第5話。「弔い」
三番村から遺体を預かった俺は、小さな棺桶を乗せた荷車を引いて山道を歩く。まだまだ強い日差しが俺を焼き、額から流れ落ちる汗で視界が滲む。俺の頭の中はこの幼い遺体のことでいっぱいだ。
信じられねえ。
こんな酷い殺され方をした遺体は初めて見た。頭が半分残ってなけりゃ、とても人間だったなんて思えねえ。
腹の中にネズミやら虫やらゴミやらをグチャグチャに押し込んで、それを尻から無理やり引きずり出した跡があった。しかも便所に捨てられていたせいで、腐った体はクソとウジ虫の巣になっていやがる。
可哀想に。
地獄の苦しみだっただろう。
「なあお前、墓には何を飾ってほしい」
哀れな客に話しかける。当然返事は無い。
「いや、墓も作るなって話だったな。忘れてくれ」
この子がどこの家の子か、誰にも分からなかった。
三番村ではなく他の村の子供だろうという結論になったが、そこで村長からの待ったが入った。この事件は他の村には決して口外せず、内密に片をつけるんだと。
挙げ句の果てには俺にまで口封じを強要してきやがった。
他言無用の上、共同墓地は使わずに山のどこかへ埋めて隠せって? ふざけてんのか。
子供が殺されたってのに、身内の仕業かもしれねえってだけで庇い出すこいつらは、心底クソの集まりだ。この子が見つかったライアンとかいう奴の家には、明らかに子供用のクツやイスがあっただろうが。あの野郎は自分の子供を殺して便所に捨てて、知らないフリをして騒いでいるクソ野郎だ。口減らしにしても、もっとやり方ってもんがあるんじゃねえのか。
…………ああ、俺には関係ない話だったか。
俺は俺の仕事をするだけだ。
遺体を葬い、魂が天国へ行けるように祈ってやる。これが俺のやるべきことだ。それ以外のことは俺以外の誰かが考えればいい。俺なんかが何かを考えるなんて無駄だ。
つまらねえことをグルグルと考えながら荷車を引くうちに、俺の家が見えてきた。「ワン!」俺に気付いたジョーが一声吠え、俺の足元にノソノソと寄ってくる。こいつも昔は飛ぶように走ってきたもんだが、やっぱりもうジジイになっちまったなぁ。
俺は足を止めて、ジョーの頭を撫でてやった。
「よしよし、あのバカはどうしてる。家を出る前に言いつけた通り、ちゃんと掃除したか?」
荷車を家の前に置いて玄関のドアを開けると、目と鼻の先に人形の顔があった。
「うおっ!?」
驚いて飛び退く俺。
「ダグラス様、クリーニングの命令を完了いたしました。次の指示をお待ちしております」
人形は深々と頭を下げた。
掃除が終わったとは言うが、肝心のこいつはまだあちこち泥だらけだ。こいつが家の中を掃除できたのかは大いに疑わしい。だが今は俺の寝床の心配よりもやるべきことがある。
……こいつがそもそも何者で、何のために俺に着いてきたのかを知るのは、もう諦めた。どうせ俺の頭じゃ何を聞いても理解できねえ。持ち主が返せと言いにくるまでは、せいぜい拾った俺の役に立ってもらう。
「納屋にスコップがある。今から遺体を埋葬するから、それを持って着いてこい」
熱を吐き出す肌を汗が滑り落ちる。
俺はいつもの文言を繰り返しながら、わずかに湿り気を帯びた土を棺桶に被せ続けた。
「貴方が懸命に生きた姿を、主はいつも見守られていました。貴方が悩む時。貴方が嘆く時。貴方が苦しむ時。主は必ず隣にいました。今日までの困難に耐えた貴方を、主は祝福し天の国への門を開くでしょう。願わくば、あなたの魂が永遠の安らぎに満たされますように。苦痛も争いも無い、優しさに包まれた世界にいざなわれますように……」
そして今日一日の重労働でパンパンになった腕をムチ打ち、最後の一掛けを棺桶に被せる。
「ふーっ……」
