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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第8話。「墓守りの仕事」

 アイを拾ってから一ヶ月半ほど経った。


「おはようございます、ダグラス様」


「ん……」


 ほの暗い夜明け前。

 目を開けば、青く薄い光に照らされて、正座する女の輪郭がほのかに闇から浮かぶ。伸びた背筋。細い肩。長い手足。それらを寝ぼけた頭でぼんやり眺めてると、何かが俺に染み渡る。朝起きて一番最初に見るのがこれなのは……何つうか、悪くねえ。


「おう……おはようさん」


 俺は布団を跳ね除けて頭をガリガリと掻いた。頭を掻けば以前は虫だかフケだかがバラバラ飛び散ったもんだが、坊主頭になった今では無縁の物となった。

 散髪をアイに任せた結果、大失敗してこうなったが……元からクソ以下の俺の顔だ。髪が無くなっても大して変わらねえ。


「アァォゥーン……」


 アイの膝元からノソノソとジョーも起き上がり、背中を伸ばして大アクビをした。手を伸ばしてその頭を撫でてやると、嬉しそうにパタパタと尻尾を振った。


「ジョー様は朝食をご希望のようです」


「ああん? お前、犬の言葉が分かるのか?」


「肯定します。当機にはTYPE-Bとの連携が可能な、バイリンガル機能も無料で搭載されています。差し当たりましては本日のお二人分の朝食を、当機にお任せください」


「やめろバカ。朝一番で俺たちを殺す気か?」


 俺の作るメシが生ゴミなら、アイの作るメシは毒物だ。昨日も魚と山芋が、青と紫のネバネバドロドロした何かに変わった。一口食えば全身の震えが止まらなくなって、吐き気と寒気が絶え間なく襲いくる地獄の味だ。不味いメシは食い慣れたつもりだったが、口の中が痛みでいっぱいになるメシがこの世にあるとは思わなかった。


「お前は何にもできねえんだから、大人しくジョーの面倒でも見てろ」


「了解いたしました」


「お前の良いところは聞き分けと顔だけだな、ホント。ブッサイクな俺にも少し分けてほしいぜ」


「お褒めに預かり光栄です」


「褒めてねえよ」


「よりダグラス様にご満足いただけますよう、今後も誠心誠意、精進いたします」


「……おう」


 アイに素直にそう言われると、俺はどうにも弱い。


「さらなるサービスの向上をお望みなら、月々の追加料金をお支払いになり、プレミアム版にアップグレードなされますか?」


「金なんてねえよ。それより今日は……そうだな……俺は予備の棺桶を作っておかねえといけねえから……お前は親父たちの部屋の整理でもしてくれ」


「了解いたしました」


「もしかしたら売れる物があるかもしれねえから、ゴミに見えても勝手に捨てたり壊すんじゃねえぞ。中の物を家の前に運び出すだけでいい。捨てるかどうかは俺が後で決める」


「了解いたしました」


 しかも無能のくせにやる気だけはあるから、余計に始末に負えねえ。いっそ本物の人形のように飾っておくだけなら楽なんだが……さすがにそれは酷ってもんだ。


 アイを拾ってから、俺の生活は少しだけ変わった。






「ダグラスゥ〜、最近楽しそうじゃねぇかぁ〜?」


「うるせぇな。何も変わってねえだろ」


 家の前で新しい棺桶を作っていると、トロい喋り方をするヒゲ面の男が昼過ぎに俺を訪ねてきた。つっても少し前まで俺もボサボサだったから、人の事は言えねえか。


「いやぁ変わったぜぇ〜? 髪も髭も切って、こざっぱりしたじゃねぇかぁ〜。それに前は鼻がもげそうなほど臭かったけどよぉ〜。今じゃ服だけじゃなく体も洗ってんのか? なんか楽しそうだなぁ、へへへぇ」


「知るかよ」


 もちろん村の連中にアイの事を知られるわけにはいかねえ。あいつは人を先に見つけるのだけは妙に上手いから、誰かが来たらすぐ家の中に隠れるように言いつけてある。


「女だろぉ? 好きな女ができたんだろぉ〜? なぁ教えろよぉ〜、どこの村の娘っ子だぁ〜?」


 そんな俺の事情も知らず、ヒゲ面はニヤニヤと探りを入れてきやがる。


「しつけえぞ。仕事の話じゃねえなら二度と来るな」


 睨んでやると、ヒゲ面はバツが悪そうに顔をしかめた。


「そう怒るなよぉ〜、ちゃんと仕事の話なんだよぉ〜。三番村に死体が捨てられたんだぁ〜。でも三番村の奴じゃねえからぁ、だから他の村の誰かが殺されたんじゃねえかってぇ噂だぁ〜」


 殺しだって? 十年に一度あるかどうかの大事件じゃねえか。ここ数ヶ月は人死にが出てなかったってのに、穏やかじゃねえな。


「報酬は何がいい?」


「そうだな……新しい布団と服をくれ」


「あいよ、用意しておくぜぇ〜。じゃあ頼んだから、次はちゃんと娘っ子の話を聞かせてくれよぉ〜」


 髭ヅラはまただらしなくニヤケ面に戻ると、手を振って帰っていった。人が死んだってのによく笑えるもんだ。あいつのニヤケ面はいつも気に食わねえ。

 ん? いつも? いつもではねえか。あいつは三番村の住民だから、最後に見たのは一年くらい前のはずだ。しかもその時は酷く落ち込んでた気がする。


 じゃあいつもって、いつだ? それに、アイが人を先に見つけるのが上手いって事を俺はいつ知ったんだ?


