交代でずっと見張っていたけどよう、今日あの墓守りが来るまで村の住民以外の出入りは無かったぜ。犯人が部外者って線は無えと思うんだ」
俺から離れても、連中の声がでかいせいで話の内容は丸聞こえだ。もしかしてわざとやってんのか?
「じゃあ聞くが、犯人が三番村の誰かだとすると、この死体はどこから出てきた? 犯人は俺たちが来る前から誘拐した被害者を家の中に監禁していたのに、殺した後は村のど真ん中に捨てたってことになるぞ。慎重なのかアホなのか、つじつまが合わねえ」
「殺した奴と死体を捨てた奴は別人とか?」
「村の連中が言ってた妖精の仕業ってのは?」
「ああなるほどな、優しい妖精さんが犯人から死体を盗み出して捨てたのかもな。パタパターって背中の羽で飛んでよ。……アホかお前ら。もう少し真面目に犯人のつもりになって考えてみるとかしてみろ」
「そう言うけどよぉ、兄ちゃん。こんな殺し方をするイカレ野郎の考えることは、俺にだって分かんねえよ。村の連中がグルで、犯人を庇って嘘をついてるとかじゃねえの?」
「いいや。身内の犯行を庇うつもりなら、そもそも組合に依頼なんて出さねえ。だから村の奴らは犯人を俺たちに捕まえてほしいと思ってる。これは間違いねえ」
「でもよ、兄ちゃん。じゃあ何で村の連中は依頼のことも前の死体のことも知らねえって言ってんだよ? それが一番つじつまが合わねえよ」
「うーむ、そこなんだよな……」
眼帯男は腕組みをすると、首を傾けて唸った。
「こうなってくると、村の連中もあそこの墓守りも全員まとめて記憶を消されたってのが一番ありそうな話だ。だがそんなことができるのは魔術師しかいねえから、こんな報酬じゃ割に合わねえ。元々本業の息抜き程度に受けた依頼だし……帰るか?」
「おいおい冗談だろ兄ちゃん。足代だってタダじゃねえんだ。こんなド田舎まで来てやっぱりやめますじゃあ、俺たちの丸損だぜ。それに組合に違約金まで取られちまうかもしれねえ」
「そうだぜ、それに魔術師は金持ちしかなれねえって話じゃねえか。せっかくだからとっ捕まえて、たっぷり溜め込んでる金も頂いちまおうぜ」
「オーケイ、俺も同意見だ」
眼帯男は両手を大げさに叩いてわざとらしく大きな音を鳴らした。そして俺に向き直って片目だけのウインクをした。
「呼び止めて悪かったな、墓守りの旦那。話は聞こえてたか? こんな格好だが実は俺たちは冒険者だ。ここホルローグで起こった殺人事件の犯人を探してる。しばらくは三番村の辺りに居るから、どこかの村で死体や怪しい奴を見かけたら教えてくれや」
「……少なくとも、あんたらより怪しい奴は見かけてねえよ」
「だろうな! ガハハハ!」
眼帯男は出っ歯の弟の肩をバンバンと叩き、欠けた歯を見せて豪快に笑った。
「よし行くぞお前ら。三番村をもっかい調べたら、次は他の村で行方不明になった奴がいねえか探す」
「それはいいんだけど兄ちゃんさぁ、今日は見張りを代わってくれよ。二人で交代じゃ疲れが取れねえよ。しかも野宿だしさぁ」
「ダメだ。これはテントを家に忘れてきた罰だ」
「だから兄ちゃん、俺じゃねえんだってば。俺はテント以外の荷物をまとめて担いでたじゃんか」
「じゃあお前か?」
「そりゃないぜ兄ちゃん。俺は先行して偵察するから身軽じゃなきゃ困るって話だったろ?」
「そうだぜ兄ちゃん。それにさぁ、たまには兄ちゃんがテント持ってくれたってよかっただろ?」
「バカ野郎、俺が荷物持ちで疲れてたら、いざという時に誰が可愛い弟たちを守ってやれるんだ?」
「あー出た出た。兄ちゃんはそうやって口が上手いんだからズリィよな」
「へっへっへ、違いねえ。これからも頼りにしてるぜ兄ちゃん」
冒険者の三兄弟は、楽しそうにじゃれ合いながら三番村への道を戻っていった。冒険者なんて仕事はよく知らねえが、どうやらあいつらは人殺しを探しているらしい。アイとは無関係だとしても警戒するべきだ。
それにしても……兄弟、か。
俺には兄弟なんていなかったから、連中の仲の良さが少しばかり羨ましかった。
「ま、今さら兄弟なんて出てきても困るだけか」
兄弟がいなくても俺にはジョーがいるし、最近できた迷惑な居候もいる。別に寂しくなんてねえ。
俺は気を取り直して、再び荷車を引いた。共同墓地は崖崩れで使えなくなったから、どこか安らげる場所を探して埋めてやらなけりゃなんねえ。
埋葬場所を考えながら足を進めていると、ふと視線を感じた。
「あん? さっきの冒険者か?」
山道に沿って生い茂る木々の影から、誰かが俺を見ている。「ん……? ああ、何だ」目を凝らすとその正体はすぐに分かった。最初は人かと思ったが、ただの泥