汗を拭い、盛り上がった土を眺める。言われた通り墓標は作ってねえし、ここなら絶対に人目につかねえだろう。
火照った体を吹き抜けていく風が心地良い。風は俺を通り過ぎ、白い花で埋め尽くされた花畑を駆け巡っていく。花たちの揺れる動きが、見えないはずの風の道を俺に教えてくれた。
ここは俺しか知らねえ秘密の場所だ。
共同墓地の近くにある谷から続く断崖絶壁の細い崖道を抜けた先にある、それなりの広さを持った花畑。
お袋から聞いた話では、この場所を見つけて花畑にしたのは俺の親父らしい。あいつに花を愛する感性なんてあるわけがねえから、葬儀で使う花を山中探し回るのが面倒だったとかいう理由に違いねぇ。花の良し悪しなんて俺には分からねえが、ここに咲く白い花は割と気に入ってる。
「お疲れ様でした、ダグラス様。埋葬を黙って見ていろとのご命令を完了いたしました。もしよろしければ、当機のサポートが不必要だった理由について、お聞かせください」
人形が真顔で俺を見つめる。どうやらこいつは俺が埋葬を手伝わせなかったことが不満らしい。
「正しく弔ってやるためだ」
「正しい弔いとは、どのような行為でしょうか。また、どのような意味を、持つのでしょうか」
「どのような、って……あー……」
あらためて聞かれると、説明に困る。第一、俺の仕事の意味を誰かに説明したことなんて今まで一度もない。
「……死者の魂が天国へ行けるように祈りながら、肉体を大地に還す……のが、正しい弔いだ。手順とか……祈りの言葉は……教会のを参考にしてるが……意味、意味か……弔いの、意味は……」
…………俺は何をやってんだ?
「……それくらい、自分で考えろ」
生きてもいない人形に命の話だぁ?
バカじゃねえのか俺は。やるだけ無駄に決まってる。
「了解いたしました。計算しましたところ、弔いとは無意味な行為です」
「ああ?」
「魂と呼称される物質、および、天国と呼称される座標は、現在までその存在を、観測・証明されておりません。それらの提唱は、人間社会における、暴力的・反社会的行動を抑制し、治安を維持するための、教育システムの一環にすぎません」
「バカでも分かるように言え」
「了解しました。魂も天国も存在しませんので、死者の弔いは時間の無駄です」
ほらな。真面目に答えようとした俺がバカだった。バカでも分かるように言ってくれてありがとよ。
「ああ、ああ、そうかい、そうだろうな。俺の頭じゃお前が何者か分からねえのと同じってか。お前にも人間のことは一生理解できねえだろうよ」
「当機は生物ではないため、一生という表現は不適格です」
「ハッ、そうだろうよ。だからお前なんかにこの子の埋葬を任せたくなかったんだよ。そういえば命令を完了したんだって? 人形は人形らしく棒立ちする仕事ができてよかったな、役立たず」
「…………」
人形は何も言わず、無言で俺を見つめている。
……ああクソ、言いすぎた。そこまで言うつもりはなかったんだ。俺はつくづく口が悪すぎる。これじゃあ親父と変わらねえ。抵抗しない相手を攻撃するってのは最悪な気分だ。
「……帰るぞ……仕事が欲しいなら、荷車を引け」
「了解いたしました」
人形は相変わらず一切の感情を見せない。罵られた悲しみも、侮辱された怒りも、望み通りに仕事を与えてもらった喜びもだ。人形なんだから当たり前というには、こいつの顔はあまりにも人に近すぎる。
いったい俺はこいつをどう扱えばいい。
「……家に荷車を置いたら、日が暮れる前に川に行く。魚を獲る罠を俺は見てくるから、お前はその汚……泥だらけの身なりを洗え……」
そもそも俺は、なんでこいつをここに連れてきたんだろうな。最初からこいつには何もやらせるつもりは無かったってのによ。