 ……どうも何かが引っかかる。






 三番村はざわめきに包まれていた。

 村のど真ん中に数十人ほどの人垣ができている。大人たちは顔をしかめながらヒソヒソと何かを話し合い、ガキどもは大人の合間に潜り込もうとして怒鳴られ、輪の外に追い出されている。


 いつもならこの時間には村の連中は畑に行くなり水汲みに出るなりしているはずだが、今日に限ってはどいつもこいつも大事件に興味津々のようだ。

 まるで見せ物だな。死んだのが自分の村の奴じゃねえからって、呑気なもんだ。


 探すまでもなく死体はあの囲いの中だろう。俺は仕事道具と棺桶を乗せた荷車をいったん置いて「おい、道を開けろ」外側にいたババアに呼びかけたが、ババアは隣のババアとくっちゃべっているばかりで、俺には気づきもしないようだ。俺はババアの肩を掴んだ。


「道を開けろ。遺体を引き取りに来た」


 ババアは口をヘの字に結んで俺を見ると、眉をしかめて露骨に嫌そうな顔になった。不吉な墓守りに触られて嫌か? そりゃ悪かったな。だがそう何年もしないうちに、また俺に触られることになるだろうぜ、生い先短いバアさんよ。


「どけ」


 俺はババアを横に押しのけた。「墓守りだ。道を開けろ」その前にいる痩せたオヤジも同じように押しのける。


「この薄汚い墓守り野郎が! 俺に触るんじゃねえ!」


 オヤジが何やら怒鳴っていたが、実際にその通りなので何も言うことは無い。むしろオヤジが怒鳴ってくれたおかげで人垣が割れて道ができたので、俺は荷車をあらためて引き直す。


「嫌だねぇ……墓守りだよ」


「今度は何をタカリに来たんだか」


「おかーさん、あのひとだぁれ?」


「墓守りさ。悲しまないといけない人の死を飯の種にする卑しい仕事だよ。あんたも真面目に家の手伝いをしないと、あんな醜くて汚い血だらけの人間になるからね」


「そんなのいや! わたしぜったいハカモリなんかにならない!」


 どいつもこいつも好き勝手なことを言いやがるが、いつものことなので別に気にならねえ。それよりも遺体だ。村の連中をかき分けた先に、無造作に地面に放り出された遺体があった。


「うっ……!」


 さすがの俺も言葉を失った。

 殺しとは聞いたがここまで酷いとは思っていなかった。刺されたとか切られたなんて生優しい状態じゃねえ。異物が詰め込まれている上に、あまりにもグチャグチャで……もはや『耕されている』としか言いようがなかった。


「おいどうした墓守り野郎、さっさと仕事しろよ」


 立ちすくむ俺に誰かが野次を飛ばす。


「うるせえ。言われなくてもそのつもりだ」


 俺は荷車の向きを変え、後ろを遺体に向けた。棺桶の蓋をいったん外し、中に詰めた藁の感触を確かめる。

 ヒゲ面が言うには三番村の住民じゃないそうだが、念のために一応聞いておくか。


「お前らの中に故人の知り合いはいるか。棺桶に一緒に入れてやりたい物があったり、埋葬に立ち合いたい奴はいるか。墓標に名前を刻みたいなら、字を書ける奴が必要だ」


「そんなのいるわけねえだろ! いいからさっさとその死体を持っていきやがれ!」


「そうよ! そうよ! さっさとどこかに持っていってちょうだい! 家の前が臭くてたまらないのよ!」


 さっきのオヤジの怒鳴り声を皮切りに、村の連中がギャーギャー騒ぎ始めた。まるでお祭り気分だな。

 それも当たり前か。なにせ娯楽の無いド田舎で起きた大事件だ。連中の退屈しのぎには格好のオモチャだろうよ。


「そうか」


 案の定、聞くだけ無駄だった。俺は喧騒を無視して遺体の側に屈み込み、苦痛に見開かれたまぶたを閉じてやった。胸の前で手を組み、ほんの少しだけ祈ってやる。


 この魂が救われますように。


 …………さて、仕事だ。

 俺は周囲にバラ撒かれた遺体の中身を一息にかき集め、腹の中に詰めてやった。


「うおえええええええええっ!」 


「キャアアアアッ!?」


「こいつよく触れるな! アッタマおかしいんじゃねえのかぁ!?」


「クソとウジ虫も混ざってるぞ! 気ッ持ち悪いぃいい!」


 俺はハエを追い払いながら、土の中でも凍えないように遺体に布団を被せた。布団ごと手を回して体の下にも潜り込ませ、まんべんなく遺体を包む。布団はすぐに真っ赤になった。

