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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【偽りの命をアイした誰かの話】
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第7話。「 番村の歓迎会」

 急流に流されていく泥人形たちを見届けた後、私たちはしばらく進んだ先に一軒の豪邸を見つけました。草木一本生えていない荒野に立つ豪邸は、小さいながらもお城のような装いを持ち、私たちを向かい入れるように門を開いていました。あれ? 山はどこに?


「おはよう」


「今日はいい天気だね」


「やあ、元気かい」


 その豪邸の周りを住民たちは笑顔で行き来して誰かれ構わず話しかけ合い、互いに楽しそうに会話をしています。私たち三人も彼らに混ざるために、身を隠していた茂みから手を振りながら出て、彼らに歩み寄っていきました。え?


「こんにちわ」


「ここはいい場所だな」


「ここに住みたいです」


 私の嘘偽りない本心が思わず口から出てしまいました。何ですか、これ。本心なので何も問題ありません。


「ようこそ、歓迎します」


 住民の方は清々しい笑顔で私たちの要求を受け入れてくれました。心の底から晴れやかな気分です。私たちは住民とハグをし、彼らに手を引かれるままに豪邸へと向かいました。


「こちらへどうぞ」


「お腹が空いているでしょう」


 私たちは大きな扉を開いて中に入りました。何で。家の中は外から見たよりずっと広く、十人掛けのテーブルがタテヨコに十台ずつ並んでいました。私たちが案内されたテーブルを除いて満席で、満面の笑みを浮かべた人たちがたくさん座っています。入り口の扉が閉まりました。


 私たちがテーブルに着くと拍手が起こり、肉、魚、パン、果物、スープ、サラダ、その他にも見たこともないような豪華な食べ物がテーブルの上にこれでもかと生えてきました。怖い。動けない。


「美味しい」


「美味しい」


「美味しい」


 私たち以外の人たちは、一足先に食事を始めているようです。中には村の人たちだけでなく、鎧を着ていたり、弓矢を背負っていたり、組合職員さんの制服を着ている方もいました。誰もが一様に肥え太り、笑顔を浮かべて楽しそうに幸せそうにグチャグチャガツガツとご馳走を頬張っています。立てません。椅子からお尻が離れません。


「どうぞ」


「どうぞ」


「どうぞ」


 案内をしてくれた人たちが増えて集まり、私たちの周りに人の壁を作りました。怖い。彼らは優しそうな笑顔で私たちを見守っています。嫌、食べたくない。


 グチャグチャグチャグチャ。

 咀嚼音が辺り一面に満ちていました。ナイフもフォークも無いため、先客たちは顔をお皿に突っ込んで動物のように料理を貪っています。言わなきゃ。私はナイフとフォークが無いから食べたくない、って。


「すみません、ナイフとフォークが無いので……た、た、食べ……られるように、ください」


 私の口からは全く別の言葉が出てきました。どうして。


「はい、わかりました」


 テーブルの上にナイフとフォークが生えてきたので、私はそれを手に取りました。止めてください。助けて。


「ありがとうございます」


 私はとびっきりの笑顔で応え、さっそく分厚いステーキを切り分け始めました。止まって、お願い止まって。


「グッ……クッ」


 隣を見ると、ハスキさんがナイフとフォークを上手く使えず、床に落としてしまっていました。ハスキさん逃げて。それを拾うでもなくハスキさんは満面の笑みを浮かべ、ホカホカの湯気を立てている魚を鷲掴みにすると、口を大きく開いて牙を剥きました。ダメです食べないでダメダメダメダメ。


「こ、こら、こらこら、いただきますが、まだだろう?」


 クレア様が見たことないほどにこやかに笑いながら、ハスキさんをやんわりと制しました。でもよく見ると、その頬はピクピクと小刻みに痙攣しています。クレア様、助けて。


「あ、ああ、そうだった、な」


「そうでした、ね」


 私はいったん手にしていた食器を置きました。抵抗できた。そして両手を胸の前で合わせて「お、お、おや?」クレア様が首をかしげました。いただきますが止まります。


「おやおやぁ? おかしいなぁ、一番大事な物が無いぞ。普段の食事に欠かせない、とても大事な物なのになぁ。それが無いと何も食べられないなぁ困ったなぁ」


 テーブルの上にお米が生えてきました。


「違う」


 テーブルの上にチキンの丸焼きが生えてきました。


「違う」


 テーブルの上にワインが生えてきました。


「違う」


 テーブルの上にどんどんどんどんありとあらゆる食べ物が湧いてきました。端の料理は床に落ちてベチャベチャと飛び散り、中央付近の料理は湧いてくる料理に押し上げられて積み重なり、見上げるほど大きなタワーになりました。この家には天井がありませんので空が見えます。


「おい……この村はどうなっているんだ? まさか客を馬鹿にしているのか……? お前らは、自分が客に対してどれだけ失礼な事をしているか、理解しているんだろうな……?」


 クレア様の笑顔はとっくの昔に消え、今にも爆発しそうな怒りと不快感を露骨に村の人たちに向けています。抵抗できているんですねクレア様。


「それはどんな食べ物ですか」


「仲良くしましょう」


「怒らないでください」


 村の人たちはついに狼狽し始めました。


 ああ、そっか。私にも分かりました。これらの料理に欠けている物。それは愛情です。愛情の無い料理は食べられないという理屈で、クレア様はこの場を乗り切るつもりなんですね。流石です。


「それは!」


 それは……!