夕暮れ前。
遺体の埋葬が終わり、仕事道具と報酬を載せた荷車を引いて家に帰ると、家の前でアイとジョーが待っていた。
アイは俺が近づくまでじっと俺の顔を見ていたが、俺との距離が数歩ほどに縮まると丁寧にお辞儀をした。
「おかえりなさいませ、ダグラス様」
「……おう」
アイに帰りを迎えてもらうのは、なんていうか……慣れねえ。嬉しいような気恥ずかしいような、ムズ痒い気分だ。
「ワン!」
「ジョー様も、ダグラス様のご帰還をお喜びしています」
ジョーも尻尾を振って、俺の足元にすり寄ってきた。
「よしよし」
腰を屈めてジョーの頭を撫でてやると、ジョーは甘えた声を出した。以前はゴワゴワして汚く固まっていた毛並みも、洗ってやった今ではサラサラで気持ちが良い。暇さえあればアイが撫でている気持ちも分かる。
「ダグラス様、当機は命令を完了いたしました」
家の前には、親父たちの部屋に捨て置かれていたガラクタが並べられていた。壊れた椅子、割れた陶器、折れたスコップ、親父が仕留めたでかいシカの骨、お袋の化粧道具と、大半はただのゴミだったが……服だけはまだ使えそうな物がいくつか残っていた。
「おう、ありがとよ」
中でも目に着いたのは、お袋がまだ痩せていた頃に着ていた喪服だ。ガキの頃は気付かなかったが、他の服とは明らかに素材が違う。
拾い上げて軽く叩いてホコリを落とすと、その違いがますますはっきりと分かった。肌触り、軽さ、細かい刺繍、まるでどこかの貴族のドレスみてえだ。お袋の嫁入り道具だか何だかで、着れなくなってもずっと大切にしていたような覚えがある。
案外俺のお袋は裕福な家庭の出だったのかもしれねえ。
その大事な娘に持たせる嫁入り道具が喪服か。墓守りなんかに嫁ぐ娘への皮肉としちゃあ上出来だ。お袋もブサイクだったから、あんなクソ親父の他に嫁ぎ先がいなかったんだろうな。
ま、そんなことはどうでもいい。
「これは着れそうだな。これも……これも大丈夫そうだ。こっちは……ちょいデカいか」
お袋の喪服や古い服をアイの前にかざしてみると、サイズは大体同じくらいだった。
「よし、明日まとめて洗濯するか。着れる服は全部お前にやる」
「どういう意味でしょうか」
服で鉄の肌を隠すと、アイは普通の人間……いや、普通どころか絶世の美女に見える。そんなのが俺の手の届く距離にいるもんだから……ああ、クソ、ヤベェ。
頭ではアイが人間じゃないとちゃんと分かっているのに、顔がどんどん熱くなっていく。こいつがそんな目で俺を見るからだ。クソッ。
「い……いつまでも裸ってわけにゃいかねえだろ! 俺のお袋のお古で悪ぃが、明日からはこるぇ……これらを着ろ!」
俺はごまかすようにアイから顔を逸らし、めぼしい服をまとめて押し付けるように渡した。
「新型装備の支給、感謝いたします」
アイはそれを受け取ると、深々とお辞儀をした。
ああ、クソッ。こりゃいけねえ。少しは慣れたつもりだったが全然ダメだ。深入りするとマジでヤバい。
「さ、さてと、他に使える物でも、探すか!」
俺は自分の頬を強めに叩いて、赤くなった顔をごまかした。なるべくアイを見ないようにして、地面に並んだゴミを意味もなく漁る。
「お、俺がガキの頃の服か。まだ残ってたんだな」
ガラクタの中から、小さな服や靴が出てきた。どれもボロボロで、サイズが合わなくなるギリギリまで使わされていた覚えがある。服がきついと言うと、テメェが稼いで自分で買えと親父に怒鳴られたもんだ。
それらに紛れて、スカートを見つけた。
「ん?」
引っ張り出してみると、上下一体型の女児用の小さい服だった。明らかにお袋が着れる大きさじゃねえし、もちろん俺の物でもない。それも三着もある。全てに破れほつれや染み汚れがあったので、俺の服と同じように使い古されていたことは間違いない。
「何だこりゃ、妖精のイタズラか?」
服だけじゃなかった。色褪せた小さな赤い靴や、ワラを編んで作った人形や、山羊か羊の毛玉を固めてボタンで目鼻をつけたぬいぐるみもあった。どれもこれもホコリだらけだ。
「アイ、俺が家を離れている間に誰か家に来たか?」
「否定します。本日まで来訪者は0人でした。ダグラス様の交友関係に懸念を表します」
「一言多いなテメェは。……じゃあこれはずっと俺の家にあったってことか」
ますますわけが分からねえ。俺はずっと一人っ子だったし、神に誓って女装癖も無い。なのにどうして親父たちの部屋にこんな物がある。
…………これは誰の持ち物だったんだ?