 中身が溢れ落ちないように気をつけながら、俺は遺体を抱き上げた。遺体が少し硬くなっていて持ちにくい。ボトッと何かが遺体から落ちたが、今すぐ拾う余裕は無い。


「キャアアアアーッ! キャアアアアーッ!」


「おかあさんこわいよおおおおっ! はかもりこわいよおおおおっ!」


 遺体の重さに俺の足元がほんの少しふらついただけで、あちこちから悲鳴や罵声が飛んできた。


「さっさと持っていけこの墓守り野郎! ほれ! もっと力入れねえか! ほれほれ!」


 抱えた遺体を棺桶の中にそっと寝かせる。折れ曲がった手足や飛び出した骨は、上手く棺桶の中に収まってくれた。大きめに棺桶を作っておいて良かった。

 大人しく入ってくれてありがとよ。静かな場所で眠らせてやるからな。


「ちょっとアンタ! まだ細かいのが散らばってるわよ! 綺麗にしていきなさいよ! ウチの前なのよ!」


「祟りじゃ! 妖精様の祟りじゃあ!」


「キャアアアーッ! キャアアアアアーッ!」


「手伝えなくてすまねぇなぁ……ダグラスゥ……俺にも立場ってもんがあってなぁ……」


「ん」


 ふと遺体から顔を上げると、連中に紛れてヒゲ面がバツの悪そうな顔で俺を見ていた。なんだ居たのかと思ったが、こいつは三番村の住民だからここにいて当たり前か。


「手伝えとは一言も言ってねえ。これが俺の稼業だ。報酬を荷車に乗せろ」


「お、おう、いつもすまねえなぁ〜」


 ……いつも?

 俺は棺桶の蓋を閉めた。死体が見れなくなったからか、騒ぎたいだけの耳障りな喧騒が落ち着いてきた。


「この服と布団はぁ、誰も使ってない家にあったんだぁ〜。古いけどそんなに古くないし、お前も最近身なりを気にしてるようだからぁ、多めに渡しておくぜぇ〜」


 ヒゲ面は両手いっぱいに抱えた服と布団を棺桶の隣に詰めた。すぐ着替えをくれたのは有り難え。帰りに川に寄って、血塗れになった俺の体と服を洗わなくちゃならねえからだ。


「じゃあな」


「おい墓守り野郎! その死体のことは他の村に言うんじゃねえぞ!」


「ねえちょっと! まだ汚いのが残ってるって言ってるでしょ!? これ誰が掃除するのよ! ねえ!」


「ケッ、不吉な墓守り野郎が……。お前が来るたびに村に不幸が起きる」


 荷車を引いて村の外へと向かう。

 何やら後ろが騒がしいが、俺の知ったことじゃねえ。俺は墓守りとしてこの遺体を弔ってやるだけだ。


「ん?」


 帰り際、村の端でガキどもが十人ほど集まって遊んでいる様子が目に入った。何とかさんが転んだとかいう遊びでもしてるのかと思ったが、ガキどもは大人たちの真似をするように輪を作り、甲高い声でキャーキャーとはしゃぎながら交互に輪の中に入って何かをしている。


 それだけなら何も気にすることじゃねえが、ガキどもは全員が手に手にクワや鎌を持っていた。そして輪の真ん中に入った奴が奇声を上げながらそれを振り下ろし、外側のガキは歓声を上げて猿のように囃し立てる。中には立ち小便をかけているガキもいた。

 その様子を見て、惨殺された荷台の遺体を連想した。


 まさかな。いや、まさかとは思うが、見てみるか。


 俺はこの場に一旦荷車を置き、そっちに足を向けてみた。俺に気付いたガキが俺を指差して「墓守りが来るぞー!」大声で叫んだ。


「おいガキども、そこで何してる」


「げーっ! 墓守りだー! 血まみれだぜコイツー!」


「こいつに話しかけられると不幸になるらしいぜー! こいつが来たからじーちゃんが死んだんだー!」


「ヤダー! 気持ち悪ーい!」


「死体だ死体だー! みんなこいつに死体にされて連れてかれるぞー! 逃げろー! フィヒヒヒッ!」


 ガキどもは楽しそうに俺を怖がって逃げてった。

 この扱いは今に始まったことじゃねえ。大人が大人ならガキもガキだ。どいつもこいつも差別と偏見が大好物らしい。


 ガキどもが去って行った後に残されていたのは、案の定人間なんかじゃなかった。もちろん動物でもないが、ガキどもがこれに刃物を突き立てたり小便をかけていたことを考えると、何とも言えない不快な気分になる。

 俺はガキどもにズタズタにされたそれを見下ろした。


 それは土を固めて作った人間大の泥人形だった。


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