「女体盛りだああああああああ!」


 ええええええええええええええええええええ!?


「こんな貧乏臭い食器で!」


 クレア様がテーブルに両手をかけました。


「飯が食えるかオラァァアアア!」


 そして渾身の力で傾けます。積み重ねられた料理の塔が倒れ、村の人たちも隣の席の人たちも巻き込んで派手に押し潰しました。


「いいか! よく覚えておけ! お前らみたいなド田舎の野蛮人と違って! 都会では! みーんな女体盛りで飯を食うんだよ! ボケカスコラァ!」


 クレア様はそのままテーブルをひっくり返しただけでは飽き足らず、自分の椅子を私たちの後ろの村人たちへ投げつけました。グジャッと音がして、椅子が彼らのお腹にめり込みます。


 野蛮なのはクレア様の方では!?


「一日三食それぞれ異なる美女を裸に寝かせて! その上に盛りつけた飯を食う! 喉が渇いたら! 美女が口に酒や水を含んで! 口移しで客に飲ませるんだ! それが都会の食事マナーだオラァァアア!」


 ひえええええええええ!?


 クレア様は怒りのままに隣のテーブルもひっくり返しました。料理と食器が宙を舞い、一心不乱に食事をしていた方々も椅子ごと後ろにひっくり返って倒れました。


「立て!」


「はっ、はひいっ!」


 クレア様に命令されると、あれほど椅子から離れなかった私の体が簡単に動きました。クレア様は私が座っていた椅子を掴むと「なのにお前はズラズラズラズラ! ブスと野郎ばっかり並べやがってぇええええ!」出口を塞いでいた人たちに投げつけました。


 グシュッ。水気をはらんだ音を立てて、椅子は私たちを案内した人の頭を砕きました。彼から血は出ず、代わりに茶色い泥状の何かが飛び散ります。それを見て他の人たちはどよめき、クレア様から少しでも逃れるように後ずさりました。


「ケッ、腰抜け共が」


 クレア様はペッと唾を吐き捨てました。

 最悪です。最悪のクレーマーです。今この瞬間クレア様は、愛と正義から世界で一番遠い場所にいると思います……。


「帰ってください」


 椅子で頭を割られた方が、ついに言いました。

 でも言いたくなる気持ちも分かります……。


「ああん? 『お願いします』が、聞こえんなぁ〜?」


 目的の言葉を引き出してなお、クレア様は相手に顔を近づけて威圧的に睨み続けます。えっと、これ、メンチを切るっていうんでしたっけ。


「お願いします。帰ってください」


 頭を失った方は、ついに土下座までしました。彼だけでなく他の方々も、次々とクレア様にひれ伏します。


「フン、そこまで言うなら仕方がないな。おい、帰るぞ」


「は、はいっ」


「……おう」


 ハスキさんも椅子から立ち上がり、私に続いてクレア様の後ろに続きます。出口を塞いでいた人たちは、私たちに道を空けるように左右へと広がりました。その合間をクレア様は堂々と通って、出口のドアを開きました。


「もう来ないでください」


 外に出る直前、私たちは後ろから確かにそう言われました……。




 気がつくと、私たちは緑に覆われた廃村に立ち尽くしていました。何十件もの朽ち果てた家屋には草やツタが生い茂り、もう何年も人の立ち入りが無いように見えます。

 家と同じく住民の方々も野晒しになったまま長いこと風雨に晒されたのでしょうか。廃村のあちらこちらには、ボロボロの布が絡んだ白骨が横たわっています。

 それらに混ざって、最初の村で泥人形が着ていた物と同じ、フルフェイスの甲冑も横たわっていました。魔女狩り部隊の方でしょうか。おそらく中の人はもう……。


「はぁ……危なかった」


 クレア様が息を大きく吐き、肩から力を抜きました。


「体が全く言う事を聞かず、食事に関する行動以外は取れなかった。拒否は出来ずとも要求は出来るという事に気付けなければ、二度と帰って来れなかっただろうな。その、なんだ……助かったぞミサキ」


「いえ、私こそ助けられました。体がまるで他の人に勝手に動かされていたようで……あの機転がなければ、どうなっていたことか……」


「ブクブク太って飯を食ってた連中の服装を見たか? この村の人間や魔女狩り部隊の連中だけじゃない。組合職員らしき者も混ざっていた。ディーン国支店の消えた職員達かもしれない」


「あの人たちを助けることは出来ないんでしょうか?」


「スンスン……それは無理そうだぞ、後ろを見てみろ」


 ハスキさんに言われて後ろを振り返ると、地面に小さな土色の家がありました。手のひらに乗りそうな大きさで屋根は無く……私たちが入ったあの豪邸に外観がそっくりです。


「え……」


 中を覗くと、豆粒のように小さな泥の人形がたくさんありました。さらにはタテヨコに十台ずつ並んだテーブルもあって、そのうち二台はひっくり返っています。そしてテーブルの上には料理の形をした土がこれでもかと並べられており、丸々と太った泥の人形が我先にと手を伸ばしていました。

 どれもこれも今にも動き出しそうなほど精巧に作られています。中でも土の椅子をお腹にめり込ませた泥人形と、土下座をする首無しの泥人形は、まるでついさっきクレア様が攻撃した人にそっくりで……。


「あの……これ、これって、まさか……さっき、の」


「ヨモツヘグイ。死者の国の食べ物を口にすると、その世界の住民になってしまうという伝承がある」


 ぐしゃり。

 クレア様が足を踏み下ろして、小さな豪邸を踏み潰しました。さらに念入りにグリグリと足を捻ります。


「それと似たような術式を敷いているんだろう。食えばあいつらの仲間入りをして、永遠にあの食堂に囚われる仕組みだ。だがその食堂も……」


 クレア様が足を上げると、潰れて地面と同化した土の塊だけがありました。


「これで店仕舞いだ」


 まさかあの泥人形たちも、クレーマーに物理的にお店を潰されるとは予想してなかったと思います……。


「なんか今回は嫌な敵だな。ただの殴り合いならあんなのが何匹いてもオレは絶対負けないのに、変な能力のせいで全然戦えないぞ。ゾンビみたいに殴っていい普通のバケモノとかは出ないのか?」


「そんな普通のバケモノはとっくの昔に普通の英雄に狩られて絶滅してる。残ってるのは人狼みたいに人間との関わりを避けて生活している賢い奴らか、こういうわけわからん変なのばっかりだ」


「魔女狩り部隊とかいう奴らは、こういう変なのの専門家って話じゃなかったのか? やられっぱなしだぞ」


「教会にも色々派閥がある。魔女狩り部隊と聖骸騎士で派閥も違えばやり方も違うんだろう。泥人形の村も今の村も、魔女狩り部隊の犠牲者は数人かそこらだった。少数の斥候の犠牲と引き換えに本隊を温存して、本命を叩くというスタイルなのかもしれない」


「仲間を大切にする人狼さんたちとは真逆ですね」


「だが合理的だ。そして問題は、連中がそこまでして魔術師の研究を手に入れようとしてる事だな。ウィダーソンにゾンビをばら撒くような国の連中だぞ。こんな技術を手に入れたらゾンビとは比べ物にならない惨劇が生まれる」


「でも、その……すみません、そこがちょっとだけ引っかかるんです。これは本当に魔術師の仕業なのでしょうか……?」


「お。どうしてそう思った?」


「侵入者を排除する罠にしては、どうも無駄が多いような気がするんです。最初の泥人形も見られていちいち止まったりせずに、問答無用で襲いかかっていれば、私たちに打つ手は無かったはずです。少なくとも私が魔術師なら……そうします」


「成る程な。相手の視点に立って考えてみるのは、素晴らしい着眼点だ」


 クレア様の口の端が、ほんの僅かに持ち上がりました。あの食堂で見た満面の笑顔とは比べるべくもありませんが、こちらこそが滅多に見せないクレア様の本当の笑顔だと思います。


「それは私も気になっていた。侵入者を殺すだけなら他にいくらでも簡単で確実な方法があるだろうに、これはいくら何でも回りくどすぎる」


「ですよね! ですよね!」


「何で妙に嬉しそうなんだ?」


「何でもです!」


「まあいいか。そこで私は三つの仮説を立てた」


 クレア様が人差し指を立てました。


「まず一つ目。ここで悪さをしている魔術師は優秀だが、自信過剰で自分の作品に芸術性を見出すナルシスト。自分の自信作が突破されるとは考えないから、侵入者を確実に仕留める事よりも、芸術点を稼ぐ為に手の込んだ殺し方を優先している」


「なるほど、有り得そうな気はします」


 クレア様は続いて中指も立てました。


「二つ目。そもそもこれは侵入者を迎撃する為の罠ではない。ただの実験場や遊び場、あるいはジェルジェのように魔術師にも制御不能になって放棄された忌み地。足を踏み入れた侵入者が勝手に死んでいるので、結果的に罠として機能している」


「これも当たっていそうだな」


 クレア様は頷きました。


「そして三つ目は最悪だ。もしが正解だった場合、今すぐ全てを投げ出して逃げ帰らなくてはならない」


「それは……?」


 そしてクレア様は、三本目の指を立てました。


「全てが罠だった。ここの住民を殺し尽くした何者かが、新たな獲物を誘き寄せる為に嘘のSOSを出している。あえて突破可能な難易度の罠を作って獲物の知能を選別し、その頭脳を利用して何かをしようとしている。冒険者、組合職員、そして魔女狩り部隊の次に消えるヒーロー気取りの愚かな獲物は……私達だ」

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